史実ネタが含まれているシリアスなものだったり、そういうものとは全く関係ないギャグ回だったりと、色々な話を織り混ぜていく予定です。
とある鎮守府の、とある一室。
そこに1人の男が仁王立ちしている1人の女性の前にて正座させられていた。そんな情けない姿を晒している馬鹿な奴は、一体何処の誰なんだろうな。
――まあ、他でもない。俺だった。
「……何をやっていたのか、聞いてもいいかしら?」
「いや、これにはだな、とても深い日本海溝よりも深い訳があってだな」
「言い訳なんて聞きたくないわ」
「ええー……それ何て理不尽……」
今し方、説明を求めていたのは何処の誰だというのだろうか。そして説明をしようとすれば言い訳するなと言う……なら一体、俺は何を語ればいいのだ! こんな理不尽があっていいものなのか!
部屋のど真ん中で、加賀さんに正座をさせられている俺は僅かな可能性に賭けて、助けを求めるように傍らにいる皐月に目を向ける。皐月は俺と加賀さんを交互に見たあと申し訳なさそうに視線を下に向けた。
神よ。私にご慈悲は下さらないのですか。
「真昼間からいたいけな女の子に抱きつくなんて、提督も良いご身分になったものね」
「だから違うってーー!!」
事の発端である彼女は俺のことを助けてくれそうにない。
いやね、違うんだよ。決してセクハラをしていたとかそんなんじゃないんだよ。俺はただ皐月を膝の上に乗せていただけなんだよ。ホントただそれだけなんだよ。もしかしたら無意識の内に皐月のお腹に手を回して抱きついてるような形になっていたのかもしれないが、だとしても俺にやましい気持ちなんてこれっぽっちもなかったと断言していい。なのでいい加減許してはくれませんかね加賀さん。俺の足はもう限界です。
「提督ー、ちょっと訊きたいことが……って何やってんの」
扉を開けて入ってきた北上が仁王立ちしている加賀と正座させられている俺を奇妙なものでも見るかのような目で見てくる。
藁にもすがる思いで北上を見つめる。頼む、俺のSOS信号に気付いてくれ。
しかし無情にも、彼女は笑顔で首を横に振りやがった。酷い。
「また提督は何かやらかしたのー?」
「ちょっと待て。またって何だ。俺は今まで何一つやらかしたことなんてないぞ」
「うーん。記憶が正しければ提督が加賀さんに怒られてるこの図、既に4回は見てるんだけどね」
「そんな馬鹿な」
過去に4回も、そんなアホみたいな過ちを繰り返すわけがない。
榛名に膝枕してもらったり、瑞鳳を膝の上に乗せたり、鳳翔に膝枕してもらったり、雷を膝の上に乗せたりした過去があるというだけだ。何らおかしいことはあるまい。
「提督。見苦しい言い訳は止めましょう」
「お願いだから加賀さん少しは俺を信じて」
「ダメです」
真顔で即答された。解せぬ。
「まあまあ。加賀さんもそろそろ許してあげようよ」
「か、加賀さんボクからもお願い。許してあげて」
さり気なく許しを求めてくれる北上と、それに便乗するように皐月も加賀さんに訴えてくれた。いいぞ皐月! 嬉しくてお兄ちゃん小躍りしそうだ! 先程庇ってもらえなかったことは不問としよう!
「……2人とも提督に甘いですね。まあ、今回はこの辺で許してあげることにします。今後は一切こういうことが無いようにお願いしますね、提督」
加賀さんはそう言うとクルリと背を向けてスタスタと部屋を出て行く。
これは……開放された、という解釈でいいんだよな?
「やれやれ。災難だったみたいだね、提督」
「本当だよまったく」
立ち上がろうと足に力を入れた。長時間正座させられたせいで足がめっちゃ痺れている。まあ当然か、普通硬いフローリングの床で正座することなんてないからな。お陰で足がガッタガタだぜ。
「提督、その……足大丈夫?」
心配そうに皐月が駆け寄ってきてくれた。
ああん、この子可愛過ぎる。
「ああ大丈夫大丈夫。時間が経てば足の痺れなんて消えるから」
「何だか……ゴメンね。ボクのせいで」
「気にすることはなーい、別にいつものことだ。北上もありがとな」
「いいよいいよ。それより提督、ちょっと話というか相談があるんだけど……」
相談? 北上が?
