超速スピナー調   作:ルシエド

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調「公式戦で対戦者に与えるダメージはトリックの難易度に比例する」

 調は一週間で、マイの人柄を多少なりと理解した。

 だからこそ疑問に思ったことがある。

 

「師匠、こう言うのもなんですけど面倒くさがりですよね」

 

「霧崎マイちゃんは基本的にあくせく頑張らないタイプですから」

 

「じゃあ、なんで私の師匠になってくれたんですか?」

 

「んー」

 

「面倒くさがりなあなたらしくもない」

 

 霧崎マイは、自主的に弟子を取るタイプではないということである。

 

「調ちゃんが珍しい女性スピナーだったから手を貸したっていうのも、嘘じゃないわ」

 

「でも、それだけじゃない?」

 

 首を傾げる調に苦笑しつつ、マイは懐かしむように昔のことを語り始める。

 

「あなたの目を見てると、知り合いを思い出すの」

 

「知り合い?」

 

「そ。劣等感で潰れちゃって、でも弱いままの自分に耐えられなくて。

 変わりたいって一心で、たくさんの人に迷惑かけながら悪の手先になって。

 んで帰って来て反省したんだけど、それをどう償っていけば分からなくて悩んでた奴」

 

「友達?」

 

「あはっ、せいぜい下僕よ」

 

(……下僕……)

 

 どういう関係なんだろう、と調は邪推するが、答えは出ない。

 ただ、霧崎マイがそれを気にしていることだけは、理解できた。

 

「で、昔のそいつとあんたが似たような目をしてた気がしたの」

 

「……」

 

 マイはなんとなくで言っているだけだろうが、調には心当たりがあった。

 調は一時、世界を敵に回したテロリストも同然の身の上だった少女だ。

 人の命を救うためという動機からそうしたものの、調は自分が多くの人に迷惑をかけたと、そう思っている。その後悔から、変わりたいとも思っている。

 弱いままの自分に耐えられないというくだりも、調の共感を呼んだ。

 

 その"誰か"が調とどこか似た境遇であったことが、二人を引き会わせてくれたのかもしれない。

 

「ま、それはどうでもいいことでしょ。女は引き際が肝心よ」

 

「むぅ」

 

 女子は恋話が好きだ。

 競技中は回転力を求める修羅でも、休憩中は女子力を求める少女ということなのだろう。

 だが、休憩もここまでだ。

 二人は特訓を再開する。

 

「仕上がりいい感じよ。調ちゃん」

 

「……腕が上がれば上がるほど、師匠の遠さが分かります」

 

「わたし、世界最速の女だから。げろげーろ」

 

 カエルの真似をしておどけて見せながら、マイは調の両の手を見る。

 ストリングスのせいで中指は痛々しい状態になっており、手にはうっすらマメができている。

 その両手が摩耗で切らしたストリングの数は、一週間で百を超えていた。

 調の右手には瞬一が置きっぱなしにしていたハイパーインペリアル、左手にはマイが貸したバランス面において最優とも言われるファイヤーボール。

 調はこの一週間で、両手同時にヨーヨーを生物のように操れる域にまで至っていた。

 

 しかし、ハイパーインペリアルは初心者向けの安ヨーヨーである。

 ファイヤーボールが定価2000円、ハイパーインペリアルが定価680円といえば分かるだろうか。

 ぶっちゃけ、性能が足りなすぎた。

 高価格帯の人気ヨーヨーが15000円することを考えれば、ハイパーインペリアルは文学的価値で例えた場合、純文学に対する少女の謎手紙レベルのものでしかない。

 

 ファイヤーボールは後で回収するとして、大会で調に使わせるヨーヨーがもう一つ要ると、マイは考えていた。

 ついでに言えば、初めての弟子に一個くらいヨーヨーをあげてもいいなと考えていた。

 まあそれだけで突き放すのも薄情かな、と思いそのヨーヨーを調専用にチューンしたりもした。

 

 霧崎マイは面倒くさがり屋だが、手抜きは好まない上に情の厚い女でもある。

 

「これ、使ってみなさい」

 

「……?」

 

 マイが調に手渡したのは、今の調のテクに最も相性が良いと彼女が思った一品。

 

「サンセット・トラジェクトリー NXG」

 

 太陽の名を持つヨーヨーだった。

 

夕日(サンセット)……太陽(サン)

 

 調と切歌はとても仲がいい。

 切歌の鎌の刃は三日月を模したものであり、調のアームドギアが基本的に円形なのはそれが太陽を模しているからだ。

 二人は月と太陽、唯一無二の大親友。

 そしてヨーヨーもまた、調のアームドギア達と同じ円形である。

 加え、それが太陽の名を冠していることに、調は不思議な運命のようなものを感じていた。

 

