誰がために人は恐るるか   作:鹿助

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13.縁の在り方

 事の神――“事”は口に出すべきでない何かの代名詞とされている――は一般に隻眼であったり、隻腕であったり、一本足であったり、そんな姿で描かれることが多い。、

 

 鍛冶の神もまた隻眼である事がよくあるが、これは灼熱の金属を裸眼で捉えざるを得ない昔の鍛冶屋は常に失明、視力の低下に悩まされてきたという事を背景としている。

 

 恐らく事の神のその姿は……。

 いわゆる奇形児や疫病によって失明した者の姿を災厄の象徴として生まれたものであろう。

 

 

 

 昔、ある集落に生まれたその男は、恐らく、恵まれていた。

 

 生まれつき体に不自由を抱え、顔も片目は塞がり醜く歪んでいた。

 それでも、幸いにしてその男の両親は人格者であった。

 彼らは子に愛情を注ぐのは勿論、彼らを敬愛する周囲の人間達もその男には優しく接していた。

 ……その瞳に恐怖を垣間見せながらも、他の人間に対する以上に。

 

 彼はその恐怖の色が無性に我慢できなかった。

 

 ある日を境に、彼は周囲の人々に脅しをかけ始めた、自分のこの“病”は伝染(うつ)るぞと。

 

 元々、心の奥に彼に対する恐怖を抱えていた周囲の人々はすぐに彼の周りから離れ始めた。

 男は笑っていた、それ見た事か、口では綺麗事を並べても実際は自分が恐くて仕方ないのではないかと。

 

 両親の諌めの言葉も聞かず、男の行動はエスカレートしていく。

 寄って来て欲しくなければ、アレを寄越せコレを寄越せと要求し、わざと人の集まる場所に赴いては脅して追い払うなどの行為に及びはじめたのだ。

 

 彼はついに両親からも愛想を尽かされ、その集落から追放される。

 そうなってもやる事は変わらず、周辺の他の集落や村を訪れ、自分に近寄れば人をこうも醜くしてしまう“病”や“災厄”が移るぞと脅して回った。

 

 人々は彼が来ると聞けば、時に武器を手に取り火を焚いて追い払い、時に物を差し出して帰ってもらえるようにした。

 妖怪や山賊さえ、その彼の脅しを真に受けて関わろうとすらしなかった……それだけ彼の姿と半ば狂ったような言動は恐怖を煽るモノだったのだ。

 

 やがて彼が人知れず野で死んでも、人々は彼をいつ来るかいつ来るかと恐れ続けていた。

 そんな彼への畏怖が月日を経るにつれ、数ある『事の神』の伝承と結びつき、彼もまた畏怖を集める、一柱の『事の神』と化す事になる。

 

 彼には畏怖という名の信仰がそれなりに集った。

 災厄を齎す神として様々な集落や村に現れては、追い返された……“浄化”の火等で追い払われるか、供物を差し出されて退出願われるかの違いはあったが。

 自分の一挙一動に怯え惑う人々――彼はそれに以前の様な痛快さを感じなくなっていた。

 ただ淡々と、神として信仰によって持たされた習性のまま、人の下に赴いては出ていくを繰り返していた。

 

 彼が出没する周辺地域には彼の齎す災厄を恐れて、妖怪もあまり寄りつかなくなっていた。

 その事から、彼は守り神としての信仰も集め、人々は彼を敬い、機嫌を取った――彼が自分達から離れないように、そして自分達に近づかないように。

 

 彼は神として信仰によって持たされた習性のまま、人に追い払われ、妖怪や別の禍を人から遠ざける壁として在り続けた。

 

 長い年月が経ち、多くの神や妖怪が忘れ去られる中でも、事の神を追い返す数多くの『コトガミ送り』の儀式が風習や一種のレクリエーションとして残り、共に事の神への信仰も根強く残った。

 それでもその力は確かに衰え――同時に信仰による習性の力も弱まった彼は最早、人の前に姿を表そうともせず、ただ風化していくだけの日々を過ごしていた。

 

 

 ――そんな彼の下に一人の少年が訪れるまでは。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――やはり、ここは外の世界でもないからか、名前は思い出せないな」

 

 

 見渡す限りの赤褐色の空と砂礫の舞う荒野――人里に繋がりかけていた事の神の“通り道”の光景が、小さく独り言を呟いた俺の目の前に広がっている。

 ある程度あちら側から近づいてくれれば、境界を脅して侵入するのは容易だった。

 

 そこを通るだけで人を不幸にしてしまう事の神が、それを避ける為に作り上げた“通り道”――そう言うと、あの方は否定したけれど。

 

