四人組が人里を往く。
力を持ち、信頼を受ける獣人にその友人、そして外来人が二人、あちこちで注目を集めるのは必然だった。
方々の人や店から声をかけられ、試食や勧められたり、土産を持たされたり……身一つで新たな環境に放り出されたであろう外来人への気遣いが窺えた。
外来人の内の一人は上手くやんわり断り、もう一人は素直なのか、手を荷物でいっぱいにしている。
「や~、良い人たちだけど……流石にこれだけ多いと困っちゃうな」
「よければ俺が幾らか持ちましょうか?」
「お、ありがとキョウ君」
「キョウ君? ……まさかとは思いますが“恐怖代行”だからキョウ君、と?」
「……アレ? 気に入らなかった?」
「そりゃ貴方――」
「私と良いと思うけどね。
少なくとも監視役とか“恐怖代行”よりは親しみが湧くよ?」
「いや、別に親しみは――」
「いいじゃないかキョウ君。
君達二人は先に寺子屋の方に行っておいてくれないか、色々と聞きたいこともあるから。
……私はちょっと家まで取りに戻りたい物があってな、妹紅は手伝ってくれ。
場所なら
「はい、じゃあ行こうかキョウ君……あ、こっち持って」
「いや、だからキョウ君て――っとと、あ、それも持てますよ――じゃなくて、ああ、もう――」
少年はそれとして体をなした抗議を述べることはできなかった。
急に手渡された荷物に慌てつつも、歩き出してしまった青年を追いかけていく。
二人の外来人がその場を後にしたことを確認するや、上白沢 慧音と藤原 妹紅は隠れるように小道に入り、小声で言葉を交わしはじめた。
「――で、どうだった?」
「やっぱり魔術や式みたいな妙な気配がするのは里中のあちこちにあるのは確か……。
でも、それが何なのか、正確に何処にあるのかは分からない……こんなのは初めてよ。
一番考えられるのは、犯人が新しく幻想郷入りした、私達の知らない能力の持ち主だってこと」
「しかし、彼がそうだとは思えない。
確かに、色々と挙動不審ではあったが――」
――……こっちにも色々と事情があるんですよ……――
「いや、それはない、無い筈だ」
頭を振りながら自分に言い聞かせるように言う慧音に対し、その肩に手を置き、優しく諭すように妹紅は言い聞かせる。
「落ちついて慧音、慧音の人を信じたい気持は分かる。
私だってあの子が悪い子には見えない、むしろ、善良な人間だと思う。
……でもね、あくまで彼は外に所属してる人間なのよ?
慧音がこの里の人たちを守りたいと思うように、外の人を守りたいと思っていても、その為になんらかの行動を起こしても、ううん、起こしていてもおかしくはないの」
「……しかし……」
「分かった。
これからは私が彼を見張るから、慧音は妙な気配の方を調査して」
「……すまない」
俯き、本当に申し訳なさそうに項垂れるその姿に、妹紅は笑いかける。
「こういう時はありがとう、よ。
それに、実際まだ彼が原因と決まった訳ではないし……さ、行こう」
そうして二人も歩き出す。
だが、心の内で妹紅は密かに不穏な考えを巡らしていた。
――思えば先の食事中から様子はおかしかった。
また道中、会話を交した人に「人里を守っているのは、支えているのは誰だ」というような意味の事を何度か聞いていた、不自然にならないように会話を運んでいたが、注意していれば分かる。
そして里の中には謎の術式の気配、先日、外来人だけを届けて消えた彼……正直な話、疑うなと言う方が無理がある。
あるいは、なんらかの手段で以ってこの人里にも犠牲を供出させ、外の被害を減らすつもりか……。
彼が何を企んでいるのかは分からない、だが思い通りにさせる訳にはいかない。
親友の大事に思うこの里を護る為ならば例え相手が人間でも――そんな決意を心の奥底に隠して妹紅は隣の慧音に笑いかけていた。
彼女の親友は“恐怖代行”とも友好な関係を築きたいと思っていた。
今回、彼を人里に招いたのは真意や妙な行動を取らないか探るだけでなく、純粋に彼を歓迎し、いつもは一人でいるらしい彼に人里の暖かさに触れて欲しいという思いもあったのだ。
