誰がために人は恐るるか   作:鹿助

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22.居るところ、居るべきところ

 指令――主戦過激派に分類される退治屋一派、幻想郷に侵入の意図見えり、目的は現在の幻想郷と外の世界の関係の破壊だと思われる。不穏分子一掃のため、主戦穏健、共存の諸派と手を組み、これらの決起を敢えて促した上で粛清する。其方は万が一に備え、予想される侵入地点の結界境界線上での警備にあたられたし、こちらでの罠を抜け出すような者があれば交戦し足止めせよ、なお殺害は許可するが無理はせず時間を稼ぐべし。

 情報統制が不可能に近い時代に入っている、分かっていると思うが、幻想郷との緊張が増した結果、妖怪の進出と認知を招くようなことがあれば間違いなく世界の危機となる。これも人の世のため、敵は同志とも人とも思うな、“在り方”に囚われた妖と思え。

 詳細な情報は別紙を参照されたし――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幻想郷の外れ、訪ねるモノは今日のような通り雨程度の名もない草原――外の世界のとある妖怪退治屋がそこに傷ついたその体を運び込んだ。“糧”を外の世界に依存する幻想郷と、妖怪の隔離施設として幻想郷を許容する外の世界、その今の関係に不満を持つ一派に所属する妖怪退治屋である。

 隙あらばその関係を打ち壊そうと狙っていた彼らにとって、幻想郷からの妖怪進出未遂事件という千載一遇のチャンスが、今の状態を維持することに苦心している一派の根回しによって穏便に処理されてしまったのは、不本意の極みであった。それがきっかけとなり、今度は能動的に関係を打ち崩すべく、外の世界から幻想郷に乗り込もうと企てられた決起――しかし、それは同じ退治屋たちによって阻まれてしまった。

 仲間は全て殺されるか捕らえられ、残ったのは負傷し、消耗した彼、ただ一人。 それでも彼は外の世界の人間の犠牲の上に安穏として過ごしている妖怪達に一矢報い、“火種”を作るべく足を進めていた。

 雨が負傷した体を激しく打ち、体温と体力を奪い取って行く――もう、時間もない。だが、そんな彼の目の前にまた一人、存在意義を忘れた妖怪退治屋が立ちふさがる。 

 

 

「――擬似的に小さな“三角海峡”を作り上げての転移術式……実用化したのは当派閥、転移先くらい予想可能ですよ」

 

「恐怖代行……人為中道派か……お前たちも“人の世”のためなら人を見殺しにするか」

 

「……」

 

 

 こちらの言葉には応えず、数メートル先から無言で長剣の切っ先をこちらに向ける、黒い西洋甲冑に身を包んだ騎士。

 確か、アレは“人間に忠誠を誓ったデュラハン”の死体を加工した武装だったはず――消耗した退治屋は残りの自分の手札で相手に対抗する戦術を組み立てながら、その時間を稼ぐべく会話を試みる。

 

 

「答えろよ……どうせ今回はお前たちの勝ちだ。より多くの平穏無事な人間を守るために、『どうせ誰からも見捨てられた』少数の人間たちに全てを押し付ける営みは守られたわけさ。なあ、恐怖代行、お前は人の恐怖が分かるんだろう? ……なのに、なんでそっち側にいるんだ?」

 

 

 降参だ、とでも言うように両手を挙げ、自嘲気味に笑いながら、再度、問いは投げられる。その目の闘志が萎えていないことくらい、騎士にも見破れただろうが。

 

 

「……そうしなきゃ、本当に多くの人が死にます。犠牲者はただの数字じゃない……それが分かるからこそ、俺はここにいます」

 

 

 長剣の切っ先を下げた騎士が返すのは小さな声。

 堰を切れば一気に流れ出しそうな、いっぱいいっぱいな何かを抑えた声――きっと本当は『俺だって見捨てたくって見捨ててる訳じゃない』とでも叫びたいのだろう。

 だが、その様が逆に退治屋をイラつかせる、そうしたいと思っているのに、何故、お前は自分を騙すのかと。

 

 

「本当に、それが正しいと思っているのか? 数人に押し付けるより、皆で戦うべきだとは思わないのか? お前は何のために退治屋になった? 誰かを助けるためじゃないのか? いや、誰のためとかじゃない……お前は、本当はどうしたいんだ?」

