誰がために人は恐るるか   作:鹿助

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12.自己解決

「――予想はしていましたが、貴方もいましたか……」

 

「わ、悪かったって……だけど、最初に説明しないそっちも悪いと思うわよ」

 

「別に責めてる訳じゃないですよ、むしろ感心してるくらいで。

 ……俺が悪いってのもよく分かってます、お手を煩わせまして、すいません」

 

 

 寺子屋のとある縁側に人二人分程の距離を置いて腰掛けて、互いに庭の方に視線を向けたまま、藤原さんと会話を交わす。

 ……どうやら、今日は授業はお休みのようだ。

 

 白蓮さんに案内されてやってきた寺子屋の前、彼女は出迎えるというより待ち構える様に立っていた。

 訳知ったり、という様子で微かに笑った白蓮さんが去った後、藤原さん自身が説明してくれたが、彼女もまた俺と白蓮さんの密会――なんかアレな言い方だな――を尾行していたらしい。

 どうやら話まで盗み聞かれていたらしく、人里の妙な術の気配が俺の仕業に因るものではないかと疑っていたが、それが晴れたと伝えてくれた。

 俺の能力の詳細を教えるはめになったが、代わりに上白沢さんには彼女から上手く伝えてくれたので、大分助かった。

 

 

「――え~っとコレは――年だったから、つまり――」

 

「ふむ、成る程――だが、だとすると――」

 

「ええと、そこまでは……あっ、でも――」

 

 

 俺達が今話している縁側沿いの部屋では、上白沢さんが外来人の彼から、外の世界の歴史について色々と聞き出しているようだ。

 俺も知っていることを教えてくれるように頼まれたのだが、例のごとく、それは外来人の強みを損ねる行為であるので丁重にお断りした。

 

 

「――……あっち、手伝わないの?」

 

「先程も説明しましたが、俺から“外来人”由来の恩恵を得るのは諦めてください。

 外の世界の歴史などの情報もそれに類します」

 

 

 歴史は退治屋の必須科目であるから、それなりに詳しく知っている……更に俺の場合、一般の歴史から排除されている妖怪や神の介入という要素まで知っている。

 そんな俺が知識提供してしまえば、他の外来人さんの歴史知識は用無し……まあ、上白沢さんの性格を考えるにそれで外来人に対する態度が変わるとは思えないが、あまり例外を作ってしまうのもな。

 

 

「……貴方が教えたそうだから言ったんだけど」

 

「……」

 

 

 自分の答えを知っていることについて、他人がああでもないこうでもないと話し合ってるのを脇で聞くと言うのは、思ったよりも忍耐が必要だった。

 「そうじゃないんだけどな」とか「後の世から第三者視点で見るとそういう結論になるけど、当時はこう思えたんだよ」とか、色々と口を挟みたくてそわそわしてしまう。

 

 つーっと自分とは反対の方向へと視線をずらして黙りこんだ俺に、藤原さんは呆れ顔でため息一つついて、話題を元に戻す。

 

 

「――で、予想してたってことは私達が貴方を怪しんでたのにも気づいてたって事だろうけど……いつからよ?」

 

「最初に上白沢さんがウチに来た時からですよ。

 里を想う彼女の恐れも聞こえていましたが、それがなくとも分かったことです。 

 この状況で俺に接触するとなれば、予想は容易でした。

 勿論、上白沢さんの友好的な態度が上辺だけのものではなかったのも分かっていますよ。

 だから、自分の任務の為に彼女の厚意を利用した、というのは間違いではありません」

 

「……アンタねえ」

 

 

 呆れた様子の藤原さん……まあ、当たり前だろう。

 彼女らの視点からなら――

 

 

「なら、なんで最初から言わなかったのよ。

 アンタの言うとおり、慧音には心配ないってことだけ上手く伝えておいたけど」

 

 

 そう言いたくもなるものだ。

 実際、俺が里と敵対しようとしている訳ではないと知った時の上白沢さんの笑顔は、俺に罪悪感をより強くするに足る眩しさがあった。

 

 しかし、頼んでおいてなんだが、俺がやること――藤原さんには説明済みだ――にも、里の中の気配の詳細にも触れずに、どのように言って安心させたのか、

 

 

「色々と理由はありますよ、最初から言って。信じてもらえる確信がなかったこと。

 あと、俺は外の世界の人間ですから、里を守るために行動したなんて思われても色々と面倒だったこと――」

 

 

 正直、上白沢さんと里の安全性を脅かされることに関しての恐怖を共有してしまってから、俺にそんなつまりがで全くないかと聞かれると困るのだが、それは置いておいて――

 

 

「――そうなると、手伝うとか代わるとか言い出すヒトも出てきそうでしたからね。

 俺の任務をこなすには、秘密裏に済ませてしまうのが理想だったというだけです」

 

「……そ、なら、いいわ」

 

 

 それだけの応え、流れる沈黙。

 お互い言うべきことがあるような、聞くべきことがあるような、それでもそうすべきという確信が持てないような……そんなもどかしい空気のように感じられた。

 

 

「時に――」

「アンタさ――」

 

 

 同時に開かれた口、さて、こういう場合は――

 