むしろ、人好きの獣人にとってはそちらが主要な目的だっただろう。
そんな親友を思いさえ利用してこの里に危害を及ぼす工作を行うのだとしたら、それは許せる事ではない。
――彼女は親友の事を思うあまり少し冷静さを欠いていた。
常の彼女なら察せられた筈だ。
外の世界の人間を守るべき彼に、その行動によって危険に晒されるかもしれない人の平和な営みを見せつける事が、どれだけ残酷な事かを。
「……いやあ、キョウ君、本当に此処は良い所だねぇ」
「え、ええ……」
歩きながらにこやかに話しかけくる彼の言葉に、俺は生返事をするだけだった。
ちなみに、幾ら言っても無駄だったのでキョウ君呼ばわりは黙認した。
里の人々の話を聞いて気づいた。
ここの人々はそも、外の世界の人たちの犠牲の上に立っているという意識がまるでない人ばかりなんだ。
はじめは知らなかったのかと思った、でもそうじゃない、意識していないんだ。
……それがおかしい訳じゃない、というか考えてみれば当たり前だ。
妖怪達が何処で誰を食べてるかなんて、それが自分達に影響ない限り一々気にしても仕方ない。
肉食獣が腹を満たしていたが故に自分の目の前を素通りしたとして、『先に食べられてしまった誰かさん、ありがとう』なんて思う人間はそうそういない。
大体、そんな事を気にしてたって何がどうなる訳でもない――どころか里の人々の妖怪への恐怖や反発が必要以上に増して、共存への障害になりかねない。
もし今の共存関係が崩れれば、幻想郷自体のバランスだって危ない、幻想郷が崩壊して妖怪が世界に放たれれば、“今度は”幻想を押さえ込むのは無理だし、人間は“科学”と独自の“倫理”を発達させている――つまり、勝者なき最終戦争へまっしぐらだ。
そうだ、おかしくもない、悪くもない。
むしろ結果オーライ、最高じゃないか。
俺が嫌われる覚悟までしなくたって良かったんだし、外来人さん達も安心して暮らしていける。
――なのに、なんで俺は溜息なんざついてるんだか。
「キョウ君? どうした?
……本気で嫌だったかな、キョウ君は……」
情けないことにため息を聞かれた上、どうやら深刻そうな顔をしていたらしい俺に、気遣う声がかけられる。
一瞬、「そうだ」と答えて呼称を変えさせようかとも考えたが、本気で悪いことをしたかもと不安に思っていることが分かる彼の表情を見ていると、そんな気も失せてしまう。
「ああ、いえ、大丈夫です……すいません、少し考え事をしていまして……」
そう言って笑顔を浮かべてごまかす。
……少しばかり自嘲の色が出てしまったかもしれないが。
「そう……いや、もう近い、さあ急ごうか」
彼は俺が抱えた荷物をひったくって歩く速さを心なしか上げた。
……どうやら自嘲の笑いが疲れた笑みに見えたらしい――やれやれ、気を遣わせてしまったな。
「――あ、あのさキョウ君」
「はい?」
俺がそれに追いついて並んでしばらく歩いていくと、彼が改まった様子で話しかけてくる。
「キョウ君は外の世界の妖怪退治屋だって言ってたけど。
折角、人間と妖怪が共存できるっていう幻想郷にいるんだし、仲良くしようとしてみてもいいんじゃないかな?
そりゃ妖怪は食べる為に人間を襲うかもしれないけど、人間だって食べる為に他の動物を襲うだろ。
停戦できたんなら敵対しててもしょうがいないと思うし、分かりあえたらきっと素晴らしい事だと思うしさ」
彼は少し恥ずかしそうにそんな事を言う。
俺は、足を止めていた――しばらく、彼が何を言っているのか理解できなかった。
つい先日、彼が妖怪に襲われていたのはつい先日だ。
俺は彼の恐怖を聞いた、とても大きく、強い恐怖だった。
のど元過ぎれば熱さ忘れる――その表現は使いたくない、人は忘れることで生きていける者でもある。
でも、俺は覚えている、彼の恐怖も、今までの……。
目の前で妖怪に襲われている人たちの恐怖も、助けられず食われるその瞬間の恐怖も。
あんな恐い思いをした外来人さえ自分が助かったら、もうそれで終わってしまうのか?
貴方はそれを、自然の営みだからで済ませてしまえるのか?
