誰がために人は恐るるか   作:鹿助

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11.かつてに馳せて

 初めて彼女に出会ったのは、俺が師匠の弟子にされてすぐ――つまり、6つくらいの時だったか。

 自分で言うのもなんだが、俺は年の割には利口な子供だったと思う、だが、天才だとかそういうレベルではない。

 だから、何かと多忙な師匠と誰かが意思疎通をする時の橋渡し役を何度もやらされた――伝える内容を間違える訳でも、深く理解できる訳でもないから、丁度良かったということだ。

 

 師匠を知っている相手、となると大抵は大物だ。

 本人――人か神か妖怪はさておき――は勿論、その代理や使いっぱしりで出てくるモノも、それなりの存在であることが多い。

 で、あるからして、俺はそういう仕事で接触する相手には誰に対しても、“様”付けで呼び、敬意を払って接していた。

 

 

――今、なんて言った?――

 

――よ、よく聞こえなかったな、もう一度呼んでくれないか――

 

 

 その相手が例え、永遠の日影役を宿命づけられ、長く生きた妖怪にも関わらず、周囲から“鼠”呼ばわりされるような存在でも、それは変わらず。

 毘沙門天という名のある尊格が、一定のリスペクトと警戒心を抱くだけの存在、“恐怖の大王”、その唯一の弟子から様付けで呼ばれるというのは、彼女の表に出さずも飢えていた自尊心にはそれなりに甘美だったようで――思えば、気に入られるきっかけはそんなものだったか。

 

 

――君はなかなか雑用の才能があるな、よし、私が鍛えてやろうじゃないか――

 

 

 何度も顔を合わせる機会はあったし、師匠と毘沙門天様が交渉と相談を数日かけて行った時なんて、一応ゲスト側だった筈の俺を半ば無理やり引っ張って、諸々の家事や雑務を手伝わせていた……まあ、楽しかったけどさ。

 今思えば、そんな縁も師匠の思い通りだったのだろうか。

 

 毘沙門天様とはまた別の尊格の下に、師匠が夏休み中の俺を出稽古に出した時も、世話役ということで彼女が来た時があったのだが……。

 当時、それなりに師匠の下で修行を積んでいた俺はとあるきっかけで彼女の恐怖を聞いてしまった。

 

 それは命蓮寺の幻想郷入りと共に湧き上がった思い――

 元は毘沙門天様を祀る寺の僧侶であり、人と妖怪の平等を主張して魔界に封印された僧侶、彼女の仲間だった妖怪もまた地底に封じられていたが、そちらの封印はもう綻びを見せ始めている。

 きっとその妖怪達は僧侶を復活させ、昔と同じように寺を構えようとするだろう。

 幻想郷でなら、昔とは違い彼女達は受け入れられる可能性は高い。

 

 だが、今度は毘沙門天様が彼女らが――“鼠”の友人達が自分を祀った寺を構えることを黙認する公算は低い。

 少なくともその僧侶――いや、魔法使いが封じられる時は救わなんだし、今も封印を解いてやろうとはしていない。

 

 そうなれば、どうなる? 掲げる理想は胡散臭く聞こえてしまうだろうし、“ご主人様”はようやく見つけた恐怖のみに依らない妖怪の生き方をまた見失ってしまい、他の妖怪の道しるべとなることも叶わなくなる。

 最悪の場合、封印を解く鍵でもある“毘沙門天代理の証し”の回収を命じられて魔法使いの復活すらできなくなる可能性すらある。

 

 であるから、彼女は全力で毘沙門天様の下で働き、点数を稼いでいたのだ――やがてくるその時、友人たちのかつての営みをより良い形で取り戻す嘆願をするために。

 ……だが、それが成功してしまえば、まず間違いなく、彼女は“ご主人様”の部下を――監視役を辞めさせられてしまうだろう。

 毘沙門天様は部下の情が監視対象に移ったことなど先刻承知だったろうが、それでも目に見えた明白な動きとして現れれば“示し”が必要になる。

 

