長さがバラバラになってしまうとしても、章は分けたほうがいいのでしょうかね?
紅魔館・正門
紅美鈴は紅魔館の門番である。
勤務態度はともかくとして……能力は優秀であると言って問題ない。
今まで何度も侵入者を撃退し、時には倒されてきた彼女だが、今回は対処に困っていた。
「――といういきさつがございまして。
どうせなら、ということで紅魔館の皆様への挨拶がわりの品々をご用意させて頂いたのですが……。
――ああ、これはこれは――ええ、勿論、好きに手に取って頂いて構いませんよ」
この監視役だとかチュウザイブカンのようなものだとか名乗った少年を中心に、妖精メイド達がきゃあきゃあと騒いでいる。
幽霊と馬――どこか朧げな感じがする大きな漆黒の馬――を連れた少年は自分に一礼し、難しい言葉を並べ立てて何か話し出していた。
が、それがどういう意味か美鈴が理解し把握する前に、馬の背に幾つも乗せられた木箱の内、一つがずり落ちて地面に落ち、盛大に音を立てた。
それを聞きつけた妖精メイドたちが続々と出てきて……この騒ぎの出来上がりである。
一生懸命適切な対応や言葉を思い浮かべている間に、少年は騒ぎを聞きつけた屋敷の妖精メイド達に対応している。
少年に促されるまま、物珍しい玩具を手に取り遊びだす妖精たちを、門番は止めるべきだったのだろう。
しかし、どうにもタイミングを逸した――気を取り直し今からでも何か言おうとするが、少年が機先を制して言葉を向けてくる。
「お騒がせしまって申し訳ありません。
ご多忙でしょうし、品物だけお渡しして……とも考えていたのですが……。
一言、お詫び申し上げたよいでしょうか……俺たちが悪いのだと。
門番殿の名誉の問題もありますし――」
――この騒ぎの責任を取らされて、怒られるかもしれない。
そう心の中で微かに恐れた瞬間に、付け入るように差し伸べられた言葉。
頷いて取り次ぎに行く彼女を微笑み見送るスーツ姿の監視役を、幽霊の従者は詐欺師でも見るような目で見ていた。
それは今朝の出発の時のこと。
――じゃあ、貴方はこの馬の手綱を引いてください――
地面から、まるで水面を跳ねる魚のごとく、馬具を備えた馬が飛び出したのにも驚いたが……。
その馬の背に色々と積みながら彼が言った言葉にはもっと驚いた。
――紅魔館についたら、タイミングを見てこのティーセット入れた箱は馬の背から落としますから、キャッチしたりしないでくださいね――
――聞きつけて妖精が出てくれれば騒ぎを起こせます、そこから謝りに行くという流れが作れます――
――相手が騒ぎの経緯を知りたがってくれれば、面会できる可能性は上がりますから――
同じ現代日本の価値観を持つ優しい少年としか見ていなかった相手がスラスラとそんな事を言いだしたのだ。
そして、紅魔館につくや、よくもまあぬけぬけとと思うほどの対処ぶり。
妖精という種族の気質を知っているのか、機を伺い、音を起こし、出てきた妖精に上手く対応する振りをしてその好奇心を煽り、騒ぎを大きくしている。
それは自分のための筈だけど、ため息をつくのは止められなかった。
紅魔館・応接間
俺は妖怪との交渉に赴くときはスーツを着ている。
これは『俺は人間流で対応しますよ』という軽い宣言のようなものだ。
が、これはともすれば、妖怪側に『私は妖怪流で対応しますよ』と言われても文句が言えなくなってしまう可能性がある。
――さて、ここで疑問である。
吸血鬼の住まいを訪ねて紅い飲み物を出された時、素直にそれを飲める人物はどれ程いるのだろうか?
