誰がために人は恐るるか   作:鹿助

17 / 33
17.見えない少女

 とある盲目の少女がいた。

 幼い頃に両親を殺され、その事件で自分も視力を失った彼女だったが、彼女を引き取った親戚のおじさんと共に、幸せに暮らしていた。しかし、ある日を境に少女は経済的な理由から学校を辞めさせられ、仕事のためか頻繁に引越しを繰り返す日々を送ることになる。そんな中でも普段は絶対に弱みを見せず、少女の前では優しく頼もしい存在として在り続けようとしたおじさんだったが、その時は偶々少女に気づいていなかったのだろう――少女は今の自宅である安アパートの部屋で、何やら落ち込んでいるおじさんの気配を感じ、脅かしてやろうと背中から飛びついた。

 

 先にいうならば、弁護はいくらでもできる、引越し続きで盲目の少女は部屋の間取りを把握できていなかったし、その日は無風で、そんなところに大きな窓が空いていることにも気づかなかった。そもそも、大きな窓と言っても人一人が誤って落ちるには小さすぎるし、仮に少女がわざと“それ”をしようとしたとしても、大の男が落ちるのは相当に運が悪かった場合のみだろう。

 

 だが、実際に“それ”は起こってしまった。

 少女は男の背中にしがみついた状態で、自分が宙に放り出されたような浮遊感を覚える。おじさんが身を捻って少女を庇うように抱きしめたとき、少女は初めて、自分が何をしてしまったのかを悟った。

 

 

 

「――成る程、お燐が言っていた通りでしたか……死んでまで“目が見えない”のは罰のつもりなのかしらね」

 

「……貴方は?」

 

「これは失礼しました、お燐の飼い主ですよ、ペットがよく話し相手になって頂いているようで。

 ところで、貴方――」

 

 

 お燐――あらゆるモノへの呪詛ばかりが満ちるこの場所まで、よく様子を見に来て、“地底”やそれと連なった“幻想郷”のことを語ってくれる声の名。

 それの飼い主と名乗る声の提案は――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無縁塚・監視役の庵

 

 

 

「――成る程、つまりおじさんが、えっとその……どうなったか確かめたい、という事でいいのですか?」

 

「は、はい……あれからどうなったのか、気づいたら、え~っと、地底って言いましたっけ? お燐さんが私を連れてきたらしい場所にいましたから、わからないんです」

 

「……」

 

「ちょ、ちょっと、今あたいを見られたって困るよお兄さん」

 

 

 古明地殿と“密談”を交わしたあの日から数日後の昼下がり――古明地殿は火焔猫殿と地底にいたという外来人の幽霊を伴って再度庵を訪ねてきた。

 

 今日は小町さんもナズ姉さんもそれぞれの用でいない。小町さんはここ三日ほど“お昼休み”を口実にお昼ご飯を食べに来て、そのままずっと昼寝している日々が続いていたので、今日は朝食時に来た彼女にお弁当を持たせた。お弁当を押し付けながら『これでお昼休憩にわざわざここまで来なくても大丈夫ですよね、行ってらっしゃい』と笑顔で送り出したところ、ハタに『お前さんの飼い主、嫌なことでもあったのかい?』と聞えよがしに問いかけていた。

 

 ……そういえば、その様子を脇から見てたナズ姉さんが何か言いたそうな表情してたな、ナズ姉さんの分もお弁当用意した方が良かったか? でもナズ姉さんの方が料理上手いしな。

 

 それはそれとして、幽霊が女性――俺より一つか二つ年下程度の少女――ならむしろ小町さんに居てもらうべきだったなぁ……人外は女性として意識することもないんだが、幽霊は微妙なラインだし……女の子との喋り方とかわからないぞ、俺。仕方ない、最悪、火焔猫殿に助けを求めよう。さっきからこっちを見てニヤニヤしてやがる古明地殿はアテにしたくない。

 

 

「……彼女が幽霊なって尚、目が見えない理由ですが、火焔猫殿が霊体をちょっと食べちゃったとか、そういうオチじゃないですよね?」

 

「あたいだって“齧る”ときは怨霊になるまで待つし、それに――」

 