 

「どちらが先で?」

 

「私のは大したことじゃないから、そっちで」

 

 

 ま、こうなるかな。

 俺のそれとて、大したことじゃないんだが。

 

 

「藤原さんは、どうして人里に住まいを移さないんですか?」

 

「……ま、色々と因縁があるのよ。

 というか、私の質問もそれなんだけど。

 私が言ってもって感じだけど、強い退治屋で学もある人間なら歓迎されるわよ」

 

「……今の俺は墓守でもありますからね――最近は、それだけが理由って言うと嘘になりますけど」

 

 

 俺がそこでため息をついて答えを切ると、藤原さんが少々そわそわしだす。

 続きを追求すべきか、ここで流すべきか、ということだろう……多分、彼女も“色々”あるのだろうし、自分が追求されたら困るのだろうか。

 その様子に出かけた笑いを欠伸で隠して、言葉を続ける――

 

 

「俺自身、イマイチ自分で分かっていないんですが、なんでしょうね――」

 

 

 俺が思い返すのは人里のことだけではない。

 この幻想郷の敵対者・異物と言っても間違いではないくらいの存在である俺に対しての言葉。

 

 

――退治屋一人遺恨なく引き抜くくらい、訳ないのよ――

 

――また読みに来るからいいや――

 

――僕も偶には手伝いに来るよ――

 

――フランの方はこれからも偶に来るつもりみたいよ――

 

――それでは、また縁があれば――

 

――ようこそ、人の里へ――

 

――そりゃ頼もしいな、まあ、ゆっくりして行きなよ――

 

 

 幻想郷は全てを受け入れるとは八雲紫の言だったか。

 このところ、それはなんとも残酷なことのようにも思えてきて――

 

 

「後ろめたい……のでしょうか。

 ……気にしてもしょうがないことを、気にしてるんです、多分。

 こう言うと変に思われるかもしれませんけど、上白沢さんや藤原さんが俺を警戒してくれた事に、なんだかホッとしたというか、そんな思いもあったんですよ。

 もしかしたら、それも無意識の内に、最初から訳を話さなかった理由の入ってしまってたかもしれませんね」

 

 

 迎え入れてくれる気持ちが嬉しくない訳はない、それでも、引っかかってしまう。

 外の世界に居た時から“仕方ない”犠牲に心を取られすぎだと指摘されてきたが、それを悪いことだと思ったことはない――そんな事が言えるのは、幸運にも俺に迷いながら、恐がりながら戦う才能があったからなのだろうが。

 だが、いざそんな犠牲の為に“何か”できる立場に立ってみると、色々と戸惑ってばかりだ。

 

 

「ふ~ん……なんというか、生きづらそうね、貴方」

 

「そんなことはないですよ。

 少なくとも、気にするだけの余裕と機会がある程度にはね」

 

「だから……なんだけどね」

 

 

 藤原さんの応えの意図はよく分からなかった。

 聞き返そうとも思ったが、その物憂げな横顔に、出しかけた言葉を飲み込む。

 長く生きた彼女なりの、考えと答えというものがあるのだろう。

 

 空に視線を向け、耳を澄ませる――既に空には夕焼けの色が、人里には夕飯前の喧騒が、波の様に広がり初めていた。

 

 

「――そろそろ頃合です、一仕事行って来ます」

 

「……終わったら、ここには戻ってくるの?」

 

 

 立ち去りかけた俺の背中に藤原さんが声をかけてくる。

 

 

「いえ、直接“戻ります”」

 

「……慧音には急な仕事に行ったとでも言っておくわ」

 

「感謝します」

 

「…………私はね、取り残されるのが恐いんだ。

 貴方はもう知ってるんでしょうけど、私は死なない、でも皆は死ぬ。

 親しくなればなるほど、それを失うのは恐くなる」

 

 

 今度こそ、と動かしかけた俺の足が止まる。

 藤原さんが言おうとしているのは多分――

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴方も恐いから、関わりを避けているんじゃないの?

 恐怖を共有するって軽くいうけど、それって……」

 

 

 それにふさわしい言葉が見つからないように、藤原妹紅は言葉を切る。

 その視線を背中に受ける監視役はその姿勢のまま、少し考えるように間を空けて――

 

 

「多分、ご想像の通りだと思います。

 病床の人間やその傍らで佇む人に寄れば、顔を合わせた事もないその人の死が、

 法を外れた人に寄れば、世の正しさや正義が、

 道端で野良犬に合ってしまった子供に寄れば、その犬が、

 心配してくれる身内の人に寄れば、俺自身が傷つくことや戦うことが、

 ……たまらなく、恐くなります」

 

「……じゃあ、やっぱり――」

 

「それを理由に縁を遠ざけたことはない――というと、流石に嘘になります。

 ですが、俺にとっては“恐怖”も大事な縁の形なんです。

 ……なんていうと仰々しいですかね。

 でも、人の想いは、本意ではきっと人の為にある、恐怖も例外じゃない、そう信じているから、俺はそれを率いて戦えるんです」

 

 

