シリアスとほのぼのと切なさを順繰りに出していけたらなと……。
更新は手直し具合にも依るので、不定期になるかと。
それでは、どうぞよろしくお願いします。
無縁塚。
魔法の森を抜け、再思の道を進んだ先にある、木々に囲まれた小さな行き止まりの空間の無縁仏のための墓地。
少し前なら、木々と彼岸花に囲まれた空間にただ塚と『紫の桜』があるだけあったが、今は小さな庵が建っていた。
妖怪とは例外こそあれ、人間を襲う種族である。
生まれ持っての存在意義が確固としてあるという感覚は人間には理解し難いが、多くの妖怪が人を害する為に“生まれる”のは事実である。
幻想郷では妖怪は無暗には人を襲わない、それは幻想郷のバランスを損ねる行為であるからだ。
妖怪の存在意義を満たすために、ルール付けされ、命を落とす事は(ほとんど)ない、ある種の儀式化された妖怪の『異変』と人間の『妖怪退治』が定着している。
……しかし、妖怪にはそれだけでは収まらないモノが多いのも事実。
人を殺すという事、あるいは人を喰らうと言う事をなくしては自らの存在意義を喪失してしまうとして、彼らは生贄を要求した。
そこで用意されたのは『外の世界』の人間である。
偶然迷い込んだ者や無縁塚に誘い込まれた自殺志願者、あるいは幻想郷の管理者たる八雲紫が用意した『都合のいい』人間。
妖怪の数に対して十分量、その食糧は供給されていた筈だった。
しかし、例外こそあるが人間を襲う事こそが妖怪の存在意義であり、そんな妖怪達の手元に苦労なく人を呼び寄せられる手段があれば、歯止めが利かなくなるのも当然だったろう。
食い扶持の割合に不満を溜め込んだ一部――主に低級――の人食い妖怪達は協力して幻想郷の結界を越え、外の世界へと『狩り』に出かけるという事件が起こる。
しかし、元々幻想郷の存在は警戒されていたこともあり、外の世界の退治屋達にあっさり補足され、撃退されることとなった。
幻想郷は幾つかの点で外の世界と“対”になっている。
幻想郷において、ほとんど妖怪の管理下で生かされている状態ながらも確かに存在する人間の勢力と同程度には、外の世界の妖怪も勢力を残しており、それに対処する退治屋も存在していたのだ。
幻想郷の『妖怪退治』が形式化され、しかと周知されているのに対し、外の世界の妖怪退治は“幻想が思い出される”ことのないよう隠密に、秘密裏に行われている点も、また対となっていたが……。
そうした退治屋達が妖怪達を追い散らしたところで、介入したのは幻想郷の妖怪の賢者、八雲紫である。
突然の大妖怪の登場に悲壮な覚悟を決めかけた退治屋達に対し、彼女は『管理者』として妖怪の暴走を謝罪した後、その妖怪達への追撃を取りやめてくれるように頼みこんできた。
元々、八雲紫は力のある神や退治屋勢力などには事前に『神隠し』の了解を得たり、その領域の人間には手を出さない代わりに余所での『神隠し』を黙認させるなど交渉を行ってきたため、その退治屋達の一派も八雲紫を話の通じる妖怪と判断、これに応じ停戦交渉に入る。
これが後に『茶番戦争』と称される事件の、表向きの顛末であった。
「――では、細かな条件はこのように……以後、俺が“監視役”としてこの無縁塚を拠点に幻想郷に留まることになります。
……お分かりとは思いますが、外の世界の退治屋全員が納得したわけではありませんので――」
「分かってる、貴方の一派が根回しできないような派閥には別にこちらで手を回しておくから。
……人間の基準で言うなら、久しぶりね、“恐怖代行”……あの異変の前に毘沙門天から諸々の黙認を取り付けてきてくれたのが最後かしら?
お陰さまで貴方のお友達の鼠も楽しくやってるわよ」
「……そんなこともありましたね……しかし、その前にお会いしたことってありましたっけ?