そういうのはいつも秘書艦である熊野や、北上と同時期にこの鎮守府にやってきた木曽辺りに話していたと記憶している。実際大抵のことは彼女たちの方が力になれるし、俺自身悩み相談なんでもござれってタイプではない。だというのにわざわざ俺に相談を持ちかけてくるということは何かよっぽどのことでもあったのだろうか。
提督である俺にしか出来ないような相談事……。うむ、そういうことなら聞いてやろう。俺は心が広いからな。
「比叡がね、仕事続いてて疲れてる提督のために今晩カレーを振舞うんだって意気込んでて……私らじゃ止めれそうにないからさ、提督の方から言ってくれないかなって」
へぇ、比叡って料理出来るんだな。知らなかった。
……しかし晩飯を作ってくれるというなら特に問題もないと思うのだが。
相談するようなことでもないし、まして俺にわざわざ言うことでもないだろう。比叡がカレーを作るということの一体何がダメなんだ?
「あの比叡さんがカレーを……?」
北上の言葉を聞いた皐月の顔色がどんどん青ざめていく。ちょっと待って。どうしたその反応は。まるで目の前でゴキブリが横切った時の女の子みたいだぞ。
「そう。あの言葉として表現出来ないような超独特な色合いのカレーが厨房にて今もグツグツと煮込まれてるんだ。味見をさせられた熊野は医務室で寝かされてるよ」
おい誰か比叡止めろ!
「私らじゃどうも出来なくてさ……だから提督に止めてもらおうかと」
「何でだろうな。話を聞いてる感じ止められる気がしない」
「提督なら出来るよ」
「その言葉はせめて目を見て言ってくれないかな北上」
え、何比叡の作るカレーってそんなにヒドイの? そんな暗い瞳でフローリングの床を見つめちゃうくらいのモノなの? 秘書艦の熊野に次いで比叡との付き合いは長いのに俺は今初めて知ったよ。
「熊野だけじゃなくて木曽も止めたみたいなんだけどさ。『普段から頑張ってる提督のために美味しいカレーを振舞ってあげるんです!』って言って聞かないらしくて……」
「ああ、うん。そこまで言われたらもう選択肢は無いよな。分かった俺が行くよ」
「よろしく~」
俺と熊野がいない間急遽代役として皐月と北上に仕事(と言っても書類に目を通す程度)を任せて、比叡がいるという厨房へと足を運ぶ。仕事をしなくて済む大義名分が得られた! と喜びたいところだが、あんまり素直には喜べないな。
厨房までは階段を降りて廊下を真っ直ぐ行けば良いだけなので意外と近い。なので特に思案する間も無く着く――と思っていたが、厨房の扉の前で立ち尽くしている人影を見た。あれは……。
「木曽?」
「ん? ああ! 提督か。丁度良いところに」
近くまで行くと疲れ切った顔をした木曽が俺の両肩を掴んでガクガクと揺らしてきた。
「提督、どうにかして比叡を止めてくれ。このままでは子供があらゆる色の絵の具を混ぜに混ぜたかのような不気味な色合いのカレーが皿に盛り付けられることになるぞ!」
「分かった。分かったから少し落ち着け。そして揺らすのを止めてくれ」
「おっと、すまない」
木曽は両肩から手を離して1歩下がる。危ない危ない。首の骨が外れるかと思った。
「しかし、絵の具を混ぜたような色って……それってあまり綺麗じゃない川とかの表現に使われる色だよね? 普通に料理をしてて再現される色だったっけ?」
「最早口で悠長に説明している暇はない。とにかく厨房に」
木曽に手を引かれるまま扉を開けて中に入った。室内にいたのは比叡だけで、機嫌よさそうに鼻歌を歌いながら大きな鍋をかき回している。こうして見る限りでは普通に料理をしている女の子としか写らないのだが、異変は、俺の嗅覚が感じ取った。
「この臭いはッ!」
「提督も感じたか……。そして念のため聞いておくがこれはオレの鼻がおかしいとかそういうのではなく認識が間違っているのでもなく、実際比叡のカレーは……」
「ああ。めっちゃ酸っぱ辛そうな臭いが漂ってくる。そして普通カレーからそんな臭いはしない」
一体何を混ぜたというのか。いやそもそも何を煮込んでいるのか。
「? ……ああ! 提督、来てたんですね!」
俺たちの話し声が聞こえたのか、比叡が嬉しそうに振り返る。動いたことで比叡の体の陰に隠れていた鍋が見えた。その鍋の淵についているルーの色は、鮮やかな黄緑色をしていた。……カレーに限らず、料理って黄緑色になることってそうないよな……しかも塗料のように鮮やかな色になんて。
顔から血の気がサーッと引いていくのが分かった。俺、あとであれ食わされるのかな……?
