誰がために人は恐るるか   作:鹿助

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26.杞の憂いは妖を呼び

「――本当に、ここでいいんですか?」

 

「ええ、問題ありません、着替えと食料は足りなくなったらまた庵に戻ってなんとかしますから――あ、食事の用意が当番制なら、そっちだけはちゃんと対応しますよ」

 

 

 荷物からテントを設営した後、庵まで一駆けして、予備の衣服、食料、その他物資――ついでに笠も――を持って帰ってきた俺を出迎えてくれたのは、見るからに一人用の小さなテントと寝袋を不安そうな目で見ていた白蓮さんだった。……ボロそうだからってそんなかわいそうモノを見る目で見ないでくださいよ、割と使い心地は悪くないんですから。

 

 

「ですが――」

 

「こう言っちゃ情けないんですが、“俺もあの子らに近づくのが恐い”ですから、ある程度の期間を冷静に瑞子を監視するにも、こっちの方が都合がいいんです……えっと、意味は――」

 

「ナズーリンから説明は受けています」

 

「では……そういうことですので」

 

 

 内心の『説明しちゃったのかよナズ姉さん』という驚きを表に出さないように気をつけて、頷いてみせる。寺の裏手、敷地の隅っこにテントを張って、そこで寝泊りするつもりの俺に、白蓮さんが気遣って寺に部屋を用意すると言ってくれているのだが、丁重にお断りした。寺にいて、ついうっかりあの赤ん坊たちに見つかったりしたくない――恐い思いをするのも、させるのも避けたい――というのも勿論あるが、もっと大きいのは“距離感”の問題だ。どうせ短期で出ていく予定ではあるが、その間にやってきた人間に顔を見られても“監視役”としては色々と面倒だ。常に人相を隠すつもりとはいえ、できるだけ人が来ない位置にいた方が何かと都合がいいだろう。何か庵の方で問題があれば、小町さんが持たせたおいた“手紙飛行機”で知らせてくれるはずだし、それまでは能動的に動き回る必要はない。

 

 

「……」

 

 

 ともすれば、勝手に住み着こうとしている浮浪者と、それを追い出そうとしている管理人のようにも見えかねないやり取りであったろうと思う。白蓮さんは俺が一時出て行ったその時に比べると、幾分覇気を取り戻しているようだった。その意志の力が戻り、機を窺うような視線を受けて、どうにも嫌な予感が募る――あの件を何度も何度も尋ねられたら、煙にまくのも大変なんだが。

 

 

「武芸者さん、よければ、体験修行してみませんか? 勿論、あの子と接触せず、観察にも影響がない範囲で」

 

「……はい?」

 

 

 思考に呑まれかけていた俺の意識を引きずり戻すような、強い視線と共に投げられた問い――その内容が唐突過ぎて、一瞬、言われたことの意味が分からなかった。しばらくしても、意味は分かれども、意図はどうにもわからない俺は、一先ず、といった感じで考えをそのまま返事にする。

 

 

「試しに入信してみては、ということですか? ……俺はもうある神様を信仰しています。それにその“事の神”のメインの性質は“恐るべき、忌むべきモノを纏いて、人とその敵の間に立つ”こと、俺もそれに倣って、在り方を保っているつもりです。これは“迷いや恐怖を捨てる”ことが含まれる命蓮寺の教義は、両立できるものではないと思うのですが……」

 

「何も改宗してくれと言っているわけでありません、だから体験入信ではなく、体験修行なのです。可能であれば、貴方の目から、この寺の在り方をよく見て、意見を述べて欲しいのです」

 

 

 そういうことか――得心がいき、この提案を受けての利点を数えながらも、同時に困ったことになったとも思った。

 なんというか、気が引けるのだ。

 ぶっちゃけて言うと、俺は彼女の教えというか、目指すところには完全に同意をしている訳ではない。命蓮寺の目標である、修行によって妖怪自身が『進化』し、人――その恐怖や血肉に――に依存せずとも生きられる存在を目指すという指標を、不可能であると言い切るつもりはない。信仰を奪い合う形になる神化はさておいても、鬼や天狗の仙人化は例が報告されているし、師匠のような存在もいるのだから妖怪が自らの性質を書き換える方法が別にあってもおかしくない。