例えば、貴方の愛する人が殺されたとして、同じ発言を他者がしたとき――
やめろ、何を考えている、そんな揚げ足を取るようなこと……。
師匠達がどうやって“人妖の最終戦争”を回避したか、俺は知ってるだろうに。
一度だけなら夢と忘れられる、越えてゆける。
彼に取って、あれは異常であり、アクシデント――日常でも正常でもない、だから通り過ぎてしまえる。
通り過ぎてしまえば、もうそれは“自分の危機”ではない。
それでいいんだ、それがベターなんだ。
彼が外の世界に戻る決意をするなら妖怪への恐怖なんて持たせるべきじゃないし、この里に留まるにしても共存を良しとする思想の方が良いに決まってる。
それが彼の幸せに繋がるんだし、そもそも、彼の言ってることは間違っていない。
「――」
なぜだろう、いつもならスラスラ出てくる心にもない言葉が喉元で詰まったように、塞き止められる――どうにも、息苦しい。
彼が数歩行ったところで立ち止まり、俺を振り返って不思議そうに首を傾げる――たった2、3歩、それが少し、遠く感じられる。
――“俺の命まで”使ったのに、そこに不幸せがあるのが嫌だって――
そうだ、だから言わなきゃいけない。
でも、あの彼も彼女も、俺たちに知ってもらえて幸せそうだった、救われたような顔をしていた。
――違う、それは俺の仕事だ、この里の人たちには関係ない……本当に? あんな任務までするのに、関係ない?
分からない、だけど――
「――ええ……立場上、頷くわけにはいきませんが。
個人的には貴方のその考えはとても好ましいと思いますよ」
急に立ち止まって、少しばかり不自然な間を置いて返って来た返答。
困ったような苦笑、それでも好意をのぞかせる様な、優しい声色、「困った質問をされたなぁ」という態度を演じるそれは、自然なものの筈だった。
しかし、今度はそれを受けた青年が面食らったように沈黙してしまう。
「ん? どうかしましたか」
「あ、いや――」
「そんな悲しげな目をされてしまっては、彼も困ってしまいますよ、監視役」
二人の会話にふと女性の声が割り込んでくる。
道の端に立ち止まる二人を、まるで描かれた背景のように置き去りに流れていく雑踏から、一人歩み寄ってくる影がある。
「申し訳ありません、盗み聞きするつもりはなかったのですが、聞こえてきてしまいまして――」
黒い外套についたフードを目深に被った彼女の人相は、二人から窺うことはできない。
「さて、なんのことだか分かりませんが……。
俺の事を知っているようですね、貴方は?」
「貴方のお友達から、こんな格好でもしないと話もできないだろうとアドバイスを受けた者ですよ……少し、お話できますか?」
どこか楽しそうな女性の言葉に、少年は驚いたように目を見開いた後、頭痛を覚えたように額に手を当てる。
「……すいません、先に行ってもらえますか?」
その姿勢のまま、少年は青年に言葉をかける――その声色にはどこか諦めの色が漂っていたが。
「え? でも、道とかは――」
「私がお教えしますから、大丈夫ですよ」
しばらく、決めかねるように少年と女性を交互に見遣る青年であったが、やがて「じゃあ、先に行ってるから――」と言い残してその場をあとにする。
その青年に控えめに手を振る女性に、半ば睨むような視線を向けながら、少年は――監視役は青年の姿が見えなくなるまでは黙ったままだった。
「貴方が俺と接触するのはいささかリスクが高いように思えるのですが……何かご用ですか?」
「言ったでしょう、少しお話したいだけですよ。
……お礼も言いたいですしね、ナズーリンから貴方のことは聞いています」
「……成る程、確かに誤解を正す必要はありそうですね。
アレは単なる政治的判断ということになっているんですが、改めて説明しましょう」
女性――人と妖怪の平等と共存を掲げ、妖怪のための寺社の住職である聖 白蓮は、外の世界で妖怪と殺し合いを行っていた監視役の言葉にも、くすりと笑いを漏らすだけで。
「……場所を変えますよ、ここは人通りが多い」
「はい、近くにちょうどいい場所がありますから、付いてきてください」
歩き出す直前、白蓮が密かに尾行してきている“二人”に向かって悪戯っぽい目配せをしたことに、監視役は気づかず――
拙作での慧音先生は取材を受ける時とか、そういうパブリックな要素がある場でのみ、丁寧語になります。
自分ではまったくそういうつもりはないのですが、アンチ・ヘイト要素のように感じられる方がいたらご一報ください、警告タグの追加を検討させていただきます。