誰がために人は恐るるか   作:鹿助

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5.血の運命

 吸血鬼ハンター、というのは退治屋の中でも比較的独自性の強い分類である。

 日光、流水など吸血鬼には弱点が多いのは確かだが、意外にもこれを駆使した人間に討たれる吸血鬼は希と言われている。

 

 人間と吸血鬼のハーフである半吸血鬼(ダンピール)、その生まれ方と力から“白の吸血鬼”とも呼ばれるクルースニクという種族、そして気まぐれや権力闘争、あるいは“吸血鬼の血の味に目覚めた”等の理由から吸血鬼を狩る吸血鬼……。

 実際に吸血鬼と吸血鬼ハンターの戦いで主役を張っていたのはそれらであったと、“恐怖代行”は師から聞いたことがあった。

 主役だから報われたとか、脇役だから被害は少なかったとか、そういうことはなかったのだろうとも、同時に思ったが。

 

 それらは全て、吸血鬼に由来する『所謂(いわれ)』を備えた存在だ。

 もしかしたら、それはただ吸血鬼の優れた力が故のことでなく、吸血鬼という種族が生まれ持った運命が故のことなのかもしれない。

 

 

 

 紅魔館・名もない一室

 

 

 

「……」

 

「……」

 

 

 ――気まずい、幽霊は所感はそれに尽きた。

 人払いされたそれぞれの従者がこの部屋に控えることになったのが、もうどれだけ前の話か。

 吸血鬼の威圧感から逃げられたのは正直助かったし、味方の筈の退治屋の雰囲気もなんだか不気味だったし、あの場から離れられたのはよい。

 

 だが、今の状況もなかなかに堪えるものである。

 女性と二人きりだし、乱暴に言い切ってしまえば、殺した側と殺された側でもある一体何を喋ればよいと言うのか。

 

 実のところ、、紅魔館がメイド長、十六夜 咲夜にはその事について意識するつもりはなかった。

 仮にも“従者”――彼女にとってはそれなりに重みを持つ肩書き――という名目で付いてきたのだから、あくまでそう扱う、客人の従者として最低限の礼は尽くすが、従者らしからぬと思えば侮蔑も抱く。

 そんな彼女は良くも悪くも、仕事人間であるのだろう……そんなこと、幽霊は知る由もないが

 

 

 

「あ、あの――」

 

「申し訳ありませんが、仕事に戻ってもよろしいでしょうか?

 急な来客だったもので、まだ掃除が終わっていませんので」

 

「は、はい、勿論です」

 

 

 半ば反射的に出てきた返事。

 部屋を出て行くメイドを見送ろうとそちらをみやって――

 

 

「――きゃ!?」

「――は!?」

 

 

 ドアの向こうを――館の中を――漆黒の兵装に身を包んだ騎士が馬を駆って通り過ぎていくのを目にした。 

 

 

 

 

 

 数分前、紅魔館・応接間

 

 

「人づて――否、人外づてに聞いた話ではありますが、二人は大変仲の良い兄弟だったようです。

 二人纏めて大国に人質に出され、その後、父と長兄に見捨てられた。

 互いに互いにしか信じられる者は居なかったかもしれません。

 しかし、やがてヴラド3世は国主となった時『当主』である事を選び――かつての父と兄と同じように、弟のラドゥ美男公を見捨てた。

 政治家でない俺には断言はできませんが、それは恐らく、その国の自立と彼が当主である事の為にきっと避けられぬ事だったのでしょう。

 幸いと言うべきか否か、大国はヴラド3世の裏切りを受けても、ラドゥ美男公を殺そうとはしなかった。

 大国はラドゥ美男公をヴラド3世の国の正当な後継者として押し立て、兄弟間での争いを起させたのですから。

 貴殿がこの物語を誰かから聞いたのか、あるいは間近で見ていたのかは知りませんが、知っていたのは間違いなさそうですね。

 ……成程、貴殿は確かに当主としてのヴラド・ツェペシュは尊敬しているのかもしれない、だが、兄弟の兄としてはそうではないのでしょう。

 そして同時に恐れている……自分が『当主』である事を選んだ限り、同じ様な物語を辿る事も有り得るのではないかと」

 

「……心でも読めるの?」

 

「臆病者ですから、他人が何に怯えているかにも敏感なだけです」

 

 