 だが、妖怪が人間の恐怖を必要としなくなれば、その恐怖は今度はどこへ向かうのか。妖怪がわざわざそれを与えずとも、人間は恐怖を勝手に見出し、抱く――人間が恐怖したから、妖怪が生まれた、この順番が始まりにあるのだ。結局は新たに人に敵対する妖怪が生まれ、また堂々巡りとなるだろう。勿論、白蓮さんの目指すところも決して無意味などでない。少なくとも、それなりに居る存在を保つために仕方なく――そのほとんどの理由は人を殺めたくないわけではなく、面倒だからに帰結するが――人間を襲う妖怪に別の道が用意されれば、白蓮さんの目指す『妖怪の救済』には十分な成果だろうし、人間にとっても、敵見方の判別がしやすくなることだろう。

 ……こんな人間側の打算的な考え方しかできない俺に、何が言えることがあるか? できることは水を差すくらいだろうに。

 だけど、まあ――

 

 

「貴方が心の底から私達の思想に同意していないことは分かっていますが――」

 

「いいですね、こちらからもお願いしたいくらいです。命蓮寺が人と妖怪の平等を掲げるならば、いつかは人間の門弟を抱える日も来ましょう。ですが、現状、妖怪の方々も修行中の身……人への攻撃を禁止された彼らの住まいに人間が混ざるのは、失礼な例えをすれば飢えた獣の前に肉を差し出すようなもの。その際にどんな問題が起こるのか、自分で身を守れる人間である俺で試せるならば、いつかの人間の為にもなるでしょうし」

 

 

 俺の言葉を受けて驚いた表情を浮かべる白蓮さんに、わざととぼけて首をかしげてみせる。彼女には悪い気もするが、妖怪やその味方に嫌な思いをさせることと、“得られるかもしれない”未来の人間の安全を天秤にかければ、俺は後者に傾く。遠まわしの『俺はあくまで人間の味方である』という宣言に、果たして白蓮さんはどう思うのだろうか――そう思う俺の前で、白蓮さんは意外にも微苦笑を浮かべて見せて――

 

 

「やっぱり、まだお若いですね……貴方は感情を隠すのが上手なようで、どうしたって癖がある」

 

「……気に留めておきましょう」

 

 

 つられるように俺も苦笑を浮かべて――俺の短い体験修行生活のはじまりは、そんな感じで幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後

 

 

 

「――瑞子さん、今日は里の同じような年頃の子供達と顔を合わせてきたそうですが――」

 

「――はい、この子も楽しかったみたいですし、母親の人間たちからも色々とためになる話を聞けました。お蔭様で人間も信用してくれましたし、ラキとトジも皆の人気者になって――」

 

「――むう、やはり今からでも名前を変えませんか? せっかくだしどちらも、名前にトラが入ってたほうが――」

 

「――それを『せっかくだし』と思ってるのは貴方だけだから、ちょっと静かにしてて――」

 

 

 疲れ果て、寄り添うようにして眠っているのは、幼児らしさが少し見えるようになった一歳児の乳児と、キジトラの子猫が二匹、そしてすねこすり――それを見守るように囲んで、旧鼠の報告受ける命蓮寺の住職と妖怪たちには微笑ましさ、あるいは好奇心が浮かんでおり、暖かな団欒と称してよい雰囲気がその一室を満たしていた。旧鼠――古喜(ふるき) 瑞子(みずね)がこの命蓮寺の世話になってから、そんな光景は夕刻のお約束となっていた、初めは瑞子の白蓮に対する育児報告のようなものだったが、一人、また一人と好奇心からそこに席を連ねて、自然と集まりになった。

 しかし、命蓮寺にいながら、その輪の中に姿がない者もいる。

 一人は毘沙門天の下に定期報告に出ている鼠妖怪であるが、そもそも、彼女は普段も監視対象かつ主である本尊の妖怪に呼ばれなければ姿を表すことも少なかったりするため、もともとそういう立場であると言える。

