超速スピナー調   作:ルシエド

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調「ヨーヨーを人に向けてはいけません」

『皆様! 勝者である霧崎マイさんにも、敗者である月読調さんにも!

 その健闘をたたえ、盛大な拍手をお願いします! いや本当にいい勝負でした!』

 

 敗者にも惜しみない賞賛が与えられ、歓声が上がる。

 負けたのに褒められてしまい、調は恥ずかしいやら照れくさいやら、複雑な心境だ。

 そんな調に手を差し伸べ、彼女を引き起こす霧崎マイ。

 

「……負けちゃった」

 

「最速のわたしに勝つには十年早い……かな?」

 

(何故疑問形……)

 

 得意げな勝者(マイ)を見ても、不思議と劣等感やみじめな気持ちは浮かんで来なかった。

 コンプレックスは、抱く人間の心の持ち様にこそ原因がある。

 世の中、自分より優れた人間なんて腐るほど居るのだから、それらに対して一々劣等感を抱いていては、人間生きてはいけないものだ。

 

 調はマイには負けた。

 だが自分の弱さには打ち勝っていた。

 弱さに打ち勝ち、自分の限界を超えて戦えた。

 そして限界を超えた上で、負けたのだ。

 そこに劣等感や無力感はなく、不思議な充足と達成感のみがある。

 

「また来年、ここで勝負できたらいいわね」

 

「……!」

 

 マイに手を差し伸べられ、助け起こされた調は、奇しくも彼女と握手する形になっていた。

 自然と、互いの健闘をたたえるような気持ちになり、握る手に力がこもる。

 今日は調の負けに終わった。

 だが、次もそうなるとは限らない。

 負けが死に繋がらない競技の世界では、"また来年の大会で"という言葉が意味を持つ。

 

「その時は、私が勝つ」

 

 調は、来年こそは自分が勝つと決意を告げた。

 マイは挑発的に微笑んで、会場から退場していく。

 その背中を見送って、調もまた会場から観客席へと移動していく。

 

 フロンティア事変の顛末により、この世界からノイズの災禍は去っていった。

 だが、世の中というものは何があるか分からない。

 新たな敵が現れ、いつかの未来に人々が脅かされる可能性は十分にある。

 だからこそ装者達は訓練を欠かさず、調もまた訓練をおろそかにしていない。

 

 また来年、と彼女らは約束した。

 それは次の年に大会が開かれるまでの間、この国の日常を守るという決意である。この大会に出場する一般の人々を死なせず守るという決意である。

 そして、約束を守るため、何があろうと絶対に来年まで生き残るという決意である。

 この約束を守ろうとする意志がある限り、月読調は絶対に生きることを諦めない。

 

 ぼんやりとした『守る』という意志ではなく、守るべき場所と守るべき人々を強く意識したことで、調は"自分の戦いが何を守るか"を強く自覚し、『守る』という覚悟を手に入れた。

 

 これから先、世界を守るために彼女が戦う日が来たならば。

 調は"この世界に生きる人"を明確に頭の中に思い浮かべ、何度だって限界を超えられるだろう。

 

(! 次の試合の対戦カード、堂本瞬一と師匠だ……)

 

 調は次の対戦カードを確認してから、観客席でどこか空いてないかと席を探す。

 

「お、月読か。こっちじゃこっち、空いとるぞ」

 

「……どうも」

 

 声を上げて手招きする弁慶の声に応じ、調は彼の隣の席に向かう。

 会場を見やれば、ちょうど瞬一とマイの試合が始まるところだった。

 

「いやはや、月読も惜しかったがいい勝負じゃったな! 次も注目の一戦じゃぞ!」

 

「ん」

 

 もう既に友達になったかのような親しげな距離感で、弁慶は調に話しかけてくる。

 いや、実際にそうなのだろう。

 弁慶はヨーヨーで真剣に勝負した相手となら、もう友達も同然だと思っているのだ。

 意外とお調子者だ、と思いつつ……悪い気はしないと、ポケットの中でヨーヨーを指でなぞる。

 

 舞台の上で相対する瞬一とマイを見て、調は"来年の今日"に思いを馳せて、血を熱くさせる。

 

『それでは両者位置について……』

 

「今日のわたしは、いつもより三割増しに速いから」

「へっ、上等!」

 

『始め!』

 

 アスリートの戦いは、他者との戦いであると同時に、自分との戦いだ。

 他者の強さに打ち勝つために、彼らは自分の弱さに打ち勝たねばならない。

 調は今日、他者の強さだけでなく自分の弱さにも打ち勝つ道を、歩き始めた。

 

 いつかどこかで、調は今日の経験を活かして、自分の根源的な弱さと向き合い、乗り越えるだろう。だがそれは今日でもないし、今でもない。

 少しだけ先の、未来の話だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナスターシャの遺体を乗せたシャトルの墜落から、90日が経った。