「あ、あの……そんな決め付けて責めるような言い方、しないでください。確かに私をあそこに連れていったのはお燐さんかもしれませんけど、それでもお話とかしてくれて……とっても、感謝してるんです」

 

 

 俺が軽い気持ちで放った確認のための言葉は予想外の方向から反発を受けた。

 目の位置に包帯を巻き、肩まである黒髪を切り揃えた少女――擦り傷などを負わないためかしっかりしたジーンズ履き、革ジャンパーを肩にかけているが、当人の儚げな雰囲気と合わせ、見るからに服に“保護”されているような印象を受ける。その少女が火焔猫殿の返事に割り込んで、俺を責めるように――いや、責めたのは俺で、彼女はそれに反発しただけか。

 

 怨霊ばかりの土地における、そこにいた唯一の話し相手か……盲目じゃあちこち廻る訳にも行かなかっただろうしな。ストックホルム症候群……とはちょっと違うが、情が湧くことくらいあるだろう。で、ついさっき話を聞いたばかりの男がその相手を攻撃すれば、まあ、こうもなるか……妖というものが実感を伴って分かっているわけでもないだろうし、俺の配慮が足りなかったな。

 

 ちゃぶ台を挟んで対の位置にいるその少女――幽霊さんからは、知りもしない男に反抗的な態度をとることの恐怖まで聞こえてくる、先程のは勇気を出して行った発言なわけだ――これじゃ本当に俺が悪者だ。

 

 

「……確かに、失礼しました火焔猫殿、謝罪いたします」

 

「え? あ、うん、別に良いんだけど……」

 

 

 視線を俺の右隣の位置にいる火焔猫殿に向けて小さく頭を下げる。当の火焔猫殿は戸惑った様子で俺と少女を交互に見やっている――素直に彼女に感謝するか、適当に場に合わせてくれれば助かるんだがな。

 

 しばしの沈黙――少女の幽霊さんは元々小心者なのか、俺の機嫌を損ねてしまわなかったと恐れ、火焔猫殿は困った様子で頭を掻き、古明地殿は考えの読めない表情でお茶を啜っている。

 

 仕方がないので俺が咳払いし、話を前に進める――謝罪した当人が話を切り替えるような真似、あまりしたくないんだが。

 

 

「では、お教えいただいた情報を外の世界の仲間に送り、調べてもらいます……その結果が分かるまでには何日か待って頂きたい。さて、では火焔猫殿、彼女の遺体を回収した場所と日時について、覚えている範囲で教えていただきますか? 直接探索に出向けば、何か見つかるかも知れませんから」

 

 

 ま、考えようによっては心理面のフォローは俺がする必要がなくなったんだ。不慣れが俺がやるより、人の心をよく知り“機嫌がよくなった”古明地殿や生来明るそうな火焔猫殿に任せられるんなら、そっちの方がいいさ、きっと――

 

 

 

 

 

 

 

 

 今しがた昼寝から目を覚ました“すねこすり”はちゃぶ台の様子を見遣った。

 

 今日は三人もお客さんが来ているようだが、どうしたことか、飼い主はいつもよりも寂しそうである。すねこすりは小さく息を吐く、友人に頼まれて様子を見ているが、この若い飼い主はなかなかに世話を焼かせてくれる。

 

 そのまま飼い主の元に寄っていこうとした足が、ふと止まる。庵の外にまた別の気配がしたのだ、飼い主に知らせてやろうとも思ったが、何やら熱心に話し込んでおり、邪魔をするのも憚られた。

 

 すねこすりは進む方向を換え、窓の真下まで歩いていくと、なんとかと言った様子で体を一杯に使って壁伝いに窓辺をよじ登り、外の様子を見て――丁度、庵の中を覗き込んでいた少女と目が合った。その少女は今ちゃぶ台を囲んでいるウチの一人とよく似ていた、帽子を被り、その“第三の目”は閉じているが間違いなく、同じ覚妖怪だ。

 

 はて、この少女は我らが庵に何の用だろう――首を傾げるすねこすりに少女は――古明地こいしは不思議そうな顔で同じタイミングで首を傾げる。そのままじっと見つめ合い――不意にこいしが人差し指を窓越しにすねこすりの目の前で動かし出す、すねこすりはその動きを鼻先で追うように首を動かし、しばらくして行動の意図を尋ねるようにこいしの顔に視線を戻し、もう一度首を傾げる。それでも、こいしはじ~っと見つめ返してくるのみで。

