誰がために人は恐るるか   作:鹿助

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25.過去は何も囚えず、顧みる者が縋るのみ

 自分が何か失敗したとき、反省し、今後の参考にすることはとても大事だ。囚われてもいけないが、それでもちゃんと検討し、改善点を導き出す必要がある。あるいはそうした失敗をカバーできないイレギュラーとして結論づけるとしても、今後に備えて覚悟くらいは決められる。

 『愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ』とは有名な宰相の言葉である――歴史から学べなければ、せめて経験から学ばねば愚者にもなれない、という意味に俺は解釈していたが、今回の失敗を受けて、これはどうも違うんじゃないかとも思い始めている。人の歴史の中には、経験に囚われたが故に起きた失敗というものも幾らでもあるのだ――必勝パターンを盲点の要素によって打ち崩されたり、今までうまくやってこれたが故に過剰な保守思想に囚われて変化に対応できなかったり……それらを避けるためにはやっぱりちゃんと歴史に学ぶ必要があったのだろう。経験からのみ、学んだが故の失敗、彼にはそれを犯した人々が愚者に見えたのではないだろうか――そんな風に、思えてきている。

 俺は今までの経験から、妖怪を“女性”として意識していない。戦いや交流を重ねるごとに、やはりそれらは人間とは“違う”という認識が、実感と共に積み重なってきたからだ。

 好意も敵意も抱きはするが、それでもやっぱりそれらは“異種族”であるのだ――まあ、例外と思える相手もいるにはいるけどさ。そもそも、幾らかの妖怪にとっては人の姿など仮のモノであり、人に敵意がないことを示すためのものだったり、あるいは人知れず溶け込むためのものであったり、人を騙すためのものであったり……そうした妖怪の中には雌雄さえ意のままに変えられるモノも珍しくない。色仕掛けで油断したところを、って妖怪も例を挙げれば切りがないしな……本当に恐い、うん、恐かった。

 しかし、これらの経験則はあくまで俺個人の主観的なものであり、それもたかだが十数年の中で築き上げられたものだ。退治屋たちの間で伝えられている歴史を見れば、人と妖怪の恋物語はそれなりに出てくるし、人間の女性らしい感性を持っていたと思われる女妖怪だって幾らでもいる。流石に『かの伝説の(ぬえ)が正体を暴かれた結果、その真の姿は少女のもので、誰も恐がらなかったために、あっさり地底に閉じ込められてしまった』なんて記述はどこにもなかったが、よくよく考えれば可能性としては考慮できたかもしれない。そして、そうした事をちゃんと承知していれば、無遠慮に『ご安心ください、俺は妖怪を女性として見てはおりませんので』なんて言って、妖怪と人間の平等を説く住職に説教を喰らうなんて失態は避けられたのかもしれない。

 ――以上、今回の反省終わり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ちょっと、聞いていますか!?」

 

「はい、勿論……実際問題、鵺殿は気にしていない様ですが、場合によっては俺の不用意な発言で女性らしい心理を持った相手を傷つけてしまう可能性があったと……。深く、反省しております」

 

 

 考え事をしていたのが顔に出てしまったのだろうか、この寺の住職――白蓮さんはたしなめる調子で少し声を強めて呼びかけてきた。妙な場の流れを受けて、逆に冷静になっていた頭が勝手に構築した言葉を声にしながら、周囲の妖怪の様子をチラと観察する。この部屋に居るのは、正座で向き合って座る俺と白蓮さんと、先ほどの騒ぎを聞きつけて出てきた元幽霊らしき気配のする、水兵服を着た少女の姿をした妖怪、そして先の鵺殿である。本当はナズ姉さんの“ご主人様”らしき妖怪も姿も見えていたのだが、白蓮さんの何か言いたげな視線を受けて引っ込んでいった……多分、瑞子とあの子らに付いている役割だったのだろう。

 鵺殿は困った様子で俺を、あっちの――ええと、元幽霊殿は戸惑った様子で白蓮さんを見ている。さもありなん、俺だってこの流れには驚いている。

 不用意な発言で挑発した形になってしまった俺に対し、鵺殿が光弾で笠――結構、使い心地は気に入っていた――だけ破壊する程度の攻撃を仕掛けただけの騒ぎだが……なんというか、絵面が悪かった。目の前の正体不明の妖怪が少女の姿してて、スカート裾の短いワンピースで、俺が丁度それの中の覗ける所にいて、ニヤついてしまっていて……まあ、正体が現れたそのタイミングで攻撃喰らったから、何も見えちゃいないんだけどさ。元幽霊殿に変態呼ばわりされたのも、仕方ないだろう。

