誰がために人は恐るるか   作:鹿助

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19.人と妖の境界線

 妖怪の山・山頂付近

 

 

 

「――では、一応山中搜索の事後承諾はもらえたのですね」

 

「何にも口に出してないのに『では』とか言うの――あ、やっぱ別にいいです」

 

 

 湖で洩矢様と話して別れた後、古明地殿とはすぐに合流できた――あるいは、草木に“合流させてもらった”のかもしれない。

 

 

「はい?――ああ、成る程、こいしの事を頼んだのは口に出したくなく、読んで欲しいから……。恐怖や嫌悪を多分に含む感情を信仰としていた祟り神ならば、来るべき日にこいしを導いてくれるかもと、それとなく頼んでくれたのも『その時がくれば気にかける』という返事をもらえたのもできれば口に出したくない。幾ら“交換条件”があるとは言え、私には貴方が実際にこいしを心配していたのも分かってしまいますからね……妖怪退治屋としての不本意さと照れくささが、それを咎めると」

 

「……分かってもらえるって素晴らしいですね」

 

 

 俺の皮肉にも、笑顔で「そうですか」と返しやがってくださる古明地殿。俺も笑顔を返したつもりだが、頬が引きつってるのが自分で分かる。

 

 

「しかし、酷い様ですね……泥だらけなのもそうですが、笠の紐くらいちゃんと結んだらどうですか?」

 

 

 そう言いながら、古明地殿は俺の顎あたりに視線を移す。そこには俺の被っているだけ三度笠の紐が結ばれずにプラプラしている――顎に回して固定するそれは、振りほどいて外すだけならともかく、再び結ぶのは両腕が使えないと厳しいものがあった。

 クスリと笑いを漏らして、古明地殿はそれを結び直そうと近くに寄ってきて手を伸ばし――

 

 

「ちょっと動かないで――」

「お気遣いどうも、お気持ちだけありがたく」

 

 

 余計なお世話でやがりますよ、何が悲しくて親しくもない妖怪に、妖怪退治屋が世話を焼かれにゃならんのか。こちとらお宅のペットが死体を持っていく件は感情じゃ納得してないんだぞ。

 心の限りを尽くして“思って”やったつもりだったのだが、古明地殿は気にした様子もなくその白く綺麗な手を伸ばし、笠の紐を結び直しはじめる。

 

 

「まあまあ、そう遠慮なさらずに」

 

 

 遠慮します、こっちに寄るな。

 そう思いながら、半歩身を退いたところで、古明地殿が馬鹿にするようにフッと笑みの形を変える――

 

 

「……」

 

 

 なんとなく、ここで退いたり建前を吹っ飛ばして本気で嫌がったりしたら負けを認めたことになるような気がして、俺はその場に踏みとどまった。その俺の陳腐な自尊心すら見通し、上目遣いの筈なのに見下されているような感覚を受ける笑みを浮かべたまま、古明地殿は笠の紐をきちんと結びなおして――

 

 

「ふむ、よろしい……ちゃんと結び直しましたよ」

 

「……どうも、お世話をかけまして……あ――」

 

 

 出来栄えでも確かめるように首を左右に傾げて見て、確かめる古明地殿。

 ふと、その手が目に入る、まだ俺の顔についた泥が乾ききってなかったのか、その手も少し汚れてしまっていて――

 

 一瞬の間の後、きょとんとした表情の古明地殿が俺の視線の先を辿るように自分の手を見て――

 

 

「プッ、ククク――さっきまで散々不満を心で並べ立てていたのに――そこで『ハンカチ持ってきてたっけ?』って――』

 

 

 何がツボに入ったのか、肩を震わせて本気で笑い始めやがった。

 『ちょっと待って』とでも言うように片手の手の平を俺の方に見せ、もう片手で腹を抱え、顔を伏せた体勢で笑い声を必死で抑えるように肩を震わせている。

 

 恥ずかしさか怒りか、沸騰しかけた俺の頭が勝手に言い訳を構築していく――そもそも人間相手なら事前に身だしなみを整えてから合流したとか、自分で使うためだったとか、そんな文句が喉元まで出かかる。だが、それを言ったって滑稽なだけだ。その綺麗な手が汚れているのを見て、反射的にそれを拭おうとしてしまったことは古明地殿には見通されているのだから。

 

 

「ククク――どうしたんですか? いつもみたいに――心を読まれても断固として嘘と建前を続ければ良いじゃないですか? プッ、クク、今ならそういうことにしておいてあげても――いいですよ?」

 

 

 訂正、言わなくても思っただけで滑稽だったようだ。

 

 

「……一体、なんの話ですか?」

 

「あら詰まらない、そういう建前で通すんですね――クク」

 

 

 詰まらないと言うのなら笑うの止めてくださいよコノヤロー。

 笑いをこらえる古明地殿の姿を視界に収めていたくないので、目をつむってできる限り無心で、彼女の笑いが止むのを待っていた。

 

 

「――で、これからどうするつもりなんですか?