 

 しびれを切らしたのか、すねこすりが内側からかかっていた窓の鍵を外し、半開きにして鼻先から顔を外に突き出す――部屋に毒気が入ると飼い主の掃除が大変になるのですぐに閉めるつもりだったのだが……。突き出された頭をそ~っと撫でたこいしの顔がパァッと明るくなったかと思うと、両手で窓ガラスを“外し”後方に放り投げてしまう――そのまま、すねこすりを抱き上げる。

 

 そして、窓ガラスの砕ける音と共にようやくこちらに気づいた面々に混じっていた姉に向かって――

 

 

「お姉ちゃん! コレ飼いたいわ!」

 

 

 無邪気な笑顔で、そうのたまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「『こいし嬢の気持ちは嬉しいが、友達との約束で今の飼い主を見捨てるわけにもいかないのだ』――だそうよ、こいし、流石に無理強いは止めておきなさい」

 

「じゃあ、飼い主さんごと私のペットになるってのは?」

 

 

 さっきまで俺が座っていた位置に座った妹殿が、まるでデパートで気に入ったの玩具を親に示す子供の如くにハタを抱え上げ、古明地殿はそのハタの心情を読み上げ、たしなめようとしている。俺はと言えば、さっきまで窓だったところを急ごしらえの処置で塞ぎ、今では台所で妹殿と皆のおかわりの飲み物とお菓子の用意をしているところだ――なかなかに恐ろしい発言が聞こえてきているな。

 

 なかなかにシュールな絵面だ、火焔猫殿は単に手持ち無沙汰な様子だが、幽霊の少女は突然の事態にポカンとしている。というか、ハタの言う友人ってまさか師匠か? いやいや、それはないだろう、だってあの師匠だぜ、友達やれるヤツなんているか? あと、思ったより渋い口調してるんだな……。

 

 

「『我が輩としてはそれなら問題ないが――いや、無理ということにしておこう、飼い主に無茶な要求をされても困る』――良いペットをお持ちですね、監視役」

 

「なんだか、ずるっこいわ」

 

「じゃあ、残念だけど交渉は決裂ね……『いつでも遊びに来てくれ、庵を壊されなければ、歓迎する』。え?――え、ええと『そうだ、これから我らが庵はそこのお嬢さんのために手がかりを探しに行くのだが、手伝ってくれないか?』」

 

「――は?」

 

 

 丁度お盆に飲み物と菓子を乗っけてちゃぶ台の近くまで来ていた俺が、その言葉に一番早く反応していた。

 

 

「ちょ、ちょっと待っ――おっとっと」

 

 

 俺は飲み物――妹殿と幽霊さんにはジュース、火焔猫殿には甘くしたホットミルク、古明地殿には緑茶を淹れておいた――とお菓子をちゃぶ台を並べてから、妹殿に抱えられたハタに視線を向ける。

 

 

「色々とツッコみたい点はあるが……まず、ついてくる気だったのか?」

 

「……『何かを探すのは、ナズーリン嬢程ではないだろうが飼い主よりは得意だ。役に立つぞ?』」

 

 

 視界の外から、古明地殿がハタの心情を読み上げる。妹殿は俺達の会話内容は耳に入っていないようで、ハタを抱え上げた位置に片腕で固定したまま、もう片腕でジュースを飲んでいる。他二人も多分、展開についてくるのを諦めたのだろう、好きに飲み食いしながら事態の変化を持っている様子だ。

 

 

「ナズ姉さんを“ジョウ”呼ばわりって……気持ちは嬉しいしその通りだろうが、話が聞こえてたならわかるだろ? 目的地は“妖怪の山”だぞ、変な妖怪に喧嘩売られたら守ってやれるかどうか」

 

「『故にこいし嬢を誘っているのだ、飼い主に迷惑はかけないよ、それに――』……ちょっと監視役、こちらに」

 

 

