誰がために人は恐るるか   作:鹿助

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3.同情

 それは、ちょっとした偶然が重なっただけの、奇跡とは程遠い物語。

 人によっては無意味、無価値と捨て置く救いのない物語。

 だが世に無意味なものなどなく、意味があるならば、きっと価値はあるのではなく、見出すものなのだろう。

 ……救われたかどうかを決めるのは、結局のところ、本人であるのだけれど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 訳の分からない裂け目に取りこまれ、訳の分からない、倉庫らしい場所に閉じ込められても、彼はその事について考えようともしなかった。

 もうどうでもいい、すっかりくたびれ切った彼の心は既にそんな気力も持っていなかったのである。

 

 

「アレ? ……ここってなんの部屋だったっけ?

 ん? ……あなたはだあれ?」

 

 

 一人の少女がやって来た。

 金の髪に鮮やかな背の羽、彼の目には彼女はとても眩しく映った。

 

 それでも初めは受け答えも何もしなかった。

 少女にしつこく質問を重ねられ、ようやく彼はとうに無くなった筈の気力を起こし、反応を示すようになる。

 

 色々な事を聞かれた。

 何処から来たのか――県名を言ったら首を傾げられた。

 名前は何か――覚えにくいとの理由で一度も呼ばれなかった。

 弾幕はだせるか――質問に質問で返す事になった。

 

 色々な事を聞いた。

 ここは何処なのか――コウマカンという建物の、下の方にある部屋とだけ分かった。

 名前は何か――長いのでフランちゃんと呼ぶ事にした。

 自分はなんの為に連れてこられたのか――彼女は辺りを見渡した後、多分紅茶とかケーキにする為と答えた。

 

 彼女が人間でない事はなんとなく感じ取れた。

 彼女にとって自分が本当にたまたま声をかけただけの、料理の材料だと言う事も分かって来た。

 気まぐれ一つで殺されかねない、そう分かっても恐怖はなかった。

 

 彼にとって、彼女は救いだった。

 いささかのシチュエーションの異常さなど問題ではない。

 あまりにも懐かしい、誰かとの他愛のない会話が乾いた心に沁み入るような心地がした。

 

 

「ねえ、人間。

 もし、料理されずに助かったら、あなたなら何をしたい?」

 

 

 悪意なき、ともすればなんとも残酷な問いであったろうか。

 彼は苦笑して、答えた。

 

 

「そうだね、とりあえずフランちゃんのお姉様に頼んで……。

 フランちゃんと一緒にこの幻想郷を探検してみたいな」

 

「もう、さっき話したでしょ。

 わたしはこの館から勝手に出られないから外の事、あんまり知らないって。

 案内なんてできないよ」

 

「だから探検なんだよ。

 それはそれで楽しそうだろう?」

 

「う~ん?

 そうかなぁ……そもそもお姉様が許してくれる訳ないし。

 なんでなのかも話してくれないし」

 

「じゃあ、もしその時が来たら、俺が一緒に頼んであげるよ」

 

「え~。

 あなた一人で頼んでよ、私は怒られるの嫌だわ」

 

「はは、分かった分かった。

 もし、その時が来たら、ね」

 

 

 そんな事起こるわけがないとなんとなく分かっていた。

 だからこそ、彼らは気軽に約束を交した。

 そしてそれは正解だった。

 

 

 彼は彼女に別れの言葉を言えなかった。

 幽霊になってから会いに行ったが、追い返された。

 

 話を聞いて取りついでくれた門番は、申し訳なさそうに中には通せないという返答を持ち帰って来た。

 その顔に自分の方が申し訳ない気持ちになるくらいな彼だったが、それでもう、諦めるしか無いはずだった。

 そんな、あっけない物語の終わりが彼の心にある恐怖を抱かせたとしても――

 

 

 

 

 

 

 無縁塚・監視役の庵の傍ら

 

 

「――ありがとうございます。

 助かりました、一人だと結構骨でして……今までも彼らの弔いをしてくれていたのでしょう?」

 