 月読調が二課預かりの身となってから、60日が経った。

 今日も調は、二課の訓練室にて立体映像のノイズ相手に、戦闘訓練を重ねている。

 

「あら」

 

 忙しい中たまの休みとして帰って来ていたマリアが、そんな彼女の訓練を見ていた。

 調が戦っている相手は、翼発案の二課通称『わたしのかんがえたさいきょうにつよいのいず』の中堅レベル設定のノイズ。

 訓練用に設定されたオリジナルのノイズだが、このレベル帯だと結構硬く、結構速く、結構力がある歯ごたえのある強さな近接型――剣士型――ノイズだ。

 ちょっと前の調であれば、そこそこに苦戦していたであろう相手。

 

 調は機動力を活かして敵との距離を縮めたり広げたりして惑わせて、基本的に中距離からの攻め手を得意とするタイプだ。

 そんな調が立体映像ノイズに距離を縮められ、あわやピンチか、とマリアが思う。

 されど調は、冷静な対応を見せる。

 

 まずはその場で軽く跳躍して一回転。スカートを円形の刃と化し、ノイズに叩き込む。

 『Δ式・艶殺アクセル』と呼ばれる技が、密着してきたノイズを弾いた。

 すぐさまそこで蹴りを放つと、彼女の足裏の移動用ローラーが攻撃に使われ、調の足裏はまるで芝刈り機のようにノイズの顔面を削り、更に敵を後退させる。

 続いて調が取り出したものこそ、"ヨーヨーのアームドギア"であった。

 

 調は両手のヨーヨーをパンチング・バッグの要領でノイズに何度も叩きつけ、その衝撃でノイズを押し込み距離を離させる。

 そして最後に、ヘッドギアの延長・ツインテールの延長で形成された頭部武装ユニットから、『γ式・卍火車』にて、大型の丸鋸を二つ発射。

 連撃の〆として、ノイズの上半身と下半身を生き別れにさせた。

 

(空だった手に新規武装を付けたのね。全身武器化がまた進んでるわ……)

 

 スカートの刃、足のローラー、手のヨーヨー、髪の丸鋸。

 流れるように四連撃を決めた調を、特にその手の新武装を見て、マリアは出来のいい娘を見る母親のような顔をする。

 適合係数の低さから来る突破力の無さを手数で補う調のスタイルは、また一つ進化を遂げたようだ。人生に無駄はない。頑張ったことは無駄にはならない。

 こうして、どこかで人生の役に立つこともある。

 目に見える形で役に立たなくとも、自分の中で自信になってくれる。

 

 ヨーヨーに懸命に打ち込んだことは、調に良い影響をたくさんくれたようだ。

 

「若い子は数日目を離した間に、見違えるように成長するわね……

 ……………………………………いや、ダメよマリア。今のは流石におばちゃん臭すぎるわ」

 

 ヨーヨーアームドギアを床に打ち込み、ヨーヨーのエネルギー糸を巻き取りながら足のローラーを使って一気に加速、スリングショットのように自分の体を撃ち出し、『裏γ式・滅多卍切』の大型丸鋸でノイズを切り捨てる調。

 マリアは調の訓練を見ていてくれている二課職員に頭を下げ、部屋から退室する。

 

(そういえば、調は最近ヨーヨーにハマってると聞いたわね。あれがそうなのかしら?

 調も切歌も、戦いとは無縁の趣味を見つけてくれたなら、少し安心できるのだけど……)

 

 ふと、マリアは携帯電話を手にする。

 かける先はマリアと翼の世界各国チャリティーライブにも同行していて、マリアともそこそこ親交がある人物、緒川慎次だった。

 マリア視点、緒川は20代後半に見えた。

 ヨーヨーのことを聞くならあの年代がいいかもしれない、とマリアは思ったのである。

 

「あ、もしもし? 緒川さん? ハイパーヨーヨーって―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 切歌は反省した。

 恥の多い人生と、恥をかいてもグレずに真っ直ぐに生きていけるのが彼女の持ち味である。

 失敗した昔を乗り越えてこそ暁切歌。

 彼女は弦十郎に頭を下げてお小遣いを前借りし、今度こそヨーヨーを購入すべしと走った。

 しかしそこで駄菓子屋のハイパーインペリアルを買ってしまうのが彼女だ。ブレない。

 

「よしよし、今度こそ!」

 

 駄菓子屋のおばちゃんに煽られてすげーヨーヨーをゲットしたと信じて疑わない切歌。

 おばちゃんがくれた初めてのヨーヨー。

 その形状はカッコよくてスタイリッシュで、こんな素晴らしいヨーヨーをもらえたあたしはきっと特別な存在なのだと、切歌は感じました。

 食いしん坊な切歌が調のご機嫌取りに用意したお菓子はヴェルタースオリジナル。

 何故なら切歌にとっての調もまた、特別な存在だからです。

 