「待っててください提督! もうすぐ出来上がるので!」
「うん、あのな比叡」
「心配しなくても量は多めにしといてあげます!」
「そうじゃなくてな比叡」
「腕によりをかけたので……実は、今回のは結構自信作なんです!」
「えーと……」
「なので楽しみにしてて下さいね!」
「…………あ、うん」
ダメだ。この比叡に否定的な言葉を告げることは、俺には出来そうにない。
しかし何も言わないでいるとあの摩訶不思議なカレーを食すことになるのは必須だ。熊野がぶっ倒れたらしいことも考えると、それはきっと文字通り衝撃的な味だったのだろう。しかも量から考えて俺だけでなく他の子たちの分もあるよな……仮に俺が耐えれたとしても皐月とかまず無理だ。さてどうしたものか。
「おい提督、比叡を止めないのか」
「どうしよう木曽、俺には止められそうにないのだが」
「何弱気なことを言っている!」
木曽にわき腹を小突かれた。そうは言ってもさ、あの比叡の楽しそうな表情見ると安易にそれ作るの止めろとは言えなくなるんだよ。しかも自信作だって。余計に言い辛い。
考えろ、何か策はないのか。この状況を打破しつつ比叡を悲しませずに木曽や皐月たちに被害が及ばないようにする方法は。
「…………比叡、よく聞いてほしい」
「はい?」
ああ、ついに言ってしまうのか俺。
このまま葛藤してても埒が明かないのは分かってるし、早々に腹を……。
あれ?いやちょっと待て。あるじゃないか。良い方法。
「比叡が今作ってるカレーのことだが……」
そうだ。この方法しかない。
一呼吸置いてから、きょとんとしている比叡に告げる。
「木曽や他の子たちには出さないで欲しい」
「え……」
比叡はショックを受けたような顔をしている。目尻にジワリと涙らしきものまで確認出来た。
いかん。このままでは泣かせてしまう。
「せっかく比叡が俺のためにと作ってくれたんだ俺もこんなことしてもらえたのは生まれてこの方初めてだし今はこの幸せをかみ締めるたいから是非比叡の作ったカレーを俺に独り占めさせてほしいんだがダメだろうかダメだと言われてもやるけどね!」
次のアクションを起こされる前に一気に捲くし立てる。
「最近カレーとか食ってなかったからさ、久々に食べたいなーとか思ってたところなんだ。しかも今日のは比叡が腕によりをかけて作った自信作なんだろ? そんな言葉聞かされたら、俄然食欲も湧くってものさ」
「で、でも提督、これは1人で食べるには多過ぎると思」
「何言ってるんだ俺は鉄の胃袋を持つ男だぞ? たかが鍋一杯分くらい余裕よ。だから比叡、お前の特製カレー、是非俺に全部食わしてくれ」
比叡の表情が見る見る笑顔になっていく。よし! 作戦は成功だ!
「分かりました! 気合! 入れて! 作ります! 提督は今日の晩御飯、楽しみにしてて下さいね!」
「おう。夕飯の時間が待ち遠しくて仕方ないぜ」
そう言って木曽と共に厨房を後にする。
引き攣った笑顔のまま提督室に戻る俺を、木曽は涙を流しながら敬礼して見送ってくれた。
俺はその日の夕飯で出てきた比叡の特製カレーを、宣言通り平らげてやった。食べ終わった直後、医務室に運ばれたのは言うまでも無く……。2日間はベッドの上で安静にしていることを余儀なくされた。その間の仕事は全て加賀や北上にやってもらったわけだが、俺が復帰したあとも、仕事を押し付けたことについて文句を言われることはなかった。