「閉鎖空間である幻想郷は、外の恩恵により保っているようなものだからね、僕はそれを忘れないようにしてるだけだよ。

 ……僕の方こそ、品物拾いを手伝ってくれてありがとう……あの“式神”が動くところも見れたし」

 

「パソコンの件ですか……すいません、それくらいしかしないで……。

 操作方法や動力再現方法まで教えるわけには――」

 

「ああ、いや、勿論君の立場も理屈も理解しているよ」

 

 

 温和そうな半人半妖の男――森近 霖之助さんは慌てたように手を胸の前で振り、そう応える。

 

 無縁塚の周辺で集めた死体の埋葬をしていると、彼が現れた。

 驚く俺に苦笑ながらに自己紹介を行い、埋葬の手伝いを申し出てくれたのだ。

 

 昼過ぎから始めた作業は夕刻に差し掛かった今にようやく、片付いていた。

 たった一人ではもっと時間がかかっただろう。

 

 

 どうやら、俺がこうして赴任するまでは彼が無縁仏の埋葬と供養を簡単ながらもしてくれていたらしい。

 ついでに彼らが持っていた道具を持っていくのは……うん、まあ、これくらいならいいだろう。

 

 

「落ちてくるガラク――品物はこれからも纏めて、軽く洗ったり整備したりしときますから」

 

「はは、構わないよ、君にとっては実際ガラクタなんだろうしね。

 それに本当に価値があるものなら宝探しが得意な妖怪が持って行ってしまうだろうし」

 

「宝探しが得意な妖怪……ですと?」

 

 

 表情はなんとか平静を維持したが、背中を冷や汗が伝うのを感じる。

 

 

「うん、この近くに掘っ立て小屋があるんだけどね、そこに鼠の妖怪が住んでるんだ。

 ……あ、でもこの最近は命蓮寺の方に入り浸ってるのかな?」

 

 

 幸い、森近さんには俺の動揺はバレなかったらしい。

 

 ――が、これは……どうしたものか。

 いや、うん、大丈夫な筈、あちらも人妖共存を掲げる寺の所属、外の世界からやってきた退治屋と関わりを持つことの意味くらい分かるだろう。

 ……うん、多分きっとおそらくメイビー……。

 

 

「それはそれとして、僕も偶には手伝いに来るよ。

 最近は妖怪もグルメになってきてね……紅茶やコーヒーの台頭に押されて死肉は人気がないらしい。

 消費されないからって放っておいても酷い有様になるだけだし……色々と大変だろう」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 

 死肉はそこら辺の嗜好品と同列に並ぶのか……。

 生きてる人間みたいに必需品でも困るけど、それはそれでなんか嫌だ。

 ……いやはや、我ながらなんとも我侭なものだけれど。

 

 

 それからしばらく、塚の傍らで雑談を交わし――

 

 

 

 

 

 

 

 

「――お~い、監視役や~い」

 

 

 「店の仕事があるから」と言って森近さんが色々と詰め込んだダンボール箱を抱えて帰って行くのと、気の抜けた既に聞きなれた声が聞こえたのはほとんど同時だった。

 ……ほとんど日参だぜこの死神さん……毎度結構な時間いるけど、仕事は大丈夫なんだろうか?

 

 

「あ、小野塚さん、昨日飲み物漫画にこぼしたまま、黙って閉じて帰ったでしょう?

 別に怒りませんからそういう時はちゃんと――」

 

 

 振り返りながら言いかけた俺の言葉はそこで途切れる。

 小野塚さんの後ろに見るからに外の世界の服装をした男――年の頃は俺より少し上くらいか――の幽霊が続いていたからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――それで自殺しようとしたんだけどさ、目の前にいきなり大きな裂け目みたいなのが現れて……。

 気が付いたら倉庫みたいな場所の中で、まあ、その……処理される前にこの幻想郷の事は一通り教えてもらえたんだけどね」

 

 一先ず場所を庵を中に移し、お茶とお茶請けを用意した。

 ちゃぶ台を挟んで対面に座った俺に促され、外来人さんは自嘲気味な明るさを伴った口調で身の上を語ってくれている。

 小野塚さんは当然の様に俺の隣に座って上手な相槌をうちつつ、一緒に話を聞いていた。

 ちゃぶ台の上の煎餅を一番食べてるのも彼女だが。

 