 不意に“通訳”が止んだのでそちらを見てみれば、古明地殿が立ち上がって手招きをしている。俺がそちらに近寄ると古明地殿は俺に耳打ちしようとして――

 

 

「……屈んでください」

 

 

 少しだけ苛立たしげな一言――身を屈めると、古明地殿は耳打ちしてきた。

 

 

「貴方が私と恐怖を共有したせいでこいしを心配に思っているの、今までのちょっとした仕草でおハタさんに見抜かれてますよ。個人的にもこいし嬢のことは正直気になるし、飼い主の心配に対処するためにも少し様子をみたいと。……それと、皆がこいしを“しっかり見えている”のは、おハタさんを介しているからだそうです」

 

 

 マジか、言葉を理解してるのには気づいてたが、そこまで鋭いとは……丁寧語で話しておくべきだったか? まあ、それは置いておくとして。どうしたものか――

 

 

「ご馳走様! じゃあ準備できたから行こうか、おハタ、飼い主さん!」

 

 

 ジュースを飲み終え、お菓子を飲み込み終えた妹殿がさも当然のように呼びかけてくる。ごめんなさいちょっと待ってください考えの整理を――

 

 

「あ、あの、私も行きます……私のことですし、足でまといかもしれませんけど、ゆ、幽霊だから、もう死んでますし!」

 

「え、あの……本気、ですか?」

 

 

 妹殿の勢いに釣られるように幽霊さんが手を上げる。俺の声にはもしかしたら、勘弁してくれという感情の色が染み出してしまっていたかもしれない。

 

 ――だが、その“手”を見て、俺は不意にある方策を閃く。

 しかし……この方法は――

 

 

「――古明地殿」

 

「……いいですよ、そういうことであれば、そこまでは協力します。しかし監視役……心に似合わず、頭は中々残酷にできているんですね」

 

 

 俺の心を読み、真顔で承諾の意を示してくれる古明地殿――こういう時は便利な能力だ。しかし、甘すぎるとも残酷すぎるとも言われたことはあったが、それははじめて言われる評価だな。

 

 

「――火焔猫殿」

 

「あ、いや、なんか皆で行くノリになってるところ悪いんだけどさ、あたい仕事があるからそろそろ帰らないと――」

 

 

 恐らく、自分に話題を振られないように敢えて黙り込んで存在を消していたのだろう。火焔猫殿はバツ悪そうに小さくなりながら応えてくれる。

 

 

「別に手がかりの捜索を手伝ってくれってわけじゃないですよ。貴殿の死霊を操る力、それを使って“準備”をしたいので、それに協力していただきたい……何、すぐに終わりますよ」

 

 

 俺に面々の視線が集まる。いや一名は“視線”はないのだけれど、注意を向けてくれたのは分かる。

 

 

「流石にそのまま山登りという訳にもいきません。ハタに“式”に憑け、ついでに“俺の一部”を擬似的に“喰わせ”、人の姿が取れるまで強化して補助にあたってもらいます。それから……多少手荒ではありますが、貴方にはとある盲人の妖怪の力を再現して“視力”を得ていただきます――」

 

 

 俺の言葉に最も驚くと思っていた幽霊さんは、むしろポカンとした表情を浮かべていた。流石に意味がわからないか……まあ、いい、大事なのは知識や理解じゃない――

 

 

「……断るなら今ですよ。世界を見る覚悟は――“声”の正体を知る覚悟はできていますか?」

 

 

 そう努めたわけではないのに、俺の声は重苦しい響きをたえていた。幽霊さんはゴクリと唾をのんで喉を動かしたあと、頷いた。

 

 ふと、視線に強い“何か”を感じて、妹殿の方に視線をやる――気のせいだったようで、彼女は既にハタとたわむれ、遊んでいた。

 

 当たり前だ。彼女が視線になんらかの“意識”を込めるなんて、あるわけないのだから――

 

 馬鹿らしい考えを頭を振って追いやり、俺は準備に取り掛かる――さて、“両腕”くらいで足りればいいんだが……。













ここ二話ほど改行の仕方を変えてみましたが、読んでくださっている方々はどちらがよいのでしょうか?
元に戻せとか、このままの方がいいとか、意見がありましたらお知らせくださいませ。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。