 初めてここを訪れたのは……ああ、そうだ、ナズ姉さんと喧嘩したときだ。

 『僕は戦わなくちゃ行けないんだから、心配なんてしないでよ』なんて言ったんだったか、彼女の傍にいると俺自身が傷つくことが恐くなるから……全く、恐怖を率いて戦うことを目指す人間の台詞じゃないな。

 で、心が不安定なまま飛び出した俺は、恐怖が伝播する力を抑えきれずに周囲にそれを共有させていたが故か、たまたま境界を押し通り、あの方の“通り道”に迷い込んだ。

 

 荒涼たる野を行った先、どす黒さを伴った紫の色の霧として視認できるほどに濃い“厄”に包まれて、事の神はいた。

 俺の“恐怖”にあてられて、その“厄”が道を譲るように散っていく様を驚いた様子で見ながら、その神は俺に声をかけて来た。

 

 

――お前は一体……まあ良い、近くに寄れ――

 

 

 その近隣にいる“事の神”のことは聞かされていた――その成り立ちと性質と共に、うっかり近づくなと釘を刺されて――だから驚いた、

 その神様も俺の“恐怖”が伝わっていた、“俺が傷つくこと”が恐かったのだ、ならば近くに寄るだけで人を不幸にすると聞かされていたこの神様は、なんで“寄れ”なんて言えるのだろう?

 

 疑問を抱えて、俺は歩みを進めていた。

 彼の顔がしっかりと見えた時はあまりの恐ろしさに足が竦みかけた、その恐怖さえ、共有させてしまったのに――

 

 

――そうか……ありがとう、“こんなに”俺が恐いのに、お前はここまで来てくれたんだな――

 

 

 俺の能力の説明を受けた神様は、恐る恐る――俺を傷つけてしまわないか、心から恐れながら――俺の頭を撫でて、そう言ってくれた。

 ――そうして、俺に教えてくれた、“恐怖”もまた縁の形だと。

 

 

「――貴方のことだ、別に信仰が欲しくて暴れだしたんじゃないんでしょう。

 外の世界の退治屋ですらその犠牲を許容し、その上に立つ営みの中に、目を向けてくれるヒトはひと握り。

 多分、それを知らしめようとして、ほとんど残ってない力を振り絞ってここまで来たんでしょうね。

 『消えかけの神一柱くらい、本気で救おうとしてやらないと可愛そうだろ』とか、言いそうだなぁ……ホント」

 

 

 世界で最も有名な聖人は、医者を必要とするのが病人であるように、救いを必要とするのは罪人であると言ったそうだ。

 その理屈だと、一番、誰かとの縁が必要なのは無縁と冠されて葬られる彼らなのかもしれない。

 

 

「――でも、森近さんとか上白沢さんとかはちゃんと分かっててくれたんですよ……俺も、彼らの為にこれからも精一杯頑張ります。

 だから、退いてくれませんか? 何が正しいのかは分からない、でも、俺は彼らの恐怖が巡り巡って誰かを傷つけるのを許容する訳にはいかない」

 

 

 地平線の向こう側から押し寄せるような“厄”の流れが見えてくる――まるで氾濫した紫色の濁流だ。

 ――あれ全体が、信仰の減少から“人格”を衰えさせ、“事象神”と化した事の神の今の姿である。

 

 

「『“下馬貴族”起動』――全力で、叩きつけて行きます!」

 

 

 “武装”を展開し、盾を掲げ、剣を抜き払う。

 たった一人の『コトガミ送り』、神に捧げるのは――

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――手に長剣と盾を持ち、西洋甲冑に身を包み、ヘルムの内側にその表情を隠した退治屋めがけて、“厄”の津波が襲いかかる。

 その濃度をそのまま浴びれば、ただ不幸を齎されるだけでは済まない、より直接的な“呪い”を受けるだろう。

 

 しかし、それを目の前にして尚、退治屋は回避の素振りすら見せず――

 

 

「――退けッ!」

 

 

 一喝――流れは怯えすくむように一瞬だけ停滞して見せた後、まるで退治屋の前で見えない壁にぶつかったかのように彼を避けて流れていく。

 だが、そのまま通り過ぎるでなく、退治屋を半球状に取り囲むように、ぐるぐると渦巻き流れ続ける――付かず、離れず、さながら事の神の在り様のように。

 

 やがて、流れの中から、異様に節々が伸びた手の形をとった“厄”が退治屋へと何本も何本も、伸びていく。

 倦怠な動きで現れて、それから一瞬で退治屋めがけて伸びていく腕は、精一杯、恐れを乗り越えて人との触れ合いを求めているようにも見えて。

 