「教えてどうにかなることは全部教えた。だから今日でこの師弟関係も終わり」

 

 今日までは師弟、明日からはライバル。それがスピナーの世界の掟だ。

 

「ありがとうございました!」

 

「明日の大会、一番近いところで見てるから、そこんとこヨロシク」

 

 それでも今は、技を教えてくれた彼女に精一杯を伝えたいと思い、調は頭を下げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジャパン(J)チャンピオン(C)カーニバル(C)

 またの名を全国大会のない地方大会。

 関東、関西、四国、九州、東北、北海道など、地方それぞれでスピナーの頂点を決める大会だ。

 世界大会に出場するメンバーはこれらの大会の上位入賞者から選抜する場合も多いため、調が出場しようとしていたこの大会は、必然的に強豪が揃う大舞台となる。

 

 そして、大会の日がやって来た。

 

「ん」

 

 なお、既に予選は終了している。

 当然元世界王者のチームメイトに鍛えられた調が負けるはずもなく、彼女は順当に勝ち上がって来た。本選出場者は16人。

 前大会優勝者として堂本瞬一が現れた時、調はポケットの中のヨーヨーに触る。

 

「ん? あ、月読じゃねえか。お前、一週間でここに来れるくらい腕上げたのか」

 

「これを返しに来た」

 

 調が軽く放り投げたハイパーインペリアルをキャッチし、瞬一はニヤリと笑う。

 

「そして、ここで私はあなたに勝つ」

 

 調の胸には、ぶつかる理由がある。

 彼女は別に、何が何でも堂本瞬一に勝ちたいというわけではない。

 世界の頂点に立った男に挑むことを目標としているが、勝ちに執着はしていないのだ。

 極端に言ってしまえば、彼女は堂本瞬一と勝負することすら最終目標ではない。

 

 調が求めているのは、あの日刻まれた敗北感と劣等感を拭い去ること。

 満足感、達成感、勝利の実感……なんだっていい。

 月読調は、弱いままの自分・誰の役にも立てない自分・足手まといな自分・変われない自分を実感したまま、その感情を捨て置けない少女であるからだ。

 前に進むために、彼女はこの敗北感と劣等感に決着を付けなければならない。

 

『選ばれた16人のスピナーの諸君!

 これから八ヶ所の会場に案内するぞ!

 熱いハートと回転で、実況と解説を熱く燃えさせてくれッ!』

 

 調はスタッフに連れられ、自分の戦場(いくさば)へと向かう。

 辿り着いた本戦の個別会場は、コロッセオに近い形状をしていた。

 中央に盛り上がった床だけのリングがあり、そのリングの周囲を囲むようにぐるっと円形に位置している観客席があり、リングの中央には調の対戦相手らしき男が立っていた。

 調は本戦一回戦の対戦者と相対し、彼女がかつて立花響に対してそうしたように、観察気味にジッと見た。

 

「武蔵丸弁慶。月読調、おぬしの対戦相手じゃ。いい勝負をしよう」

 

 歴史の教科書に出て来る弁慶みたいだ、と調は思った。

 でもちょっとアホっぽい、とも思った。

 弁慶の挨拶に、調は頭を下げるだけの返答を返す。

 

『ではこれより本戦のルールを説明します!』

 

 調は聞き逃してはマズいと、耳を澄ました。

 

『本大会はトリックの内容を機械が自動的に採点してくれるシステムとなっております!

 使用できるトリックは三種類のみ!

 この大会のレギュレーションに登録されたトリックのみが使用可能です!

 アレンジはある程度なら認められますが、許容範囲を超えれば即失格です!

 なので冒険はほどほどに!

 得点が高い方が二回戦に進めます! トリックの失敗は減点となりますので慎重に!』

 

「……」

 

『そしてこの会場、自分が得た得点分の衝撃が相手の体に走るようになっております!

 おっと、ご心配なく! あくまで衝撃だけで怪我の心配は一切ございません!

 相手のトリックの凄さを文字通りに"その身で実感する"最新システムでございます!

