リナリアの風   作:銀提督

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第4話

 目の前には怪訝は表情を浮かべる大淀。横には「あはは~」と苦笑いする龍驤と申し訳なさげな鳳翔。そして中央には今にも倒れそうにフラフラと身体を揺らす瑞鶴。

 

 提督室や指令室のある中央舎の2階、鳳翔居酒屋のすぐ隣にある階段を上った目の前の部屋は応接室となっていた。内装は書類などの入った大きなロッカーに中央に大きな机。そして机を挟むように二人が座れるくらいのソファーが二つある。

 ここは艦娘の要望や質問等の直接提督に言わなくてもよいとされるような事を秘書艦や秘書艦補佐の艦娘が受け答える部屋である。因みに、嚮導艦による艦隊装備の陳情などはレポートに纏めるなどして秘書艦が提督に渡すため、応接室の用途は基本的にどうでも良いことにしか使われない。例えば下着。外出時と夜間は年相応のお洒落が出来るとはいえ、基本的に服が指定されてしまう艦娘達にとって正装時におしゃれ出来るのは下着くらいで「あの雑誌に載ってる下着が欲しい!」「す、すいません。最近、その・・・胸がきつくて・・・」といった具合で乙女である艦娘達は度々訪れる。

 こんな乙女の陳情を男である提督が直接聞くのもはばかられるので、応接室は別名「下着部屋」なんて呼ばれていた。とはいえ、ミーティングや来賓の接待等の真面目な用途にもちゃんと使われる。

 今回は真面目な用途で応接室が使われる筈なのだが、あろうことか応接室は酒臭さで充満していた。原因は言わずもがな居酒屋鳳翔での一時だ。

 

「これは一帯どういうことですか?」

 

 大淀の凛とした声が室内の臭気を切り裂く。言い訳を述べるのは龍驤だ。

 

「いやぁ、あのなぁ・・・元気つけたくってそれで・・・」

 

「朝からお酒ですか?」

 

「う、うん」

 

「はぁ。気持ちは分かりますけど朝からお酒はいけないんじゃないですか?」

 

「あはは~・・・あはー・・・」

 

 返す言葉もない、と言った様子で再び龍驤は気のない笑顔を浮かべた。流石秘書艦大淀である。とても真面目で厳格な性格をしているようだ。

 

「で、どなたが言い出しっぺですか?」

 

「う、ウチやけど・・・」

 

「ここに一緒に来たということは、これから大事な説明を瑞鶴さんにすると知っていて一緒に飲んだと受け取って間違いないですか?それと質問なんですけど瑞鶴さんも合意して飲んでたのですか?」

 

「瑞鶴は説明を受けるから飲まないって嫌がったんやで!ウチが無理やり飲ませてもうたんや」

 

 さながら事情聴取の体を成してきた応接室での問答に、割り込むように鳳翔が口を開いた。

 

「申し訳ございません。悪気はなかったんですけれど、配慮に欠けていました。今後、こういったことが無いように一層の精進と規律に準じ致します。本当に申し訳ありませんでした」

 

 秘書艦とはいえ、大先輩である鳳翔にこれだけ下手に出られては大淀はこれ以上のことは言えない。

 

「・・・わかりました。悪気はなかったことは重々承知していますし、お咎めもないです。ただ、秘書艦という立場なので口うるさく言ってしまうのです」

 

 大淀の言葉に龍驤はホッと一息つく。その様子をしり目に大淀は続けて言う。

 

「しかし、瑞鶴さんのご様子ですと多分まともに説明聞けないですよね」

 

 瑞鶴の様子は相変わらずフラフラと頭を重そうにして揺れていた。半開きの目の焦点が合っていない。多分、ソファーにでも横にさせれば1秒で微睡の深みへ落ちるだろう。

 

「ですので、お二人に説明します。聞いたことをそのまま瑞鶴さんへ伝えてください」

 

「分かった。まかしとき!」

 

 明るさを取り戻した龍驤が胸を張って答えた。その様子さっきまで畏まっていたとは思えないほどにハツラツとした表情を浮かべていた。切り替えの早さは艦隊一である。

 

「では、説明しますね」

 

 と、大淀は言って、応接間にある箪笥ほどの大きさもあるロッカーから地図を1枚取り出した。地図と言っても大雑把な日本地図が描かれているだけの小さなものだ。それを机の上に置いてとある場所を指差す。

 指が差された場所は青森県にある大湊鎮守府から遥か南東、太平洋沿いを南下したリアス式海岸の下部分で大湊と横須賀鎮守府の丁度中間辺りであった。転属になるとは聞いていたが、まさか別の鎮守府に配属されるのかと龍驤と鳳翔は驚きそうになるが、よくよく考えれみると大淀の指差す場所には鎮守府があった記憶がない。では泊地か、と考えるがやはり記憶の中には泊地が存在しなかった。

