誰がために人は恐るるか   作:鹿助

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14.再会とちょっとした頓着

 それは、監視役が事の神の“通り道”に入っていく少し前のこと――

 

 

 

「――こ、ここか……大丈夫なのかな、あの子、人間なのに」

 

 

 命蓮寺の本尊が部下である鼠の妖怪、ナズーリンは昔馴染みの人間を待ち構えるべく、無縁塚の監視役の庵まで来ていた。

 周りを見渡せば彼岸花の毒気が立ち込め、あちこちを這い回る人喰い妖怪の気配がする、外の世界の機械も転がっていたが、その内の一つなど真っ二つに斬られていて――突然監視役の頭の上にでも落ちてきものが迎撃されたのだろう。

 ナズーリン自身もこの近くに住んでいるだけに、ここが少なくとも人間にとって優しい環境でないことは良く分かっている。

 

 “監視役”が自分のよく知っている人間であると知ったのは、彼が赴任してきて程なくだ。

 近所――無縁塚周辺の妖怪の噂話が聞こえてきていた、“事件”で直接彼と交戦した妖怪は異様に恐怖しているようだし、どんなものかと見に行った者もそれなりにいた。

 

 曰く、『気弱そうなただのガキだった、機会があったら喧嘩を売ってみようと思う』

 曰く、『食べる所を食べた後の“残り”をちゃんと葬るために持って行くと、複雑な表情で飲み物と菓子を出してもらえる、退治屋だが話は通じる』

 曰く、『何故か分からないが兎に角“恐い”時がある、悪い事は言わないから怒らせるのは止めておけ』

 

 これらの特徴から考えれば、思い浮かぶ人物は一人しかいない。

 会いに行こうかとも思ったが、後ろめたさに似た感情がその足を引っ張った。

 

 自分を姉と慕ってくれた人間の子供――でも、妖怪の自分はかつて、そんな縁を一時の“代わり”程度にしか思っていなくて。

 

 普段は抜け目無い狡猾さを持つ鼠は、最近は我ながら挙動不審だったと己を省みる。

 自分と同じく彼と面識がある小ねずみが勝手に会いに行こうとするのを、厳重に言い聞かせて止めた場面を聖 白蓮に目撃されてしまったのだ。

 隠そうとはしたが、気がつけば外の世界での彼との縁と出来事のこと、彼自身についてのアレコレまで、色々と聞き出されてしまった。

 果ては、会う約束まで取り付けてくれて――

 

 

――先ほど寺子屋で聞いてきましたけど、彼はそのまま庵に戻るそうです、晩御飯でも作って待ってあげてはどうでしょう?――

 

 

 そう言われて、ナズーリンは今、ここにいる。

 食材の入った袋を片手に、もう片手でノックをする。

 留守を確認するつもりでした動作だったが――

 

 

「監視役なら留守だよ、喧嘩売りに来たんなら日を改めな」

 

 

 なんと返事があった。

 驚き、立ち尽くしていると、そこに気配が残っていることに気づいたのだろうか、庵の中からドアが開かれて――

 

 

「まだ居るか、食いカスの供養ならあたいから――ありゃ? お前さんは……ご近所さんだったっけ?」

 

 

 出てきたのは、無縁塚周辺に住まうものなら十中八九、プラプラしているところを見かけた事があるサボリ魔の死神である。

 片手にチョコレート菓子を持ち、頭の上に“すねこすり”を乗せて、欠伸までかます彼女は、まるでここは自分の家であるのかの様にリラックスして見えた。

 

 

「あ、ああ、私は“監視役”の……その、旧友だから、会いに来たんだが」

 

「ふ~ん……まあ、上がって待ってなよ」

 

「そうさせてもらうが、君は一体――」

 

「お、コレ差し入れかい? おお、酒もあるじゃないか、気が効くな。

 よし、一杯やろうじゃないか、確かつまみになりそうな菓子が――」

 

「い、いや、君に持ってきた訳じゃ――待て、私の質問がまだ――」

 

 

 ナズーリンが持っていた袋の中身を確認するや、手招きして庵の中へと戻っていってしまう死神――小野塚 小町。

 それを追いかけ、ナズーリンは庵の中へと容易く足を踏み入れる、先日までの躊躇など忘れて――

 

 

 

 

 

 

 

 

「――つまり、君はここを休憩所として利用していて、たまにご飯も食べに来ると」

 