「さ、遠慮せずどうぞ――飲まないの?」
「あ、いや、その――」
ニヤニヤとどこか嗜虐的な笑みを浮かべた紅魔館当主殿に、俺はすぐに応えることができなかった。
ただ色がすごく紅いだけならば良い。
俺は詳しくないが、きっと恐らくそんな紅茶もあるのだろう。
だが、鉄の様な匂いがするとどうだ。
いやそれだけならばまだ、あるいは淹れる過程でどこかに使った金属器――そんなものはなかったような気もしたが――から匂いが移る事くらいあるかもしれない。
しかし、その鉄の匂いが当たり前のように違和感なく紅茶の香りに混ざっている場合、
つまり明らかに『それ』を余計なモノとせず、加えた上で完成と言える香りをしている場合、これはもう……確定だ。
不幸中の幸いにも俺の隣に控えるように立っている外来人さんの方にはこれは出されていない。
座らずに控えておいて、と言っておいたことがこういう形で当たるとは思わなかった。
恐らく座っていれば目の前には俺と同じように“紅茶”が置かれていたはずで、彼は気づかず飲んでしまっただろう。
……俺達は今、“謝罪”という名目でここにいる。
であれば、“もてなし”を拒否するのはどうにも筋が通らない話なのである。
正直に言えば、何かしら仕返しの嫌がらせを受けるという事態は予想していた。
例えば、自分を謀る茶番の真意に気づいたとして、可能なら逆手に取るなどしてギャフンと言わせたくなるのは人妖共通の傾向である。
門前でただ会ってくださいお願いします、と言い続けるよりは、内部に招かれる可能性は高い訳で、俺はそれを分かった上でそうしていた訳で……。
行くしかない……アレだ、誰かが毒蛇にでも噛まれて、傷から毒を吸い出さなきゃならなくなったと仮定しよう。
うん、それなら口に含むのも気にならない、であれば自然な流れでゴクンといくのも、うん、気にならない、きっと気にならない。
「――勿論、ありがたくいただきます」
自然な笑みで返せたかは自信がない。
俺の手がゆっくりとカップとソーサーを持ち上げ――
「そこまでで結構よ……誠意があるかは兎も角、筋は通すのね。
中々面白い様が見れたし、追求はやめましょう……咲夜、来客用のを出してあげて」
――当主殿の言葉で、またゆっくりとおろしていった。
流石にため息を付くわけにはいかないので、ゆっくり静かに、息を漏らす。
後ろの戸惑う外来人さんの姿が幻視できるが、今はそちらに気を遣う余裕はない。
俺の紅茶を淹れ直すメイドさん――人間だった――が馬鹿にするような目で俺の後ろの彼を見ていたような気がするが、まあ、耐えてください。
「ようこそ監視役、スキマ妖怪は例外として、真っ先にこの紅魔館に挨拶に来た賢明さは評価しよう!
私はこの紅魔館の当主にしてツェペシュの末裔、レミリア・スカーレットである!」
「――光栄です」
ものすごく上機嫌で自己紹介された。
ファンシー、と称するべきだろうか、そんな服装に身を包み、幼いと言って問題ない容姿で胸を張る彼女の仕草はなんとも愛らしく――俺が退治屋でないか、彼女が人喰い妖怪でなければ――微笑ましさを覚えるものだった。
……もう少し、気難しそうにした方が威厳は出そうだ。
“こういう感じ”の人喰い妖怪だからこそ、帯びる恐さもあるわけだが。
しかし、また大きく出たな……“自称”する吸血鬼は絶えないが、確認されている範囲ではもう血筋は絶えている筈だぞ。
まあ、実際、名乗るだけでも結構な『
だが、妙なのはその呼称だ。
ツェペシュとは彼の敵国の付けた異名が、二つ名――当時のルーマニア人は名前と二つ名を個人につけていた――として定着したものであり、場合によっては蔑称としての意味合いも持つ呼び方である。
本人は基本的に“
「しかし……ツェペシュとは串刺し公の意。
もしそれがヴラド3世……ヴラディスラウス・ドラクリヤ、その人の事を言っているならば、その呼び方を使われるのは珍しいですね?」
