誰がために人は恐るるか   作:鹿助

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新編導入、短めです。






31.遺志の向かうところ

 ――都内・某所

 

 

 雑踏が流れを成す――ある場所では感情を乗せた声が会話という飛沫を上げ、またある場所ではただただ無心に流れに歩みの音を重ね――それは正しく、人の川。ならばこそ、その流れの傍らの闇に、かの妖怪は――流れの傍らに在りて、物語を聞かせる妖怪“川男”は、今も潜む。

 ふらりと、虚ろな目をした中年男性が流れから逸れ、小路へと入っていく。その路も、先にある小さく煤けたように薄汚れた映画館も他の誰の目にも映ってはおらず。

 

 

「――ようこそおいでくださいました、さあ、こちらにどうぞ……このコーラとポップコーンはサービスですよ」

 

 

 身長2メートルに更に0.5という数字を足せるような大男――その短かく整えた髪と同じく、すっかり白くなっている口ひげを蓄え、目尻の下がった優しそうな目に温和な笑みを浮かべたその壮年の男は、黒いシルクハットにタキシードという見るからに紳士然としたその格好に違わず、柔らかな物腰で返事もしない客を出迎える。

 

 閑古鳥さえ鳴かずに素通りしていきそうな、静かな館内――たった独りきりを観客として、その上映は行われた。スクリーンに映し出されるのは、この世界にまだ妖怪が公然と存在していた時代の、妖怪退治屋達の戦いの物語。

 

 剣戟も通じず、城壁すら吹き飛ばす妖怪の力に対して、ただの人間は一生を賭して己を磨いてなお、投石一つで死に、その石ころ一つ砕くような頑強さも得られない。ならばこそ最初期は生まれ持っての定めから、あるいは神や妖怪に由来する力を持ち、その『所謂(いわれ)』を宿した英雄のみが、妖怪と戦う役目を負っていた。

 しかし、『凡人』たちもまた、その人と妖怪の戦いの場に足を踏み入ようとする努力を止めなかった。

 ある者は“英雄”に背負わせる荷を分かつために、

 ある者は妖怪への復讐のために、

 ある者はただ単に、英雄や妖怪のような力そのものに惹かれたがために、

 そうして先人の屍の山の向こうに、あるいは“英雄”や妖怪の示唆から、彼らはその方法に辿りつく。

 宇宙やこの世の“真理”を読み解き、そこから力を導き出す。

 血や誓いによる繋がりを置き、組織や一族として戦い続け、短い命の個ではなく“群”で以て『所謂』を積み重ねていく。

 英雄や妖怪を主に、他の何かの力を、それらを真似て『あやかる』ことで“再現”する。

 そういった幾つかの手法を身に付け、発展させた。そして人と妖怪の戦いの場に躍り出た彼らは、時代が下るにつれ、英雄から戦場の主役の座を奪い、そして――何も残さずに消えていった。

 

 

「どうですかお客様……この物語は?」

 

 

 クライマックスを越え、そろそろ終幕かと思われるような頃合――思考能力を半ば失ったままの中年の真後ろのシートに、いつの間にやら座り込んでいた先の壮年がぼそりと話しかけてくる。周囲には誰もいないのだから、声量を抑える必要もなかろうに、とずれたことをぼんやりと思いながら中年はそれに応えた。

 

 

「……あまりに、彼らが可哀想じゃないか?」

 

 

 その言葉に壮年は我が意を得たりとばかりに何度も頷き、抑えた声に抑えきれない興奮をにじませながら、物語でも語るように言葉を紡ぐ。

 

 

「ああ、そう、可哀想――きっとそれが“物語”として見たときの感想なのでしょう。しかし、一度当事者がいなくなり、冷静に気軽に、そしてより正しく“歴史”として捉えられたとき――おっと」

 

 

 ふと、壮年は気を取り直したように被りっぱなしだったシルクハットをかぶり直し、スクリーンに視線をやる。そこに写っていた瘴気渦巻く荒涼とした地――そこに写る人らしき形をした、ペンキを適当にぶちまけたように、様々な色を染まった異様な影が映画のシナリオを無視して、勝手に動き出し向こう側からスクリーンを叩くような動作を取り、ぽっかり空洞になっている目の目蓋と口を動かしながら何かを訴え掛ける。最早言葉になっていないその叫びは助けを求めているようでも、怒りと怨念を吐き出しているようにも聞こえて――

 

 

「……え?」

 

 

 瞬きの間に、その影は中年の目の前に現れて。

 

 

 

 

 停電でもしたように薄暗かった館内が完全に暗転する――が、すぐさまスクリーンに明かりが戻る。

 そこには、先程まで館内にいたはずの壮年が男が真っ白な壁を背景に立っており、シルクハットを取って一礼してから姿勢を正す。

 そして、身振り手振りを交えながら、やや大げさな抑揚を付けて、語る――

 

 