 また一人は、日頃、墓地や参道をウロウロコソコソと徘徊し人を脅かそうとしている傘の付喪神である。こちらはある日通りがかった旧鼠が連れていた赤ん坊を脅かしたところ、本気で恐がらせることに成功したのだが、その満足感と引き換えに頭から鼠妖獣の歯で齧られかけたため、それ以来距離をとっているのだ。今は機を伺い、また脅かしてやろうとも思うが、脅かすのを諦めて輪に入りたいとも思ったりする悶々とした日々を送っている。ちなみに、隠れて見守っていたある人間が、赤ん坊の恐怖を共有してしまった所為で、その子供騙しの脅かしに本気でビビっているのは――彼女にとってはもったいないことに――気づいていない。

 もう一人は、なんとなく今回“も”輪には入れず、浮いてしまっている命蓮寺新入りの正体不明妖怪である。彼女は既存の輪の中に入る機を逸してしまったというか、肝心の初めで踏み込めていけなかったというか、そんな感じに孤立というと大袈裟だが、なんとなく『あいつは一人でいるのが自然』みたいな位置で認識されてしまった、ちょっと不器用な存在だ。

 そんな彼女は今日も今日とて、詰まらなさそうに境内をうろついていた――一応、目的はあったのだが。ここ数日、暇――と、ついでに人を襲えないフラストレーション――を潰すための日課となっている、もう旧鼠と同時期のもう一人の新入り弄りを行うためだ。正体不明を何かに幻視するでなく、正体不明として認識して、律儀に不安がってくれて、かつちょっと頼みごと――赤ん坊の様子を教えてやるだとか、気づかれずに尾行しながら見守れるように『人間であること以外の正体を隠して』やるだとか――を聞いてやれば住職への報告も大分手心を加えてくれるので、色々と都合の良い玩具である。この前、行水していたところを船幽霊と共同で、“正体不明の何かに溺れかけさせた”ときなど、久しぶりに傑作と言える悪戯ができたと思ったくらいだ。流石にアレは黒い甲冑を身に纏って自力で脱出した彼に『程度を知れ』と文句を言われたが、考えようによっては、自力で身を守ってくれる分、うっかり殺して住職に本気で怒られてしまう恐れもないと言える。彼は正体は幻想郷に在りながら、“外の世界に所属”していると自称する“監視役”だから、別の所に話が漏れて寺の評判が落ちるようなこともないだろう、彼自身、それを望んではいないような事をいっていた。

 そういえば、この時間帯に彼を見つけたことはなかったが、どこにいるのだろう?――そんなことを思いながら、辺りをウロウロと探し回っていた彼女は見ようによっては不審者のようにも見えただろう、だが――

 

 

「……そんな所で何やってるのよ」

 

「ん、封獣殿ですかな? 何って……窓から部屋の様子を窺っているのですが? あ、住職殿の許可ならとってありますよ、写経のノルマももうこなしてあります」

 

 

 神社の裏手の敷地の隅っこ、彼女――封獣 ぬえが悪戯を仕掛けてやろうとしていたことを忘れて、思わず呆れたような声をかけたのは、そんな彼女自身をぶっちぎって不審どころか犯罪者にしか見えない新入り――自称、流れの武芸者である。薄暗い木の陰より、夕闇に呑まれかけた陽と、室内の申し訳程度のロウソクの灯りを頼りに、双眼鏡で少女の姿をした存在たちの居る部屋を覗く変質者――もとい、武芸者は声だけでその質問に応じた。悪戯好きの妖怪としては、その様子に共感を覚えても良さそうなものだが、別に楽しんでいる様子でもなく、当人が至極真剣、義務感すら垣間見える様子で手に持った双眼鏡を覗いていることが、逆にぬえには異質に見え――ぶっちゃけ、ひいた。

 

 

「……前から聞きたかったけど、何をそんなに心配してるのよ? 流石に皆、ちょっとの手違いで死んじゃうような赤ん坊に手出ししようとはしないと思うし、旧鼠がつきっきりで守ってるから問題ないと思うけど」 

 

 