「ああ、うん、だいたいそんな感じ。

 ちゃんと契約に基づいた相互協力関係さ、了解はとってあるから」

 

「……本当だろうね?」

 

「あたいだって上司に舌を抜かれたくはないさ――ハタ、お前さんからも言っとくれよ」

 

 

 酒瓶を開けて一杯やりかけたところを止められたから、若干不満顔で寝転がっている小町から事情を聞くナズーリン――彼女自身は正座に腕組み、顔はどこか険しくなってきている。

 その疑心に満ちた視線を不満に思ったのか、それともすねこすりが自分を無視して、ナズーリンの尻尾に吊るされた籠から顔を出した小ねずみに寄っていったのがきっかけか、今度は小町がナズーリンに問う。

 

 

「そう言うお前さんこそ、旧友って言うけど具体的にどういう間柄なんだい?」

 

「……そ、そうだな、小さい頃から知ってるし……。

 彼にとって私は“姉さん”と慕われるだけの存在であることは確かだな」

 

「へ~、そいつは――」

 

 

 束の間の逡巡と咳ばらいを置いて、少し照れくさそうに視線をずらしながらのナズーリンの返答。

 それを聞いた小町の頬が一瞬ピクリと動いたが、それだけ――あくまで詰まらなそうな表情を維持している。

 

 

「本当かい? あの人間は外の世界の妖怪退治屋だろう、イマイチ信用できないな」

 

「本当だとも、だからこそ縁もあったんだ」

 

「……じゃあ、聞かせておくれよ、その小さい頃の話。

 色々あるだろ、人間の子供にありがちなのがさ、姉さんならわかるだろう?」

 

「いいだろう、まずは出会った頃の話だが――」

 

 

 小町の瞳は面白そうに爛々に輝いていたのだが、自分でもよく分からない対抗心に似た感情に突き動かされていたナズーリンはそれに気づくことなく言葉を引き出されて――

 

 

 

 

 

 

 

 

「――また小野塚さんか?」

 

 

 『コトガミ送り』を終えて、帰還した俺だが、その到着を待たずして庵は灯りを孕み、窓からそれが溢れ出している。

 小野塚さんには紅魔館の一件以来、合鍵を渡しているから、それ自体はおかしくないが――

 

 

「書置き、見てないのか?」

 

 

 そろそろ夕食にも少しばかり遅い時間だ。

 『今日はご飯用意できません』って書置きを残したから、夕食は自分の家で食べるだろうし、そうしたら夜に俺の庵を訪ねる理由は無いように思えるが……。

 

 釈然としない思いを抱えながらも、一応、間抜けな妖怪による待ち伏せという線も考えながら、ドアノブを回す。

 

 

「小野塚さんですか? なんなら今から――」

 

「おお、帰ってきたぞ、“ナズ姉さん”や」

 

 

 ドアを開けた音に反応し、俺の声など聞いていないであろうタイミングで返ってくる声。

 一体何を言っている――という疑問を俺が抱くよりも早く、ドタドタという足音ともに玄関まで迎えに来る人影が――

 

 

「お帰り、久しぶりだね」

 

 

 俺はしばらく、言葉を失う。

 記憶の中のそれより、少しばかり小さく思えるその姿、それでもその薄く笑んだ表情は俺にとって見慣れたものだ。

 やれやれ、終わったら会うとは言ったが、こんなすぐにとはな。

 

 

「……お久しぶりです、ナズ姉さ――」

 

「時に君、なんで私がこんなに苦労してるのか、分かってるのか?」

 

「は? いきなり何を――うわ酒臭ッ! 酔ってるんですか!?」

 

 

 挨拶を遮るように俺の両肩にポンと――近寄ってきてなんとか届かせて――両手を乗せ、ずいと顔を寄せてくるナズ姉さん。

 半ば反射的に出てきた俺の言葉に、見慣れた笑顔が、やはり見慣れた目の据わった不満げな表情になって――あ、これはヤバい感じだ。

 

 

「ほほう……私の質問に質問で返すか、随分と偉くなったな君は。

 私が君の名前が不意に思い出せなくなって、新聞で“名前を置いてきた”ことを知るまで、なんて薄情だと自分を責めていたことも知ったこっちゃないと?」

 

「あ、そうだったんですか、それは……ごめんなさ――」

 

「まだ話は終わってない! 君は昔っからそうだよな……いつだったかな、君が空中歩行中に高さに恐がって腰を抜かした時も――」

 

