くさいセリフ吐いてますがテキトーに受け流してください。
「胸がなくなっちゃった…」
「………は?」
午前11時30分。唐突に鳴り響いたスマホの着信が、1LDKの俺のアパートを満たす。電話の相手にいつもの声の張りはなく、まるでしぼんだ花のようにこじんまりとしていた。
「…エイプリルフールならまだだけど。」
「嘘じゃないし!朝起きたらペッタンコになってたの!」
「いやいやいや」
「ホントだし!信じてよぉ……」
あ、あかんこれマジなヤツや。最初冗談かと思ったけどこれホントだわ、うん。
なるほどおっぱいなくなっちゃったかー。胸もハンコもぺったんたーんってかー。ふーん。
……んなんだとおおぉぉぉぉぉ!?!?!?
おっぱい消失って?は?え!ええぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!?
…オーケイオーケイ、まだ人類が敗北した訳じゃない。状況をクールに予測して、スピーディに対応してみよう。
乳なし一舞 が 現れた!
俺 は どうする?
こっちが聞きてぇよぉぉぉぉ!
「えーっと、大丈夫…じゃないのは分かるんだけど、いまどんな感じ?」
「…咲子が神々しい。」
重症認定完了。
とりあえず俺達はいつもの喫茶店で会うことを約束。一通りのやり取りのあと、俺は通話終了をタップした。
「なんてこった…」
未だ状況を飲み込めていない俺。とにかく急ごうと、タンスからパーカーの裾をひっつかみ、着の身着のまま12月の寒空へと飛び出した。
チリンチリーン
「いらっしゃいませーご注文はお決まりでしょうかー?」
んなわけねーだろボケナス。ここはマックか
「あー連れが中にいるので後ほど。」
「今日はアイスコーヒーがオススメですがいかがでしょう?」
「せめてそこはホットだろ。今十二月なんですけど」
「ご一緒にかき氷はいかがですか?」
「お前ガンガン来るな」
「ホットコーヒーとかき氷一丁!」
お願い俺の話聞いて
えっーと一舞はっと。あ、いたいた。奥の方の席でアイスコーヒーすすってる。そうか一舞もあの女性店員の被害者か。
「よっこらせっと」
「…遅い。」
これでもかなり急いだんだけどなぁ。お前に悟られるのが嫌だったから呼吸は整えて来たけど。
「…あれ、胸あんじゃん。」
「凛からパッド借りてきた」
「凛ちゃんごめん聞かなかったことにしとく」
あまりまじまじと見た事はなかったが、一舞の胸って意外と大きい方だった気がする。咲子ちゃんには及ばないけど。
「トップとアンダーの差2cmだって」
「わぁお」
「余裕でAAAクラスに降格よ」
「そういや俺も昨日絆Aクラに落ちた」
「話聞けし」
突っ込む元気はあるようだな。ちょっと一安心。
「バンドのみんなに話した?」
「当たり前だし。あんたに話してまり花達に話さないわけないでしょ。」
「ごもっともです」
一舞は再びアイスコーヒーに口をつける。電話の時ほど取り乱していないのは、周りの視線があるからだろうか。どちらにせよ、かなり気丈に振舞っているようにみえた。
ここは俺がいっちょカッコイイところを見せねば!なにかないかと、自分の語彙力をフル回転させる。
(迷える子羊よ…この君の心の中の神父が知恵をさずけよう)
(うわなんか出てきたー)
乳なし一舞 が 現れた !(デジャヴやわ)
俺 は どうする ?
①逃げる ②たたかう
③どうぐ ④チェンジ
(何この究極の四択)
(さあ迷える子羊よ…道は示した。あとは自身で決めるのじゃ)
(いやろくな選択肢ないんだけど)
(いいからさっさと選ぶんじゃ…釜茹でにするぞ…)
(なにそれ怖い)
①逃げる どこに? ②たたかう 何と?
③どうぐ やべえ財布とスマホしか持ってねぇ
④チェンジ するとまり花あたりか。うん悪くない。でも寿命縮むから却下。
どうしようかな…
「ご注文承りまーす」
呼びもしていないのに、背後から先ほどの店員が声をかけてくる。
「あーもうさっき頼んだやつでいいです。」
「かき氷とホットコーヒーですね。ありがとうございまーす」
一礼をし、伝票をベルトに挟んで厨房へと向かう。個人的な意見だが、俺は冬にかき氷を客に勧めるような店員は即クビにするべきだと思う。
「ねぇ…」
「ん?」
「あたしどうすればいいと思う?」
「あー、それってあれじゃねぇの?ポケモンでいう状態異常的な。時間経過で元に戻るとか。」
やばいさっきの神父のせいで頭にポケモンが住み着いた。
「もし戻らなかったら?」
「うーん…」
俺は気にしない、なんて野暮ったいよな。自他共に認める抜群のスタイルのよさが、彼女の自信に繋がっていたことも事実である。
それがこうなった以上、少なくとも今まで通りというのは難しい。貧乳キャラとして、今まで以上にいじられるだろう。そして一舞は自分に自信が持てなくなる。
じゃあ今までの和泉一舞として、これからも自信をもってもらうには?
…③、道具だ!
俺はずっとポケットに安置していたスマホを手にとり、フォルダの画像からいくつかの写真を抽出する。
「エントリーナンバー1、ラブライブより矢澤にこ!」
「は?」
「エントリーナンバー2、艦隊これくしょんより龍驤(CV日高里菜)!」
「あれなんだろう…会ったことがある気が……」
わからない人は山形まり花の声優さんを確認してみてね!