 滅茶苦茶な言い分だが、無表情な顔で浮いた存在感を放つ怯えた瞳が、その言葉に説得力を持たせている。

 

 

「私を謀った……そう思っていいのかしら?」

 

「結果的にそうなったのは謝罪いたします。

 俺とて当主殿がそのような恐怖を抱かれているとはしらなかった。

 あの質問に対する答弁のおり、貴殿が心を乱さなければ恐怖を共有することもなかったでしょう」

 

 

 静かに頭を下げる退治屋の様子にレミリアをため息をつき、疲れたような動きで紅茶を飲む。

 ――下手に誤魔化すのも、最早面倒か。

 

 監視役の先の言の通り、『所謂』を継ぐ、ということは力と同時に弱点も継ぐということ。

 ツェペシュの末裔として畏怖を得たならば、その運命を背負ったとしてもおかしくはない。

 

 

「――末裔を名乗ったことを後悔しているわけではないわ。

 その力によって守れたものも得られたものもあるのだから。

 ただ、認識が甘かったと言われれば否定できない。

 “妹に追い落とされる”という運命を回避するのに、ここまで苦労するとは思わなかった」

 

 

 その秒速キロメートル単位の機動力と馬鹿力に隠れがちだが、吸血鬼の多くは優れた魔法使いである。

 こと“運命”への干渉について、レミリアは――館の中の友人を含めた――他の魔法使いに優越していた。

 故に自信があった。

 デメリット――都合の悪い宿命など、どうとでもできると。

 だが、実際にはその運命の回避に常に魔法の力のほとんどを費やし、さらに妹をほぼ年中館の中に拘束し、ようやく押さえ込むことができただけだった。

 

 神は賽を振らず、ならばそれを――運命を司るのは悪魔(ドラクル)か、されど賽の目は既に刻まれているのだ。

 

 

「――で? 貴方の提案とは何かしら?」

 

 

 下手な事を言えば殺す。

 言外にそんな意味が含まれていたのは言わずもがな。

 如何な思案があったのか、それとも覚悟を決めたのか、小さく息をついて間を置いた退治屋はこう切り出す。

 

 

「ちょっとした儀式魔法ですよ。

 俺が当主殿のその運命への恐怖に形を与え、これを討ち果たします。

 “擬似的に運命を倒す”ことでその力を削ぐことができるはずです。

 ……あ、倒すのは俺がやりますから、お手を煩わせはしませんよ。

 というより、俺しか接触できない形でしか具現化できませんので」

 

「……妙な(わざ)を使うのね、監視役。

 で、見返りは何? あの哀れな幽霊に謝罪しろとでもいうのかしら」

 

「おや、流石に気づかれていましたか。

 しかし、そうではありませんよ、俺が求めるのは――」

 

 

 

 

 

「――貴方、坊主か何かなの? 死人の些細な未練のためにそこまで」

 

「違いますよ、ただの退治屋で……今はそこに墓守が加わってるだけです。

 ただ、未練が些細か否かを決めるのは彼です……俺でも貴殿でもない」

 

 

 呆れたような表情のレミリアに監視役はハッキリと反論した。

 そろそろご機嫌伺いがどうってレベルの交渉でもないということだろう、その猫かぶりも大分剥がれてきている。

 

 

「……それで構わないわ。

 で、恐怖に形を与えるっていうのはどうやるの?」

 

「もうやってますよ、ほら――後ろ」

 

 

 レミリアが驚いて立ち上がったご立派な椅子の背もたれの向こう側――そこには黒い霧のようなものが蠢き、何かしらの形を成そうとしている。

 

 

「流石に所有者である貴殿には見えますか。

 厳密に言うと、貴殿の恐怖が俺に『気づいてるならなんとかしろよ』って脅しに来るのを、あ――」

 

 

 監視役の言葉はそこで途絶える。

 未だ不定形であった黒い霧が、不意に襲いかかって来たからだ。

 

 

 座っていた椅子ごと張り倒し、地に押し付けながら、それは心に直接、恐ろしさで以て訴えてかける。

 『彼女を守れ、我が原因を取り除け』――数百年間の間、ただその主の心に負担をかけるだけだった恐怖は“恐怖代行”の力に触発されるや、この好奇を逃すかと本意のままに乱暴かつ稚拙なSOSを上げる。

