誰がために人は恐るるか   作:鹿助

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7.立場と想い

 自室で思案にふけるレミリア・スカーレットは不機嫌の極みにあった。

 つい先程までは上機嫌だった筈なのに――

 

 

――迷惑かけられたら、貴方はフランちゃんを嫌いになりますか?――

 

 

 そう問われた瞬間、頭に血が上った。

 まるで、今の自分に対しての――妹に追い落とされる運命を回避するために、妹を軟禁し、監視下に置いている事に対しての――非難のように聞こえたのだ。

 勿論、レミリアに妹に対する敵意はない、あくまで紅魔館の全体――当然、そこにはフランドールも含まれる――の幸福を考えて、その上での結論と行動だ。

 それでも、後ろめたさを感じないわけではない。

 それを刺激されたのだ――冷静になって考えてみれば、監視役がそのことに気づいてから、あの幽霊がそんなことを伝える暇はなく、そんな意図を持った質問の訳はなかったのだが。

 

 

――分かりきったことでもちゃんと口にしてあげください――

 

 

 『貴方を軟禁して自由を奪ってるけど、それは貴方の為だから許してね』だとか『貴方を愛している』だとか、そんな都合の良い事をほざけというのか。

 ふと、レミリアは思い至る。

 如何な業によるものかは知らぬが、監視役によって妹を閉じ込めている理由は除かれたが――なんといって妹に外出を許可すべきか。

 親友とともに解決法を探していた昨日までは、解決の暁には妹に全てを話すつもりでいた――過去の決断と“運命”について、説明するつもりだった。

 だが、今はそれに躊躇いを、そして恐れを感じている。

 自分が地位を追われるのを恐れるがための行動だったと思われないだろうか? そう思われなかったとしても勝手にツェぺシュの末裔を名乗ってその宿命を負い、結果として妹に不自由を課したのは事実である、それを恨まれはしないだろうか?

 端的に言えば――嫌われないかどうか、心配だったのだ。

 

 

 その思考に割り込んできたのはノックの音――

 

 

「咲夜? 今日は一人にしてって言った――」

 

「ううん、お姉様……私」

 

「フラン!? ――い、いいわ、入りなさい、丁度話があるから」

 

 

 ドアの向こう側から聞こえてくるのは妹の声である。

 内心の動揺を隠し――きれてはいなかったが――応えるレミリアに、フランドールは遠慮がちにドアを開け、入室する。

 

 

「……」

 

「……」

 

 

 向かい合い、流れる沈黙……なんと切り出すべきか迷うレミリアに、それを不思議そうな表情で見つめるフランドール。

 

 

「お姉様?」

 

「……先にそっちの要件を聞くわ、どうしたの?」

 

 

 レミリアの口から出てきたのは、場をつくろうような言葉――なんと情けない、心中で思わず自分を罵倒する。

 何分急なことで言葉がまとまらないというのもある、どうするべきか……いっそ、一度館の皆に相談してから――

 

 

「――お姉様、私ね、お姉様が好き」

 

「……え?」

 

 

 ――いきなり何を、そう思うレミリアの思考を置き去りに、フランドールは決意に満ちた表情で言葉を続ける。

 

 

「なんで私を閉じ込めてるのか知らないけど、どんな理由だったとしてもお姉様を嫌いにならない。

 もし私には理解もできない難しい理由でも、お姉様の我が儘でも、私を馬鹿にした様な理由でも、私はお姉さまを嫌いにならない――」

 

 

 真っ直ぐにレミリアに向けられる、視線とその言葉。

 フランドールが幽霊との会話で、気づいたのは自分が“分かりきったことを口出して伝えてもらう”ことを望んでいたこと。

 そして思った――もしかしたら、お姉様も同じなんじゃないだろうか?