 そんな腕を、退治屋は身を翻して外套をたなびかせながら、容赦なく剣で切り捨て、盾で弾き返し、甲冑のブーツで踏み潰す。

 少なくとも自分だけは、それによって“不幸”になるわけにはいかない、触れ合っただけで傷つけられる存在になってはいけない、その決意の下に。

 

 ――その攻防も、しばらくして中断される。

 業を煮やしたか、勇気を奮ったか、勢いを増した流れは一度空へと立ち昇って行き――滝の如く勢いで、退治屋目掛けて落ちていく。

 

 今度は、退治屋もそれに呑み込まれ――

 

 

「『“下馬貴族”停止』――『“鉄騎馬”起動』」

 

 

 騎乗の人となって、すぐにそこから躍り出る。

 そのまま騎馬を駆り、距離を取るや、その身につけた甲冑や外套と同じようにボロボロになっていた剣と盾を投げ捨て、その手に突撃槍を現出させる。

 中に捕らえた筈の退治屋を逃した“厄”は今度は巨大な二本の腕を形取り、それを広げる、まるで突撃体勢を取る相手を、その胸元に招き入れるように。

 

 

「――ありがとう、■■様、“こんなに”恐いのに、そこで待っててくれて」

 

 

 音になるべきでない名が呟かれる、しかし、その音が招く筈の不幸は“恐怖”に弾かれて――

 決着をつけるべく、騎士は咆哮と共に疾駆していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分の“通り道”に迷い込んできたまだ幼いその子供は見るからに怯えていた。

 事の神はかつての人間だった頃の周囲の人々を思い出した、同じような目をしている。

 

 思えば、恐いのに関わりを持ってくれようとした彼らの思いは、なんとありがたいものであったか。

 恐れられる程に遠ざけられ、人の傍に寄ることもできなくなった神になってようやくに分かった事――あるいはあの時、自分を全く恐がらずに関わってくれる人間がいれば、そのありがたみにも気づかなかったのだろうか。

 

 そんな事を考えながら、何故か自分の“厄”を退けたその子供に、近くに来るように言ってみた。

 様子を見るに、彼は自分のことを――事の神のことを、知っているようだった。

 そして、あんなにも怯えている、だから来るわけがないと思っていた、戯れに言ってみただけだった。

 

 だが、なんとしたことか、彼はこちらに歩み寄ってくるではないか。

 “何故か”彼が傷つくことがとても恐くなっていた神は慌てた。

 自分に近づくことで、彼に何か起きてしまうかもしれない、今は“厄”が遠ざかっているが、何かの拍子に戻ってきてしまうかもしれない。

 彼が自分の顔を見て、さらに怯えた時など、そんな不幸を齎す自分がたまらなく恐くもなった。

 

 

――ごめんなさい、僕の所為で、恐がらせて――

 

 

 だから、子供の能力の説明を受けたときは最初は怒りを覚えた。

 その理不尽な恐怖を強要したガキを、呪ってやろうかとも思った。

 ――だが、ふと握り締めた自分の拳を見た。

 

 いつもなら“厄”に覆われ、近寄っただけで人を不幸にするそれが、今なら――この“恐怖”が続く間なら、誰を不幸にすることもなく、人に触れる事ができるのだ。

 怒りが、この機会を台無しにして衝動のままに彼を傷つけかけた恐怖に塗りつぶされていく。

 

 握りこぶしをゆっくりと開き、恐る恐る手を伸ばす。

 恐かった――自分のような事の神などに触れられたら、この子供は儚く崩れ去ってしまわないだろうかなど、荒唐無稽な事すら考えた。

 先ほどの彼自身の言が確かなら、子供にも、その恐怖は伝わって筈で――それでも彼は逃げずにその手に撫でられてくれた。

 

 

――僕こそ、ありがとうございます、“こんなに”恐いのに手を伸ばしてくれて――

 

 

 不思議な瞳だった、確かな恐怖と救われたような安堵が共にあるような気がした。

 

 それが“恐怖”に守られた一柱と一人の縁の始まりだった。

 信徒になると言い出した子供に、『友達になろう』と神が応えて、結局、信徒であり友人でもある間柄に納まった。

 

 その縁が、消えかけの自分が信仰を求めて暴れださない為に仕組まれたものであることはすぐに察しがついたが、正直、そんなことはどうでもよかった。

 “事の神”でなく、真の名で信仰してくれるたった一人の信徒の為に、残された力が尽きるまで、その相談に乗り、愚痴を聞き、妖怪退治を手伝い――神としての最期をそうして過ごせるなら、不満などなかった。