 

 

 声量こそ抑えていたが、問い詰めるという表現が似合う質問の波。

 それを受け、少しだけ未練を感じさせる間を空けて――騎士の剣の切っ先がゆっくりと再び持ち上がる。

 

 

「そう“在るべき”だから、その理由で戦いや殺害を目的に据え、それによる被害は許容する。……それこそ、俺たちの敵と同じ在り方じゃありませんか?」

 

 

 空気が変わった――静かで、それでいて明確な敵意を感じさせる声。

 先程まで騒がしかった雨が甲冑や草を打つ音が、まるで騎士の声を遮ることを恐れたように小さく、遠ざかったモノになっていく。

 

 

「俺たちも……“退治”の対象ということか?」

 

「無力な人間にとって、妖怪に捕食されるということがどれだけ恐いか……。 自分の在り方とか、正しさとか……そういうの全部放り投げて、できる限り避けたくなるほど、恐いんですよ」

 

「現に今も被害は出ているだろうが……より多くのためなら、少数の犠牲は仕方がないということか。 お前は犠牲者たちに言えるのか? お前たちの犠牲は今の世界に必要だから、分かってくれと」

 

 

 その問いを受けて、騎士は言葉が喉につっかえた様に、少し黙り込んだ。

 退治屋はその沈黙を、自らの在り様に自信が持てないがためのものと思ったが――

 

 

「言えませんよ……真っ向から誠意を持って真実を話せば、彼らは理解してくれるかもしれないし、俺を罵倒するかもしれない。どちらにせよ、俺の心の内は多分、今よりは軽くなる……でも、彼らに世界から見捨てられたと認識させて、幻想郷を憎むきっかけを与えて、誰が救われるのか。怨みに呑まれて怨霊になるかもしれない、そうすれば誰かを傷つけて罪を負うかもしれない。……この件について繕わないことは、自己満足“にしか”ならないですから」

 

 

 騎士が強い調子で自分に言い聞かせるように返してきた言葉は、退治屋の予想したものとは違った。そういう意味での問いではなかったが、図らずも、目の前の相手が本当に自分の正しさよりも“人のため”を思って行動しているのはよくわかった。

 そして恐らく、自分の言葉程度では今更揺るがないことも――

 

 

「哀れなものだな、まるで“人の世”のために整形された歯車だ。お前にも意志も願いもあるだろうに……」

 

「……命の価値は天秤に載せるべきではない、全部を救おうとするべき、例えそれによってより大きな被害が予想されても気にするな、そんなこと考えるべきじゃない、それが在るべき様で正しい行動なんだから。そういう考え方でのみ拓ける道もあったでしょう……でも今は、そういう時分じゃない。一度だけ言います……隠し持った“武装”を全て捨てて、投降してください」

 

 

 お互いが、お互いの問いに応えながらも答えない――開き直ってしまっても、無関係な人間の耳障りと、言った自身の心が楽になるだけ、その先の理想形を諦めてはいないからこそ、互いにそれは口にせず。

 そんな平行線の会話の末の警告に、傷だらけの退治屋はゆっくりとその手を下ろす。

 人間同士の銃弾一発、切り傷一寸で決着の付く戦いを前に、緊張感が高まっていき――

 

 

 

 

「――はあい、そこまで」

 

 

 唐突に声が響くとともに、傷だらけの男の姿が地面――そこに空いたスキマへと落ちて消える。

 騎士が反射的な動作で剣を投げ捨てて手を伸ばすが、届く訳もなく――

 

 

「時間稼ぎお疲れ様……でも、人のために在る退治屋同士の戦いなんて喜劇にもならないわ。安心なさい……彼はお人好しの少年でなく、明確な人の敵と戦って最後を迎える……これなら地獄に落ちることもないでしょう」

 

 

 騎士が辺りを見渡せども、声の所在は見えない。

 響く声――スキマ妖怪、八雲 紫の声はそんな騎士の様子を気にも留めていない様子で続けられる。

 

 

「気にすることはないわ、これが“在るべき”在り方なのだから……貴方ももう少し、目を閉じることを覚えなさい」

 

 

 声が止み、雨の音がまた、その間を制圧する。

 それは確かに事前に了解していたこと――妖怪と手を組み、同じ妖怪退治屋をそれに売り渡す命令。そして騎士は確かに、それを遂行した。

 

