誰がために人は恐るるか   作:鹿助

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33.眩しき敵、卑しき防人

「――あ、あんたは人間なのか!? 何がどうなってるんだよ! もう家に返してくれよ!」

 

「落ち着いてください、もう大丈夫ですから……もう少しだけ――」

 

「何が大丈夫なんだよ! わけわかんねえよ……あんた分かるんだろ? なんとかしろよお」

 

 

 鬼殿――彼女は外の世界でも有名なかの“星熊”らしい、驚いた――に案内してもらった先の屋敷、人相の悪い妖怪が不承不承ながら会わせてくれた人間は、かなり参っていた。締め切られ、最低限の家具だけ置かれた薄暗い部屋の中でも、その人相はなんとか把握できる。元は上にスーツも着ていたサラリーマンか、よれたシャツとズボンを身に付け、疲れた表情と乱れた髪のせいで恐らくは実年齢以上に老けて見えているであろう彼は、説明を聞き終わる前に立ち上がって俺の胸ぐらを掴み、最初は怒りをぶつけるように、最後は懇願するように声と涙と涎を浴びせてくる。それも、既に疲労が透けて見える動作である、少し時間をかければ宥めるのは容易のはずだった。

 

 

「――自分をはるばるかつての地獄まで助けに来てくれた相手にそれかい? 別にアンタが自分でなんとかしたっていいんだよ? この杯から一滴でも溢せたら、私がアンタを助けてやるよ」

 

 

 部屋の壁に背もたれ、手に持った大きな杯を煽っていた星熊殿が唐突に声をかけながら、近寄ってくる。 ジャラ、とその手首に付けられた鎖を鳴らして、ずいと杯を彼の前につきつけるように差し出す――ほら、こぼして見せろとでも言いたげな威圧的な視線を向けて。

 

 

「やめてください……師匠との約束の話し合い時まで、危害は加えないのでしょう」

 

 

 星熊殿と、その威圧感にあてられ、射すくめるような視線を怯えた目で見つめ返す彼の間に割って入り、語調を強めて口に出す。彼は俺の影に隠れるように身を移し、星熊殿はその視線を俺に向けて、少し意外そうな声で応じてくる。

 

 

「危害? ちょっと声をかけただけじゃないか」

 

「大鬼の凄みは、人間にとって十分に“攻撃”になりうる圧力を持っています……その力は自覚していただきたい」

 

 

 俺の言葉に、星熊殿はその視線に力を込め、俺の目を真っ直ぐに射すくめる……下手な繕いは力ずくで吹き飛ばされそうな強い視線だった。

 

 

「成る程……怯えも見えるが、及第点はやれる目だ……分かった、アンタの言うとおり配慮しよう」

 

 

 ふむ、とひとつ頷きを見せ薄く笑うと、彼女は元の隅へと戻っていく――俺の後ろ怯えて隠れる人に、一瞥さえくれずに。

 ……ああ、俺は鬼のこういうところがあまり好きじゃないんだ、『強いものと勇気のあるものは許される』そう言わんばかりのこの態度。弱いから、勇気が出せないから、そこにある気持ちが矮小なものだってわけじゃないのに……。

 

 

「……ご理解いただき感謝します」

 

 

 自分と無関係な、どこかの物語の登場人物としてなら、俺の鬼たちへの印象も変わったのだろうな。“計画”の内容を説明するということは、図らずも人間と鬼の違いを改めて示すことになろうが……。さて……彼女たちはそこに何を思うことやら――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――地底・旧都の件の料亭

 

 

 

 昨日、大鬼と“恐怖の大王”が会談を行い、そして“隠れん坊”と弟子がいでた料亭の大部屋。

 その日、そこからはテーブルが運び出され、代わりに数十もの妖怪たちが集まり、対面して座る大鬼とスーツ姿の人間を取り囲むように輪を成していた。鬼たちから人間との『力比べ』の場を奪い、妖怪を幻想郷へと押し込んだとされる“計画”――その存在を知り、なおかつ内容を知らない妖怪たちである。そのほとんどは、やはりというか、鬼や古い妖怪であった。それらの存在が生み出す尋常ならぬ空気の中、同行する妖怪の護衛の申し出を退けて料亭の外で待機させ、単独その場に臨んだスーツ姿の人間――監視役は真顔を崩さずに、語り始める。