 信徒の期待に応えるように、救いの神として行動していたが――外の世界で直接人の前に姿を見せるわけにはいかず、信仰は得られるわけでなく、ただ力を吐き出すだけ……弱まり、人格を失ってしまうまで、さほど時はかからなかった。

 

 その直前、自分の為に方々に働きかけようとしたり、幻想郷に行くことを提案してくる少年の言葉を優しく退けて――いつもの“恐怖”に守られたやり取りの中で、神は信徒に説いた。

 人の恐怖はきっと人の為にある、そして、その人の恐怖の為に自分やお前、そしてその師がいるのだろう、もしもそれを背負うのがどうにも耐えられなくなったら自分を思い出すように――その恐怖で結ばれた自分との縁を思い出すようにと。

 

 

 ――そう言った以上、応えてやらねばなるまい。

 

 

 凄まじい衝撃と共に、“厄”が集まるその中心に騎士の突撃槍が突き刺さる。

 

 ――忌むべき己が名が呟かれるのが聞こえた気がした、その声の持ち主の名を呼び返そうとして、何故かそれが思い出せない、酷くもどかしい。

 

 同時に叩きつけられた恐怖に、“厄”のほとんどが霧散していく。

 

 ――気づけば、すぐそばに、目の前にあの少年の姿がある、ヘルムの崩れた部分から覗く瞳は、いつかと同じで。

 

 霧散した其処に、一つの醜い人の形の姿が残っている。

 

 ――一先ず、最近どうだとでも言うべきだろうか。

 

 退治屋は驚き、目を剥いた。

 

 ――何を驚いているのか、あれだけの恐怖を、思いを、信仰をぶつけられて名を唱えられれば消えかけの神も束の間の奇跡の一つくらい起こすものだ。

 

 “武装”を解き、ただ恐怖だけを身に帯びて、退治屋――信徒は応える、自分がこれからも頑張っていくから、任せて欲しいと。

 

 ――今度はこちらが驚いた、なんと、あの少年が自分のことを“俺”などと呼んでいるではないか。

 

 神から返って来たあまりにも場違いな驚きと指摘に、信徒は思わず笑ってしまって――貴方に憧れて、と応える。

 

 ――なんということだ、それではロクな大人にならない、それが心配だ……心配はそれだけだ。

 

 信徒はやはり笑いながら、頷く。

 確かに、自分がどこにたどり着くか心配も恐怖もある、だけど、その恐怖はきっと自分の味方であるから、大丈夫であると。

 

 ――ならばいいか、恐怖という信仰の向こう側にはいつでも自分がいる、それだけ、覚えておいてくれるように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――八雲紫は人知れず“通り道”の中に侵入していた。

 束の間の奇跡が終りを告げ、醜い人の形が霧散し、“厄”の波が地平線の向こうへと退いていくのをその眼下に捉えられる位置で、うっかりバレないように気をつけながら、小さく呟く。

 

 

「元は人の子と、お見逸れしておりましたわ“事の神”、貴方は確かに神でした」

 

 

 もしも、これが“人を救おうとする神”と“人を守ろうとする退治屋”の戦いなどという喜劇にもならない物語をなすようなら、人の敵である妖怪として、その戦場を奪い取る気でいた。

 それが彼女なりの“在り方”へのこだわりで、慈悲でもあったのだろう。

 

 

「――なかなか見事な『コトガミ送り』だったわ、お疲れ様」

 

 

 視線を“厄”を見送り、静かに踵を返す監視役に戻す――“恐怖”によって結ばれたその絆を、果たしてどれだけの妖怪が羨むだろうか。

 もしも傷心などしようものなら適当に甘く囁いて、幻想郷側に取り込んでしまおうかとも考えていたが、そんな雰囲気でも、気分でもない。

 

 

「……それにしても、これも修行の一環のつもりなのかしら」

 

 

 かの事の神は人格を失ってより、それなりに厳重な監視下にあった筈だった。

 幻想郷めがけて動き出すのは予想外だったろうが――何者かの作為を感じずにはいられない。

 そして、そうなった場合真っ先に思い浮かぶ人物は――

 

 

「本当、何を考えているのかしら……腹の見えない謎の存在って、嫌ね」

 

 

 幻想郷の者が聞けば口を揃えてツッコミを入れるだろう呟きを残して、監視役より一足早く、彼女は幻想郷へと戻っていく――










これにて人里編、一旦終了でございます。
今回は何がどう変わる話でもないため、前回以上に意味や意図が伝えられたか、不安に思っております。
よろしければ、感想、批評など頂ければと……よろしくお願い致します。
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