誰がために人は恐るるか   作:鹿助

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2.無縁との縁を

 賽の河原

 

 

 一人の子供の霊が完成することのない石の塔を積み上げながら人を待っていた。

 命を落としてしばらく経つ、本来ならとっくに三途の河を渡っているべき存在なのだが、この世の未練を断ち切れず、最後の一歩を踏み出せずにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんばんは……俺はこの近くに住んでる者だけど、ちょっと話を聞かせて貰えるかい?

 あ、良かったらウチにくる? そろそろ夕飯の時間だし」

 

 

 ただただ河原で石を積んでいた自分に、そんな風に男が不器用に話しかけてきたのが、昨日の話。

 「知らない人について行っちゃ駄目だから」と答えたときの困ったような苦笑はよく覚えている、その様子にちょっと申し訳なさを覚えたくらいだ。

 

 

「じゃあ、名前教えて、そうすれば知らない人じゃないから」

 

「あ、いや、その……訳あって思い出せないんだ、名前……ごめん」

 

 

 頭を掻きながら消え入るような声で詫びる男は恐い人には思えず、素直についていくことにした。

 

 

 男が用意してくれたご飯――メインはハンバーグだった――を共に食べた後、男は意を決したように質問をしてきた。

 聞かれたことには全部答えた、いや、途中からは聞かれていないことも勝手に話していたような気がする。

 自分が死んだと気づいたきっかけのこと、本能的になんとなくあの河の向こう側に行かなければならない気がすること、でもそうしたら絶対に戻ってこれないような気がすること。

 

 

 “あちら側”へ行ってしまえば、それは死を受け入れるということ……。

 子供の未練は分かりやすく、そしてどうしようもない、“生きたい”という思いだった。

 

 黙って一通り、話を聞いていた男は自身も気づかぬ間に涙と鼻水に塗れていた子供を気にせず抱きしめる。

 

 ――それが自身の苦悩の表情を隠すためでもあったとは、子供は気づかなかったが。

 

 

 幽霊であっても、食事も取れれば疲れも感じる。

 狭っ苦しい庵を更についたてで仕切り、床についた子供を向こう側に寝かしつけ――

 男はあらゆる媒体の情報をひっくり返していた。

 これだけ大量に、どこにしまっていたのか――本、巻物、複数の携帯端末、見るからに改造済みのノートパソコン、大量のUSBメモリやCD・DVD-ROM、フロッピーディスク――夜通しを調べた末に、彼は呟く。

 

 

「――やっぱり、無理にでも逝かせるしかないのか」

 

 

 呟いた彼が“何か”を感じて振り返るのと、子供が庵を飛び出していくのは殆ど同時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 さて、自分は何を待っているのだろう、と子供は考える。

 昨日と同じように、男が夕飯に誘ってくれるのに期待しているのだろうか。

 ……それはなんだか違うような気がする。

 

 石を一つ積み上げるたび、不安と希望も積み上がっていく。

 こうしていれば取り返しがつかなくなる、そんな不安があった。

 誰かがなんとかしてくれる、そんな希望もあった。

 

 

 その全てが、目の前の石の塔ごと恐怖に踏み砕かれた。

 

 不意に顕れた漆黒の騎士がその子を追い回し始めたのだ。

 黒一色のフルフェイスヘルムとプレートアーマーと外套と騎馬、確かに異様だが、それだけでは説明できない直接心に叩きつけられるような恐怖を感じた。

 

 追いつきかけてはわざと振り切られ、また急に接近するという風にまるで子供の恐怖を煽るような追いたて方をしている。

 もっとも、子供の方には馬が子供である自分相手に追いつけない不自然さになど、気づく余裕もなかったが。

 

 恐怖で胸が詰まり、既にしていない筈の息を上げて、子供の霊は走った。

 走りながら、今の自分が向かっている方向に気づいて胸に微かな希望を抱く。

 