「ちょ、ちょっと待ってください、その話はまた後で、ね? 今は小野塚さんもいるから」

 

 

 言いながら、居間から楽しそうなニヤけ面――もとい、笑顔を覗かせている小野塚さんに助けを求める視線を送る。

 やれやれ、と欧米ドラマばりのオーバーリアクションで肩をすくめると彼女はナズ姉さんに向かって――

 

 

「まあまあ、折角作った料理が冷めちまう……そういう話は食ってからにしよう、食事中は説教より楽しい話がいいだろうさ。

 それに、その話はもう聞いたからもっと別のネタを聞かせておくれよ」

 

 

 成る程、貴方の仕業か。

 

 

「おお、そうだったそうだった。

 何を突っ立って居る、自分の家くらい遠慮なく上がってきたまえ」

 

 

 そう言うや、俺の手を取って今まで引っ張っていこうとするナズ姉さん。

 慌てて靴を脱ぎながら、なんとかついていく。

 

 

「――よ、お前も久しぶり、懐かしいな」

 

 

 ゆらと目の前で揺れる尻尾の先の籠の中から、ひょっこり挨拶でもするように――多分、実際そのつもりだ――顔を覗かせた小ねずみに小声で応じて。

 ――本当に懐かしい、偉ぶれる相手に飢えてきたのか、ちょっとした拍子に慣れていない姉さん風を吹かせたがるかつての癖は変わっていないようだ。

 

 今の俺にはその心地よさが、ちょっとだけ恐かったけれど――

 

 

 

 

 

 

 

 

「――で、怪我した時も私が手当してやったもんだよ、本当に手のかかる子だった」

 

「え、ええ、そんな事もありましたね」

 

 

 宴もたけなわと言ったところか。

 聞いてもいない昔の話を続けるナズーリンと苦笑ながらにそれに応える監視役。

 小町の目には後者の方も随分と楽しそうに見え――

 

 

「なのに皆酷いよな、『なんだあのミイラ男の出来損ないは?』とか『今度からあたしがやるから』とかさ」

 

「……ええ、酷かったですよね、本当に……酷かった」

 

 

 多少の陰はあるものの、十分に楽しそうに見えた。

 小町自身は仕入たての過去の話をネタに散々監視役をからかった後であり、今は二人のやり取りを楽しんでいた。

 

 

「――ちょっと失礼します」

 

「厠か、ついて行かなくても平気か?」

 

「……酔いすぎですよ、ナズ姉さん」

 

 

 苦笑する監視役が、料理の並んでいたちゃぶ台の下でコップに酒を注いでいたのも、小町は見逃さなかった。

 全く、思考が透けて見えるようだ――その姿を見送りながら、小さく、誰にもバレないような動作で肩を竦めた。

 

 

「……さっきは悪かったね、死神」

 

 

 ドアの開閉の音に次いで、ナズーリンの少しくぐもった声が聞こえてきた。

 小町がそちらを見やれば、声の持ち主はちゃぶ台に突っ伏すように額を預けている。

 

 恐らく、ナズーリンが言っているのは監視役が来る前のやり取りの事だろう。

 小町が酒を飲んでしまおうと勧めるきっかけになったそれは、彼女が何故人間の子供などに入れ込んだのか聞いた時のこと――

 

 

――正直、私は寂しかっただけで……まあ、良い様に使ってただけなんだよ――

 

 

 何があったかは詳しく聞かなかったが、噂話やらから推測はできる。

 “仲間”と離れた寂しさから、都合の良い子分に少し目をかけてやっただけだった。

 多少情は移れど、結局それだけの関係だった。

 

 

――心の底じゃあさ、早く元に戻りたくて……その為に利用してやろうとも考えてた――

 

 

 そこまで聞き出して、話好きの聞き出し上手の死神は話を切り上げて、「呑もう」と提案した。

 それ以上は聞かなくても想像がつく、短い付き合いではあるが、あの監視役ならばきっと“分かった”上で、なんとかしてやったのだろう。

 

 

「何、そう気にしなさんな。

 ああいう話を聞くのは嫌いじゃない、というか聞き出したのはあたいだしな。

 ……どれ、ちょっと様子を見てくるさ」

 

「分かった――おお、ハタって言ったっけ、君も飼い主に似て優しい奴だな」

 

 