 

 

「え、えと……だからね、なんで私が外に出ちゃいけないのか、教えて欲しい……んだけど……」

 

 

 急に尻すぼみにトーンダウンする調子。

 再び流れる沈黙……違うのは両者の表情――ポカンとした表情のレミリアと、うつむきながらも上目遣いでそれを伺うフランドール。

 

 沈黙に耐えかねてフランドールが「変なことをいってごめんなさい」と言いかけるのと、レミリアが大声で笑い始めたのは、ほとんど同時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無縁塚・監視役の庵

 

 

 

 “彼”の未練を果たしに紅魔館に赴いた翌日。

 午後三時のおやつ時少し前、俺は上機嫌でちゃぶ台の前に座っていた。

 その上には科学・術式混合技術からなる発電機に繋がれたホットプレートが乗せられている。

 

 

「ちょっと待ってろよ“ハタ”……よかったなぁ、すねこすりは人と同じものが食えて」

 

 

 定期的にこの庵には外の世界から補給物資が届くわけだが、今朝届いた分の中にホットケーキの素とメープルシロップ、そしてバターが含まれていたのだ。

 ちなみに、ホットケーキは俺の好物の一つである……綿飴ほどではないがな。

 ハタというのは俺が八雲紫に押し付けられたあのすねこすりにつけた名前である。

 すねこすりは何かの“傍”に寄る習性があるから付けたのだが……少々安直だっただろうか。

 今日は小野塚さんは来ていない……昨日帰ってきた時は部屋が散らかって、お菓子が減っていたのだが――ちなみに、鍵はかけて出かけていた――どうかしたのだろうか。

 そう考えながら、ホットケーキを焼き始める……ちょっと夕飯が食べられなくなるくらい焼いてしまってもいいだろう、栄養が偏るが、鍛錬で運動もしているし、一日くらい大丈夫な筈だ。

 

 少し甘い良い匂いがしだした頃、胡座をかいた俺の膝の上に座っていたハタが首を上げ、玄関のドアのほうにその視線を向けて鼻をヒクつかせている。

 

 

「誰かの気配がするのか? 小野塚さんか森近さんかな?」

 

 

 すねこすりという妖獣はモノの気配に極めて敏感である。俺よりも先に来客に気づいてもおかしくない。

 ……さて、喧嘩の押し売りでなければいいのだが――

 

 ――そう考えて立ち上がりかけたとき、勢いよくドアが“吹き飛ばされた”。

 

 咄嗟にハタを玄関から見て死角となる位置に――悪いとは思ったが――放り投げ、“武装”を展開しようとして――

 

 

「――お姉様、こっちから良い匂いがするわ!――ねえ、ケーキ作ってるの?」

 

 

 飛び込んできた可愛らしい声と容姿の少女に、毒気を抜かれた。

 金髪で、背によく分からないカラフルな翼――なのか?――を持った少女……いや待て、この特徴は――

 

 

「――ふむ、殊勝な心がけね、監視役……丁度小腹が空いていたの。

 フラン、こういう家では靴を脱ぐの……後、傘を放り投げるのもやめなさい」

 

 

 そして、その後ろから不遜な態度で見た事のある顔が続いてきた。

 あ~、彼、あの後なんかマズったのかなぁ……彼の恐怖が消えたから安心して帰ってしまったが、俺が責任を取らされるような無礼とか、してる可能性もあるよなぁ。

 

 

「……分かりました、食べながらでいいですから、これは一体どういう事か聞いてもよろしいですよね、当主殿。

 あと妹君、ドアは壊すものではなく開けるものです」

 

「それくらい知ってるわよ、ウチのドアと比べて脆すぎるから、壊れちゃったの。

 でも、こんなボロっちい家もあるって事は勉強になったわ、これからはちゃんと手加減するから」

 

 

 ……自分で指摘しといてなんではあるが、ほっといて欲しい。

 ――悪意なき表情の妹君、ニヤついた当主殿、恨めしげに家具の影から這い出てきたハタ、それぞれの視線を受けて、俺はホットケーキを焼く作業に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――では、彼は満足して逝ったわけですか……安心しました。

 わざわざお伝え頂き、ありがとうございます」

 

 

 ドアを応急修理して、三人と一匹分のホットケーキを焼いて食べ終えたのが少し前。

 さっさと食べ終わった妹君――「血を入れたら美味しいかも」という貴重なご意見をくれた――は「やりたいことがある」と言って外に出て行ってしまい、それを窓越しに見守る当主殿と一対一で説明を受けていた。

 

 そうか、彼は満足して成仏したか――それ自体は嬉しいのだが、俺の心中は複雑だった。

 外の世界で傷つき、追いつめられた彼を救ったのはここ、幻想郷の人喰い妖怪。

 例えそれが、ほんの一例だとしても――

 

 

「礼はいい、むしろ借りができたと思ってるくらいよ」

 

「それは大変ですね、もう返せないでしょうし……まあ、俺には関係ありませんが」

 

 