 ちょっと調べて、恐怖から得た情報を繋げば、そこまでは分かった。

 俺はすぐさま行動を始め、師匠を動かし、方々への働きかけを経て、“天魔”の危険性などをダシにして、非常時には拠点となるであろう寺社の設営の黙認を毘沙門天様から取り付けることができた。

 ……自分から頭を働かせ、動き回る……ギリギリの手助けのみしていた師匠の言動を省みるに、アレは明らかに俺の修行の一環として組み込まれていたのだが。

 

 俺と彼女が親しかったのも事実ではあるが、どうせすぐに幻想郷に行くことになるであろう彼女に、俺がそれからしばらく“たまたま”顔を合わせる機会を設けなかったくらいで、周囲は納得した。

 ……実際、色々と考えた結果、幻想郷への寺社設営は有用な策と言えたし、そもそも俺は外部の人間で“提案”しただけという体だから、“示し”と言ってもそんなものだ。

 

 

 とはいえ、建前というものはやはりある訳で――

 

 

 

 

「――分かりました、言い方を変えましょう。

 お願いだからお礼とか言わないでください、そういう事になってるんだから、そういう事にしておいてください」

 

「そうですか、分かりました。

 ふふっ、ナズーリンの言った通りの人物ですね」

 

 

 ――職業は僧侶で種族は魔法使い、ついでに戦闘スタイルは武術家という、某RPGなら上級職にも手が届きそうな彼女のことは監視役に就く以前から、それなりに知っていた。

 

 結構な時間をかけた説明の後、フードの下で笑いながらも、白蓮さんはようやく俺があくまで“政治的な判断から寺社設営の有用性を説いただけ”という事を“分かって”くれた。

 ……そりゃあ、当時の俺の本音を聞かれれば、彼女の助けになりたい一心で、周囲もそれくらい見透かしていたが、それを公的に認めてしまうと俺だけでなく協力してくれた方々にも迷惑がかかる可能性があるのだから、ちょっと気にし過ぎなくらいで丁度いいだろう。

 

 ちょっとばかり薄暗い小さい林――防風林なのか、遠出できないような非常時に薪を得るためのものなのかは知らないが――に面した里の外れの小道。

 人通りもなく、俺たちと同じように一休みしている人が少々いるだけ……ここでなら、と話を始めた訳だが――

 

 

「――ん?」

 

 

 よく見れば、周囲の一休みしている人達というがどうも妙だ。

 どこも男女二人一組で――そもそも、あの人ら何して……あッ!?

 

 

「――ちょ、ここって――」

 

「おや、ここで他人の事を見るのはマナー違反だそうですよ?」

 

 

 自分でも分かるくらいに動揺しつつもなんとか声を抑えて報告しかけた俺を、人差し指を唇に当てる動作で静める白蓮さんは、わかっててここを選んだようだ。

 

 ……成る程、そうだな、“密会”には丁度いい場所だよな……理に適ってる、別段おかしくない。

 白蓮さんは妖怪の為の寺社の住職、俺みたいな人物との接触を知られるのはよろしくない……あの寺の掲げる理想による妖怪の意識改革は俺にとっても好ましいものだし、そこは気をつける必要がある。

 よーし、落ち着け監視役……お前の仕事は抑止力、幻想郷の人妖に弱みを晒すのはよろしくない、ちゃんと冷静を装って――って装うだけじゃダメだろう! 冷静でいなきゃ。

 

 

「――しかし、そういう事になると困ってしまいますね」

 

「な、何がですか?」

 

「勝手に友人のために働いた挙句、もう二度と会うことはないだろうと思って油断していたら思わず再会の機会を得て大混乱、自分以上にどうしていいか分からないであろう友人のことを気にかけつつも、立場などの問題も気にして行動を決めかねてる貴方の相談に乗れなくなってしまうではありませんか?」

 

「……どうして、それを?」

 

「おや、やはりそうでしたか」

 

「……」

 

 

 なんてこったい、こんな単純な手に……。

 俺の沈黙を肯定ととったのだろう、白蓮さんは尚、言葉を続ける――だが、そこには先程までのふざけたような、からかうような様子はなく、ただ真摯に。

 

 