 何かを機敏に感じ取ったように、ナズーリンに擦り寄っていくすねこすりを脇目に、小町は立ち上がり静かに庵から外に出る。

 ――ドアを開けた途端、いつの間にそこまで来ていたのか、小ねずみがすり抜けるように一足先に飛び出していった。

 

 その鼠はそのまま、無縁塚の前に佇んでいた監視役の頭の上まで登っていった。

 

 

「――お? お前と二人で話すのも久しぶりだな、と言っても、俺はお前の言ってること分からないけどさ」

 

 

 気配を消している小町には気づいていないのだろう、そちらに背を向けたまま、言葉を続けている。

 

 

「白蓮さんも言ってたけど、ナズ姉さんも難しい立場だから、大変そうだな。

 できればなんとかしたいけど、師匠が行方不明になってから俺自身のパイプや手札なんてたかが知れてるしさ、ちょっと無理があるんだ。

 どうしたものかな……俺はすぐ死ぬ人間だし……それに……」

 

 

 背後からでも監視役の視線がどこに注がれているのかは明白だ――無縁塚、幻想郷の外側の人間の為の共同墓地、そこにはコップ一杯の酒が新しく供えられている。

 『人里へ行く』という書置きを見てから、なんとなくこんな光景を予想していた小町はその背中に駆け寄り、バシンと音がなる威力で手のひらを叩きつける。

 

 

「――あだッ!? っと落ちる落ちる!」

 

「お前さんは相変わらず生真面目そうなオーラ出してるな。

 あんまりそうしていてくれるな、あたいにまで生真面目が移ったらどうするんだ」

 

 

 衝撃と共に頭から落ちた小ねずみを手で受け止め、それとともに恨みがましい視線をぶつけてくる監視役だが――

 

 

「生真面目な小野塚さんですか……ちょっと、気持ち悪いかもしれませんね」

 

「……お前さんも、言うようになったな」

 

「貴方自身の態度に原因があるんですけどね」

 

 

 知ってるよ、分かっててやってたんだから――そんな言葉を飲み込んで、小町は笑ってみせる。

 

 この死神は、監視役を大抵のことを真正面から受け止める人間だと認識している。

 死体一つ葬る時とて確かにその死を悼んで、我侭な幽霊の未練にも本気になって、時には往生際の悪い幽霊を彼岸へと脅して押しやり、その行為にも傷つく。

 正直、あっという間に気を欝げて嫌な人間になってしまうかと思っていたが、それらの縁に感謝こそすれ、そんな気配はない。

 自分と対照的にも思えるこの人間に、興味と、少しばかりの庇護欲のようなものをそそられていたのだ。

 

 

「――なあ、監視役……あたいはさ、厳密に言うと幻想郷の住人じゃない。

 だからまあ、安心しておきなよ、あたいに舐められたりしても仕事にゃ影響ない」

 

「……あの……もしかして、俺今、慰められてます?」

 

 

 監視役の心を見透かされたような、隠しきれてない動揺が滲んだ返事。

 小町は思わず、小さくため息を漏らす――いつもこれくらい“素直にひねくれて”くれればやりやすいのにと。

 

 

「ん~……ここでお前さんがいつものスカしたニヤけ面で『心遣いありがとうございます』とか言ったらそうじゃないって事にしようと思ってたけどな」

 

「……あ~、いつもの俺なら言いそうですね、確かに……しかし、貴方がその表現を使いますか」

 

 

 真顔で見つめ合って――どちらからともなく笑い出す。

 小ねずみだけが訳が分からないように首をかしげていた。

 

 

「――そろそろ戻ろうかい、ナズ姉さんが心配しちまうよ」

 

「そうですね、あ、小野塚さん――」

 

 

 監視役が改まった様子で死神を呼び止める。

 

 

「ありがとうございます、その……本当に色々助かってますよ」

 

 

 いつもの、“スカしたニヤけ面”ではなくどこか照れくさそうな笑顔。

 監視役としての顔でない、その少年らしい表情を受けて、小町はしばし真顔で沈黙したあと何かを思いついた様子で――

 

 

「なあ、ちょっと面白いこと思いついたんだけどさ――」

 

 

 

 数分後――庵に戻ってきたかと思えば突然死神を「小町姉さん」と呼び出した監視役に対し、あたふたと説明を求める鼠妖怪。

 そんな様子を視界に収めて、小町は実に満足そうだったが、その満足の理由は悪戯の成功と、もう一つ――

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