壁に叩きつけられたベル。それをシルバーバックは睨むと、口をガパァッと大きく開いた。
(まさか………!)
嫌な予感がベルの脳裏に浮かんだ。
「このっ……!」
ベルは手元にあった魔石灯を握り、光量を最大にしてシルバーバックの目に押し付けた。
『ギゲェエエエエエエエエッッ‼︎⁉︎』
即席の目くらましに絶叫するシルバーバック。目を押さえながら二、三歩下がり、その隙にベルは脱出して、ヘスティアの元へ向かった。
「ベル、くん……?」
名前を呼ぶヘスティアの手をとってベルはその場を逃げた。言いようのない悔しさがこみ上げてくる。自分では、ヘスティアを守れない。
『ウォオオオオオオオオオッッ‼︎‼︎』
シルバーバックの遠吠えが響き渡った。このままでは、また敵は来る。追い付かれる。その時、ベルに一つだけヘスティアを守る案が浮かんだ。そして、それを思い浮かんだ時、真っ先に行動した。ベルは近くにある、居住区に繋がっているらしいトンネルにヘスティアを入れ、封鎖用の鉄格子をスライドさせた。
「ベルくん⁉︎」
「……ごめんなさい、神様。神様はこのまま先へ進んで下さい」
「な、何を馬鹿なことを言ってるんだ君は!」
「お願いします、神様。これっきりでいいです、僕の言うことを聞いてください」
「駄目だッ!許さないぞ、そんなことは絶対に許さない!ここを開けるんだ、ベルくん!」
「神様……僕はもう、家族を失いたくないです!
ベルのそう言った時の目はとても悲しげな目をしていた。
「だから、お願いします。僕に……家族を守らせてください」
そう言うと、ベルはシルバーバックの元へ向かって行った。
「ベルくん……ベルくん!僕を一人にしないでよ!ベルくん!」
鉄格子の間から手を伸ばすも、ベルは引き返さなかった。
「ひうっ…グスッ……」
口の中から嗚咽が漏れた。目からは涙が流れた。自分を守るために最愛の人間が死んでしまう。そう思うと悲しくてたまらなかった。
「ほーう、あいつ、中々男じゃねーか」
その時、声がした。聞き覚えのある声。見れば、いつぞやの何でも屋が鉄格子の前にいた。
「よぉ。ヘスティア、だったか?」
「君は……!」
「あいつも男らしいところは男らしいんだな。見直したぜ」
「呑気なことを言ってる場合か!ベルくんを連れ戻してくれ!頼む!」
「連れ戻してどうする。そしたらまたシルバーバックとスタミナ耐久走れ走れ鬼ごっこ大会だ」
「なんだそのネーミングは!腹立つ!」
「それなら、男の最後の約束くらい守ってやったほうがいいんじゃねぇのか?」
何でも屋に言われ、グッと奥歯を噛んだ。だが、
「それでも、頼む!ベルくんが僕を守ろうとしてくれるのと同じくらい、僕もベルくんを守りたいんだ!これは依頼だ何でも屋!ベルくんを守ってくれ!」
その言葉に、ニィッとリアムは笑った。そして、鉄格子を開けた。
「ほんとに波がきてるな今月は。この三日間で依頼が四つも来やがった」
で、リアムは鉄パイプを担いで歩いた。
「あんたはそこで待ってな。俺がベルを連れ戻してきてやっからよ」
「………ありがどう……」
ヘスティアは、言われるがままそこでへたり込んだ。
○
シルバーバックがベルに向かって突進する。
「来い、こっちだ!」
ベルはなるべくヘスティアから離れられるように走り出した。シルバーバックからの猛攻、一撃でも喰らったらアウトの攻撃を躱し、ガードし、いなす。
(一秒でも長く、神様が逃げられるように……!)
そう噛みしめ、シルバーバックの攻撃を捌く。だが、それも長くは続かなかった。
『グルァ!』
「っ⁉︎」
シルバーバックの拳がベルの肩を掠めた。ゴロンゴロンと投げ出され、転がり込み、粗末な噴水に背中を強打した。
『ガルアアアッ‼︎』
そのベルにシルバーバックが襲い掛かる。両手首の鎖を鞭のように使い、振り回してきた。それが、ベルの頭部に降ってくる。
「ッ⁉︎」
ベルは短刀を顔の斜め上にかろうじて構え、弾いたものの、身体にかなりの衝撃が走る。思いっきりゴロンゴロンと横転した。
「あ、ぐっ……⁉︎」
地面にへばりついている上半身を起こそうとするも、中々起き上がらない。そのベルにシルバーバックがゆっくりと迫る。その一歩一歩が、自分の寿命なのかもしれないと思った。
(そういえば、あの時も……)
と、思い出した。アイズ・ヴァレンシュタインに助けてもらった時もこんな感じだった。だが、今度は彼女も来てくれない。来る気配もない。最後にあの人の顔が見たかった、なんて未練がましく思ってみたりもした。
そして、シルバーバックは最後の一歩を踏み出していた。その時だ。
「オーイっ」
不意に、緊張感のない声がした。そして、ガギンッと鈍い音が、ベルの遥か頭上で響いた。上を恐る恐る見ると、シルバーバックがヨロヨロと倒れた。そして、その後に自分の横に降りてくる少年。
「生きてるかーベル」
「リア、ム………?」
「お、生きてた。良かった」
リアムはそう言うと、鉄パイプを自分の胸前でビュッと風を切る音を立てた。
「少しそこにいろ。すぐ、終わらす」
そう言うリアムの前で、ヨロヨロとシルバーバックが起き上がった。
「む、無理だよリアム……そんなのじゃ、こいつは……」
ベルがそう言った時、シルバーバックは拳を引いた。リアムも鉄パイプを構えた。
『グルァッ‼︎』
「うおらァッ‼︎」
シルバーバックが拳を突き出し、リアムは突きを放った。それが正面からブツかる。ブシュウッと血が噴き出した。鉄パイプが拳に突き刺さったのだ。
「ーーーッ!」
ベルは驚くが、リアムは次の一発を入れようと、拳から鉄パイプを引き抜く。
「オラァッ‼︎」
そのままシルバーバックの顔面に殴ろうとした時、異変に気付いた。軽過ぎる。鉄パイプが。見れば、鉄パイプは自分が握ってる部分の長さしかなかった。
「………ありっ?」
次はシルバーバックの拳を見た。そこには、残りの鉄パイプの先端部分が突き刺さっていた。
「あっ」
リアムとベルにドッと汗が浮かぶ。
『ギィアアアアアアアッッ‼︎‼︎』
目の前でシルバーバックが怒りの雄叫びを上げた。ジロリとリアムとベルを睨むと、思いっきり拳を振り下ろした。
「「ほああああああああああッッ‼︎‼︎」」
二人してジャンプして躱し、全力ダッシュで逃げ出した。
「お、おまっ!お前リアム!何しに来たの君⁉︎シルバーバックを挑発しに来たの⁉︎」
「う、ううううるせーよベルてめぇ!テメーの命繋いでやっただけでもありがたく思いやがれバカヤロー!」
「繋いでやったって!結局ダメじゃん!逃げ回るハメになってんじゃん!」
「人生ってのはどれだけ上手く逃げれるかが勝負なんだよ
バカヤロー!」
「逃げるのニュアンスが違うじゃん!」
口喧嘩しながら逃げた。