 三途の河の渡し舟――あの世とこの世の境。

 あの騎士もその向こう側までは折ってこれない筈。

 ついさっきまで、自己の心の憂鬱の象徴でもあったその存在が、今では恐怖から抜け出す唯一の光明となっていた。

 

 

 結論を言えば、その子が抱いていた不安も希望も真実であった。

 未練を残して霊が長くこの世に留まれば、当人の意思に関係なく周囲に災厄をもたらす怨霊となってしまう。

 そうなれば、余計な罪科を背負ってしまう事もありえた。

 

 渡し舟が視界に入る少し前、全力で走っていく子供を遠目に、その希望を叶えた騎士は手綱を引いて馬首を返す……ヘルムの内側をため息で満たしながら。

 

 

 

 

 

 

 幻想郷での生活が始まり数日。

 生活環境を整え、物資輸送の手段を用意して、ようやく一息はついたというところか。

 後は偶に降ってくるガラクタを脇にやったり、これまた降ってくる死体の埋葬し、無縁塚の手入れと覚えたての供養を行う日々だ。

 自殺志願者が迷い来る地と聞いていたが、今のところはそんな人が来る事もない。

 “条約”の中で庵に辿りついた外来人は助けてもいいことになったからな、八雲紫がそこら辺、ちょっと手を加えたのかもしれない。

 

 

 当初は幻想郷の有力者に挨拶周りを予定に入れておいたが八雲紫がああ言ったこともあり、とりやめた、俺は幻想郷に親しむべき立場にはいないので場の流れによっては問題も起きうるからだ。

 と、なると監視役と言っても外来人供養以外は殆どそこにいるだけの仕事、かつて暴走したあの妖怪たち――殆どが無縁塚周辺に住んでいる――は今は大人しいものだ。

 ……かといって、気を抜けるわけではないが。

 

 

「話し相手が居ないと独り言が増えていかんな、全く」

 

 

 庵で先日散らかしてしまった資料の整理を行いながらそんな独り言をつぶやくと、コツコツ、とドアを叩く音が聞こえた。

 来客だろうか?特に心当たりはない。

 仮に下級妖怪が喧嘩を売りに来たならノックなどしない筈だ。

 そう考えている間にまたコツコツとノックの音が聞こえてくる。

 

 

「はい、どちら様~?」

 

 

 急かされるように立ってドアを開けると、俺の前に一人の少女が立っていた。。

 

 彼岸花を連想させる赤髪のツインテール。

 外の世界から来た俺にはなんとも奇妙に映る幻想郷風(と思われる)の服装。

 そして大きな鎌。

 

 ……え?鎌?

 

 顎に手を当て、俺の顔をまじまじと見つめる彼女に対し、俺は硬直したまま思考だけを働かせていた。

 

 妖怪の気配はしないが人間でもなさそうだ、ってことは彼女は話に聞く死神か?

 となると、これはアレか? お迎えなのか? いくらなんでも早すぎるだろう、そりゃいつ死んでもおかしくない人生渡って来たけどさ。

 いや待て待て、死神が直接やってくるのは仙人の下にだけとか聞いたぞ……俺は違うぞ、割と欲塗れの健全な男の子だもの。

 

 

「多分、人違いです」

 

 

 とだけ告げて、手に掴んだままのドアノブを引いてドアを閉めようとする――が、死神もドアを片手で抑えてそれをさせない。

 流石に力が強い、“武装”してない俺――つまりほとんどただの人間――の力じゃとても敵わない。

 

 

「あの、ですから人違いです――」

 

「この前、子供の霊が一人、何かから逃げるように河を渡りにきたんだけどさ……あれ、お前さんの仕業じゃないのかい?」

 

「……はい?」

 

 

 ……む、その事か。

 やっぱり何か問題があったのか?