師匠と八雲殿に色々と……あ~、縁があったことは知っていますが……」
「さて、どうかしら……。
でも、貴方のことを昔から知ってるのは確かよ?」
妖艶な笑みを浮かべる八雲紫に、俺は出かけた溜息を小さな深呼吸に変えた。
相変わらず、喰えない相手だ。
ここは無縁塚の傍らに設けられた庵。
外の世界から派遣された監視役たる俺の、簡素な住まいだ。
まだ生活道具の持ち込みやら、周囲の彼岸花の毒気対策やら、しとかなきゃいけないことは残ってるが。
で、今ちゃぶ台を挟んだ俺の目の前にいるのが、妖怪の賢者と名高き八雲紫――ここ幻想郷の管理者とも言うべき妖怪である。。
一応、今回の停戦交渉は幻想郷側が非を認める形になっているが……どう考えても茶番がいいところだ。
大体、低級妖怪が結界を越えて外に出てくるところからしておかしい。
如何に相手が低級妖怪であるとはいえ、妖怪である自分の口から「人の食べ過ぎはやめよう」と強く言っても角が立つ。
故に今回のように失敗が分かりきってる暴走させ、そこに恩を売る形で介入……ついでに彼らを牽制し、暴走の監視もしてくれる“駒”も引きずり込むと。
……恐らく、これが一番都合のいいやり方だったのだろう。
全く、お陰様で齢十七にして単身異界送りだよ、オマケに終身任務っぽいし。
師匠が行方不明になってから俺の立場弱いからなぁ……ま、任務内容考えると俺が適任なんだけどさ……。
条約自体は相互利益に繋がると――『神隠し』を容認する時点で納得はできないが――理解はできるし。
「――話は私が通してあるから、各勢力に挨拶回りとかは不要よ。
別に幻想郷の一員になりに来たわけではないんでしょう……わざわざ手の込んだ魔法まで使って“名前を置いてくる”なんて」
「ええ、あくまで俺は外の世界の人間ですから、呼称は“監視役”で十分でしょう。
いつまで経っても“外来人”の匂いをさせてしまいますから勘違いで襲ってくる低級妖怪もいるでしょうが、それを挙げて条約違反だなんて騒ぎませんので、ご安心を。
勿論、正当防衛を名目に殺したりもしませんよ……殺したりは、ね」
微笑を浮かべて――少なくとも俺の中では――不敵に応えたつもりだったが。
「そ、気が変わったらいつでもいらっしゃい。
幻想郷の人間としてだって、外来人の為には働ける。
別に幻想郷にだって人はいる、その為にやれることもある……むしろより多いでしょうね。
これでも顔は広いから、退治屋一人遺恨なく引き抜くくらい、訳ないのよ」
「――は?」
「私を訪ねるときは……そうね、貴方なら通せと一言、“境界を脅せば”問題ないわ。
……それじゃあまたね、近いうちに様子を見に来るわ」
驚き、何も答えられないでいる俺をそのままに、クスリと笑った八雲紫はヒラと手を振り、空間に生じた切れ目――“スキマ”へとその姿を消した。
「――やれやれ」
彼女の気配がなくなって数秒後――俺はようやく肩の力を抜き、盛大にため息をつく。
ネクタイを緩め――交渉に赴くときはいつもスーツだ、“人間側”をアピールするためである――冷や汗を拭うとどっと疲れを感じた。
何度やっても大妖怪とのやり取りは気を張ってしまうな。
最後のアレは……俺のハッタリに気づいてからかっただけだろう。
――でも、どうだろうな……師匠が残した“資料”目当てなら、ありうる話か。
「……前途多難だな」
俺の主な役目は妖怪たちに対する抑止力であるはずだが……どうにも、自信をなくしそうだ。
「――紫様」
自宅に戻ったスキマ妖怪をその“式”が出迎える。
その顔にどこか申し訳なさそうな色が浮かんで見えるのは、主の勘違いではないだろう。
わざわざ八雲紫自身が、交渉の最終確認に趣いたのは普段ならばそのような些事を代行する式が退治屋を恐がったことに原因がある。
あの退治屋――異名は“恐怖代行”――は単純な力は、博麗の巫女どころか、“普通の人間の魔法使い”にも劣る。
しかし、幻想郷風に言うならば『恐怖を共有する程度の能力』を有し、本来――彼に言わせれば逆なのだろうが――であれば妖怪の糧となる恐怖を率いて妖怪を討つ彼は、妖怪にとって恐れるに足る存在だ。
人の恐怖はもともと人を守る為にあるという、妖怪の根幹を揺るがしうる『所謂
しかし、彼女が恐がるのは退治屋自身ではない、そこに見え隠れするその師の幻影だ。
「気にしなくていいのよ、“恐怖の大王”を知っていて、苦手意識を持たない妖怪なんていないわ。
それに……お陰で私も久しぶりにあの子の顔を見れたし……師匠の方と比べるとギャップがすごくて可愛く見えてくるわよ?」