 たまらず龍驤が聞く。

 

「どういうこと?」

 

 至極全うな質問である。そんな謎の場所を指さされても何が言いたいのか全く皆目見当もつかない。

 

「瑞鶴さんの配属先です」

 

「配属先って・・・そんなところに泊地はありましたっけ?」

 

 鳳翔は首を傾げて訪ねた。

 

「知らないのも当然です。私も一昨日提督に聞いたばかりですし、まだこの場所には何もありません。いえ、正確に言えばあるのですが・・・」

 

 さらに分からなくなる大淀の言葉に二人はだんだんと難しい顔になってくる。

 

「この場所の名称はリナリア泊地と言います。まだドッグくらいしかないので今のところリナリア泊地(仮)といった感じですね。泊地と銘打ってますが、実は大きな洋館と桟橋があるくらいの小さな敷地しかないらしくって、どちらかと言えば個人の私有地に近いらしいです」

 

 意味がわからなかった。先ず、リナリア泊地なんていう泊地名は聞いたことがない。大淀の説明からすれば新規の泊地というふうに聞こえるが、まだ未完成であるのならば完成してから転属の指令を出すのが通例である。「建ちかけの家に今から住め」という人はいない。

 

「えっと、ウチが間違ってたら悪いんやけど聞く限りどう考えても泊地には聞こえへんねんけど」

 

「ええ、その通りです。ただ、泊地と銘打った方が何かと都合が良かったらしいですね。その辺りは私もよくわからなくって」

 

 どうやら大淀も正直なところよくわかってないらしい。

 

「洋館が艦娘寮兼ドッグとなり、近々工廠が離れに1つ建設予定です。因みに大湊鎮守府所属リナリア泊地となりますので、正式に言えば瑞鶴さんは部隊転属と言った形ですね。他の艦娘は呉、横須賀、佐世保から配属されるらしく私も提督から聞いていません」

 

「無茶苦茶や・・・」

 

 龍驤が絞り出したような声でぽつりと呟いた。そして大淀も鳳翔も心の中で同意する。あまりにも異例すぎる前例のない人事だ。

 

「おそらく瑞鶴さんは聞いてると思いますが一応念のために説明しますね。瑞鶴さんは第一独立部隊という新部隊の嚮導艦としてリナリア泊地に配属になります。新規の試みですので色々不都合があると予想されますが、艦隊の運用等のノウハウが定まり次第、部隊の規模の拡大を検討しており、ゆくゆくは第三独立部隊までは最低でも運用可能な状態にしたいらしいですね。因みにリナリア泊地に第三部隊までで、第四部隊以降は別地域に設けるらしいです。ですけど正直どうなるか分からないというのが現状ですね」

 

 長い説明を終えた後、大淀はため息をついた。自分で説明しておいて何だが全く想像がつかないのが本音だ。普通は鎮守府ないしは泊地に配属されて従軍する。しかし、これはどう考えても泊地という名のただの家に住めと言っている風にしかとらえられない。

 

「質問があるのですけど良いですか?」

 

 鳳翔が小さく手を挙げる。その表情は困惑していた。

 

「どうぞ」

 

「第一独立部隊とは具体的に何をするんですか?」

 

「迅速な支援と多岐に渡る活動と私は聞いています。必要であれば現場判断で行動が可能です」

 

 なんとも的を得ない答えであるが現場判断という言葉が引っかかる。

 

「現場判断とは?提督、もしくはそれに近い方がリナリア泊地にいらっしゃるということですか?」

 

「いいえ」

 

 大淀の短い返答に恐る恐る龍驤が口を開く。

 

「それってまさか艦娘自身が判断するってことじゃ・・・」

 

「その通りです」

 

 二人は絶句する。とんでもないことだ。とんでもない部隊だ。何を考えてかは知らないが兎に角奇天烈な部隊に、しかも嚮導艦として今の瑞鶴を配属するなんてあまりにも不安過ぎる。

 

「一応これが今回説明しようと思っていたことです。リナリア泊地には陸路で向かいます。陸軍さんの車で向かうので身なりはしっかりしておくようにと言っておいて貰えると嬉しいです」

 

 大淀はそう言って封筒に入った概要説明書とリナリア泊地の場所にバッテン印がついたちゃんとした地図を鳳翔に渡す。

 

「では後はお任せしました。これから工廠に向かわなくてはいけなくて」

 

 と言いながら大淀は足早に応接室から出て行ってしまった。残された二人はしばし互いを見つめあった後、いつの間にか立ちながらすぅすぅと寝ていた瑞鶴の顔を凝視する。

 

「これはあかんで・・・」

 

 龍驤の声が応接室に木霊した。

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