 

 

「……その件であれば、確かに俺です。

 彼自身の恐怖の力にも協力してもらいましたが」

 

「……ふ~ん」

 

 

 少しだけ考える仕草を見せる少女。

 ――不意に少女が勢いよくドアを更に大きく開いた。

 驚き、手からドアノブがすっぽ抜けた間抜けな体勢で硬直している俺に向かい少女はなんとも眩しい笑顔でこう告げた。

 

 

「詳しく聞こうか、さあ上がった上がった。

 こんな不審人物がいれば調べなきゃねぇ、これも仕事の内だよ、うんうん」

 

 

 そのまま俺の脇をすり抜けてドカドカと小屋に上がる彼女に、俺はため息交じりで後に続く事しかできなかった。

 どうやら、別にお迎えに来たわけでは無いらしいが……死神の扱いなんて分からんぞ、一体どう対応したものか――

 

 

「お~い、なんか飲み物出してくれないかい?」

 

 

 ……わかりやすい指示をありがとうございます。

 

 

 

 

 

 

「――そういや、そんな事件があったって聞いたような気もするなぁ。

 しかし、じゃあ本当にお前さんが? 生きてるのにどうやって三途の河まできたんだい?」

 

「……世界の境目に、通せと、その……お願いしただけですよ、ええ」

 

 

 結局、俺が幻想郷に来た過程を一通り説明してしまった。

 死神さんは俺の淹れた甘くしたカフェオレ、俗に言う所のコーヒー牛乳を啜りながら話を聞いていたが、最後にぐっと煽ってカップを空にし、今度は自分から話し出した。

 

 

「もう察しはついてるみたいだけど、あたいは三途の河で渡し船の船頭をやってる死神さ。

 外来人は偶に見かけるけど、お前さんみたいなのは珍しいな……名前を置いてきた、ってどういう意味だ?」

 

「俺はあくまで外の世界に所属してる人間ですからね。

 普通なら幻想郷入りしてあまり時間が経ったり、食べ物を取り入れると所属が移ってしまいますが、ちょっとした魔術みたいなもので、“名前を置いてくる”ことを代償にそれを免れている訳です。

 まあ、所属が移ったところで何がどうこうなるわけでもありませんし、外の世界に帰ってご飯を食べれば元通りになるんですが……建前の問題です」

 

「ふ~ん……よく分からんね、あ、おかわり、もう少し甘さ控えめがいいかな」

 

 

 ……寛いで頂けているようで何よりです。

 

 今のところ、地雷を踏み抜いたりはしてないみたいだな。

 妖怪によっては妙なところに本気でキレるポイントがあったりするから、よく知らない種族とのやり取りは気を遣う。

 

 

 俺が注文通りのおかわりを淹れて戻ってくると、本棚から漫画――俺が外の世界から持ってきたものだ――を取ってパラパラと流し見ている所だった。

 

 

「ウチは漫画喫茶じゃないんですよ……と言っても通じませんか。

 はい、御注文の品です……もう一時間になりそうですが、お時間は大丈夫で?」

 

「え、本当?

 あ~……大丈夫大丈夫、一時間くらい……帰りにコレ借りて行ってもいい」

 

「嫌ですよ、というか勝手に読むのも止めてください」

 

 

 俺には派閥のバックアップがあるので比較的自由に幻想郷に外の世界のモノを持ち込める。

 だが、そんな俺がそれを幻想郷に提供するのはよろしくない。

 下手をすれば生き残り、幻想郷に定着する外来人の強みを損ねる行為になってしまう。

 この世界の知識もない彼らが――もし生き残れば――人里で比較的歓迎されて受け入れられるのは外の世界からの知識、あるいはその持ち物に依る所もあるからだ。

 

 まあ、そんな能書きを垂れるのも面倒なので、嫌の一言で引き下がってもら――

 

 

「んだよ、ケチ、いいじゃないか~」

 

 

 ――えなかった。

 馬鹿な、俺がケチなら今貴方が引っ掴んで一気飲みしたカフェオレはどこから出てきた。

 

 

「なんだか納得いきませんが、ケチで結構。

 ……しかし、そうですね……。

 条件次第では、許可してもいいでしょうか」

 

「あ? ん~、聞くだけ聞いてみようか」

 

「今後、未練を残し、人格を保った外来人の幽霊を三途の河で見つけ場合、当人が望めばこの庵まで案内してきていただけませんか?」

 

