誰がために人は恐るるか   作:鹿助

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15.墓守

 とある昼下がり、ハタが外に誰かがいるような反応を示したので確認に出たところ、初めて見る相手がそこにいた。

 赤毛のお下げの少女の姿をしているが、頭にあるのは猫耳、生えているのは裂けた尾――人の姿を得る程度には力を持った幼獣だろう。

 

 彼女は俺に気づくと人懐い笑顔を浮かべながら挨拶をしてきてくれた。

 

 

「――いやあ、お兄さんこんにちは。

 今日はいい日和だね、洗濯も捗るだろう?」

 

 

 ふむ、と一息漏らして空を見上げる。

 空模様はいつも通りに薄暗く――今日も死体やガラクタや怪奇現象が降ってくるのだろうが、確かに今のところ平穏だ。

 

 

「ええ、こんにちは、お嬢さん。

 しかし、俺も毒気のこもった森の中で天日干しに頼らねばならぬほど、脱水に困ってはいませんよ」

 

「あはは、そりゃ良かった。

 で、こんな日にはちょっと歩きたくもなるんじゃないかな?

 どうだい、あたいと再思の道の屋台でも覗きに行かないかい?」

 

 

 なんとデートのお誘いである。

 相手が人外でもなければ赤面の一つもしてしまっただろうが、幸いにして今は冷静さを保つには絶好のシチュエーションだった。

 

 

「そうですね、体を動かすのには丁度いい気温かもしれません……剣や槍の鍛錬などに精を出したくなりますね。

 お誘いは嬉しいのですが、すいません、あそこには綿あめがありませんし、あの掬うべきより救うべきな金魚すくいも気が進みませんし……。

 どうでしょう、俺の庵で一休みしていきませんか? 飲み物とお菓子くらい出しますよ、聞きたいこともありますし」

 

「あ、あ~、ごめんね、急用を思い出しちゃってさ、もう戻らなきゃいけないんだ、それはまたいつの日にかで」

 

 

 どこか急いて見える様子。

 ふむ、それは大変だ、そんな大荷物を抱えては道中も大変だろうに。

 

 

「おや、そうですか、それでしたら一旦お荷物お預かりしますよ。

 また都合のいい時に取りに来てくだされば、二三の確認の後、貴方のモノは返しますので」

 

 

 恐らく、この時の俺は目以外は実に良い笑顔を浮かべていたのではないだろうか。

 少女の姿をした妖獣は苦笑いを俺に返し――

 

 

「やっぱ、見逃しちゃもらえないかな、墓守さん」

 

「やっぱ、見逃しちゃあげられませんね、死体泥棒さん」

 

 

 ジリと彼女の台車が土を噛む音がするのと、チャキと俺が現出させた片腕分の甲冑と長剣が擦れる音がしたのはほとんど同時。

 そこからしばらく、半ばにらみ合うように見つめ合いながらの沈黙が流れる。

 

 やがて、逃走を諦めたのか。

 無縁仏で一杯になった台車を押していこうとした手を離し、妖獣――恐らくは火車――は観念したように項垂れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すまないなハタ、少し大事な話があるからおやつでも食べて待っててくれ。

 ――お待たせしました……粗茶ですが、どうぞ」

 

「あ、どうも」

 

 

 汲んだお茶を出した後、そのままちゃぶ台を挟んだ火車――死体を持ち去る習性を持つ猫の妖獣である――の真向かいに座る。

 言い含めて静かにさせた――いつも静かだが――ハタは尻尾だけ俺の膝の上に乗せるように伸ばして、その状態で時間つぶしという意図を理解しているように少しずつ、チョコ菓子を齧っている。

 

 火車はまるで悪戯がバレた子供のような、深刻さの欠けたバツ悪そうな笑みを浮かべていた。

 

 

「まずは、まるで脅すような形になってしまった事を謝罪します、大変、失礼いたしました。

 しかし、そちらも初めに逃げようとした事を考えれば、そういう手法を取った理由はご理解して頂きたい」

 

「そりゃまあ、うん、ご丁寧にどうも」

 

「さて、逃げようとしたと言う事は火車殿は――」

 

