「お帰り下さい」
「まだ何も言ってないでしょう?」
白夜叉が飛び降りてくるほんの少し前。十六夜・飛鳥・耀・ジンの四人は〝サウザンドアイズ〟支店に訪れていたのだが、ご覧の通り女性店員に門前払いを受けていた。
これに飛鳥は口を尖らせて抗議した。
「そこそこ常連客なんだし、もう少し愛想よくしてくれてもいいと思うのだけれど」
「いいえ。あなた方は何時も何時も換金しかしない者は、お客様ではなく取引相手と言うのです」
「あら、それもそうね。じゃあお邪魔します」
あっさり納得し、そのまま侵入を図る飛鳥達。だがそうは問屋が卸さない。彼らの前に立ち塞がった女性店員が八重歯を剥きながら唸り、叫んだ。
「だからうちの店は!〝ノーネーム〟お断りです!オーナーがいる時なら兎も角今は」
「やっふぉおおおおおおお!
四桁の階層から白夜叉が降ってきた。………腰に黒衣を巻き付けたままで。
空中で
十六夜は土煙を払いながら呆れたように女性店員に言う。
「ぶっ飛んで現れなきゃ気が済まねえのか、此処のオーナーは」
「……………、」
それに女性店員は言い返せずに頭を抱えた。
飛鳥は土煙で咳き込んでしまったため、代わりに耀が招待状を白夜叉に見せた。
「招待、ありがと。だけどどうやって北側に行くのか分からなくて………」
「よいよい、全部分かっておる。まずは店の中に入れ。条件次第で路銀は私が支払ってやる。………秘密裏に話しておきたいこともあるしな」
「それ、楽しいこと?」
「さて、どうかの。まあおんしら次第だな。―――それと黒衣よ。何時までも寝た
白夜叉が自分の腰に張り付いている黒衣の頭を軽く小突く。すると黒衣はパチッと瞳を開けて悪戯っぽく笑い、
「………バレてましたか。ふふ、流石は白夜n」
「こほん」
「―――ご主人様です」
白夜叉に咳き込みされて、言い直す黒衣。別段、此処にいるメンバーは知っているから今さら隠す必要はないのだが、騒ぎを広げないように他の者達には隠すための配慮だろう。
黒衣は白夜叉から離れて十六夜達を見回したあと、メイド服の裾を摘まんで軽く上げて優雅に一礼した。
「〝ノーネーム〟の皆様、ご機嫌麗しゅう。白夜叉様の専属メイドの黒衣で御座います」
「ええ、ご機嫌よう。黒衣さん」
「うん、こんにちは黒衣」
「おう」
「はい。こんにちは黒衣さん」
それに飛鳥達も笑顔で返す。ちなみに飛鳥だけは黒衣の動作を倣って返していた。
彼ら〝ノーネーム〟との関係は、黒衣がちょくちょくコミュニティに顔を出してはレティシアにメイドの心得を教えているといったところだ。
その〝ノーネーム〟のメイドを務めているレティシアの、メイドとしての日々の成長を見届けるのが黒衣の楽しみの一つだったりする。
挨拶を終えた黒衣達を見た白夜叉は、うむと頷き〝ノーネーム〟一同を店に招き入れた。
その一方で、黒衣は何処から取り出したのか薬と白湯を入れておいたペットボトルを手に女性店員へと近づく。
「何時もお務めご苦労様です。はい、お薬と白湯です」
「ありがとうございます黒衣様。何時も助かります」
「いえいえ。これもメイドの務めですから」
「………ふふ、はい。そういうことにしておきます」
笑みを交わす二人。女性店員は黒衣から薬と白湯の入ったペットボトルを受け取ると、口に薬を入れて白湯で流し込む。
気分が楽になった女性店員は再度黒衣に頭を下げると、仕事を再開した。
女性店員から空のペットボトルを受け取った黒衣は、暖簾をくぐり店内へと入っていった。
★★★★★★★★★★
黒衣が白夜叉達の集まっている部屋―――もとい白夜叉の私室に来たところで、白夜叉は十六夜達に問いかけた。
〝フォレス・ガロ〟の一件以降、〝ノーネーム〟が魔王に関するトラブルを引き受けるとの噂の真偽。
これの確認が終わったところで本題へと移行した。
北のフロアマスターの一角が世代交代したこと。
新たなフロアマスターによる火龍の誕生祭が催されていること。
フロアマスターの一角が五桁・54545外門に本拠を構える、〝サラマンドラ〟のコミュニティであるということ。
フロアマスターについて。
〝
主務は箱庭内の土地の分割や譲渡、コミュニティが上位の階層に移転出来るかどうかを試す
秩序を乱す天災・魔王が現れた際には率先して戦う義務があり、それと引き換えに膨大な権力と最上級特権・〝
〝サラマンドラ〟のコミュニティの頭首が末の娘―――サンドラが火龍を襲名したこと。
北の次代マスターであるサンドラのお披露目を兼ねた誕生祭だが、幼いゆえに東のマスターである白夜叉に共同の
その理由として、幼い権力者を良く思わない組織がいるなど。
それらの話をしていると、不意に耀が制した。
「ちょっと待って。その話、まだ長くなる?」
「ん?んん、そうだな。短くともあと一時間程度はかかるかの?」
「それまずいかも。………黒ウサギ達に追いつかれる」
耀の言葉にハッと気がついた飛鳥・十六夜。一方で話が見えない白夜叉と黒衣は姉妹揃って小首を傾げていた。
ジンも気がつき咄嗟に立ち上がり、
「し、白夜叉様!どうかこのまま、」
「ジン君、
白夜叉に三人の足止めを頼もうとしたが、飛鳥の威光により強制的に口が閉ざされてしまった。
十六夜はその隙に白夜叉を促す。
「白夜叉!今すぐ北側へ向かってくれ!」
「む、むぅ?別に構わんが、何か急用か?というか、内容を聞かず受諾してよいのか?」
「構わねえから早く!事情は追々話すし何より―――
十六夜がそう言うと白夜叉は瞳を丸くし、呵々と哄笑を上げて頷いた。
「そうか。
「………!!?……………!??」
白夜叉の悪戯っぽい横顔に、ジンは声にならない悲鳴を上げる。
しかし白夜叉は自分の隣にいる黒衣を見て、
「黒衣。おんしならどうする?小僧の言う通り、面白ければ理由を聞かずともよいか?」
「私はご主人様がそうしたいのならば、それに従うまでですよ」
意見を述べるまでもなく答える黒衣。メイドでなくとも彼女ならば大好きな姉の意見を尊重するだろう。
ジンは頼みの綱だった黒衣も彼の期待をいとも簡単に裏切りガクリと項垂れた。何せ彼女は超絶問題児である白夜叉の妹なのだ。この結果は仕方がないことである。
白夜叉は黒衣から許可(?)を取ると両手を前に出し、パンパンと柏手を打った。
「―――ふむ。これでよし。これでお望み通り、北側に着いたぞ」
「「「―――………は?」」」
素っ頓狂な声を上げる十六夜・飛鳥・耀の三人。その様子を満足げに見つめる白夜叉と黒衣の姉妹。
だが彼らの驚愕の表情は一瞬で消え、次の瞬間、三人は期待を胸に店外へ走り出した。