 今は眠りの淵にある聖人にとって人の欲が“声”であるように、“恐怖代行”にとって恐怖とは“悲鳴”のようなものである。

 意味や背景を読み取るのも困難な程に、がなり立てる救難信号――それは、臆病者を妖怪退治屋にまで追い立てた要因。

 

 

「ちょ、ちょっと貴方――」

 

「わめくな、聞こえてる――あ、当主殿に言ったのではありませんよ」

 

 

 駆け寄りかけたレミリアを霧の中から伸びてきた腕が手の平を――厳密に言えば全身甲冑の手の平の部分――見せて制す。

 その漆黒の西洋甲冑に包まれた腕でそのまま霧の中心をを鷲掴み、引き剥がしながら、監視役は立ち上がる。

 

 いつの間に身につけたのか、黒いプレートアーマーと外套を身に纏った姿で、監視役はレミリアに向き直った。

 

 

「すいません、流石に数百年物はかなり強いみたいで――」

 

 

 中心を鷲掴みされている黒い霧だが、細部は未だ自由に蠢き、監視役の甲冑を絡みつき、締め付ける――手甲からピシリと嫌な音がした。

 

 

「さて、思ったより余裕もなさそうなので、俺は失礼させて頂きます。

 ここでやり合うと調度品など、かなり破壊してしまいそうですし」

 

 

 言いながらヘルム越しの視線をドアに向ける――と、ドアはまるでその前に立ちはだかることを恐れたように一人でに開け放たれた。

 

 

「それでは、彼のことはお願いしますよ」

 

 

 待ちなさい、とレミリアが声をかける間もなく、監視役は霧を抱えたまま廊下へ飛び出る。

 彼女が追うように廊下に出てみれば、そのまま屋内にも関わらず、床から現出した騎馬に跨り、廊下を走るどころか疾駆していってしまうところだった。

 ……一応、床からちょっと上の“空”を駆けているため、蹄型の跡が付いたりすることはなかったが。

 

 

 

「――お嬢様! アレは一体――」

 

 

 騎士が手近な窓から飛び出した――騎馬は手前で霧散したかと思えば、窓の外でまた形を成し、騎士を乗せて宙を駆けていった――のと、咲夜が傍の部屋から飛び出してきたのはほとんど同時だった。

 その後ろには何がなんだか分からないという表情をした幽霊がいる。

 

 むしろ、詳細な説明が欲しいのはこちらであるというのに――レミリアは深くため息をつくと、咲夜を片手で制して、その後ろの幽霊へと向き直る。

 

 

「――監視役との約束通り、貴方の願いを聞きましょう」

 

「は? あ、え、いきなり――じゃあ、やっぱり今のは監視役君で……な、何か言ってませんでしたか?」

 

「……当たって砕けろ、だそうよ。

 まあ、焦らなくてもいいわ、あちらが契約を果たすまで少し時間が掛かりそうだったし。

 ――咲夜、紅茶、淹れ直してくれるかしら?」

 

「……かしこまりました」

 

 

 場の流れ故か、掃除に戻るタイミングを逸した為か、ほんの少しばかり不機嫌そうな咲夜の声色に気づくほどの余裕はなかったのか、レミリアは振り返りもせずに部屋に戻っていく。

 当然、おずおずと続く幽霊の表情が、困惑から決意を窺わせるものに変わったことにも当然、気づくことはなく――

 

 

 

 

 

 

 訪ねることのできる存在も限られる八雲邸。

 そこに珍しい客人が――否、客獣が訪れていた。

 

 

「――さて、こうして接触するのも幾年振りかな、八雲殿」

 

「そうね、できればそんな低級妖獣に人格をコピーアンドペーストした式神じゃなくて本人に会いたかったけど」

 

 

 八雲紫の視線の先で座布団に鎮座しているのはボサボサの毛並みを持った犬に近い幼獣――あえてその姿を一言で表すなら“垂れ犬”とでも言うべきか――“すねこすり”である。

 その姿かたちに似合わない高揚な仕草と声の調子が、猛烈な違和感をもたらしている。

 

 

「はは、手厳しい……すまないな、レディを無駄に怖がらせる趣味は無いし、それにどうだい、中々愛らしいじゃないか」

 

 

 どの口ほざく――“恐怖の大王”の素性を知る者なら誰もが思い至る思考は流石に口に出さずも、胡散臭そうな視線を向けてくる八雲紫を気にせず、すねこすりは言葉を続ける。

 