「あ、あたいは火焔猫(かえんびょう) 燐っていうんだけど、知ってるヒトはお燐って――」

 

「では火焔猫殿――続けますが、火焔猫殿は俺の――監視役の役割については知っている、という事ですね?」

 

 

 わざとらしく明るい調子で差し込んできた言葉をぶった切って、話を継続する。

 彼女には悪いが、これは俺にとってはそれなりに深刻な問題である、火車という幼獣の性質上、どのような落としどころに収まるかは分からないが、少なくとも適当になあなあという訳には行かない。

 

 お茶を啜りながら黙って頷く彼女を見ながら思案を巡らせる。

 森近さんとも相談しなければならないだろうが、どうしたものかな。

 ここで死体が手に入らないからって古い時代の火車みたいに人里の葬式に乗り込んでいって死体奪うようになっても困るんだよな……。

 

 

「まあ、そちらにも事情があるのでしょう。

 俺も心理的抵抗はありますが、言い繕ってもやはり死体です。

 キチンとした弔いを経た後で、という条件にはなりあすが、やむを得ぬ事情と言う事であれば――」

 

「そ、そうなんだよお兄さん! これは必要なんだって!

 地底の旧地獄にももう手頃な死体は転がってないし、人里近くでも目星はつけてるけど、色々と不安要素があるし。

 ホントにもうここのが必要なんだって!」

 

「ふむ……必要、ですか。

 そうせずには居られないから、という事で在れば妖怪としては妥当かも知れませんが、人間の俺は納得致しかねますよ」

 

「ああいや、ちゃんと理由はあるんだよ。

 そっか、お兄さん新入りだもんね、地底について説明しとくよ」

 

 

 新入り、と言われるとまるで幻想郷の住人になったと思われているようで、ちょっとした反感のようなものを覚えてしまう。

 訂正しようかとも思ったが、今は別に大事な問題がある――続く説明の方に集中する事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ふむ、灼熱地獄跡の火力調整に必要と」

 

「そう、これは地上の人間とっても重要なんだよ。

 地底が乱れると閉じ込めてる怨霊の管理も難しくなるからさ。

 この前の比でない数の怨霊が出ていくかも知れないし、鬼達の機嫌も悪くなるかもしれないし――」

 

「この前?」

 

「あ、それはやっぱ気にしないで」

 

「……一応確認しておきますが、他に方法は無いのですか?

 火車も火の玉を繰る妖獣でしょう。

 火力不足かもしれませんが、似たような能力を持ったより強力な妖怪の方とかは?」

 

「あ~、いるんだけどね……ちょっとアレは強力過ぎでさぁ、まあ色々あってね。

 核融合とか言ったっけ? ……まあ、もう一度同じ事試すには方々の目が、さ。

 ……ね、お兄さん、許してもらえないかなぁ~」

 

 

 核融合とは、まさか幻想郷にそんな技術があるとはな。

 差し詰め、太陽に関係した神を妖獣や人間に降ろした『神殿化』か、師匠や“空亡(そらなき)”のような『乗っ取り』の類が関係しているのだろうが。

 

 両手を合わせて可愛らしくお願いする火焔猫殿を意識的に視界に納めないようにして、俺は彼女の説明を思い返す。

 

 ――地底、旧地獄、怨霊を閉じ込めた嫌われ者の都か……ある程度は調べていたが、資料不足でよく分からなかった地だな。

 火力調整って死体でないと駄目なんだろうか……駄目なんだろうな。

 その手のモノは大抵『そういうモノ』として設計されているものだ。

 死体を使う、そこには儀式的な意味合いもあると考えるのが妥当だろう。

 

 ……こりゃあ、致し方なし、かなぁ

 

 

「分かりました、まだ確認を取るべき相手はしますが、恐らく、供養を行った後の死体については持っていくことを承諾することになると思います。

 しかし、その際には貴殿にも無縁塚の前で手を合わせるくらいはしてもらう事になると思いますよ」

 

「え、そんな事でいいの? ありがとう、感謝するよ」

 

「……その感謝は無縁塚に向けてください。

 それに、まだ決定したわけではありません」

 