「失礼ながら、一度閉幕――ここから先は、よりふわさしい語り部に託すとしましょう。アレは名も無き兵の妖怪、通称“落書き”……個人としては名のない兵士が、自分たちの“共通の象徴”を残したとき、それとして生まれる妖怪でございます。最も有名なのはミスター・キルロイでしょう……彼は今、火星旅行で忙しいようですが、出会う機会があればお話を伺ってみては? なかなか味のある御仁でございますよ。それに対して、アレはほとんど理性もふっとんで我を失って――いや、失っていると思い込もうとしているようです、私の話もどうにも聞かないものでして。幸運にも丁度いい“容れ物”も見つかったようですし……『私を利用した何者か』の手引きの下、その存在を示そうとすることでございましょう。それでは、どうか、これから先もお楽しみくださいませ――いやはや、“前回”の天才も驚きましたが“今回”の世はやはり特別楽しい……是非、頑張って守ってもらいたいものです」

 

 

 そう言い残し、再度、シルクハットを取って一礼する――と、スクリーンの映像が途絶えて。無人となっていた館内にブザーが響き、照明の眩しさが、全てをかき消していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後――無縁塚・監視役の庵

 

 

 

「――……お久しぶりです、姫。急に来られるとは、驚きましたよ……」

 

「姫じゃない、今は使いっぱしりの隠れん坊、蓑過禍見(さかがみ) 凛鹿(りんか)……おけ?」

 

「……オーケー、凛鹿様……ってことは、御前から何か言伝ですか? 師匠関連の情報でしょうか」

 

 

 俺のちゃぶ台を挟んだ向こう側、立ち上がれば俺よりも長身である長い脚を、膝折り畳んで正座している“隠れん坊”は俺のよく知っている妖怪だ。

 紫がかった艶やかな黒髪を背中まで伸ばしたポニーテール、室内にも関わらず、被っている深い三度笠の正面の視界用のスリットから覗く、無感情で冷たい印象を与える切れ長の鋭い瞳。青白縞模様の渡世人風の服装を、そのまま色だけ変えたような緑と白の服装に、濃緑のロングスカートを履いた彼女は俺の確認の言葉を無視する、というか聞こえていないかのように無視して――

 

 

「……これ、お土産……――ああ、名前は思い出せないのか――……お弟子君、このお店のショートケーキ好きだって聞いたから……」

 

「ちょ、ちょっと、サカガミ様、貴方ほどの方が来るならそれなりの訳が――」

 

 

 俺にとってはもう『懐かしい』と感じられるロゴマークの付いたケーキ屋の取手付き紙箱を差し出す凛鹿様に対し、俺と同じく凛鹿様と面識のあるナズ姉さん――俺の隣に座っている――が彼女に噛み付くように声を差し挟む。彼女自身の情報網か、あるいは勘か……凛鹿様が俺の庵を訪ねてきたその直後に押しかけるようにやってきた。当然というべきか、凛鹿様の目的を問い詰めようとしているが――

 

 

「奪ってない……ちゃんとあたしがアルバイトしたお金で、買ってきてもらった」

 

「そんなことは聞いてません! 貴方は毎度毎度、大変なことものんびりと伝えるから――」

 

「ナズ姉さん、凛鹿様は遮らずに喋ってもらった方が結局早く進みますから」

 

 

 物分りの悪い子供を叱る母親のような調子で怒声を飛ばしながらちゃぶ台に叩くナズ姉さん、それを宥めながら、俺も苦笑を浮かべてしまう。凛鹿様は頭が悪いわけではない――むしろとても良い――が滅多にそれを使おうとせず、酷くマイペースだ。オマケに感情の起伏が分かりづらい――ないわけではない、むしろ豊かで、分かる人には分かる――ので、イライラしてしまうナズ姉さんの気持ちも分からなくはないが、ここは彼女に退いてもらった方が効率的だ。

 

 

「ナズーリンにも……ほら、チーズケーキあるから」

 

「……むぅ」

 

 

 空気を読んだのかどうなのか、俺の言葉に続けるように付け足した凛鹿様の言葉を受けて、とりあえずナズ姉さんも落ち着いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――それで“落書き”の出現、及び幻想郷へ侵入を察知した……あたしと数人の退治屋が網を張ったけど、抜けられた。幻想郷そのものでなくて、地下の旧地獄に行き先を切り替えて……これは、簡単な方法じゃない」

 

 

 俺が紙箱を受け取って、皆――ちゃんと部屋の向こう側でじゃれあってるハタと小ねずみにも――にケーキと飲み物を出した後、凛鹿様は唐突に説明を始めた。……成る程、そういうことなら俺が、恐怖の大王の弟子がなんとかするのが筋ってもんだろうな。

 

 

「妖怪が単独で結界突破……しかも直接地底へ……それは、相当強力な妖怪ということですか?」

 

「……いや、そうとも限りませんよ、ナズ姉さん。言うなれば“落書き”は組織や群体の擬人化……その象徴となる記号があれば、それを出入り口代わりにどこへでも移動できます」

 

 

 “落書き”――“キルロイ”殿が犯人ということはないだろう、彼は二次大戦時は色々としでかしたらしいが、今は別の事業に忙しいはず。彼も『キルロイ参上(Kilroy was here)』の落書きがある場所ならどこへでも出現できた、他の“落書き”もまた、自分を表す“記号”があれば同じことができる、つまり――