 

 

「――まずは『鬼に愛想を尽かせた』ところから、順を追って話させていただきましょう。鬼はどうにも存在感が強すぎる、かといって完全な打倒など不可能……だから、遠ざかってもらう必要が……人間に愛想を尽かしてもらう必要がありました。まずはあの手この手で強き“英雄”から戦場を奪い取り、代わりに弱い妖怪退治屋たちをそこに並べた」

 

 

 鬼は強い存在との力比べにこそ惹かれるのであって、人間を襲うこと自体はその強い“英雄”を呼び出す手段であるか、たまたま気に食わなかったからであるか……いずれにせよ、さほど重要なことではなかった。故に、鬼を遠ざける必要を感じた退治屋たちはその強い“英雄”をできるだけ妖怪との戦場から遠ざけ、代わりに凡人である自分たちをそこに並べた。

 

 

「……だから、例えそれが看破されたり覆されたりするのが分かっている状態でも、彼らは“卑怯な戦法”を取ることにこだわった……貴殿らを遠ざけるために。退けて治められなくとも、退いて治まってくれれば“退治”には十分ですから。勿論、退治屋全員がそうした意図を共有していたわけではありません……ですが、凡人故に、それぞれにはそれぞれの理由を持って、戦場に立っていた。使命感を持つ退治屋意外にも、鬼の“道具”に惹かれた者、名声を求めた者もいました……そう言うと誤解を招きがちですが、少なくとも彼らにとっては命を賭けるに足る戦いだった。私欲目的と言ったって、お金がいるとかって、人間にとっては割と切実な理由ですからね……だが、これがいけなかった……」

 

 

 監視役はそこで一度言葉を切り、視線を巡らして周囲の様子を観察する。そこにいる妖怪は各々、様々な表情を浮かべている。

 純粋に、監視役の話に聞き入っている表情、

 それくらいは察しがついているから先を急げと言いたそうな、イラついた表情、

 “そんなもの”のために、そこまでやれる人間が理解できないという、怪訝そうな表情、

 監視役の対面に座する勇儀は腕組み、目を閉じたまま息一つ、音として漏らさずにしていた。

 軽く唇を舐めてネクタイをほんの少しだけ緩め、監視役はまた言葉を吐き始める。

 

 

「多くの鬼が興ざめして人間から遠ざかる中、その“勇気”に倒す価値を見出してしまう鬼たちもいた。圧倒的な実力差の中、知恵と戦意を振り絞って向かってくる退治屋を、評価してしまわれた。ある程度は騙し討ちや多数を恃む戦い方さえ認め、それを真正面から叩き潰す……英雄との一騎打ちに代わって、そんな人間の楽しみ方を見出されてしまった。もしかしたら、彼らが英雄みたいに、戦いを重ねていくなかで成長したり、絆を感じてくれることを期待していたのかもしれません。……そんなこと、あるわけないのに、ね」

 

 

 ぼそりと、独り言の様に付け足された言葉を受けて、監視役を取り囲む表情に、怪訝な色の割合が増える。対面に座っていた勇儀さえ、片目を開けて、監視役の表情を伺っている。それを見て、監視役は確信した、やはり彼らには理解できないか、と。そうした考えを表情に出さず、淡々と説明は続けられる。

 

 

「常に多くの死者を出しては補充を繰り返し、明日は他の誰かが自分のためにこれをするのかと思いながら仲間の骸を葬る……そんな日々を過ごせば、人の心は荒む。年寄りから奪い、子供を殴り、女に乱暴する……まあ、戦乱の世なら常にあった光景でしょうが。秩序なき動乱の時代を終え、退治屋によって妖怪の脅威を目の当たりにすることも減った人々には、それは乱暴者の集団にしか見えません」

 

 

 “種族”でなく“個体”として見たとき、人間ほど殺し合いに向いていない精神を持つ生物も珍しい。多くの調査結果――物語を伴わない、冷徹なデータ――が示すように、普通、人間にとっての命を賭けた戦いというものは成長などもたらしはしない、むしろ摩耗させ、時に社会復帰すら不可能になるほどのトラウマをもたらすものだ。心ある相手との命のやりとりというものは、自分を正義だと思い込もうとして、相手を悪だと思い込もうとして、したこともされたことも受け止めないようにして、正しかったとか仕方なかった周りからも自分でも言い聞かせてケアされて、それでもそうした防壁の向こう側から滲み出てて、心を溶かす毒である。それは心から優しさと余裕を奪い、その行動は周囲からの敵意を買うようになり、またそれが彼らの心を荒ませる。