「え? ああ、うん、分かってるさ、や~これであたいも役目が果たせるよ、よかったよかった」

 

 

 本当に分かってるんだろうか。

 明るく可愛らしい笑顔でそう言う彼女に、俺は意図せずため息をついてしまう。

 

 ――そのため息を聞いた瞬間、火焔猫殿の目がキラリと光ったような気がする。

 

 

「それはそれとしてさ、お兄さん、なんで墓守なんてしてるんだい?」

 

「……ご質問の意味が分かりかねますね」

 

 

 そう応えながらも、俺は先程までとは違った雰囲気の笑みを浮かべながら、場の空気まで一変させた火車の意図を半ば察しかけていた。

 あるいは、幻想郷の火車はこういう方向に進化したのか――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやあ、だってさ、お兄さんの――監視役の仕事は本来、ここら辺の妖怪の監視と牽制だろう?

 それなのに墓守の真似事なんてしてさ……わざわざ、誰も見向きしない人達の為に自分から心を砕いて……それは何のためだい?」

 

「誰も見向きもしないからこそ、誰かが思ってやらなければ可哀想……という発想は可笑しいでしょうか?」

 

 

 ニヤり、と火車が笑う――何かを察したような監視役の無表情、その内側にあるものが透けて見えている、とでも言うように。 

 

 

「成る程、おかしくないね。

 でもさ、結局そりゃ他人だろうよ……誰が何を望んでいたかなんて分かりゃしない。

 それなのに、わざわざ心に留めて、それを出汁に勝手に悲しんで……まるで自己満足に他人の死を利用しているようだ。

 ――なんて、ヒトに“誤解”されたりしたら大変だろう? あたいはそれを心配しているのさ」

 

 

 それを言葉通りの意味に受け取る人間は、流石にいないだろう。

 他人の死に暮れるな、悲しんでても何もならない、自分の自己満足に浸るのに――悲劇のヒーローを気取るのに、それを利用するな。

 人が前を向いて進む為に、多くの場で説かれてきたであろう説教の類、それを受けて監視役は――

 

 

「ふむ、痛いところを突かれましたね」

 

 

 まるで聞きなれた街頭演説でも耳に入れるように、薄い苦笑を浮かべていた。

 それは火車が予見した反応とは違う。

 

 

「成る程、死人が何を望んでいるのか、何を望んでいたのか……この役目に就く前から、結局はケースバイケースという答えを得てなお、悩み続けてきました。

 実際、わかりませんね……自分の死や苦しみを笑い飛ばして欲しい人もいれば、心の底から悲しんで欲しい人もいます。

 この無縁塚にその骸を埋める人達は“無縁”と言われるように、人の思いに飢えている傾向があると今のところは判断していますが、それだってどれだけ当てはまるか、確証はありません。

 人の死や苦しみを聞き出して、それを馬鹿にするでなく、“軽く”してくれる方は既に間に合ってるようですので……俺は俺のできることをしようと思っています。

 分からないから、考えても無駄だから、そんな事を言いだしたら、本当に何かできることがあっても見逃してしまうでしょう」

 

 

 まるで独り言のように続ける。

 その脳裏に浮かんでいるのは一人の死神のことだが、そんなことは知らず――火車はただ己の“揺さぶり”が失敗したと判断する。

 

 

「自己満足ではないかと問われれば、そうかも知れません……誰かが彼らに思いを向けてくれたときの喜びに、俺自身が評価されたような喜びが混じっていなかったかと問われると、怪しいモノがありますね。

 人の死や苦しみを、自分の陳腐な罪悪感を埋めるのに利用してる面もあるのでしょう……それはあまりに誠実さに欠ける行為です、ただ――」

 

 

 監視役が、真っ直ぐに火車を見据える。

 火車は、透けて見えていたような気がしたその目の内側に今度は何があるかを読みかねる。

 

 

「俺自身が正しいか、正しくないか……それは今はさほど重要な問題ではないんですよ。

 自己満足が入ろうがそうでなかろうが、人によっては安っぽいと称するであろう同情で救われる人の魂が確かにある……大事なのはその事実です。

 ご心配はありがたく思いますが、そういうことですので……大丈夫ですよ、繕うべきときは繕いますから」

 