 

「――」

 

 

 その口に上るのは勝鬨でなく、短く、吐き捨てるような悪態。

 甲冑に包まれた拳を思い切り地に叩きつけるが――その汚い言葉は雨音が覆い、ともすれば腕を痛めかねない程の力任せの突きは、草と柔らかくぬかるんだ土に受け止められた。

 

 それはまるで、その八つ当たりさせ幻想郷は受け入れるとでも言っているようで――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数時間後の夜半――無縁塚、監視役の庵

 

 

 

 

「――お帰り、また随分と君らしい任務だったみたいだね」

 

 

 任務を達成し、庵に戻ってきた俺を玄関で迎えてくれたのはナズ姉さんの優しい笑顔だった。誰にもバレずにこっそり出てきたつもりだったし、時刻が時刻だけにもう小町さんもいないだろうと油断していた。外から見て、灯りはついていなかった――明らかな待ち伏せに面くらい、しばらく返事に窮してしまう。

 ピチョンピチョンと、俺の濡れた衣服と頭髪から水滴の落ちる音だけが、やけに耳障りに響く。

 

 

「……お前がつけてきてたのか?」

 

 

 俺は自分の視線を、ナズ姉さんの視線から逃がすようにその尻尾の先にぶら下がった籠へと移す――そこにいた小ねずみは、俺の言葉に首を横に振った。

 

 

「私も毘沙門天様の使いだよ、それなりに情報網があるのさ」

 

 

 腰に手を当て、偉ぶるように胸を張るナズ姉さん――視線を戻した俺は、その微笑ましさに笑みが溢しかけるが、ふとした思考がそれを遮る。

 彼女は命蓮寺の――幻想郷の所属だ。ならば、俺は――

 

 

「聞いているかい? 私は今も毘沙門天様の使いなんだよ……」

 

「あ――」

 

 

 ナズ姉さんの表情に憂いが差す。苦笑に限界までやりきれなさを溶かしたようなその表情は、昔、彼女からあの話を聞いたときのそれと重なって見えて――

 

 

――『仲間だと思っていたのに』なんて言われたときはガラにもなく堪えたものだよ――

 

 

 禁忌に逸れた僧侶を庇い切るのが不可能だと判断した後の行動のこと――主人をそそのかし、むしろ封印に協力させることで“来るかもしれない”可能性に備えた時の話。

 

 

「同時に、命蓮寺の本尊の部下でもある……あの時はどうして皆分かってくれないんだとも思ったが、分かってもらえたらそれはそれで、心が痛むものがあったよ。また、どこかで何かが変われば、私はまた皆と袂を分かつことになるかも知れないのだから……。ああ、勘違いはしないでくれよ、今の状態が嫌ってわけじゃない……引っかかるモノもある、忘れちゃいけないことだってある、だからこそ現状の価値は分かっているつもりだ」

 

 

 ナズ姉さんが何を言いたいのか、なんとなく分かった気がする。俺だって現状の価値が何にも代え難いものだってことは分かっている――だけど、だからってそのためにないがしろにされた何かの価値が下がるという訳でもないんだ。多分、ナズ姉さんなりに、俺を元気づけようとしてくれたんだろうけど、俺の心は沈んだままだった。

 

 

「……珍しいですね、ナズ姉さんが自分から弱みを見せるなんて」

 

「そうだぞ、これは特別だ、光栄に思いたまえ。……君は私の前から消える直前に言っていたな。『俺たちにとっては妖怪との友好も敵対も、一手段に過ぎません、人間のためにより適切な関係を選ぶだけです』と」

 

「それは……――」

 

 

 それは俺が命蓮寺再建黙認の根回しをしている時期に、ナズ姉さんと距離を取るために告げた言葉だ。当時はその宣言は単なる手段であったけど、今の俺の立場では――

 

 

「その言葉の通りですよ……何かが少しでも変われば、俺はもっと能動的で明確な幻想郷の敵になるでしょう」

 

 

 俺はその答えでナズ姉さんを突き放したつもりだったのだが、言いながら、その言葉は“先回り”されていたことに気づく。

 

 

「……そうか、私と同じだな」

 

 