 

 それは『そうした戦いを心から楽しむ』ことができる鬼などの妖怪からしてみれば到底理解できないことだろう。なまじ“英雄”や一部の人間は変わらず、いや……むしろ戦いを通して成長すらできた、それと比べてしまえば、戦いを経るたびに卑劣に、卑屈になっていく人間はより期待はずれに見えたろうか。“恐怖の大王”の“教育”と幾つかの経験と出会いを通して、多数側から後天的にその一部の人間へと至った監視役から見れば、そうした人の弱さにも共感できるし、鬼のそれに対する侮蔑も全く理解できないわけではなかった。理解できるからこそ、感じる憤りや虚しさもあるわけではあるが……。 

 

 

「――対して、どれだけの死線を越えても、鬼はあくまで堂々と、誇り高く、敵であってなお憧れを抱かせるその勇姿を維持していた。……日に日に、心をすり減らした退治屋の狼藉と、それに対する風当たりが強くなる中、一部の退治屋はこう思った――『これは使える』と」

 

 

 監視役が少しばかり語調を強めて最後に放った、それまでの流れに反するような言葉。それは一体どういうことかと俄かに周囲がざわつき出す。

 

 

「――静かにしろよ」

 

 

 それまで沈黙を保っていた勇儀が、小さく、されど重く声を発する。低く響くようなその声に押し付けられたように、ざわめきが静まっていく。その威風を前に、監視役も微かに気圧された様子を見せたが、すぐに気を取り直し、咳払いをして話を再開する。

 

 

「……ここは一つ、実際あったらしい事例を挙げて説明した方が分かりやすいでしょうか。とある強力な鬼に目を付けられたという、ある集落とそこに駐屯する退治屋達の事例です――」

 

 

 そんな前置きをして、監視役が語りだしたのは“計画”が実行に移される少し前の時代のとある“鬼退治”の事例である。

 

 そのとある鬼と退治屋達はある約束を交わしていた。鬼が一晩の内に退治屋の半分を倒せない限りは、他の人間には手出しをしないと。鬼は夜ごと、退治屋と血みどろの戦いを戦いを繰り広げながら、昼には集落に普通に遊びに来ていたという。それを勧めたそこの退治屋の頭領と酒を飲み交わし、その堂々として気持ちの良い態度は人々にも評判が良かった。

 ……というのも、それはすっかり気持ちの余裕を無くし、狼藉を働いていた退治屋たちとその態度を比較していたからだ。“英雄”一人連れ去られれば、他の妖怪に全ての奪われかねない時代とは違う、妖怪退治屋の代わりなど幾らでもくる、であれば、それを殺したりさらったりする鬼は一般人にとっては脅威ではなかった。今、自分たちに理不尽な暴虐を働く退治屋の敵ということで、むしろ好意的に受け止める人間が多かったくらいだ――正確に言えば、そうなるように退治屋の頭領と、一部の腹心が誘導していたのだが。

 

 

「――誘導……してした?」

 

 

 勇儀が初めて驚きを表に出し、思わず、と言った様子で言葉を差し挟む。他の鬼たちも似たような様子で先を促すように身を乗り出す――今度はそこに音は伴わない。その様子に、監視役はフッと息をつく――どこか苦笑の様な色を見出せそうな音だ、という印象を持ったのは勇儀一人であったが。

 

 

「……はい、やがて人々が鬼ではなく、退治屋を敵視するように……。そして人々は“その目論見通り”、自分たちの寝首を掻いて、それを鬼の前に並べ、和平を求めた。……恐らくは、予め鬼と約束なりなんなり交わしたのでしょうね。例えば『俺たちがお前か、他の妖怪に殺されない限り、他の妖怪退治屋たちを含めて、人間に手出しするな』という約束とか……それから、人間に殺された。……下っ端の、意図を知らない退治屋からすれば、自らまいた種とは言え、たまったものではなかったでしょう。自分たちを命懸けで守っていたはずの退治屋たちの首を並べて、その敵に心から友好を求める人々……それを見て、その鬼が何を思ったかは俺には推し量りかねます。少なくとも、以後、その鬼が人の前に姿を表すことはなかったそうですが。……こんな感じの“鬼退治”があっちこっちで行われて、ようやく鬼は人に愛想を尽かしてくれたそうです」

