10
俺達がバリナースに戻るなり、新たな通路が開通したという情報は、瞬く間に街中に広がった。
迷宮脱出の希望を募らせる人々は、一人、また一人と新たな通路へと旅立っていく。だが、俺と恵那は先に進もうとはせず、この日は休む事にした。
「恵那さん、今日はゆっくり休んで、明日、朝一で出発しよう!」
俺は風呂から上がり、恵那に呼びかける。恵那は俺の方を向き、笑顔で頷く。
「分かったわ。なら、私、お風呂に入ってくるね。今日はもう疲れたし。じゃあ、お休み、奏君。」
恵那はそう言い、大浴場の方へと歩いていく。俺は恵那の背中を見送り、自分の部屋へと戻っていく。
ベッドに横たわり、俺はある事を考えていた。
「……恵那さんの、入浴姿……」
気が付くと、俺はそんな事を呟いていた。俺は体を横に向け、頭を強く降る。俺は一体何を考えているんだ。
「だぁーっ!そんな事を考えるんじゃないだろ‼︎」
一人でそう叫び、再び仰向けの状態に戻る。
俺がこの世界に来てから、今日で一年半と一週間。現実世界は一月くらいだろう。俺はふと、腕時計を見る。この世界で生き残っている人は四百三十人。この一週間で、更に二十人もの人が死んでいる。今生き残っている俺達には、一秒でも早くゴールへと辿り着き、この迷宮を脱出する必要があった。
突然、誰かが部屋のドアを叩く音が聞こえる。ドアを開けると、風呂上がりの恵那が立っていた。
「ちょっといい?」
恵那は優しい表情で俺にそう言う。俺は頭を掻きながら、恵那を部屋の中に入れる。
「どうした?俺に話しでもあるのか?」
俺は椅子に座り、口を開く。恵那は椅子に座りなり、真面目な表情になった。
「私、奏君にお礼が言いたいの。」
「え?」
恵那は突然、俺にそんな事を言ってきた。お礼?何の?おれはさっぱり思い出せずにいた。
「もし、奏君に出会ってなかったら、私は今も、蓮太さんから逃げ続ける生活を送っていたと思う。でもあの時、奏君が蓮太さんと戦ってくれたおかげで、私はそんな生活から抜け出す事ができた。だから、私と出会ってくれた事、本当に感謝してる。ありがとう。」
恵那は下を向き、膝の上で両手の拳を強く握り締める。俺をあんな事に巻き込んでしまった事を、悪く思っているのだろう。俺は恵那の方を向き、口を開く。
「気にすんなよ!俺だって、本当ならあの時、ライオンに殺されてたんだぜ。でも、恵那さんがあのライオンを倒してくれたおかげで、俺は死なずに済んだ。これでお互い様だろ?それにさ、俺達、友達なんだしさ、助け合うのは当たり前だろ?」
俺の言葉を聞き、恵那は顔を上げる。その目には、微かに涙が浮かんでいた。
「……うん。」
恵那は人差し指で涙を拭い、頷いた。
翌日。俺達は朝早くから、新たに開通した通路へ向かうために宿を出た。
「この宿と別れるのって、何だか寂しいね。」
恵那は宿を見上げ、そう呟いた。正直、俺も同感だった。約半年前からずっと、この宿には世話になっている。いざ出て行くとなると、少し変な気分になる。
少々複雑な気持ちではあるが、この迷宮のゴールを目指し、俺達は冒険に出た。
新たな通路も、前の通路とは差ほど変化していない。ただ、所々壁がレンガになっている。
「この作り……次第にゴール地点に近付いているのは確かね!」
「あぁ!このままガンガン突き進もう!」
俺達のやる気は、格段に膨れ上がっていた。
「……奏?」
俺は突然、誰かに声をかけられた。その声を聞いた時、俺は少し不思議な気分になった。この声、どこかで聞いた事がある。いや、それどころか、《聞き慣れている》様な声だ。
俺は後ろを振り向く。直後、俺の体が凍り付いた。その声の主を見つめたまま、驚いた表情をし、口をぽっかりと開けた。
「奏君?どうかしたの?」
恵那は俺の顔を覗き込む。声の主を見て、再び俺を見た。
「……んでだよ……」
俺は下を向き、そう呟いた。強く拳を握り締め、顔を上げる。直後、俺はその人の胸ぐらに掴みかかった。
「何で、今更あんたが俺の前に現れんだよ!おばさん‼︎」
その声の主は、二年前に俺と瑠奈を残して家出した、俺のおばさんだった。
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