 俺の方はと言えば――

 

 

「あ、でもね幽霊になってしばらくこの幻想郷を見て回ったけどさ、良い所だな~って思ったんだ。

 こんな素晴らしい場所の為に俺なんかの命が使えたなら、それはきっと十分すぎる程に有意義だろうなって」

 

 

 気を遣わせてしまうほど暗い顔をしていたらしい……情けないったらありゃしない。

 誤魔化すように咳払いし、俺は話を次へと進める。

 

 

「――さて、一番初めにご説明した通り、近いうちに三途の河は渡って頂かねばなりません。

 しかし、その前に何か望みはありませんか? なんでも、という訳には行きませんが可能な限りで対処します。

 困難そうなことでも、駄目元で言ってみてくださいませんか?」

 

「実は――」

 

 

 俺の言葉を受けて、彼は幻想郷に至ってからの物語を語り出す。

 彼が“消費”されたのは紅魔館、俺の当初の挨拶回り予定にも入っていた勢力だ。

 

 確か、なんらかの約束により、八雲紫より直接食料の提供を受けているとか……。

 あと吸血鬼は姉妹二人で、情緒不安定気味の妹を、姉は館の中に軟禁しているとか……。

 ……幻想郷の外にある派閥からの事前情報なんてどこまで当てにできるか分からないが。

 

 彼はたまたま倉庫で少しだけ言葉を交わした妹の方に、接触したいようだが。

 

 

「――って訳であの吸血鬼の子に一言別れが言えたらなぁって思うんだけど……」

 

「……」

 

「あ~、お前さん流石にそいつぁ――」

 

「――いいでしょう、少々準備は必要ですが、手がない訳ではありません。

 成功の確約はできませんが、先程も言ったとおり、可能な限りやってみましょう」

 

 

 小野塚さんを制して、はっきりと応える。

 

 やってやれないことはない。

 俺が彼を従者にして――供養を引換に一時的に働かせているとすればいい――紅魔館を訪ねれば可能性はあるかもしれない。

 名目は挨拶にでもなんでもすればいいが、正式な挨拶回りにすると相対的にほかの勢力をないがしろにしている事になってしまうな。

 そうだな、偶々高級な紅茶かティーセットを手に入れて自分に茶を嗜む趣味は無いから譲りに来たということにでもするか。

 そして「折角だから挨拶も」と言い出せばなんとか及第点の自然さで面会が叶うだろうか。

 ……森近さんから吸血鬼の紅茶の趣味の話を聞いていて良かった。

 

 ……こういう考えが簡単に出てくると、俺はやっぱり師匠の弟子なんだなと感じてしまう。

 

 

 明るい顔で「ありがとう」という外来人さんと対照的に、制されたのを不満に思ったのだろうか、小野塚さんは納得いかないような表情をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからは準備の為にドタバタと時間が過ぎていった、既に日が落ちてしまっていたため、明日に間に合わせようとすると急ピッチだ。

 八雲紫や外の世界の所属派閥に手紙を飛ばし――比喩ではなく紙飛行機として飛ばしている――、スーツを用意して、パターンごとの計画を一度書面に起こして――

 小野塚さんは慌ただしい俺の様子に追い出されるように帰ってしまい、外来人さんは居心地悪そうに隅っこでウロウロしている。

 

 

「――ちょっと、よろしいですか?」

 

「あ、ああ、うん何かな? 手伝えることがあればするよ」

 

 

 不意に計画書を書いていた手を止めて向き直った俺に対して、外来人さんも見下ろす体制が好ましくないと思ったのだろうか、座って対面する。

 その様にくすりと笑いを漏らしてしまったが、それにも首を傾げるだけだ。

 

 

「少なくとも、俺はその気持ちを軽いとは思いませんよ」

 

「……え?」

 

 

 当然ながら再度首を傾げる彼に対し、俺は言葉を続けた。

 

 

「“恐い”という感情はね、もともと周りの人に広がる力を持ってるんですよ。

 周りの人が皆怖がってると、自分も不安になったりするでしょう?