 現代におけるヨーヨーはまさに格闘技! 誰も傷付かない格闘技に等しいのであります!』

 

「……えぇー……」

 

『本選出場者の皆様方は、思う存分トリックの応酬を繰り広げてくださいませ!』

 

 調は目の前の対戦者を見る。動じていない。

 調は周りの観客席を見る。皆興奮しながら歓声を上げている。

 どうやらこれが平常運転のようだ。

 

「毎年こんな感じなの……?」

 

「わしは四年前に一回JCCに出たきりじゃから、よう知らんのじゃが……」

 

「……あてにならない」

 

「やかましい! ……まあいいわい。

 四年前はヴァーチャルリアリティ世界と、反重力ボードを使っとったな」

 

「……」

 

 ヨーヨーの大会で? と言わない倫理観を、調は既に身に付けていた。

 世界大会ともなれば、24時間耐久でトリックを何回行えるかを競うこともあるのが、スピナーの世界だ。この程度のダメージでどうにかなってしまう人間は、この大会には出て来ないのだろう。

 調の体格はもやしと表現することすらはばかられる、シラスに等しい体格であったが、戦闘訓練は受けているために問題はないだろう。

 

 この舞台に上がる資格は、十分にある。

 

(さて、このルールだとどっちが有利なのかな)

 

 調は思考する。

 このルール、中々に曲者だ。

 一見最初に相手にダメージを与えられる先攻が有利に見えるが、先攻はほぼ確実に相手を続行不能状態にまで追い込むことはできないため、後攻は必ずトリックを披露できる。

 そして先攻が難易度5のトリックをしたならば、後攻は無理に難易度10のトリックに挑んで失敗する確率を上げる必要はない。難易度6のトリックで十分なのだ。

 

 逆に先攻は、トリックを後出しで選択できないためできる限り難易度の高いトリックを選ばなければならず、失敗のリスクが後攻よりも遥かに高い。

 先攻がルーピングプレイを得意とする自分より格上のスピナーと見て、後攻にストリングプレイを選び別の土俵で戦うことだって、後攻は可能だ。

 基本的には後攻有利かも、と調が結論を出したその瞬間。

 

「先攻はわしが貰ったー!」

 

 バカは、何も考えずに先攻を取った。

 

 

 

 

 

 速攻で一回戦を終わらせた瞬一は、弁慶VS調の試合が始められた頃には観客席に移動し、この二人の試合を観戦に来ていた。

 スタッフが調の歩幅に合わせてゆっくりとした歩調で案内したのもあるが、それを加味して考えても異常の早さでの決着だ。

 瞬一は隣に居る誰かに話しかけながら、弁慶のトリックを評価していく。

 

「ダブル・パンチング・バッグ。

 ダブルループ。んで、ダブル・アラウンド・ザ・ワールドか。

 いかにも大会の弁慶らしい構成で来たな。見た目がかっけーぜ」

 

 弁慶のトリックが一通り終わると、調は車田飛びで吹っ飛ばされてしまう。

 両手を満遍なく使う高難易度トリック、それも似て非なる高難易度トリックを三つ、統一感を出しつつ組み合わせたコンビネーションだ。

 調の体重では、このトリックが生む衝撃波に耐え切れず、吹っ飛ばされてしまうのは必然。

 

「さて、弁慶は強敵だぞ」

 

 弁慶と瞬一はもう四年来の友人だ。

 瞬一が最初にヨーヨー勝負を挑んだ相手が弁慶で、それ以降ずっと親交がある。

 経験値で言えば、弁慶は調の遥か上を行く男なのである。

 ヨーヨーで遊びすぎて、高校受験に落ちたという神話を持つ男。それが弁慶だ。

 

「月読はどうすると思う?」

 

 瞬一は隣になっていた人影に声をかけ、人影は自信満々に答えを告げた。

 

 

 

 

 

 調が選んだトリックは、ストリングプレイのムーンサルト。

 ルーピングプレイのダブル・シュート・ザ・ムーン。そして……

 

「ストリングプレイスパイダーベイビーだとッ!?」

 

 観客席で誰かが叫んだ。

 なお、ストリングプレイスパイダーベイビーにそこまで驚かれる要素はない。

 最初にストリングプレイスパイダーベイビーから入り、すぐさまムーンサルトに綺麗に繋ぐ調のテクに、弁慶は思わず声を漏らす。

 だがその感嘆は、すぐさま驚愕に変わった。

 

「!? 実況席の司会進行! こやつ、同じトリックを使いおったぞ!

 ストリングプレイスパイダーベイビーの後、ムーンサルトをして!

 またストリングプレイスパイダーベイビーをやるのは、ルール違反ではないのか!?」

 

『いえいえ、反則ではありませんよ。

 言いましたよね? トリックは"三つ"ではなく、"三種類"です!

 冗長であれば減点対象となりますが、同じトリックは何回使ってもいいのです!』

 

「なんじゃとぅッ!?」

 

 コロンブスの卵。

 今大会本戦一回戦にて、スピナー達は一気に二種類の人間に(ふる)い分けられた。

 すなわち、『三種類』と聞いてこの大会の趣旨に気付いた人間と、気付かなかった人間である。

 気付いた人間は順当に勝ち、気付かなかった人間は順当に負け、気付かなかったが運よく勝てた人間は、このコロンブスの卵を真似し始めていた。

 

 調もまた、気付いた一人。

 彼女はストリングプレイスパイダーベイビーを一瞬で組み上げ、解くだけの腕がある。

 ストリングプレイスパイダーベイビーを決めて、別のトリックを決めた直後に、更にストリングプレイスパイダーベイビーを決め、また新たなトリックを決める。

 この連携こそが、調の狙っていた技だった。

 

(マズい……わし、この嬢ちゃんに勝てんかもしれん!