 

 紛れもなく、本気で言っていた。

 

 じっと、見つめ合うこと数秒。

 今度は火車――燐が口を開く、そこに笑みはなく、露骨に探るような視線を向けて。

 

 

「……とりあえず、甘く見たことは謝るよ、墓守さん。

 でも、そういうのって多分、気持ち悪いって言われる考えだよ」

 

 

 自己犠牲・他人本位――それは多くの者に尊敬されると同時に、軽蔑もされる行為だ。

 普通はヒトの本当の気持ちや望みなどヒトに伝わりはしない、だから他人のためにという台詞は陳腐に響く。

 例え本当にその人の為に行動したいと思ったとしても『そう思った自分のため』と屁理屈をこねた方が押し付けがましくなく、潔く、好ましく思われる時もある。

 皆、自分の気持ちを一番に考えてもいい、むしろ考えるべき――そう思う者達にとってはそれは暗黙のルールのようなもの。

 だから、例えば“本当に他人の気持ちが分かってしまったりして”本気で他人の為に行動できる存在は、時としてその根幹を揺るがし、忌み嫌われるのだ。

 

 

「大丈夫ですよ、不快な思いなどさせるべきでない人間の前では、上手く繕いますから。

 俺もこれまで、それなりに嘘を重ねてきましたからね、地底のいるという鬼に尋ねれば、退治屋の“卑怯さ”はよく分かると思いますよ」

 

 

 監視役は燐に笑顔を向ける。

 成る程、“人間でないお前たちにはそんな気を遣わない”と宣言しながら、人の良さそうな笑顔を妖獣に向けられるこの退治屋は確かに、鬼とは相性は悪そうだ。

 だが、燐が考えるのはむしろ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――じゃ、今日の所は素直に諦めるよ。

 また適当な日に確認にくるから、話がうまくいったら死体を用意して待っててね」

 

「別に、今から確認に行くつもりですから、付いてきてくださっても大丈夫ですよ?」

 

 

 恐らくは俺を揺さぶって、代償なく今すぐに死体をせしめようとしたのであろう問答を終えると、火焔猫殿はいやにあっさりと引き下がった。

 立ち上がり、玄関の方を向いて、もう帰宅すると言い出したのだ。

 

 俺は今から森近さんに相談しに行くつもりなので、それに付いてきても良いと言ったのだが――

 

 

「いや、ちょっとさっきの急用を思い出したってのがあながち嘘でもなくなってさ……」

 

「それは……なんというか、長時間の拘束、失礼しました」

 

 

 もう既に日は落ちかけている――火焔猫殿から地底の説明を受けた時間も合わせると結構な時間、彼女を拘束してしまったことになる。

 話している内に本当に急用を思い出したということか、これだけ時間がかかったから普通の予定も急用に繰り上げられてもおかしくないが。

 

 

「ああ、いや、別にお兄さんのせいじゃな……くもないかな。

 まあ、気にしないでよ……それじゃあまたね」

 

 

 なんだかハッキリしない言葉を残して、火焔猫殿は庵を後にしていく。

 その後ろ姿は確かに、どこか急いでいるようにも見えたが

 

 

「……今は気にしてもしょうがないか……悪いなハタ、また留守番しててくれ」

 

 

 気にはなるが、別にやることのあった俺は準備を整え、その後を追うように庵を出て行った。

 

 

 ――森近さんは俺と同じように火車の頼みを却下した際の人里への影響を考えると、受け入れざるを得ないという意見だった。

 その返答を胸に帰った俺を、晩御飯の当てが外れた小町さん――この前から、名前で呼んでいる――が不満顔で待ち受けており、なだめながらすぐに料理を始めたのだが……。

 

 

「――お前さん、今日、火車に会ったか?」

 

「会いましたけど、それが?」

 

「……いや、別に」

 

 

 忙しなくしていた俺は、その会話をそれだけで終えてしまって――

 何故、小町さんがそれを知っていたのか、ちゃんと聞き返しておけば、もう少し心構えをもって次の事態に備えられたというのに。

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