 俺は生まれついての臆病者でして、そういうのにかなり敏感なので、他人の恐怖を共有したり、自分の恐怖を共有させたりできるんです。

 ……勿論、それなりの訓練もしたんですけどね」

 

「……え、え~っと……」

 

 

 なにがなんだか分からないって顔をしているが、“まさか”ってレベルで心当たりはあるのだろう、目が泳いでいる。

 

 

「だから、貴方が何を恐れているかもわかります。

 確かに理屈は滅茶苦茶かもしれませんが、感情ってそういうものですし。

 自分の恐怖を卑下するのはやめて下さい、一緒になって怖がってる俺まで惨めになっちゃうでしょう?」

 

 

 

 彼は笑いながら「参ったなぁ」なんて何度も繰り返す、段々と発音が震えてきて、それはやがて、涙混じりの吐露になった。

 

 

 

 

 

 

 さっきは「こんな素晴らしい場所の為に俺の命が使えたなら」なんてカッコ付けた事言ったけれど、本当はそんな立派な事なんて思い浮かびやしなかった。

 死んで、幽霊になって、見て回って場所の中には人里もあった。

 里の人達も外来人も――自分と同じように外の世界から来た人達も――とても楽しそうに暮らしていて。

 

 なんで、なんで自分はそうしちゃいけないんだろう。

 成仏しない幽霊があまり長くいると周囲によくない事が起きるから、早く出て行ってくれと言われて、頭が真っ白になった。

 目の前にあるあの営みの中にどうしたって入れないんだってことがショックだった。

 

 それは自業自得なんだとわかっていた……それなのに、そんな事を考える自分が惨めで、恥ずかしかった。

 結局、自分はここまで逃げてきただけなんだろう、あの眩しく精いっぱいに生きてる人たちの姿から。

 

 今まで何もかも上手くいかなくて、自分の命に価値なんてないと思って、捨てようとまでしたんだから。

 

 

 

「――それでも、死んでから思っちゃったんだよなぁ。

 “俺の命まで”使ったのに、そこに不幸せがあるのが嫌だって。

 笑っちゃうよねぇ、“完全無欠の幸せ”のためじゃなきゃ――

 ――その為に使われなきゃ、俺の命に価値がなくなっちゃう気がして恐いんだよ!」

 

 

 別にあの吸血鬼の子は外に出れないことをそこまで残念に思ってないのかもしれないし、他にも問題なんていくらでもあるのかもしれない。

 そんな当たり前のことは分かっている。

 

 だから、これはただの吐露――どうにもならないことをどうにもならないと叫ぶだけの行為。

 文字通りの“同情”をしてくれる少年への甘えだ。

 

 

「――やれるだけのことをやりましょう。

 落ち着いたら、打ち合わせしたいことがあります」

 

 

 そこに価値を見出すか、あるいはもたらせるか。

 “恐怖代行”は静かに、準備を再開する――

 

 

 

 

 

 

 

 

「――やれるだけのこと、ねぇ。

 ……まったく真面目すぎるというか……。

 あたいの忠告の意味を本当に分かってるのか?」

 

 

 庵の窓の傍らの壁に背を預け、話を盗み聞いていた死神は小さく呟く。

 思い出すのは先日のなんともない会話――

 

 

――まあ、正直言うとあの忠告はドキッとしましたねぇ、孤立を正当化って――

 

――仕事柄、人に恐がられちゃうと理由が理不尽でも、なんというか“納得”しちゃいまして――

 

――仕方ないか~、なんて流しちゃうことばっかりでしたので――

 

 

「もしもの時は本当に見捨てちまうからな~。

 休憩所が潰れるのは嫌なんだけどなぁ」

 

 

 それだけ軽く言って歩き出す。

 欠伸混じりに、ふざけた様子で――




どんな風に改訂しても紅魔館にフランちゃん関連のことで赴く時点でテンプレ度が強くなるという……。


こ、ここからはちゃんとオリジナルな感じになりますよ!
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