“恐怖の大王”――先述の弟子が使用している『所謂』を使用可能な術式として完成させた退治屋。
人の恐怖より生まれ人を害する妖怪とは対極を成す彼は実力云々の前に“とてつもなく恐い”存在だった。
人も妖怪も神も獣も、災厄や穢れ、運命、あまねく概念すら、恐慌の渦に巻き込み、勇気で以て“挑む”ことを強要する異質の存在。
だが、そんな彼の存在を知る者は少なく、正体を知る者は更に限られる、少なくとも八雲紫が知る限りでは、自分とその式――そしてあるいは彼自身の弟子――くらいである。
主の言葉を受けた式――八雲藍は今度は怪訝そうな顔を浮かべる。
八雲紫がクククと抑えた笑いを漏らしていたからだ。
八雲紫は未だ鮮明に焼きついている記憶を呼び起こす。
ああ、思えば初めて会った時の彼は、術式で長生きしている程度の人間だった。
特別な『所謂』を備えた英雄でもなく、何か妖怪の『所謂』を受け継いだわけでなく――
衆を頼み、策を弄さねば弱小妖怪一匹討てぬ……その程度の人間だったのだ。
――八雲殿、貴殿もご存知なのだろう? 月人達がかつて辿りついた結論を――
――妖怪は人が必要で人間は恐怖を捨てられない、術式と科学が発展して両者の戦いが激化すれば、行き着くは勝者なき最終戦争――
――幻想郷計画……かの一族たちの“月”の代わりと言ったところか、実に素晴らしい計画だと思うよ、是非協力させてくれ――
――せめて希望を残そう……幸いにも我々は過去から学ぶ機会を得た……かつての月人よりも、きっと上手くやれるさ――
生意気なことを言うものだと思った。
誰も知らぬかつての知に触れ、調子に乗っているのだと思っていた。
精々利用して、価値があれば手元に残してやるつもりだった。
「――終わってみれば、全くの逆だったわね」
時に妖怪を騙し、時に退治屋を裏切り、時に人を謀り――数多の妖怪を幻想郷に押し込め、外の世界における人の繁栄をかっさらっていった。
“妖怪と人間の最終戦争”など、今となっては起こる可能性はほとんどないだろう。
「――違ったわね、まだ、終わってないんでしょう?
これ見よがしに弟子なんて置いて行方不明なんて……」
彼の計画はまだ終わっていないのだろう。
『人が最も恐ろしい』などという人間の傲慢の象徴をその身に帯びて、今度はどう世界を出し抜くのだろう。
あるいは弟子が――見え見えの茶番をミスリードにわざわざ手を回して囲い込んだあの弟子が――その役目を継いでくれるというのか。
「ゆ、紫様――」
「あら、ごめんなさい、ちょっとした思い出し笑いよ。
ま、そういう訳だから……あの子は師匠みたいに常に恐怖振りまいてるわけじゃないわ。
適当に慣れておいてくれる……できれば、万が一にそこらの妖怪に取って食われないように見ていて欲しいの」
「……ご命令とあらば」
「そんな顔しなくても、できればでいいのよ?」
もし、ここで死ぬような弟子なら、それは自分の気を逸らすための囮なのだろうか。
あるいはこうして気にかけることも折り込み済みなのだろうか。
恐ろしさは勿論ある、彼自身を恐れぬモノなどいないし、幻想郷が危険に晒される可能性だって十分にある。
だが、やはり八雲紫も幻想郷の妖怪なのだ……その存在意義を満たす“やり取り”に夢中にならずにはいられない。
今では幻想郷と外の世界、両方の存在を知るモノ達の間では、科学の発達によって妖怪達が忘れ去られた、という共通の常識がある。
だが、妖怪とは果たしてそこまで大人しいものであったか?
自らが司る事象に、人間の学者が勝手な知識でラベリングしていくのをただただ指を咥えて見過ごし、忘れ去られるまで自己顕示もしないような謙虚な輩ばかりであったか?
退治屋達に妖怪を残らず封殺できる程の実力があったか?
科学が発達するということは情報の伝達も発達するということ、現在と歴史に残った妖怪の情報の全ての秘匿を、“妖怪を外の世界に留めない”程度の人数・勢力で行えたのか?
そして、驚異的な技術力を備えたかつての人間達はそこから数多の年月経てなお、妖怪を忘れたわけではない……この違いはどこからくるのか?
それでも現に、多くの妖怪は外の世界から忘れ去られ、幻想郷はそれを受け入れている。
これこそが最初の――八雲紫が起こした幻想郷という名の――“異変”と、そして彼がもう半ばまで成した“解決”の結果なのだ。
――華やかな舞台の裏側の楽園建設の物語、長き停滞を経て新たな役者を加え、それは終章へと動き出す――