 

 で、一先ず俺がこの部屋に引っ張り上げられたあと、『こんな変態追っ払いましょう』みたいなことを元幽霊殿が言って、事情が事情だけに説明はできないが流石に気が咎めたのか鵺殿が何か言いたそうにしていて、その様子から何か察したのか白蓮さんが俺を庇うように元幽霊殿を宥めていて――まあ、そこまでは良かったんだ、そこまでは。

 別に妖怪にどう思われようがさほど気にしないが、赤子とその周りの様子をしばらくは観察しておきたいので、今すぐ追っ払われても困る俺は適当に言い訳を始めたんだが――

 

 

――ちょっと待ってください、その発言は無思慮ではないですか?――

 

 

 俺の失言から、今度は白蓮さんが周りを置き去りに俺に説教をしだしたのだ。それに対する『え?』という反応は三人分重なっていたが、白蓮さんはそんなことお構いなしだった。

 だがまあ、その言ってることは筋が通っている。世界を見れば神や妖怪、悪魔などの女としてのプライドを潰してしまったが故に痛い目にあう人間の話だって結構あるし、これは確かに俺の失態だ。

 

 

「……ぬえ、村紗(むらさ)、少しの間、二人にして貰えますか? 瑞子さん達の様子を見に行ってください」

 

「え、でも――」

 

「お願いします」

 

 

 じっと、俺に視線を向けたまま、脇に控えるように座っている妖怪二方を人払いする。元幽霊殿の抗議の言葉は鼻から退けられ、不承不承と言った様子で彼女たちは頷いたが――

 

 

「……」

 

 

 立ち上がった鵺殿がチラチラと俺を見ている、同時に聞こえてくる『恐怖』――理不尽な目にあった俺が白蓮さんに事の真相を話してしまわないか、と恐れているようだ。……別にさっきも気が咎めてたわけじゃなくて不安がってただけかもしれないな、これ。

 

 

「ああ、その前に鵺殿――先程は意図せずとは言え、失礼いたしました。これからは『貴殿が心配されているようなこと』が起きないように配慮しますので、どうぞ、ご安心ください」

 

「え? ――あ、ああ、うん……分かったわ」

 

 

 少しばかり不自然に言葉を強調して謝罪しながら、軽く頭を下げる。元幽霊殿には『何言ってるんだこいつ』みたいな目で見られてしまったが、鵺殿は俺の意図を理解してくれたようで、しっかり頷いてくれた――同時に『恐怖』も聞こえなくなる。その足取りも安心した様子で軽くなり、そのまま先を行く元幽霊殿を押す出す様に退室していく……存外、素直なものだ。

 障子が閉まり、その向こう側の足音が遠ざかっていく――そして、白蓮さんは一息ついて――

 

 

「――さて、とりあえず、ようこそ……何があったかは聞かない方が良さそうですけど、ご迷惑をお掛けしたようで」

 

 

 先程までの強い眼差しと調子ではなく、優しそうな視線と声色を向けてくる。……成る程、これなら自然に二人きりになれるな――普通に人払いしても、あの元幽霊殿が食い下がっただろうし、不自然に興味も引いてしまう。

 

 

「迷惑というほどのことでもありませんよ……からかってしまったのは否定できませんし」

 

 

 被害は笠一つと食べ物少々、わざわざ気にしたり告げ口するほどのことでもない。

 

 

「そうですか……あ、でも先程言ったことは本当に気をつけてもらわなきゃいけませんよ?」

 

 

 俺の返事の何が受けたのか、くすと小さく笑ってから、人差し指を立てて揺らし、子供に言い聞かせるような調子で一言付け足してくる。

 

 

「分かっています……でも、俺は――」

 

「分かっていただけているならいいんですよ、“流れの武芸者”さん」

 

 

 立場がありますから、と付け足そうとした俺の機先を制して、頷きながら一言――これはなんとも、やりづらいな、全く……言わなきゃならんことも、あるってのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 困り顔で言いかけた言葉を引っ込めた監視役に対し、白蓮は更に言い含めるように言葉を重ねる。