 あくまで俺は彼の恐怖を代行し、その未練を果たしただけだ。

 だから、俺に感謝なんてしないでくれ……どんな表情をしたら良いかわからなくなる――少なくとも、笑えばいいってもんじゃない。

 そんな考えが表情に出ていたのだろうか――

 

 

「……難儀ね、退治屋」

 

 

 ほっとけ、吸血鬼。

 俺の膝の上で寛ぐハタまで何かに気づいたように見上げてくる――ポーカーフェイスの訓練、やり直すかなぁ。

 

 

「……時に当主殿、俺は『恐がらなくてもいい』と言われるのが嫌いです。

 臆病者は別に恐がりたくて恐がってる訳ではありませんし、そう言われると恐がっちゃいけないと言われた気がして逆に気が張ってしまうだけですから。

 むしろ『恐がりながらでもいい』と言われた時の方が安心できましたし、そのお陰で得られた大切な友人もいます。

 だから言いますが――」

 

 

 ま、この際、俺の気持ちは脇に置いておくべきだろう、彼の望みはまた別の問題なんだから。

 

 

「貴殿はもう、あの“運命”について恐がらなくてもいい。

 幻想郷という環境の所為かわかりませんが、儀式は大成功しました。

 急に上手く行き過ぎて恐いのも分かりますが、その心配は不要だと思いますよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――なんともまあ、不器用なものだ。

 思わず吹き出してしまった自分に対して、ムスっとした表情を一瞬だけ浮かべた監視役に、レミリアはそう思わずにはいられなかった。

 本当は親友に知識交流のために彼を連れて来てくれという頼みも受けてきているのだが、確約していない以上、それを切り出すのは無粋に思われたし、成功の見込みもなかった。

 

 

「――当主殿、一つ聞いても宜しいですか?」

 

「何かしら? 言うだけ言ってみなさい」

 

「何故、貴殿はツェペシュの名の力を求められたのですか?」

 

「……質問の意味が分からないわね」

 

 

 そう言いながらも、レミリアの意識は記憶に焼き付いたある光景を再生する――

 

 

――ククク、また“本物の吸血鬼”が現れたか、余の名がそれに力を与えるなど……皮肉なモノだな――

 

「そもそも、ヴラド3世は人間なんですよ……結果的に汚名を被り、多大な悪名を得ただけで……。

 ――政治と戦争は結果が全てと言えばそれまでですが」

 

――やめておけよ、余の名は呪われている、弟を見捨ててまで守ると定めた国を自ら焼き、結局何一つ守れはせず――

 

「その無念は如何ばかりか――でも、もしその力で――」

 

――余の名の下に“妹を守る”? 出来るわけがない、出来るわけがないんだ、そんなこと――

 

 

「関係ない――私はその力が、私についてくる者たちを守るのに適していると判断した、それだけ……」

 

「……そうですか」

 

 

 ハッキリと、迷いなく答えて、レミリアは窓から視線を移し、監視役の顔を見やる。

 今度は真っ直ぐ見つめ返してくるその心中を、推し量ることは叶わなかった。

 

 

「――そろそろ行くわ、ご馳走様」

 

「お粗末さまです」

 

 

 

 ――一応の礼儀のつもりだろうか、庵の外まで見送りに出てくる監視役に、レミリアは背を向けたまま、軽く振り向いて日傘越しに声を投げかける。

 

 

「フランの方はこれからも偶に来るつもりみたいよ、ウチからも誰かついていくだろうけど、その時はよろしく。

 ――フラン! そろそろ行くわよ、次は霧雨魔法店かしら?」

 

「あ、は~い、お姉様!」

 

 

 無縁塚の傍らにいたフランドールはすぐに反応して、レミリアに駆け寄ってくる。

 監視役からの返事は返ってこなかったが、それでもレミリアは満足していた――

 

 あんな面白いものが見れるなら、また姉妹二人でやってくるのもいいだろうか?

 

 足元に擦り寄る妖獣に目もくれず、また苦悩が透けて見えるような表情で、無縁塚の上に乗せられた彼岸花の無細工な花の輪と笑顔で手を振る妹を交互に見遣る監視役を、チラと視界に納めながらそんな風に思っていたから。




紅魔館編終了です。
何人いらっしゃるのか分かりませんが、ここまで読んでいただきありがとうございます。

歴史を交えた妄想全開の独自設定故、ちゃんと伝わったかビクビクしております。
願わくば、感想、批評などくださるととても嬉しいです。
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