 顔を見ずとも、それが虚勢や見栄ではないことくらいは、妹紅にも伝わった。

 きっとそれは安易な生き方ではないと分かるのに“羨ましい”と思わせるだけの何かが、そこにはあったのだ。

 

 

「どうしたら、そんな風に信じられるようになるのかしらね、教えてもらいたいわ」

 

「こればかりは、出会いに恵まれた……としか言い様がありませんね」

 

 

 さて、これは困ってしまった、と妹紅は思う。

 これを羨ましがった場合、自分の今までの出会いを――親しい人の死への恐怖から、人から遠ざかるようになる程度にはあった出会いを――否定することになってしまう。

 

 

「そう……気が向いたら、そんな出会いの話を聞きに行ってもいいかしら」

 

 

 だから妹紅はそう言ったのだが、今度はその言葉を受けた監視役が「う~ん」と困ったような声を上げる。

 あまり、親しくするような真似はまずかったろうか――そんな風に思って妹紅が言葉を取り下げる直前――

 

 

「いいですけど、一部、宗教勧誘っぽくなっちゃいますよ?」

 

 

 苦笑を浮かべた顔でこちらを省みて、ふざけたような、気遣うような、そんな口調で退治屋が放った言葉。

 

 妹紅がその言葉の意味を理解するのにかかる数瞬の内に、監視役はまた前を向いて歩き出す。

 今度はその背後にかかる言葉はなく、彼は静かにその場を後にして――

 

 

 

 

 

 

 

「――えっと、トイレってどこだったっけ……ってアレ、キョウ君? もう帰るの?」

 

 

 外来人の青年が厠を探して迷った挙句、出てきたのは玄関――そこには縁側で少女と会話を交わしてた筈の少年の姿があった。

 少年はバツ悪そうな笑みを浮かべて、小さくうなづいた。

 

 

「……ええ、急な仕事が入りましたから」

 

「そう……あ、その仕事って皆で手伝えないかな?

 里の人が宴会に誘ってくれたんだけど、さっさと済ませて君も――」

 

「すいません、機密に関わることですので」

 

 

 被せるように発せられた拒絶の言葉、口調は柔らかでも、断固とした意志を伝えるには十分だった。

 面食らったように「そう」と応えるだけの青年に背を向け、少年は靴を履き、ゆっくりとその靴紐を結び直していく――

 

 

「……俺、外の世界にいる時に交通事故を見たことがあるんですよ」

 

「――え?」

 

 

 その姿勢のまま、突然の言葉――返って来た素っ頓狂な声を無視して、背を向け、足元に視線を落としたまま、少年は続ける。

 それは独り言のようにも、自分に言い聞かせているようにも聞こえて――

 

 

「朝の通勤通学の時間帯――それなりに通行量の多い大通りでのバイクと乗用車での死亡事故でした。

 ライダーのヘルメットが割れて、中から赤白い何かが散っていたんですけど、それはたまたま道の端で、避けて通る分には問題なかったんですよね。

 最初はそれなりの騒ぎになりました……でも、ものの数分で日常に戻っていったんです。

 呆然として携帯を握りしめてを立つ一人の運転手、明らかに日常的でない有り様の死体、それとひしゃげたバイクと乗用車を脇に置いて、ね。

 車は残りの車線を使って、流れて行ってましたし、自転車に乗った人達も一瞥しただけで何かを察したように目を逸らし、通り過ぎて行ってました。

 皆それぞれの仕事とかがありますし、そこでできることもないですから、当たり前です。

 周囲への影響を最小限に、無駄にパニックを起こすこともなく……それは正しい対処だったんでしょうね。

 でも俺はその光景が――非日常を取り残して問題なく流れ出す日常の光景が、たまらなく寂しかった」

 

「……えっと、ごめん、どういう話……かな?」

 

「別に、ただそれだけの話なんですよ。

 騒ぎを大きくして周囲に迷惑かけろって訳でも、無残な死体を皆でもっとジロジロ見てやれって訳でもない。

 ……本当に、ただそれだけの話です。

 ――すいません、ちょっとした愚痴みたいなもんです、気にしないでください」

 

 

 靴紐を結び終え、立ち上がって振り返る少年は戸惑う青年に笑いかける。

 

 青年にとって、命の恩人らしい少年――それに何か返したい、そういう思いがあるのだろう、青年は訳の分からない言動を受けて尚、適切な気の利いた言葉を探して、口を開けたり閉じたりを繰り返す。

 そんな様子を見て、少年はやはり小さく笑って――

 

 

「それでは、どうか幸せな生を。

 上白沢さんに伝えて置いてください、外来人だった人達のこと、どうかよろしくお願いしますと。

 ……これは監視役でなく、俺個人としての言葉です」

 

「キョウ君、それは――」

 

「ああ、トイレ――厠ならあちらですよ」

 

「え? あ、うん、ありがと――」

 

 

 青年が少年が指差した方向を見遣って、再度視線を戻したとき、そこには誰の影もなく――

 

 全てをなんとか出来る程の力はなく、それでも何かをなんとかできる力はあって、それをしないことを選んだ。

 何を変えることもせず、波風を起こすことを恐れただけの退治屋は、それ故にただ一人、戦いの場へと赴いていく。

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