「その前に、特訓デェス! 秘密特訓で上手くなって調をびっくりさせるデス!」

 

 切歌の猛特訓が始まった。

 しかし彼女は性格のせいか調に比べると大雑把で、何より師匠が居なかった。

 彼女の成長速度は、スラムダンクにおける渡米後の谷沢に等しい。

 

「……あれ、なんか初心者用テクでも難しい……難しくない?」

 

 そして調にヨーヨーの才能はあったが、切歌にヨーヨーの才能はなかった。

 切歌の独学ヨーヨー秘密特訓は、可愛い練習風景以外の何も生み出してはいない様子。

 

「あれ、きりちゃん?」

 

「! 調っ!」

 

 そんなこんなで、訓練を終えた調がやって来て、隠す気があるのか疑われても仕方ないレベルの切歌秘密特訓が露見する。

 

「あ、ヨーヨー始めたんだ」

 

「あぅ……ま、まあ、まだ始めたばかりデスし? その、お手柔らかに言って欲しいなーって」

 

 切歌の脳裏に、あの日の調の姿が蘇る。

 未熟な自分の腕では「ヨーヨーナメとんのかワレ」と怒られても仕方ないと切歌は思っていた。

 が、明日から表を歩けない顔にされる覚悟で頭を抱えていた切歌の肩を、ポンと叩いて調は微笑む。まごうことなく正統派美少女な笑顔であった。

 

「そうだよ、ヨーヨーは誰だって始めていい。

 誰だって練習して上手くなってもいい。そういうものなの」

 

「……ん?」

 

「頑張ってね、きりちゃん。あ、ヨーヨーは人に向けちゃダメだよ」

 

 去っていく調の背中を見て、切歌は右手に持ったヨーヨーと、机の上に置いたヨーヨーの本を交互に見比べて、天井を見上げてポツリと呟く。

 

「……スピナーの世界とやらは一体どこに……」

 

 怒られなかったが、釈然としなかった。

 

「ま、まーいいデス。調のお墨付き(?)も貰ったことだし! 練習あるのみデス!」

 

 切歌は小技の基礎をすっ飛ばし、一気に本に書かれた大技をやろうとする。

 狙うはループ・ザ・ループ。

 調とマイが決戦に用いたほどの、ハイパーヨーヨーを象徴する大技だ。

 

 が。

 

 ヨーヨー全盛期の時代、各家庭のお父さんお母さんの多くが知った事がある。

 緒川に電話でヨーヨーのことを聞いているマリアが、今知った事がある。

 調が世間話でマイから教えられた事がある。

 切歌が知らない事がある。

 

 子供はヨーヨーを考えなしに振り回し、ついうっかりで家の物を壊すということだ。

 

「あっ」

 

 切歌がうっかりやらかして、ヨーヨーが明後日の方向に行く。

 がしゃーん、と色々と割れる音が響き渡った。

 かつてこの日本において、親の貯金箱を破壊した者、窓ガラスを破壊した者、食器棚を破壊した者、テレビの画面を破壊した者。歴代の破壊者の後に、切歌は続いた。続いてしまった。

 彼女は破壊者達の栄光の歴史に新たな章を追加し、自分の名をそこに刻んでしまったのだ。

 

「しょ、食器棚が!? マリアのお気に入りのコップが!? や、やべーデス!」

 

 切歌の黒歴史が、また1ページ。

 

「ぎ、偽装を……ってできるわけがない!

 なんでこのヨーヨー、こんな頑丈なんデスか!?」

 

 あたふた、右往左往、どうすりゃいいデスと切歌はうろたえにうろたえる。

 

「……に、逃げれば犯人不明のまま、二課の人が新品用意してくれるかな……」

 

「そうね、目撃者が居なければそれもできたかもね」

 

「ヒエッ」

 

 そして逃げようとした切歌の襟を、緒川との通話を終えて嫌な予感に駆られて来たマリアが、むんずと掴む。

 

「切歌はヨーヨー禁止! 今度室内で振り回してるの見たら取り上げるわよ!」

 

「デェェェェェェェス!?」

 

 世界の危機の終わりと、新たな世界の危機の襲来の狭間。

 平穏な日常の中で、元F.I.S.の少女達は今日も元気だった。

 

 

 




終わりデース。この後調ちゃんはストリングが切れた経験を活かし、アームドギアのストリングを物質ではなく切れないエネルギーの糸に設定しますが、それを逆手に取られてVSミカの最終戦でヨーヨーごと引っ張られ地面に叩き付けられたりなどします

ノイズ、人形、碧の獅子機にだけヨーヨーを向ける調ちゃんはヨーヨープレイヤーの鑑

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