 悪戯が成功したような笑顔で俺に笑いかけるナズ姉さん。俺が今口にした言葉は、ついさっきナズ姉さんが言った命蓮寺の仲間達との関係についての言葉と図らずもよく似ていた。

 

 

「別に、俺は……幻想郷の仲間じゃありません」

 

「ああ、そうだったな」

 

 

 なんだかナズ姉さんの笑顔が眩しくて――俯いて悪あがきのような言い訳を述べる俺に、ナズ姉さんは小さく笑いながら応えてくれる。

 

 

「じゃあ、私にとっても、君なんて仲間でもなんでもない、昔ちょっと目を掛けてやっただけの人間だ。だから幻想郷の住人には聞かせられない愚痴も聞かせるし、偉ぶりたいがために愚痴を聞き出しもする。いざという時は“監視対象”を牽制する駒としても使えるかもしれないから、その弱みを外に漏らすようなこともしない。……君にとっても、妖怪の側から人間との共存と人喰いの自制を促す命蓮寺の今の在り方は望ましいはずだ。それが暴走しないようにと付けられている“監視役”と縁を作り、情報を共有しておくのも悪くないだろう?」

 

 

 スラスラと軽い調子で述べられる言葉――だが、俺の耳に届く『声』はそれだけではない。

 自分のその“気遣い”が、逆に俺の重荷になるのではないだろうか、

 後ろめたさ“だけ”を理由にメリットを伴う提案を断ることはできないであろう俺に、余計な世話を焼いてしまっているのではないか、

 妖怪である自分との縁を保つこと自体が、俺の悩みをより重く、深くしていしまうのではないか、

 これらのことを承知しているのに、こんな提案をする自分を、俺が嫌ってしまうのではないか、

 そんな恐怖まで、俺には聞こえてきていた。

 ――やれやれ、これじゃ断るに断れないじゃないか……。

 

 

「……なんだか、ずるいでふ――!?」

 

 

 俺が顔を上げた瞬間、何か柔らかいものが投げつけられる――それがタオルだと気づくまでの一瞬の沈黙の間に、ナズ姉さんは言葉を差し込んできた。

 

 

「ああ、そうだとも、私はずるいさ。これでも狡猾でずる賢くて抜け目無い鼠と評されているのだぞ、君が私の立場を心配をするなんて千年早い。せいぜいまた、良い様に利用されないよう気をつけたまえ」

 

 

 俺の懸念を見通して、私に任せておけ、とでも言いたげな偉そうな態度と笑み――多分それは、俺が一番見慣れた彼女の姿だ。強きを避け、弱きに付け込むくせに、ふとした拍子に偉ぶろうとして世話焼きで苦労性な一面を見せてしまう鼠の妖怪。むしろ俺にとって、彼女を表すのにしっくりくる言葉は――

 

 

「自分で言ってちゃ世話ないですよナズ姉さん……本当に自分でそんな評価つけたんじゃないでしょうね? 俺の知ってるナズ姉さんはいつも割とうっかり屋さんでしたけど」

 

「――な、違うぞ、本当に周りからはそう思われているんだ! あ、いや確かに、ずる賢いヤツは自分で自分をずる賢いなんて言わないけど、これはちょっとした言葉の綾で……そもそも昔の君は私の狡猾さに気づきもしないからであってだな――」

 

 

 俺がどんなことを思い出しながら応えたのか、ナズ姉さんにも察しがついたのだろう。先程までの余裕はどこへやら、必死に言葉を並べ立て、俺の評を覆させようとする――まあ、それは逆効果なのだけど。

 俺がくしゃみをして濡れた衣服を替えようとするまで続いたその様子に、俺は懐かしさに似た居心地の良さを感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――居心地の良さを、感じてしまっていた。

 少しずつ幻想郷に『居場所』の様なものを感じ始めてしまった俺が、そのことに対する悩みまで打ち明けられる相手を得てしまった。

 

 元々、俺には幻想郷の価値を否定することができなかった。その維持のための犠牲には勿論、設立のための――師匠の“計画”による犠牲にも価値があったと信じようとしていたのだから。

 

 会ったこともない後者たち――“妖怪とともにいなかったことにされた”妖怪退治屋たち――彼らがもし現状を見たとして何を望むかなど、分かりようがなかったってのに――

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