そう言った瞬間、彼女の顔から笑顔が消えた。
ピシリ、と空気にヒビが入るような音を聞いたような気がする。
そして、重く、張り詰めた沈黙が流れる。
時間にすれば2、3秒程度、しかしその何十倍にも感じられる静寂の後、彼女は再び笑みを浮かべて応えた。
――ああ、だが、これは……。
「人間からすれば、そうかもしれないわね。
余計なお世話と言いたい所だけど。
本当の所、貴方のその指摘は好ましいものよ……忘れずに留めている、畏怖している証明だもの」
実際のところ、雰囲気が変わったと感じたのは俺と彼女だけだったのだろう。
彼女は少し考えるように表情を変え、俺はその答えを待って黙っていた――この場のもう二人はそれくらいにしか思っていないはずだ。
今、吸血鬼が何に思いを馳せたのか、それは彼女自身と――恐怖を共有した俺にしか分かっていないのだから。
それから適当に会話を合わせつつ、俺は共有した恐怖と自分の知識を照らし合わせ、その把握に努めてた。
くっそ、そういうことかよ。
……このままじゃ彼や妹君がどうしようと駄目だ、何も進展しない。
こんな大きな恐怖をよく隠していたものだ。
やはり事前情報なんてアテにならなかったな。
“妹側になんらかの問題があるのが原因と考えられる”だなんて。
……そうじゃない、少なくとも、それだけじゃない。
――姉の方が、よっぽど問題ではないのか。
――しばらく歓談は続いていた。
レミリア・スカーレットは今は比較的上機嫌であった。
のっけから、不意を突かれるように嫌な質問をされたが、結局はそれだけ。
最新の外の世界の妖怪、吸血鬼についての知識もあり、適度に自分を持ち上げてくれる彼の話はつまらなくはない、持参していた贈り物の内容も気が利いていた。
気を良くした彼女は少し意地悪な質問をしてみる事にした。
「――じゃあ、聞いてみようかしら?
もし私があの事件に加担していたら、貴方達に勝ち目はあった?」
レミリアとしては彼の口から「難しい」あるいは「無理だった」という答えが返ってくるのを期待していた。
――だが。
「ええ、問題なく。
停戦の時期にも条件の内容にも影響はでなかったでしょう」
即答だった。
監視役は目を閉じて紅茶を飲みながら、なんでもないようにそう応えた。
「……ほう」
吸血鬼のただ一言にも満たぬ呟きとともに、今度は誰でも分かるくらいにハッキリと、場の空気が塗り替わる。
この吸血鬼こそが、この場の絶対強者であると、誰もが認識できるほどその凄みは卓越していた。
メイド長は厳かとも言える静けさでその傍に控え、退治屋の背後の幽霊は雰囲気に押されて一歩退いていた。
退治屋は――特に何も変わらなかった。
別にそれに機嫌を損ねる程の小物でもない。
レミリアはむしろ面白そうな様子で問いを重ねた。
「大した自信ね、それだけ自分達の能力は優れていると?」
「いえ、理由は当主殿にあります――」
カップとソーサ―を静かに置き、彼は小さくと呟いた。
「――ヴラド串刺し公とラドゥ美男公」
「ッ!?」
それは父と長兄に見捨てられ、少年時代を共に人質として過ごし、そして――最後は殺しあった兄弟の名前。
「『所謂』を継ぐ、ということは力と同時に弱点も継ぐということ。
いや……ここでは“運命”と言い換えた方がよろしいでしょうか?」
明らかな動揺――揺らいだ凄みに、戸惑いを見せるそれぞれの従者にも、ピンと翼を立たせたレミリアの様子にも構わず、監視役は言葉をつづける。
「恐らく、当主殿のお悩みについて、俺には有用な申し出ができると思います。
……どうでしょう、お互い、人払いをしませんか?」
言いながら、監視役はレミリアに向き直る。
不気味なまでに無表情に近い表情、その癖、瞳だけはいやに目を引く。
確固たる意思などではない、揺るがぬ信念などでもない――覗き込むものを巻き込まんばかりの恐慌が、そこに宿っていた。