リナリアの風   作:銀提督

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第2話

雨の大湊鎮守府。

普段から濡れていることの多い艦娘達は濡れることをいとわないため、入渠ドッグの窓からは外で駆け回る駆逐艦達の姿が見える。

 瑞鶴はあの出撃から数日たっても未だにドッグから出れていなかった。艦娘は特殊な能力を持ち、持っているからこそ艦娘になれる。特定の装備をすると服が装甲に代わり、武器の威力が上昇する。そして、大きな怪我は数日休めば治ってしまう。戦列を離れる期間が短く継続戦闘することも可能で深海棲艦と対立する世では艦娘は必要不可欠な存在だ。しかも深海棲艦を相手どるに当たって、普通の軍艦では小さな相手を捉える確率はほぼ不可能に近い。装甲も軍艦並みの深海棲艦相手では勝ち目などないのだ。故に深海棲艦の相手は艦娘が主となり、入渠ドッグでも傷が治れば直ちに自分の任務に戻らなければいけないのが艦娘達の基本だが、稀にドッグから出れないかドッグに通わなければいけない艦娘達もいる。そういった艦娘達はPTSDと呼ばれる心的外傷ストレス障害によって心が傷ついてドッグに居る医者のカウンセリングを受けなければまともに生活すら困難になってしまった娘が多い。

 言わずもがな瑞鶴も軽度のPTSDと診断され、軟禁のような状態となっていた。

病室のように白いベッドが置かれ、机と艦娘達のお見舞いの品以外は何もない孤独な部屋で外を眺める日々だ。一人だったら翔鶴のことを考えてしまい余計に悪くするだろうに、と考えて虚しくなってやめる。時には何も考えていないのに涙が溢れたりする。不思議と恐怖を感じて叫んだりはしなかった。その点が軽度のPTSDと診断された理由だった。

 今日もただベッドに座って外を眺めていると、不意に病室のドアが叩かれる。

 

「どうぞ」

 

小さな声で力なく答える。ドアが開いた先には提督が居た。

提督は何も言わずに入ってくると部屋の椅子に腰かけて被っていた帽子をとっていきなり頭を下げた。

 あまりにいきなりのことで瑞鶴は仰天する。仮にもこの鎮守府で一番偉い人が頭を自分に向かって下げているのだ。偉いといっても艦娘達と距離が近い提督はため口で話されたり叩かれたりするし、瑞鶴自身も提督に対しては割と乱暴な言動ではある。それは提督の「みんな家族」方針に乗っ取った壁のない関係を全うする一つの軍務なので鎮守府では当たり前なのではあるが、やはり提督が頭を下げる行為は驚かずにはいられなかった。

 

「ちょ、ちょっとなんで謝んのよ」

 

「俺のミスが原因だからだ」

 

「ミスって・・・。提督は何もミスなんかしてないじゃない。救援信号を受け取って、それを私たちが急行して、それで・・・」

 

「確かに救援信号は受け取った。しかし、あの救援信号は深海棲艦が我々を誘き出すためにこちらの信号を使ったとしか思えないんだ。それを見抜けなかった俺の責任だ。非は全て俺にある」

 

 そういって頭を上げた提督を瑞鶴は凝視する。

 

「昨日、救援信号を受け取った場所を他の艦娘達に偵察に行ってもらった。救援信号は輸送船から発信された信号だったが、その付近には船の残骸はなかった。確認だが接敵したのはどこらへんだ?」

 

「信号の発信源のかなり手前だった」

 

「やはりか」

 

提督は渋い顔をして顎に手を置いて思案し始めた。一方の瑞鶴も頭の中を色々な考えが行き来する。

 輸送船からの救援信号とは何らかの襲撃により護衛艦を失った場合にのみ発信される緊急の信号の場合が多い。今回の件は単冠湾白地の護衛艦が襲撃に合い、戦闘不可能となったために一番近い大湊鎮守府に対しての救援信号だったはずだ。実際そういうふうに電報が送られてきていたし、単冠湾白地に確認を取らずに緊急出撃した。それがあの獰猛な深海棲艦の策謀による戦術だったというのなら、これまでの戦いの基礎の根本が全て覆るような重大な事件だ。

 深海棲艦は海を荒らし、人類の脅威となる敵ではあるが、人智を伴うような行為は今まで行ってこず、どちらかといえば膨大な数で攻め入ってくる無策の海賊という印象が強かった。しかし、提督のいうことが事実であるなら深海棲艦との戦闘がこれまで以上に厳しくなることは明白だ。

 

「俺が単冠湾に確認を取っていればこんなことにはならなかった」

 

提督は悔し気に言葉を漏らす。

 

「あんたは全然悪くないじゃない・・・。深海棲艦が今まで情報戦を仕掛けてこなかったんだから対応出来なくて仕方ないじゃない。それよりも私よ。私は・・・うぅ・・・翔鶴姉ぇ・・・」

 