 

 

 監視役がそこでまた一息つくと、今度は重い沈黙が流れる。監視役が語った内容は、そこに居る者の大部分にとって、衝撃的な内容だったようで、そのほとんどが驚きを表情に浮かべていた。それは勇儀も例外ではなかったが――

 

 

「……そこまでして、私たちを遠ざけてまで実行したかった“計画”ってのはどんなもんなんだい? 幻想郷に数多の妖怪を押し込めた、その方策は……。あの頃は大規模な妖怪退治屋たちの間で大きな内部抗争があったらしいと聞いたが……それを隠れ蓑に、何かしてたんだろう?」

 

 

 その驚きはむしろ、先を知りたいという欲求につながったらしい。表情からすぐに驚きの色を引っ込め、冷静に、先を促す――その言葉を受けて周囲の妖怪たちも次の監視役の言葉へ注意を向け、沈黙にさらに緊張感が上乗せされた。

 

 

「……内部抗争ですか……まあ、間違いではありませんね。人的資源を費やして一時的な退治屋側の優位を確保し、目立つ“英雄”を妖怪との戦線から排除し、特に強力な存在感を持つ妖怪を遠ざける……確かにこれは“計画”の準備に過ぎない行動です。ああ、あと色んな神様にも根回したそうです……一時的に、その姿を隠すように。例えば、こんなことを言って――」

 

 

 そんな言葉を前に置いて、咳払い一つつくと、監視役はまるで目の前の鬼が敬うべき神であるかのように恭しく姿勢を正し、礼を行って――

 

 

「『今でこそ、退治屋たちは優位を得ていますが、こんな人的資源をに湯水が如くに消費する方法、長続きするわけはありません。しかし、彼らは傲慢になっており、今更神々や英雄に助けを求めはしないでしょう……利権も問題もありますので。そう遠くない未来、彼らは瓦解し、妖怪が人々を蹂躙しようとする……その時こそ、あなた様が立つ時であります。今でしゃばろうとしても、人の不評を買うだけ……むしろ今は姿を隠し、人々の不安を煽っておくべきです。そして、真に求められる時に、再び顕現されるべきかと……。……そうした過程を経てこそ、信仰は確固たるものとなり、引いては人の安全も一定の水準が維持される。私の計画に賛同していただけるなら、約束して頂きたい。今から、“妖怪が巻き返すその時”まで、その姿を隠すと……約束していただけるなら、その時には私も微力を尽くして協力させていただきます』」

 

 

 まるで『よく知っている誰かの真似』でもするように少しばかり芝居がかった態度でそうのたまう。周囲の妖怪の大部分が『どういうことだ?』という怪訝な表情を浮かべる中、勇儀は何か合点が行った様子で天井を仰いで小さく息を吐いた。その様子を見て、監視役は小さくうなづいてから、また話し出す。

 

 

「――まあ、詐欺ですね、その時なんて迎えるつもり、全くなかったですから。そうして、人間と妖怪――幻想の接点をそれと直接対する退治屋のみに集約していきました。その上で、各地の妖怪にも一時停戦を呼びかけた……交渉材料は色々――脅迫、誠意、知識、密かに用意した生贄なんてのもあったそうです。どうにかして、大方の妖怪に一定期間、『人前に姿を現さない』という内容の約束を承諾させ、準備は整いました。……あとは退治屋さえいなくなってしまえば――存在しなかったことになってしまえば、人間と妖怪の接点は失われる」

 

 

 流石にここまで言われれば、大抵の妖怪に“計画”の内容は察しがついた――しかし、その大部分が『まさか』とその考えを自分で否定する。まさか、卑怯で驕り高ぶった人間たちでもそこまでは――と。しかし、そんな希望の混じった予想を、監視役の無感情な言葉が踏みにじる。

 

 