「エントリーナンバー3、ゆるゆりより大室櫻子!」
「この人にも会った気が…」←CV津田美波
「エントリーナンバー4、サザエさんよりわかめちゃん!」
「なんかそれ違くね?」
「エントリーナンバー5、ガルパンより冷泉麻子!」
「あ、うん特に突っ込むとこないわ」
「以上!」
「あんた何がしたいの?」
「あ、うんあのね、ナイチチにも需要はありますよっていう…」
「ナイチチいうなし」
「ごめん」
「アイスコーヒーお待たせしましたー」
「また突然だなあんた」
「うっせー釜茹でにするぞ」
「さっきの神父お前だったのか」
何がなんだかわからない
ツッコミもままならないまま、目の前にアイスコーヒーがゴトリと置かれる。
「申し訳ありません、かき氷は現在当店ではお出ししていないということで…」
「冬だからな!」
「黙れ釜茹でにするぞ」
「それ何回言うの?」
「あと1回」
…楽しみにしてるよ。
例のムカつく店員はすっときびすを返し、俺達の元を去る。俺は目の前に叩きつけられたアイスコーヒーを仕方なくすする。
「…うおぉさみぃ」
「冬だからな!」
「そのツッコミ気に入った?」
「うん」
それから2人は、黙ってアイスコーヒーをすすった。
「あんたはどう思う?」
「へ?」
「あたしがペッタンコになっちゃってさ、なんとも思わない訳じゃないでしょ。」
…やべえここ絶対ミスったらいけないとこだ。気にしないよってのはなんか違う気がするし…だからって残念って言うのもな…ていうかやましいことしか思いつかない。俺死ね。
「…答えてよ。」
…頂きました、今世紀稀に見る一舞の上目遣い。
ヤバイ。可愛い。
この上目遣いで、自分の固まりきった考え方が吹っ飛んだ。
そうじゃないんだ。今俺がしなきゃいけないのは、一舞のゴキゲン取りじゃない。
一舞に俺の気持ちを伝えることだ。
思ったことを口にしよう。自分を信じて。
「まあ、1回くらい揉んどきゃよかったnゴフゥ」
2人の間に置かれた机を、一舞は両手で押し、俺の腹にめり込ませた。
「はぁ?な!変態ッ!!バカ!」
一舞は顔を真っ赤にして、俺に罵声を浴びせる。
「効いたよ…かなりな…」
机に腕をつき、うつ伏せになった体制を立て直す。
「自業自得だしっ!」
そだよねー。うんホントごめん。しかしここで引き下がる俺じゃない。俺は可能な限り素直な気持ちで、言葉を続ける。
「そりゃな、俺はあるに越したことはないと思うけど。だからって一舞に興味なくなったりはしないって。だいたい、俺がお前の胸ばっか見てたことあるか?」
「…最近視線がエロい」
マ ジ で か
「…とにかく、胸なら代わりの人なんていくらでもいる。でも一舞は一舞、世界に1つだけだよ。俺はお前そのものが好きなんだ。だからどうってことないさ。」
「…ホント?」
だから上目遣いやめろって。萌え死ぬ。
「ホント。命かける。」
「なにそれ。まるで小学生だし。」
すると一舞はたまに見せるあどけない表情を顔に出し、クスリと笑う。
「なぁ、パッドとってみてよ。」
少し迷っているようにも見えたが、一舞はコクリと頷くと、服の下から黄色がかったパッドを取り出す。
…見事な断崖絶壁ぶり。今日をもって日向美ビタースイーツ♪1ペッタンコの座は、彼女に受け継がれた。
まあ、でもこのアンバランスさが、またなんとも言えない色気を醸し出している。個人的には結構好きだったりして。
「よし。今から服買いにチャスコ行こうぜ!なんか1着買ってやるから!」
「あ、じゃあブランドもんのコートが欲しいんだけど。」
「ぜ、善処します…」
「冗談だし。じゃあ行こうか。」
「おうよ!」
「あ、勘定ありがと。」
「ハイハイ。」
服買って食費出してその他もろもろ…先行き不安だな。よし決めた俺公務員になろう。
決意も新たに、レジに伝票を手渡す。相対するのはやはり例の店員だった。
意外にも彼女はスムーズに会計を済ませ、お釣りとレシートを丁寧に手渡す。こいつレジ打ち特化型の店員なのか?だったらずっとそこで会計台叩いてればいいのに。
そして店のドアに手をかけ、外へ出ようとしたとき、彼女はこう言い放った。
「ありがとうございました〜」
「「釜茹でじゃないんかい!」」
俺達はなんとなくやるせない気分で、喫茶店を後にした。
「いや〜でも案外あれよ?肩凝らなくて割と楽だしっ!」
左隣の一舞が、両手を上に上げて大きく伸びをする。吹っ切れてしまうと、後の展開は意外にも早いのかもしれない。彼女の顔からは、先程の不安が完全に払拭されていた。いつも通り、とても清々しい表情している。それが、何よりも俺を安堵させた。
「前までここにでっかい脂肪がついてたんだから、そりゃ楽になるわな。」
開放的な気分に浸る彼女の絶壁の前で、左手をひゅんひゅんと上下に振る。
その時だった。
ぽよんっ。
「えっ…」
12月某日午後1時25分36秒。左手の親指、童貞の俺が感じたことのない柔らかな感触がそこにはあった。
「へ、へ、へ、……///////」
「変態〜〜〜〜〜〜!!!!!!」
「くぁwせdrftgyふじこlp」
一舞のマッハパンチが左頬に炸裂。そのまま3.4m横へ吹っ飛ばされた。
「あ、ある!ある!やった!なんか知らないけど戻ったし!」
薄れゆく意識の中、聞こえて来たのは、一舞が上げる喜びの叫びと、変態という声を聞いて駆けつけた警官の釜茹でにするぞという声だった。
そして俺は意識を失った。おほしさまきれい
おしまい
ちくしょう一舞め
危うく前科がつくとこだった