 

 

「考えられる可能性は二つ……その“落書き”が力押しで地獄で至るほど、強力……もう一つは――」

 

「何者かが、その侵入を手引きして、旧地獄側に“記号”を残した……ということですか。でも、なんでそれでそんな大掛かりな対処を? 妖怪が幻想郷に向かうんなら、放っておけばいいでしょう?」

 

 

 凛鹿様の言葉を引取り、更にもっともな質問を続けるナズ姉さん。凛鹿様が笠越しの視線を俺の方に向けてくる……ああ、こりゃやっぱり、俺の思った通りか……。

 

 

「……居なかったことにされた退治屋の“落書き”……師匠の“計画”の犠牲者たちの怨念、なんでしょう?」

 

 

 俺の言葉に凛鹿様はゆっくりと、しかし深く確かに頷き、ナズ姉さんは何か察したように「あ」と声を漏らしたあと、少し俯いて黙り込んでしまった。師匠に“計画”のことを聞いてから何度も確認は取ろうとしたが、毎度はぐらかされたことを思い出す――その犠牲者たちは本当に大人しく成仏したのかと。ああ、そうだろうよ、平和のためと先に切り捨てたのはこっちだ……あっちが自分たちの存在を示すために平和を壊そうとしたって、何の不思議がある?

 

 

「一緒に封じられていたであろう怨霊の痕跡もあった……人間が一人、行方不明なってる……恐らくはそれに押し込むように憑かせて、移動してる」

 

「大量の怨霊は無理でも、人間一人分なら一緒に連れて移動できるということですか……ど畜生が、師匠はなんでそんなもの隠してたんだ」

 

 

 俺の悪態には誰も応えない――部屋の向こう側から心配そうにハタと小ねずみが見つめてきているのに気づいて、知らない内に強ばっていた表情を緩め、ため息をつく。そうだ、文句を言ってどうこうなる問題でもない、冷静に考える必要がある。恐らく、“落書き”単体ならそれほど問題になる相手でもない、神出鬼没の妖怪といえど所詮は無名、大妖怪に匹敵する力を持っている訳ではないし、八雲紫がいずれ捕捉し、始末できるはずだ。そこに怨霊の力を上乗せたとしても、それだけで幻想郷や鬼の棲む地底をどうこうできはしない。だが、そこに件の過激派の退治屋が絡んでくると話は別になる。その力と存在をうまく利用すれば幻想郷と外の世界の関係の破壊も不可能ではないだろう。

 

 

「まずはその一人の救出ですが……背後関係ごと、よく調べる必要がありますね」

 

「調査は外の世界の“事情通”の退治屋が取り掛かってる……お弟子君にはあたしと一緒に旧地獄に来てもらう。スキマ妖怪の許可は……取得済みだから……」

 

「了解しました、可能な限りの“武装”と能力式神を用意しますので、少し待ってください。……ナズ姉さん、しばらくハタを預かってもらってもいいですか?」

 

「……それは構わないが……君は大丈夫なのか? 幾らサカガミ様が一緒だからって……」

 

 

 心配してくれるナズ姉さんに、頷きだけで返事とする。実際のところ大丈夫かどうかは状況次第だが――

 

 

「……一つ補足……その人間の救出は必要だけど……“落書き”や怨霊からじゃない。鬼から……彼の無罪を納得させて、引き取る必要がある」

 

「その人間が鬼の手元にいる? ……既に“落書き”が捕捉されたということですか?」

 

 

 凛鹿様の分かりづらい躊躇を覗かせた補足の言葉に、俺は驚きを抑えて確認を取る。“落書き”は補足の困難さで言えば、妖怪の中でもトップに近い存在だ。スキマ妖怪が直接動いたとしても、こんなに早く捕まるのは考えづらいが……。

 

 

「違う……地底の都で暴れてようとしていたソレが……追い詰められて、逃げるための身代わりに置いていかれただけ。都の妖怪たちから見れば……“落書き”の仲間……でなくても、勝手な侵入者」

 

「成る程……しかし、一度は追い詰めた訳ですか、やはり、スキマ妖怪が直接動いているんですか?」

 

「……違う、追い詰めたのは……ソレをよく知っている存在……彼が、お弟子君を呼ぶように、あたしに伝えてきた」

 

「……」

 

「……どうしたんだ、急に恐い顔して、サカガミ様、彼って一体――まさか!?」

 

 

 ナズ姉さんが何か凛鹿様に確認しているが、それは俺の耳には届いていない。ああ、そうか……その“落書き”に弱点があるとすれば、そりゃそいつだろうな、なんせ、一度はその存在を消し去ったのだから。凛鹿様がナズ姉さんの方に一度頷きを返し、そして、また俺に視線を戻し、真っ直ぐに見つめて言い聞かせるように言葉を投げてくる。

 

 

「お弟子君……君を呼んだのは“恐怖の大王”……旧地獄で、彼が待ってる」

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