「一部の約束破り上等の妖怪や神、あるいは交渉に応じなかったそれを世間から封殺する最低限の戦力だけを世の中から隠して維持した上で……一部の退治屋は仲間の粛清を始めた。無論、ただ殺し、権力を奪うだけでは足りない――全てをインチキにして、否定させなければ、妖怪を幻想郷に押し込める前に彼らの攻勢が始まってしまう。あらゆる資料と記録を奪い、歴史の中からもその存在を抹殺し……数人の退治屋は『所謂(いわれ)封じ』と呼ばれる術で力を封じられ、敢えて野放しにされた。必死に自分たちやその父祖の功績を説く彼らに力がなければ、人々はむしろ、それを信じなくなるでしょうから」

 

 

 ああ、と諦めにも似た色を持つ嘆息が部屋に満ちる。つまり、人間たちは妖怪たちから身を守るために、それまで必死で自分たちを守ってくれた存在まで切り捨てたということなのだ。“平和”自体に価値を見出すことが少ない妖怪たちにしてみれば、それはなおさら、理解しがたいものであったかもしれない。

 

 

「……成る程、アンタたちがアレを自分たちでやろうとするのは、そういう理由か……」

 

「……そういうことに、なります」

 

 

 漏れ出る様にポツと呟かれた勇儀の言葉に、迷いを見せたあと監視役が頷く。周囲の妖怪たちはそんなやり取りに気を配ってはいなかった――それぞれ身を乗り出し、口々に質問をしていたからだ。その質問の中に『首謀者は誰だ?』というものがあって、監視役も勇儀も苦笑してしまった。

 

 

「後にしよう……私たちの方もちょっくら整理が必要だろ?」

 

 

 勇儀がその視線を監視役から周囲の妖怪たちへと流すように移し、なだめるように言葉をかける。言葉そのものに納得したわけではなく、彼女がそういうのなら、という調子に不承不承の気を残しながらも静まっていく周囲に苦笑の色を濃くしながら、勇儀はその視線を真顔で佇む監視役へと戻し――

 

 

「……行きなよ、残りは戻ってきてからだ」

 

 

 そして、質問攻めの場から逃がすように、退出を促した。意図を測りかねた様子で二度瞬きした監視役だったが、一礼すると立ち上がり、部屋の出口へとその歩みを進めていく。進路上にいた妖怪たちは勇儀の顔と監視役を交互に見ながら、後ずさるように道を空けた――

 

 

「――ああ、一つだけ……いいかい?」

 

 

 障子に手をかけ、退室しかけた監視役の背に、思い出したように勇儀が声を飛ばす。振り返り、小さく首をかしげた監視役に対し、勇儀は苦笑を消した真顔を向けて。

 

 

「例えばだ、ここで私が謝れと言ったら――人間の平和のために、私たちと戦った人々を切り捨てた一部の退治屋たちを、また切り捨てて、侮辱して謝れと言ったら……アンタ、どうする?」

 

「……それで、平和が得られるなら」

 

「そうかい……やっぱりお互い、好きにはなれそうもないね」

 

 

 強きを尊ぶ鬼は、諦めにも似た色を滲ませた苦笑を浮かべ、弱きを守る退治屋は、内心が看破されたバツの悪さを目の色に少し混ぜただけの真顔で――一瞥、視線を合わせた後――それを切り離した。

 

 そして、障子の閉まる音を境に、俄かにざわつき出す室内。そこには自分たちを謀り、仲間の妖怪退治屋を切り捨てて、“英雄”との誇りを賭けた決闘までも空想に堕としこんだ『一部の退治屋』に対する敵意が確かに渦巻いていた。

 

 

「……アンタの狙い通りかい? 半鬼の退治屋さんよ」

 

 

 勇儀のつぶやきは誰も拾うことなく、燻ぶる雑音の中に落ちていき、沈んでいく――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 直後――料亭玄関

 

 

 

「――……今、なんと言いました、凛鹿様?」

 

「彼から連絡があった……他に対処するべき問題ができた、決闘には行けそうもない。君では鬼には勝てない……“落書き”を倒したら、無駄だから、そのまま地上に帰還しろ……と」

 

 

 されど燻ぶる感情の火種、そこに吹き込まんとする風は、目前まで迫っていて――

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