 トリック三つと、トリック最低五つの勝負では、明らかに前者が不利じゃ!)

 

 ストリングプレイスパイダーベイビー。

 次にムーンサルト。

 続けてセカンドストリングプレイスパイダーベイビー。

 次にダブル・シュート・ザ・ムーン。

 四つ目のトリックが終わった時点で、誰もがサードストリングプレイスパイダーベイビーが来ると、そう予測していた。

 

「!?」

 

 しかし戦場(いくさば)における実戦経験者である調は、一般人達の予想を遥かに越えていく。

 

 

 

 

 

 観客席で試合を診ていた瞬一が、目を見張る。

 瞬一は自分がほぼド素人だった状態から、誰にも指導されずに5日間一人で特訓しただけで、JCCに準優勝し日本代表に選ばれたほどの天才だったことを完璧に忘れ――棚に上げ――、一週間前に初めてヨーヨーに触った調の成長速度に驚嘆する。

 

「ストリングプレイとループプレイの混合。これだけでも初心者には難しいってのに……」

 

 調は冗長、マンネリと採点される可能性を嫌い、サードストリングプレイスパイダーベイビーではないトリックを選択した。

 

「両方の指を使ってムーンサルトだと!?」

 

 ムーンサルトなるトリックを両手で行い、両手のヨーヨーを相互にもう片方の手に引っ掛ける、左右同時ムーンサルトとでも言うべき技。

 言うなればツインムーンサルトとでも言うべきか。

 ただのムーンサルトがGNドライヴ級の難易度であるとするならば、このトリックの難易度はクアンタ式ツインドライヴ級の次元にある。

 外から見ていてもどういうテクで組み立てられたのかまるで分からない、そんな技に、観客席の一部のスピナーが調を見る目が変わる。

 

「な……! しかも、あの五つ目のトリックは!」

 

 更に調は、ダメ押しで五つ目のトリックにまたしても"お前それどういう指の動きでやってんの?"と問われても仕方ない、オリジナルトリックを見せつける。

 

「『ストリングプレイダブルスパイダーベイビー』……!」

 

 ヨーヨーの基礎技ブランコを二つ同時に行うのよりももっと難しい、ツインムーンサルトと同じく、調オリジナルのアレンジトリックのようだ。

 右手と左手で別々にリズムゲームをプレイし、同時にパーフェクトクリアをするに等しい難易度のそれが、文句なしに調の勝利を確定させる。

 採点機械はセーフ判定を出すに留まらず、調のトリックに高得点を出した。

 

「うっ――」

 

 瞬間、発生する衝撃波。

 

「――うおおおおおおおおおッ!?」

 

 そして弁慶は、調の技巧を反映した衝撃に、吹っ飛ばされていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見事。じゃが、わしを倒していい気になるなよ……

 わしはJCC本選出場者16人の中ではおそらく最弱……」

 

「知ってた」

 

「……そ、そうか。無念ッ」

 

 気絶した様子で、弁慶は地に伏す。

 このヨーヨー大会形式だと、怪我はしないが気絶はするようだ。

 なんにせよ、調は危なげなく一回戦を通過したということになる。

 

(よかった……予選落ちも、一回戦落ちも、なんとか回避)

 

 しかし、調はまだ一回戦を抜けただけだ。

 彼女にはまだ二回戦、準決勝、そして決勝が残っている。

 調が次に戦う、二回戦の相手……"それ"は、観客席で瞬一の隣に立っていた。

 

「!」

 

 その人物が、観客席からひらりと調の前に降りて来る。

 

「言ったでしょ。『明日の大会、一番近いところで見てるから』って」

 

「師匠……!」

 

「ただのライバルに戻った以上、お互い手加減なし、敬語もなしで、オッケーでしょ?」

 

 調の二回戦の相手は、世界大会で優勝した日本チームの一員でもあった『ワープスピード』、霧崎マイ。調にヨーヨーを教えてくれた、その人だった。

 

「……私は、あなたを越えていく」

 

「まだあなたには無理よ、ヒヨコちゃん?」

 

 蠱惑的に笑うマイに、相対する調。

 

 師匠と弟子の血を血で洗う全力の戦いが、今始まろうとしていた。

 

 

 


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