「会ってあげてくれませんか? 私たちは心から彼女を仲間だと思っていますし、彼女もそう思ってくれているでしょう。

 それでもふと、壁――というと大げさですね、立ち位置の段差のようなものを感じる時があるのです……今も住まいを別にしているのもそれの現れでしょう。

 彼女には心置きなく、本音と弱音を言い合える人物が必要です……“監視役”という役柄の辛さを、分かってくれるような人物が」

 

「……買いかぶりですね、俺はその役について一年にも満たない。

 長きに渡るの彼女の苦悩をわかってあげられるとは思えません」

 

 

 我ながら、言い訳じみた情けない言い分だと思う。

 実際のところ、俺が懸念しているのはそんなことではないのに――

 

 

「貴方は、何度、“初めての死の恐怖”を経験してきましたか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 いきなり何を――そんな驚いた顔で見返してくる監視役に白蓮はクスリと――どこか悲しげに――笑う。

 

 

「『皆通り過ぎて行ってしまうんだ、あの子はずっとそこに留まって他人を押し上げてやっているのに』……なんてナズーリンは言っていましたよ。

 大事な人や自身の死はとても恐ろしいもの……だけど、多くの人々にとって、それは数え上げられる程度の回数のできごとで、あるいは何度も経験している内に慣れてしまうもの」

 

「……慣れないヒトもいますよ」

 

 

 果たして、誰を脳裏に思い浮かべたのか、そっぽを向いて、まるで誰かのフォローをするように口を差し込む監視役。

 その様子に、白蓮はどこか微笑ましさを覚え、肯定の頷きを返す。

 

 

「そうですね……それでも、覚えているつもりのまま、忘れてしまう者もいるのですよ。

 昔、死への恐怖から容易く禁忌の道へ流れた僧侶がいました……とても強い、大事な人の死がそのきっかけだったんですが、いつしかその事を忘れてしまったのでしょうね。

 死の恐怖から解放され、“大事な人”がそうそう死ぬ事がなくなったからでしょうか……彼女はあまりにも簡単に、その恐怖を乗り越えることを人々に求めてしまった。

 求めた内容自体が間違いだったとは思いません、でも――」

 

 

 監視役は既に白蓮が何を言いたいかを察したのだろう、驚いたような様子も、ふてくされたような様子もなく、真顔でその言葉に聞き入っている。

 それを『まるで懺悔のようだ』と思ったのはどちらが先だったか。

 

 人に尽くす僧侶でありながら妖怪と通じ、その力で不老不死を得た魔法使い。

 彼女が妖怪の不遇の過去に同情し、その救済に当たる中で、とりこぼしてしまったモノ――

 

 

「自分が、大事な人が、殺されるかもしれない――その恐怖の重みを忘れてしまっていた、『それくらい』と思ってしまった。

 おかしな話ですね、どちらも身をもって知っていた筈だったのに。

 監視役、貴方はずっとそれを忘れることなくここまで来て、そしてここにいるのでしょう? であれば……分かり合うには十分ですよ、きっと」

 

「……別に、忘れられなかっただけですよ。

 それに、そんな貴方だから――迷いなく恐れなく手を差し伸べることができた貴方だから、救えた存在もきっといたでしょう」

 

 

 まるで“恐怖代行”の恐怖を嘉すような言葉を受けて、少しくすぐったい思いをしたのだろう、感情を誤魔化すように髪の毛をガリガリと掻きながらの返事……表情は真顔を維持しても照れがあるのはバレバレだ。

 それでも、その言葉が本心であるのは違いない。

 

 

「はい、私もそうできたことを後悔はしていません、ただ貴方のような仲間がいれば、という思いがあります。

 きっと誰よりも妖怪やそれが齎すモノを恐ろしく思いながら、それに関わり続ける貴方のような人間が共に、私たちの理想を掲げてくれるなら――」

 

 

 自信と確信に満ちた肯定――少なくとも、その道自体を間違いと思ったことはないのだ。

 その言葉と共に、差し伸べられる手――それを見て、監視役は驚いた後……苦笑して頭を振った。

 

 

「――すいません、俺、毘沙門天様の他に既に信仰してる神様がいるんで」

 

 

 随分と的外れな断りの文句、だが、その裏に事情と決断があることくらい、魔法使いでなくとも分かる。

 手を下げた白蓮がフードの下の表情を曇らせるのは、誘いを断られたからではない。

 

 

「……監視役、その神様と言うのは――」

 

「ん、それも彼女に聞いたんですか?