 少しの間を置き、気を取り直した様子で双眼鏡の前にずいっと出て、その注意を引きながら問いかける。彼女の言葉を裏返し――死んでしまうことさえなければ、手出し、悪戯もしてくる――をここ数日で既に身に染みて分かっているのだろう、武芸者は苦笑を浮かべて、ようやく双眼鏡を持った手を降ろし、その視線をぬえへと返す。

 

 

「あ~、まあ、それでも、瑞子は旧鼠ですから、一応……それから、悪意がなくても問題が起こるかもしれませんからね」

 

「ん~……どういうこと?」

 

 

 首を傾げて少し考えてみて、やっぱり分からないという感じに反対の方向にまた首を傾げながら、質問をするぬえ。それを受けた武芸者は最初はそのまま薄い苦笑を浮かべていたのだが――

 

 

「人間と妖怪じゃ色々と違いますからね……元を辿れば人間、という方が多いって言っても、普通の人間との交流が途絶えれば、その基準をついうっかり忘れたりしてしまうこともあるようですし。撫でるつもりで潰したとかは極端ですけど、食べ物を『生』で食べさせたり、塗り薬を飲ませたり、切り傷に捻挫用の湿布薬当てたり、苦しいくらいGがかかる速度の空中散歩に連れ出したり、その時の風と高度による温度変化を考慮してくれなかったり――」

 

 

 口にする内容が具体的になるにつれて口早になり、段々とその目と声に力が篭っていく――その様子は何か恐ろしい記憶を思い出しているようでもあって。

 

 

「――気をかけて、世話焼いてくれようとしてくれるのはありがたい……でも、あんな扱いされたら赤ん坊なんて死んでしまう!」

 

「や、やけに実感が篭ってるわね……」

 

「……失礼、取り乱しました」

 

 

 コホンと咳払いして平静に戻った武芸者であるが、鬼気迫る何かを感じたぬえはどこか気圧されたままであった。その様子に、何かを空気を変えねばとでも思ったのだろうか、武芸者は取ってつけたような笑みを浮かべて、話題を転換する。

 

 

「そうだ……今、一応皆さんに聞いてるんですけど、封獣殿はもし命蓮寺に新入りで人間が来たらどうしますか? 俺みたいな体験修行でも、自衛手段持ちでもない、普通の人間が入信して住み込み修行はじめたら」

 

「そりゃあ、勿論、お互いに切磋琢磨して――」

 

「あ、これから来るかもしれない人間のために残す手記に書くだけです、住職殿には中身見るなって言いますし、匿名意見として書いておきますから、漏れませんよ」

 

「真面目な人間だと面倒そうねえ……うっかり本気で気を病んだり死んだりされて聖に怒られるのも嫌だし、関わるのも面倒になるかも……あ、でも、貴方みたいに聖の事務仕事を手伝える人はいた方が良いかもね」

 

 

 武芸者の言葉を受けて、途端に口にする言葉を変えるぬえ――この言い方では、人間と関わることすなわち、精神に致命的なダメージを与えうる悪戯をする、ということになってしまうが、呆れを隠そうともしない武芸者の視線を受けても、フフフと楽しそうに笑うだけで訂正しようとはしなかった。

 

 

「……まあ、そんなところですか……やはり、貴殿と村紗殿が特に問題ですね。一応確認しますけど、村紗殿の俺への風当たり、変態騒動の所為じゃないですよね?」

 

「それは関係ないわよ、ただ単純に船幽霊の本能ってヤツだと思うけど。あの件はこの前、こっちが裸見ちゃった時に、お互い様で済ませようってことにしてくれたでしょ?」

 

 

 妖艶――を目指しているのであろう、わざと臭さと心の底の愉快さが滲み出るようなニヤついた表情を浮かべるぬえ。

 それを受けて武芸者は――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、そうでしたね……危うく全身の筋肉が弛緩していろいろ垂れ流すような、恥ずかしい姿を晒しかけましたからね。裸ぐらいで済んで良かったですよ」

 

 

 精一杯の嫌味を込めて、応えてやった。封獣殿が言っているのは、俺が行水中に正体不明の液体に溺れかけたあの悪戯の時のことだろう。恐らく気絶したら追撃しないくらいの分別はあるのだろうが、あの瞬間は割と本気で死ぬかと思ったし、これくらいは反発しておいたほうがいいだろう。