 光景が目に浮かぶ。信号の発信源からかなり距離のある場所を航行していたため、偵察機も飛ばさず、無防備に目視で警戒しながら航行していた。策略に嵌めた側の深海棲艦は偵察機で警戒して今か今かと待ち伏せて、こっちは遭遇戦に備えるための目視の警戒だ。先手を取られるのは必然で不意の一撃で先頭にいた翔鶴に戦艦と思われる砲弾が帰還部に初弾で命中する。その後、敵艦載機の黒い影が青空に広がる絶望。沈みゆく姉の優しく強い眼差し。自然と嗚咽が漏れた。

 

「うぅ・・・なんで・・・」

 

なんで無理やりにでも連れて行かなかったんだろう。

なんで偵察機を飛ばしていなかったんだろう。

なんで私だけこの場にいるのだろう。

 

「こんな気持ちになるなら・・・一緒に居たかったよぉ・・・」

 

不意に漏れた言葉と嗚咽は病室に響いた乾いた音で上塗りされる。

瑞鶴の頬がじんじんと痛んだ。何事かと見上げてみれば、先ほどまで座っていた提督が瑞鶴の目の前で手を振り上げていた。

 

「翔鶴の思いを無下にすることは許さん。瑞鶴、お前がここに居るのは翔鶴の指示じゃないのか?逃げろと言われたんじゃないのか?あの場所に居なくてもわかる。あいつならそう言うだろう。お前の姉は妹を道ずれにするような女ではないだろう。その姉が、瑞鶴に生き延びてほしかったからここにお前は居るんだろう。その思いの対象である瑞鶴自身が一緒にあの場に残り続けたかった等と漏らすな!」

 

 瑞鶴はただ茫然と言葉を聞き続けるしかなかった。

結局、誰も悪くないし、だれのミスでもないのだ。提督は自分のミスだと言うが深海棲艦の初めての策謀に対応するなどどんな提督にも不可能であるし、瑞鶴も不意打ちに対応するなど不可能だ。誰も責めれない。悪いのは深海棲艦だけだ。

 

「瑞鶴、落ち着いたらこの手紙を読んでおくように」

 

 提督は振り上げた手を降ろし、懐からちいさな封筒を取り出す。

 

「叩いて悪かった。それと責任は俺だから瑞鶴は気にするなよ」

 

提督はそう言って病室を後にしてしまった。瑞鶴はただ茫然と提督の居た虚空を眺めたままだった。

 

 

 

 

 

 

 提督の手紙を手にとったのは数時間後の事だった。

カウンセリングを終え、ドッグのお風呂に漬かりホカホカの状態で病室に帰ってきた頃には既に心は落ち着いていた。提督の手紙の内容を読む。

 

『翔鶴型空母二番艦瑞鶴。貴艦を今週付けで大湊鎮守府配属、第一独立部隊の嚮導艦に任命する。詳しい場所は大淀が知っているので大淀を訪ねるように』

 

 って、ええ?!と瑞鶴は驚く。いきなり配置転換でしかも嚮導艦だなんて私にやらせるようなことじゃない。しかも第一独立部隊って機動部隊と何が違うのよ。

 

『なお、第一独立部隊は元来の戦隊とは違い、極めて迅速に支援を行うために作られた部隊である。本部隊は大湊鎮守府にのみ配置され、独自の判断で行動することが特権的に認められる。例として救援要請を受けた場合などに鎮守府を通さずに出撃が可能である』

 

「艦隊で独立部隊ってめちゃくちゃ過ぎる。というかそれの嚮導艦ってことはもしかして私が判断しろってこと?」

 

 瑞鶴の顔がみるみる青ざめる。こんなの荷が重すぎる。素直にそう感じた。

 

『貴艦が選ばれた理由は先の深海棲艦の策謀を経験し、かつ嚮導艦として才覚があると本営が判断したためである。誇りをもって従事されたし。PS.そんなに気負うことないぞ。独立部隊なんて仰々しい名前がついてるが基本的には駆逐部隊だ。だから戦闘能力よりも本艦隊の支援能力を重視している。瑞鶴が嚮導艦に選ばれたのは駆逐達の中で唯一の大型だからだ。それに療養するにはいい場所に舎が建ってる。何かあれば相談するように。あと、明日で退院だから皆に挨拶は済ませておくように。提督より』

 

「なにがいい場所に建っている、よ。一応傷ついてる乙女にいきなり大任を押し付けるなっての!」

 

 瑞鶴は大声を張り上げて紙を投げ捨てる。

 

「何よ!適当人事にも程があるじゃない。未だにPTSDでドッグから出れない奴になにやらせるつもりよ!バカ!あほ!」

 

 ふと、瑞鶴は散々叫んだことで何となく心の暗雲が消えた気がして少しだけすっきりした。

 瑞鶴がこの部隊に配置された理由は出来るだけ翔鶴の事を考えないようにと多忙を極める独立部隊の中に放り込んだ提督なりの配慮であることに気づくのはもっと先のことである。

 

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