 ええ、とある“事の神”ですよ……真の名は呪われ、音や字となるだけで知覚するものに不幸をもたらし、そこに存在するだけで“厄”を撒き散らす――

 今、この人里に顕現しようとしている神様です……まあ、既に人格の衰えた“事象神”ですけど」

 

 

 頭を掻く監視役だが、今度は心底からのやりきれなさと諦観を思わせる、怠惰な動作である。

 そんな監視役はまた何か言いかけた白蓮の機先を制すようにして、言葉を続ける。

 

 

「追い返す役は代わりませんよ。

 幻想郷は全てを受け入れると言っても、幻想郷に入る前に幻想郷の住人でない人物が追い払う分には問題ないでしょうからね。

 乗り込んできたところで、命に関わるような被害とかが出る前に誰かがなんとかするでしょうが……あの神様の性質上、結構な人が不幸になっちゃうでしょうし、これがベターなんですよ」

 

「……信徒であることよりも、退治屋であることを選びますか?」

 

「実際に決断を迫られれば、まあ、答えはイエスとなるでしょうが、今回は違いますよ。

 誰かを不幸にして恐怖という信仰を集めれば、あの方も人格を取り戻すでしょうが……多分、そうしたらその人格で真っ先にすることが、自らの所業を嘆き悲しむことになってしまうので」

 

「そうですか、分かりました。

 ……その仕事が終わった後でいいですから、ナズーリンに会ってあげてくださいね」

 

 

 軽い調子でなんとなしに言う監視役――それでもその調子にはどこか、有無を言わさぬ決意が表れていて。

 白蓮はただ頷き、ここで退く代わりとばかりに一言を付け足す。

 

 

「……まあ、いいでしょう。

 ――あ~っと、ナズーリン殿に伝えておいてください。

 俺の恐怖を聞く力は、それなりに強くなってます。

 『もしかしたら、もう私のことをなんとも思ってないのかも』なんて恐がりながら尾行されたら、これだけの距離が合っても気づいてしまいますよと。

 あとその恐怖は的外れですよ、ってね」

 

 

 少し考えた後に頷き、チラッと小路の角の方を見やりながら、ニヤりと笑う監視役であったが――

 

 

「おや、的外れと言うならば、昔のように呼んであげなければ不適切ではありませんか?」

 

 

 同じような調子で返って来た白蓮の言葉に、視線を逸らし、その笑みは悪戯を逆手に取られた子供の様なバツ悪そうな誤魔化し笑いへと変わってしまう。

 

 

「じゃ、じゃあナズーリン様で」

 

「――最初の頃はそう呼んでいたそうですね、でも、他にあるでしょう? 親しくなってからの呼称が。

 ……実際に会ったときはちゃんと“ナズ姉さん”を安心させてあげてください」

 

「あ、いや、でも、俺も少しは年をとったわけで――」

 

 

 心なしか顔を赤くし、あたふたと弁解じみた言葉を並べる監視役。

 成る程、これは中々可愛らしい――白蓮はやはり小さく笑って――

 

 

「気にすることはありませんよ。

 お姉さんにとっては、可愛い弟は幾つになっても可愛いものですから」

 

 

 一陣の風が、彼女のフードを微かに持ち上げる。

 束の間だけ監視役が見たその優しい目には、少しだけ、悲しみの色が見て取れて――

 

 表情を隠すように俯き、黙り込んでしまった監視役――それでも、そのまま小さく頷けば、白蓮は満足げに「よろしい」なんて返して。

 

 

「さて、そろそろ行きましょうか――寺子屋でしたね」

 

 

 果たして何を考えているのか監視役からの返事はなく、無言でついてくる気配だけを確認しながら、白蓮は歩き出す――

 遥か昔の――上人でも魔法使いでもなかった頃の――とある姉弟のことを思い出しながら。

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