 

 

「ふふん、貴方も言うじゃない」

 

 

 俺の皮肉を受けても、何やら楽しそうな様子の封獣殿である。……何がタチ悪いって、封獣殿は恐らく、心の底じゃ“気を遣ったつもり”だろうってとこだよな。あくまで推測だが、あの時の封獣殿の『じゃあ、これでおあいこにしてあげるわよ』って言った時のドヤ顔――今も似たような表情をしている――を見るに、その可能性が高い。俺の変態行為――冤罪なんだが――と打ち消し合うだけの理不尽な悪戯をしかけて、俺への風当たりを弱めるつもりだったのだろう。俺が妖怪にどう思われようが、さほど気にしないってのは伝えてあるんだが……。

 

 

「……本当に、貴殿はよく分からない」

 

 

 特に、善意の示し方が。俺が言葉にはしなかった続く思い――流石に数日前と同じ轍は踏まない――など察した素振りもなく、ただ俺のうんざりした声の音を咀嚼するように、封獣殿は楽しそうに頷く。確かに危険だし鬱陶しいし恐ろしい筈なのに、イマイチ心の中で評価を決しきれず、不定形に留まっている正体不明の妖怪。古明地殿とはまた違った感じに苦手な相手だと、曖昧な位置づけだけ頭の中でしながら、ここ数日のことを思い返す。どうにも、迷いを捨てて悟りを(ひら)くどころか、迷いやら考え事やらが雪だるま式に増えている気がするのだ。

 大抵の悪戯を『妖怪だから』で流そうとする俺と違い、妖怪相手に本気で信じたり怒ったりする白蓮さんの在り方ついてとか、中途半端に価値観が近いような気がするが人を襲う本質を持ち、かつ一応、人間との平和を目指している元人間の妖怪にどう接するべきかとか、敵意もありながら善意も感じるんだが、それが割と本気で迷惑な妖怪をどう評するべきかとか――

 

 

「真っ当な評価ね、貴方はよくものが見えているじゃない」

 

「そりゃどうも……でも、あの子については、そろそろ心配いらないかもしれませんね」

 

 

 封獣殿の言葉に、そっけなく返事をしながら、俺の思考はまた別の方向への向き始める。そろそろ、赤子を置いて庵に戻ってもいいかもしれない、少なくとも白蓮さんや寅丸様は特に気を遣ってくれているし、瑞子も旧鼠の性か、子育ての知識と技術を十分なまでに吸収している。

 これなら来る日まで、人の子を命蓮寺に任せても大丈夫だろうか――

 

 

「あ~、貴方、あの赤ん坊を置いても大丈夫だと判断できたら、もう帰るんだったっけ……。でも……そうだ! 旧鼠が『そろそろだから、まだ帰って欲しくない』って言ってたわよ!」

 

「……え?」

 

「あの旧鼠が『そろそろだから、まだ帰って欲しくない』だって、意味は分からないけど……。だから、もうちょっと居てもいいんじゃない? ああ、それと、これはただの好奇心なんだけど、貴方ってある日突然、自分の正体が分からなくなったりしたら――」

 

 

 封獣殿がまだ何か言っていたが、それは俺の耳には届いていなかった。そろそろだから――瑞子が俺に、旧鼠が退治屋にそう言うのなら、指しているであろう内容は決まりきっている。だが、これはあまりにも早すぎる、いくらなんでも――

 

 

「……いや、まさか……」

 

「いやいや、ただの好奇心で聞いてるだけだって、私だってこんなおもし――ヤバそうなこと、試したりしないわよ?」

 

 

 ふと、ある仮定にたどり着いた俺は、まだ何やら喋っていたらしい封獣殿に視線を戻す。

 

 

「封獣殿、機を見て、他の誰にもバレないように住職殿を連れてきてくれませんか?」

 

 

 ぽかんとした表情を浮かべる封獣殿の応えを待たず、俺はまた双眼鏡を覗き込んだ。

 レンズを通して見える、窓の向こうの愛おしそうに子猫と赤子を抱き上げた旧鼠の表情、落ちかけた陽がそこに、明暗を線を落としていて――

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