 

 

「人間に恋愛感情を抱くか否かは置いておくとしても、自分の少女の姿にこだわりを持っている場合もありますからね。例え、男女の概念が通用しないような相手でも、そんな態度をとっては失礼になることが――あら、そんな面倒くさそうな顔をしてはいけませんよ?」

 

 

 自分の言葉を受けて、慌てて表情の形を確かめる様に顔に手を当てる監視役――ちなみに、彼は先程まで不自然に真顔を維持していただけだった――の様子に白蓮はまた小さく笑いをこぼす。

 

 

「……ご忠告はありがたく受け取らせて頂きます。つきましては、今後のことの本題に入る前に、俺からも一つ、忠告をさせて頂きたいのですが――」

 

 

 そんな白蓮に、不満を持った様子でもなく、ただ、どこか言いづらそうに間を置いて姿勢を正し、監視役は切り出した。

 

 

「外の世界の妖怪退治屋たちの間で、ちょっとした騒動があったようです。幻想郷と外の世界との間で戦いを起こそうとした一派が粛清を受けたのですが、未だそれなりの残党がいると思われます」

 

 

 場の空気を塗り替える、真面目な話とそれを音にする声色。一度話し出してしまえば、目を見ながらハッキリと語る監視役に、白蓮も神妙な面持ちで対面する。

 

 

「そう簡単に幻想郷への侵入など叶わない筈ですが、もしも、ということもありえます。……予想される彼らの行動の一つに、幻想郷の勢力を外の世界に引き込み、問題を起こさせる、というものがありますが、もしかしたら彼らは親妖怪派を騙り、外の世界で抑圧された生活を強いられている妖怪を救って欲しいなどと心にもないことを口に、住職殿を利用しようとするかもしれません……どうぞ、ご注意ください。何か対処に困るようなことがあれば、スキマ妖怪や監視役に知らせれば、成すべきように成してくれることでしょう」

 

「……外の世界と幻想郷の戦い……それを求める側の理屈は予想できますが、なぜ貴方はそれを防ごうと?」

 

 

 物憂げに視線を落としながらの白蓮の応え――監視役はどうにもその意図を測りかねたようで、微かに首を傾げる。

 

 

「それは勿論、外の世界で妖怪の存在が周知され、恐怖を得ることがあれば、現在許容しているそれとは比でない被害が出るからです。一度幻想郷を出てしまえば、膨れ上がった外の世界の人口から、妖怪の数や力も急激に増していくことが予想されます……そうなれば、統制は不可能でしょう」

 

 

 何を当たり前の事を――とでも言いたげな監視役の言葉に、白蓮は視線を真っ直ぐに監視役のそれに合わせて問を重ねる。

 

 

「つまり――かつて妖怪の大部分を、外の世界から幻想郷へと移した方策は、もう使えないと?」

 

 

 スっと監視役の目が険しくなる――どこまで知っているのか、そんな警戒心がその眼光から漏れ出ているようで。その様子に、この話は一種のタブーなのだろうということを察しながらも、白蓮は怯むことなく、むしろより、言葉に力を込めて――

 

 

「何を知っている、という訳ではありません。ですが、人が妖怪を――彼らへの恐怖や敵意を忘れるなどということが、どれだけ途方もないことか、それは良く分かっているつもりです。科学技術が発達し、自力をつけたとしても、どうしたって妖怪を向こうに意識するほどの被害も出ないということは考えづらい……。一部の妖怪が『人間に勝てないことを認めて』引き下がるなどという真似は、絶対にありえないことは私とて推測できます」

 

 

 その言葉を受けて、監視役はその視線を和らげ、何か納得したように小さく頷いた。

 この住職は人間のために妖怪を退治しながらも、虐げられている妖怪には手を差し伸べ――結果、人間に封印されてしまった経歴を持っている。人に妖怪への恐怖や憎しみなどを忘れさせる、そんなことがどれだけ困難か、それを身をもって知っているということだろうと、合点がいったからだ。

 実際、住職はかつて封印が解け、復活した直後にも『妖怪を全て排除すべきという考えを、否定はしない』と言うくらいには、そこにある感情がどれだけのものか、理解はしていた。ついこの前まで外の世界にいた神が、信仰を求めて幻想郷にサンギョウカクメイとやらをもたらそうとしていたらしいことも、『科学技術の発達が妖怪や神々の存在の追いやった』という話の疑わしさに拍車をかけていた。