 “貴方の希望に反して”あの幽霊は視界を得ても問題なく行動できてるようですけど」

 

 

 やがて笑い声が止み、確認するような声色が聞こえてくる。目を開けば、真顔に戻った古明地殿の顔がそこにあった――ちょっと、近いんですけど。

 

 

「さてね……幾つか、道筋は考えていますが――」

 

 

 踵を返して、古明地殿から一歩遠ざかりながら背を向けて考えを整理する。

 長く失明していた人物が視力を取り戻した場合、激しい疲労を覚え、場合によっては精神を病んでしまうこともある。本来、乳幼児時から狭い視界と短い行動時間の中で、少しずつ獲得、咀嚼していく筈の情報が、一気に流れこんでくるのだ。人の顔も最初はごちゃごちゃした要素の集まりにしか見えず、声を聞いて初めて“口”を認識し、その人物の行動と視線を何度も観測して“目”を認識すると言われている。

 

 人間と幽霊を完全に同じに語ることはできないが、少なくとももっと早期に視力を得たことへの混乱なり、精神的な疲労なりが見られるべきであったはずだ。そうなった場合に備えてすぐに元に戻す準備もしていたが、それがないということは、彼女は既に人間ではない存在――妖怪になりかけている可能性がある。それなら、幽霊なっても目が見えない理由にも説明が付くし、俺の(つたな)い“再現”があそこまで上手くいったことも、その可能性を肯定している。

 妖怪『手の目』――一説では命を落とした盲人が『その顔を見て復讐してやりたい相手』がいる場合に化ける妖怪と言われているが……。もし、そうだとするなら、変化を止めているのは――彼女自身の手の目が開くのを止めているのは、何なのか――

 

 

「――では監視役、面白そうですし、一つ賭けをしませんか?」

 

「カケ? 賭け事ですか?」

 

 

 不意に背後から聞こえてきた声に、俺はそのまま確認する。

 

 

「ええ、貴方はなんだかんだであの幽霊が妖怪に変わってしまおうとすると思っている」

 

「まあ、できる限り、そうならないように努力はするつもりですが……最悪、ギリギリになったら脅して彼岸に追いやるという手段も考えます」

 

「でも、私はそうは思いません、彼女は“視ること”を恐がり、拒否すると思いますから」

 

 

 成る程、無意識に恐がって拒否している、その可能性はあるな。

 だが――

 

 

「まさかとは思いますが古明地殿――人一人の魂の行く末を、面白がって賭けの対象にしようと?」

 

 

 自分でも、抑えた怒気が声に滲んでいたのが分かった。そう言いながら肩ごしに振り返ったのだが――

 

 

「――まあ、怖い顔」

 

 

 すぐ近くに古明地殿の顔があった。幼いはずの表情に妖艶な笑みを浮かべて、彼女は応える。

 

 

「でも、嬉しいですよ退治屋さん、貴方が“人の常識”で私に怒ってくれるということは、それだけ“近く”に感じてくれているんでしょう?」

 

 

 言われて、ハッとした。

 俺は妖怪に対して怒る、ということは少ない――あくまでそれらは別の生物なのだから、一線さえ越えなければそういうモノなのだと流してしまうからだ。勿論、内心怒りを感じたり憎んだり、そう言った感情を抱くことを止められないことはあるが、“人の常識”を主張こそすれ、共感を押し付けるような非建設的な真似はしなかったはずだ。だが、古明地殿は俺の中のそういった人間や“例外”と人外の認識の境界線を越えて俺の心を掻き乱しにくる。

 

 

「いいんですよ、私の前では建前なんて使わなくても……そのままで受け入れてあげますから」

 

 

 俺の動揺を見通す、三つの目の真っ直ぐな視線。俺は初めて“古明地さとり”という存在自体に恐怖を覚え――それと同時に怒りも動揺も、一気に冷めていく。

 ――ああ、つまりコレは、そういう妖怪でもあるわけか。

 

 

「お気持ちだけありがたく、しかし俺にも立場がありますので」

 

 

 体ごと向き直って返したのは、自分でも分かる程に冷え切った声。それに対して、古明地殿は手ごわくも楽しいゲームで一回失敗したときのような、残念さと楽しみの入り混じった表情で。

 

 

「そうですか……それで、提案の続きですけど――」

 

 

 まだそれを続けるか――半ばうんざりした俺の心を見通したからか、そこで一度言葉を切った古明地殿は真顔に戻って。

 

 

「まあまあ、冷静に、感情を抜きにして考えれば、そちらに好都合な賭けですよ――」

 

 

 まあ、聞くだけ聞こう――黙り込んだ俺の意志を読み取って、改めて言葉を続けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ふむ、やはりもう何もないな……まあ、飼い主も念の為に調べるつもりでいたから、こんなものだろうが」

 

「外の世界のモノが落ちてたら、ここら辺の妖怪が珍しがって持ってっちゃうだろうしね~」

 

「そっかぁ……うん、探してくれてありがとう、こいしちゃん、おハタちゃん……でも――」

 

 