 

「今回はちょっとお願いにきただけさ……霧の湖に行ってそれとバレないように我が弟子を助けてやってくれないか?」

 

「……吸血鬼と恐怖代行が喧嘩でもするのかしら?」

 

「いやいや、我が弟子は生真面目だがな、突き抜けて生真面目だ……馬鹿に逃げられる程、器用ではない。

 彼は『所謂(いわれ)封じ』の亜流を実施するつもりのようでね、儀式戦闘が終わったあとにちょっと術式を改良してくれれば良い。

 ――ほら、これが術式に関する資料だ」

 

 

 悪い事態を想像して目つきが険しくなった八雲紫だが、それはすぐに否定される。

 が、セロテープで体に貼り付けていたUSBメモリを差し出すその行為もまた、八雲紫を驚かせるものだった。

 

 『所謂封じ』と言えば、幻想郷に初期の構想――いずれ始まる人妖の最終戦争からのノアの方舟――を捨てさせた、“恐怖の大王”の功績の一つである。

 人口は膨れ上がり、情報は相互に繋がれ、あまねく土地と時代の偉業や伝説が世界中から認知される時代。

 本来であればその世界には一種の“魔法”が氾濫する筈であった。

 偉業というのは人に認知されると『所謂』を持つ、かつて紅魔館の魔法使いが宇宙船を作り上げて見せたように、擬似的な“記号”を揃えれば魔法による“再現”が可能になってしまう。

 凡人が努力と知識のみで英雄の力を再現し、一大プロジェクトの成果を量産する――そこまでいかずとも、再現対象が増えてゆけば、たまたま“記号”が揃い、魔法が発動する事件が発生することは免れない。

 

 それは人々に幻想を忘れさせる上で致命的な不都合である、故に彼はそういった偉業が持つ『所謂』の力を削ぐ術を完成させた。

 都合の悪い『所謂』そのもの、あるいはその一部を弱める手段――様々な制限はあるが、式の天才である八雲紫の手に渡れば、改良も見込めるだろう、発想でこそ“恐怖の大王”が優れど、式の実力について彼女以上の存在はいないのだから。

 だが――

 

 

「勿論、この後貴殿がその術式をどう使おうが自由さ。

 私は人々の“否定”の念、我が弟子は“恐怖”を用いているが……もし幻想郷でやりたいなら“歴史”あたりを使うのかな?」

 

「……一体、何が狙いなのかしら?」

 

 

 多少どころではない問題があるが、“恐怖の大王”は人の味方である筈だ。

 それが何故、妖怪に利するような行為をするのか。

 

 

「弟子のやりたいことを手伝ってやろうと思うことがそんなにおかしいかな?

 私も貴殿にそれを言いたいけどね、我が弟子に何をさせようとしている?」

 

「あら、彼は監視役として適任だと思ったけど、貴方の意見は違うのかしら?」

 

 

 とぼけた調子――そして、それに続く沈黙。

 数瞬の後、妖怪と妖獣は笑い出す――まるで強敵との戦いを楽しむ鬼のように。

 

 

「まあ、いいじゃあないか、お互い、お互いを利用してここまできたのだから」

 

「そうね……でも、式神の使い捨ては感心しないわよ。

 今度からは別の手段を用いなさい」

 

「忠告痛みいるが、すまないね……“私”にはそれを私に伝える手段がない。

 ……今度会ったときにでも伝えてやってくれ」

 

 

 妖獣が――それに憑いた式神が――そう言うや、バチッ、という何かが弾けるような音が響く。

 高性能な式神(ソフト)が、それに不釣り合いな妖獣(ハード)に過度の負担をかける前に、働かせた安全装置によって“自壊”したのだ。

 

 急にキョトンとしてあたりを見渡すただの妖獣の様子に八雲紫は苦笑しながら声をかける。

 

 

「――貴方もいらっしゃい、師匠の不始末は弟子に埋め合わせさせましょう」

 

 

 その言葉を理解したのか、そうでないのか、“すねこすり”の本来の本能のままに足元にすりよってくるそれを抱きかかえ、USBメモリを拾った彼女はそのままスキマに消えていく。

 

 

「今度だなんて、そろそろ――過ぎてしまうわよ」

 

 

 誰も拾わない、つぶやきを残して――

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