 今度は監視役が視線を落とす番だった。どうにも過剰に反応しすぎた、最初から知らぬ存ぜぬで通すべきだったと思い返しながら、一つ、ため息をつく――そこに追撃を仕掛けるように、白蓮が身を乗り出し――

 

 

「お教えいただけますか、人が妖怪を忘れた――何者かが人に妖怪を忘れさせた、その方法を」

 

 

 力強い言葉、そして続く沈黙――やがて、監視役が顔を起こし、視線を合わせるが、どこか寂しげに微笑んで。

 

 

「さあて……もし、貴殿がそこから人と妖怪の平等を実現するためのヒントを得ようとしているなら……そんないいもんじゃないと思いますよ」

 

 

 それは、遠まわしの拒絶の言葉。納得いかない表情を隠せない――あるいは隠さない――白蓮の様子に、監視役はその微笑を浮かべたまま言葉を付け足す。

 

 

「それでも、一つだけ言うのなら……忘れただの、思い出すだの、そんな言葉が比喩表現だっていうのは、わかってますよね?」

 

 

 訳が分からないという表情をした白蓮の表情に、監視役のその微笑には苦い色が濃く滲んで――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――旧鼠と赤ん坊の方は兎も角……本当にあの監視役、この寺に置くんですか?」

 

「わ、私は構わないと思うわよ……寺に置くと言っても、裏手にテントを張って、基本的にそこに泊まってせいぜい水場を借りる程度なんでしょう? それで掃除とか手伝ってくれるって言うんだから良いじゃ――聖? どうかした?」

 

 

 縁側に立つ白蓮の視線の先にあるのは、境内に置きっぱなしにされていたリュックサックを担いで――渡世人風の服装にやけに浮いている――寺の裏手に回っていく監視役。傍で声をかけてくる妖怪の声も耳に入らず――思い浮かべるのは、先の彼とのやりとり――

 

 

――誰も何も、忘れちゃいませんよ、ただ居なくなっただけです――

 

 

 妖怪ならば、長くも生きるし、死んだとしてもちょっとした切っ掛けで、文字通り地獄から舞い戻る。だが、大抵の人間は死んでしまえばそれまでだ、冥界に至り、記憶を亡くして転生し、あるいは解脱し、怨霊に転じたとしても百年もすれば疲れて果てる。

 

 

――妖怪に襲われた人間も、妖怪を虐げていた人々も、そこにあった感情も、死んで失せて久しい、それだけの話です――

 

 

 そこに“あったであろう”気持ちを“拾おうとした”ところで、誰も得もしないし、救われもしない。既に通り過ぎてしまったそれは、外の世界にとっては害悪を呼び戻す、聞かざるべきモノであり、幻想郷にとっては現在の共存に水を差す、見ざるべきモノである。

 

 

――心から『忘れた』と言う妖怪さんや神様にとっては、やっぱりその時々の人々って『人間』の一部という認識が強いんでしょうか?――

 

 

 忘れたも何も、今の外の世界の人間は、元々妖怪など知りもしないのだ。妖怪がその存在意義をかけてもたらした恐怖も、それを抱いたかつての人々と共に失せて消えた、ならば忘れるも赦すもない――だから、外来人は妖怪との関係を一から築いていける。

 

 

――『人間』って人間なんて、どこにも……一人くらいしか、居ないのに――

 

 

 かつて住職が助けた人間も、

 かつて住職を頼った人間も、

 かつて住職が呼びかけた人間も、

 かつて住職を裏切り者と罵り、理解もせず切り捨てた人間も、もう、どこにもいないのだ。

 だからこそ、彼女たちは今そこにいる人間と、良好な関係を築いている。

 

 

――あ、『人間』が居ないなら、外の世界の退治屋は誰のために戦ってるんだなんて言わないでくださいよ? 割と真剣に悩んだりもしているんですから――

 

 

 冗談めかして笑う少年の表情に、白蓮はかつてナズーリンより聞いた言葉――『皆通り過ぎて行ってしまうんだ、あの子はずっとそこに留まって他人を押し上げてやっているのに』――の本当を意味を、見たような気がしていた。

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