 三人――覚妖怪姉妹の妹と妖獣と幽霊は、山林の中、火車がかろうじて覚えていた目印の大木を頼りに、少女と同じ場所に落ちたはずの“おじさん”の手がかりを探していた。

 もっとも、同じところに死体があるなら火車がそれも持って行ってしまっているだろうし、当人――当獣もそんな覚えはないと言っている。

 最初から収穫の見込みの薄い捜索、既に空も暗くなりはじめ、引き上げの頃合かと思われていた。

 

 

「えっと、ずっと手を繋いでると、動きづらくない?」

 

「それもそうなのだが……我が輩はすねこすりだからな、誰かにくっついていないと不安になるのだ。

 こいし嬢は承諾してくれているし、我が輩も捜索は真面目にやっている……大目にみてくれ」

 

「私は別に気にしてないわ」

 

「……うん、なら別にいいんだけど」

 

 

 手の目の視界に――常識で考えれば異常な早さで――慣れた幽霊と手を離してから、すねこすりはずっと覚妖怪と手を繋いでいた。

 あっちこっちに引っ張り廻るこいしと、それについて行きながら、ギリギリの所で軌道修正するハタ――その様は最初は幽霊に気だるそうな犬を無理やり散歩に連れ出す子供を連想させたが、今では勝手に動き回ろうとする犬とそれを上手く宥めすかして散歩する飼い主を連想させている。

 ……どちらがどちらかは、言わずもがな。

 

 

「――じゃあ、何もありませんでしたってことで……飼い主さんとさとりさんが来たら引き上げ――きゃっ!?」

 

 

 木の根に躓き、転びかけた幽霊の体――それを、パッと繋いでいた手を離し、素早い反応と身のこなしで滑り込んできた妖獣が支える。

 

 

「大丈夫かい? 足元には気をつけたほうがいい」

 

「うん、ありがとうおハタちゃん――あ」

 

 

 ふと、幽霊の右手の平の包帯に描かれた目が、ポケットからこぼれ落ちたお守りを捉える。

 

 

――おじさんに何か……もしものことがあったら、その中身を人に読んでもらいなさい、必要なことが書いてあるから――

 

 

 自分を引き取ってすぐに、そう言いながらそのお守りを渡してくれたのだが、すっかり忘れてしまっていた。

 盲目の自分を引き取る新しい誰かへ宛てた注意書きか、あるいはその新しい誰かを紹介する文章か――もう、それらが役にたつことはないのだけれど。

 

 幽霊は優しくすねこすりを押しのけて、感慨深げにお守りを拾う――成る程、その大量生産品の袋の中には不釣り合いな厚みになるほどの紙が畳み込まれている。

 中身を開けて取り出した紙の束を左手で広げ、それに右手をかざして読んでいくが――

 

 

「……え?」

 

 

 素っ頓狂な声をあげて、自分が何かを違えたのかと何度もその書面を見返し――その度にその顔は強ばっていく。

 こいしとハタがそれぞれ好奇心と心配を表情に浮かべて覗き込むのも気にせず、いや、気がつかず、彼女はそのまま――

 

 

「こんなの――私は――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 火焔猫殿から聞いた場所へ、ハタ達と合流するために歩みを進めていた俺と古明地殿。

 俺が先頭を行き、その後ろから古明地殿がついてくる――何かあれば守ってくれると言っていたが、もしかすると俺の恐怖の記憶の中にある妖怪の力を“再現”するつもりなのかも知れない。“空亡(そらなき)”など力を再現されても困る大妖怪もいるので、頭の中でもっと“穏便”に事が運べるような力を持った妖怪を思い出していたところ――不意に眼帯の下の“死んでいる”はずの右目に違和感を感じ、俺は立ち止まった。

 

 

「――古明地殿」

 

 

 俺の心を読んだ古明地は何も言わず、後ろから眼帯を外してくれて――同時に、俺の視界が広がった。

 次の瞬間には俺は既に走り出していた――既にバランスの取り方は大体掴んでいる。

 幽霊ではあるが、念の為に彼女の身に危険が迫ればすぐにそれが伝わる術も仕掛けておいたが、そちらには反応がない――にも関わらず、右目の魂が戻ってきたということは、何かのきっかけで再現術が壊れたのだろう……転んで包帯が剥がれただとか、そういうことであれば良い、だが――

 

 

「何も見つからないと、踏んでいたんだが――」

 

 

 なにかを見つけても内容によっては彼女に見せないようにして持ってきてくれとハタにも言っておいた。だが、見通しが甘かったか、俺のミスだ、そもそも連れてくるべきじゃなかった。もし、俺の最悪の予想が正しくて、あの時――数週間前に脅して彼岸に渡した男の幽霊が彼女の言う“おじさん”だったとするなら――

 

 

――お、お願いだ、もう少しだけ、あの子に謝って、許してもらうまで――

 

 

「――どうやら、賭けは私の勝ちになりそうですね」

 

 

 後ろから聞こえてくる古明地殿の囁き声――風を切る音や地に落ちていた葉や小枝を踏み折る音をすり抜けるように耳に届いてそれが、いやに俺の焦燥を募らせた。

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