「……何をしたいのかは理解したよ。

 でも、いいのかい? ただでさえ、こんな所にいるんだ、死人の相手までしてると気がおかしくなるよ、人間。

 ……自分で仕事を拡げようって気持ちがわからないな」

 

 

 漫画を放り投げ、目を上げてまっすぐと俺を見返してくる。

 後半の所為でおふざけなのか真面目なのか、判断がつきにくいな。

 

 なので、漫画を拾って棚に収めながら、思った通りにただ答えることにした。

 

 

「大丈夫ですよ、人の感情は、本意では人の味方です。

 それが陰鬱なそれでもね――要は乗りこなし方で、俺はそれが割と得意ですから」

 

 

 向き直ると、死神さんは納得していなさそうな表情を浮かべていた。

 

 

「ふ~ん……。

 ああ、忘れるところだったんだけどさ、あの子がお前さんに、ありがとう、ごめんなさいだって。

 健気なもんだね、散々に恐怖を煽ってくれたらしい“馬に乗った恐い人”と世話してくれたお兄さんが同一人物とは気づいてな――」

 

「……」

 

「悪かったよ、大人気なかった。

 だからそんな情けない面するなって」

 

「いえ、こちらこそ、少し強がっていました」

 

 

 果たして俺はどんな顔をしていたのか。

 

 夢も希望もあったのに無理心中で死んでしまった子供の慰め方なんて分からなかった、もっと上手いやり方があったかも、という思いはやはりある。

 

 

「条件は呑んでやるけどさ……お前さんも本気になり過ぎて気を欝がないようにな。

 どんなにふざけていようとも、自らの気を鬱がない方がましだ。

 気を鬱げば、視野も塞がれる。

 妬み、虚栄心を生み、さらにそれすらも正当化する、心の狭い人間になるだろう。

 気の鬱いだ人間は、いつの間にか孤立している事になるのさ。

 孤立を正当化するようになり、陰口を叩く様になったらもう手に負えない。

 その時は、あたいはそいつを見捨てるよ」

 

「……ご忠告はありがたく受け取りましょう。

 ただ、ここに連れてくるような幽霊さんには、その台詞は聞かせないでもらえますか?」

 

 

 死神さん、それってふざけるの正当化してません? って考えた俺は真面目過ぎるのか子供過ぎるのか……。

 あくび混じりに「あいよ~」と応える彼女はもしかしたら、“その時まではそいつを見捨てない”と言ったのかもしれないが。

 

 

 

 

 「そろそろ戻るか」と死神さんが呟いたのはそれからしばらくもしなかった頃か。

 鎌を背負ってよっこらと玄関に向かう彼女はどうにもダルそうだった。

 

 

「――ん? 死神さん、漫画忘れてますよ?」

 

「また読みに来るからいいや、あと、あたいは小野塚 小町だ」

 

「……では小野塚さん、また来るのは構いませんが……。

 彼岸花の毒気がこの庵の方向から“逃げて”いるように見えたときはご遠慮下さい。

 “馬に乗った恐い人”はワリとマジで恐いので」

 

「事件のことを差っ引いてもここらの妖怪が大人しいと思ったけど、成程ね。

 んじゃ、気をつけとくから今度はお菓子も用意しておいてな~」

 

 

 ひらひらと手を振る彼女に苦笑しながら手を振り返す。

 ――さて、また新しくやることができたか……。

 そうそう簡単に未練を満たすことができるとは思わないが、せめて最後に誰かと会話したり、美味しいものをたべたり、あるいは他の些細な望みを叶えるくらいならできるかもしれない。

 派閥と、あと八雲紫との交渉もしておいた方がいいだろうか。

 

 俺はまた、忙しく諸々の準備にかかっていた。

 

 

 

 思えば、俺と幻想郷の関わりの始まりはここにあったのかもしれない。

 “外来人”の未練のため、何度も幻想郷と――そこに住む妖怪や人々と、関わることになったのだから。

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