誰がために人は恐るるか   作:鹿助

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8.夜来風狗

 妖怪の山・天狗の里

 

 

 

 妖怪の山の烏天狗、射命丸文は悩んでいた。

 八雲紫が妖怪の山にも事情を説明しに来た先の暴走事件と“監視役”に関する取材について、である。

 騒動に加担した人喰い妖怪のうち、彼と交戦した者は周囲に話すのも嫌だと言っているらしく、彼の存在は未だ謎に包まれている。

 

 天狗達の多くは低級妖怪に恐がられる程度の退治屋になど興味はないが、一応程度に人間や他の妖怪の読者も抱える『文々。新聞』にとってはそれなりに魅力的な題材である。

 

 しかし、何故彼女は取材に行かないのか。

 否、彼女は既に向かったのだ。

 

 先日、無縁塚の彼の庵を訪ねたのだが、彼は留守――代わりにいたのはそこらでは珍しくもない外来人の女の幽霊と低級妖獣と、何故か我が物顔で寛いでいた死神である。

 彼女らの言によると、幽霊の女がその遺体に付けていたペンダントの回収を監視役に頼み、彼はそれを探し回っているだろうとのこと。

 死んだ時の格好をしている女は“思念体”のペンダントを持っていたが、実物を身につけていないと落ち着かず、あの世にも行きたくないと言っていた。

 幽霊のその説明を聞いている最中、死神が同情を窺わせる苦笑を浮かべていたが、その対象は果たして誰なのか。

 

 仕方なしに周囲を探し回ったところ、再思の道を外れて進んだ不気味な森の中、監視役が一人の妖怪と話をしている所を発見した。

 

 

――という訳でして、彼女は三途の河を渡るに当たって、どうしてもそれを携えていたいと――

 

 

 隠れてその様子を盗み見しながら聞き耳を立てていると、状況がつかめてきた。

 どうやら、そのペンダントを拾ったらしい妖怪に、それを譲ってもらえるように交渉しているようだった。

 外の世界の品物の例を上げて、それとの交換を提案する監視役に妖怪は首を振り、“決闘”によって奪い取って見せろとのたまった。

 

 難色を示す監視役だったが、結局は折れ、それを承諾。

 決闘法の一つ“脅かし合い”で勝負を決する事になった。

 幻想郷で最も使用される決闘法はスペルカードルールに基づいた弾幕ごっこだが、これは“美しさ”を競い合う少女の遊びという面が強く、監視役も妖怪も男であるので使用されなかったようだ。

 

 “脅かし合い”といえば、殺さない程度の攻撃で威力よりもその“恐ろしさ”を競う決闘法だ。

 どうやら妖怪は仲間内で恐れられている監視役にそれで勝つことで、自分の恐ろしさを証明するつもりだったらしい。

 恐らく、彼はその考えをすぐに後悔しただろう、もっとも――

 

 

――賑やかしだか俺が事故死したら食べようとしてるんだか知りませんけど、帰った方がいいですよ――

 

 

 射命丸を含め、好奇心で集まっていた周囲の妖怪たちも、それは同じだったが。

 

 ――次の瞬間、相手の妖怪も周囲の妖怪も、そして風までも彼を恐れていることが射命丸には分かった。

 監視役、すなわち抑止力として適任とされた彼の特性は“恐ろしさ”である、“恐怖の大王”のように“挑まねばならない”とまではいかずも、とても気軽に対立できる存在ではない。

 どれだけの強者であろうと、ある程度は本気にならなければ戦うことは叶わないのだ。

 

 気軽に“人間風情”の取材に来ていた射命丸はこの不意打ちの恐怖に対し、照準のズレた写真の数枚だけを収穫に妖怪の山に逃げ帰ってしまう。

 このことは彼女のプライドをいたく傷つけ、日を改めて取材に行く決意を固めさせたのだが――

 

 

「ええい、弱気になってどうする射命丸文!」

 

 

 ……とはいえ、恐いモノは恐いのである。

 いざ向かおうとすれば足が竦んで進めない、いやどうせ飛んで行くのだが、そこは比喩表現だ。

 

 いっそ、その能力をネタに他の天狗を誘って行けば心強いか。

 しかし、できればネタは独占したい。

 

 そんな風に思考が堂々巡りを始めた時、目の前を一人の白狼天狗が歩いて行った。

 下っ端哨戒天狗・犬走椛である――時刻は既に夕刻であるからこの日の務めを終え、交代して戻って来た所だろう。

 射命丸とは知り合いではあるが、大天狗相手にはへつらっても烏天狗には表面上の敬意のしか払わない嫌な奴である――と射命丸は思っていた。

 

 だが今回の道連れには適任ではないか? 言っても、下っ端の白狼天狗、烏天狗が頭を下げて頼めば決して断りはしないだろうし、良い様に使ってやることだってできる。

 

 

「……この際、手段は選んでいられない」

 

 

 決断すれば早かった、迷いがまた生まれる暇もないくらいに。

 こうして二人の天狗は無縁塚へと飛ぶ事になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無縁塚・監視役の庵

 

 

 

 俺の目の前にあるのは、寝転がってジュースを入れたコップにさしたストローを咥え、漫画を繰りながら、偶に思い出したように傍にいる“すねこすり”の喉や頭を撫でる死神、という図である。

 ここ数日ですっかり見慣れた絵面だ……俺が疲れて寝てたり、忙しそうに報告書纏めてたりすると、こういう静かな楽しみ方である可能性が上がるあたり、一応気を使ってるつもりなのだろうか。

 

 別にそれ自体に文句も注文もないんだが、今日はちょっと言わなければならない事がある。

 

 

「小野塚さん、そんなにビクビクするならサボらなきゃいいでしょう」

 

「な、なんのことだい?」

 

 

 動揺を隠しきれない様子の小野塚さんだが、その理由は俺の言葉が唐突だっただけではあるまい。

 漫画を繰る手を止め、なんのことだから分からないといった表情――を作ろうとして失敗している引きつった笑顔で問い返してくる小野塚さんの様子に、俺はため息が漏れるのを止められなかった。

 

 

「俺がなんで“恐怖代行”なのかは説明したでしょう。

 サボって怒られるのが恐いのに、尚サボろうとするってすごいですね……割と本気で感心してますよ」

 

「サボってるんじゃない、休憩だ。

 というか、お前さんにゃ関係ないだろう」

 

 

 ふん、と鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまう。

 あ~あ、意地んなっちゃったよ。

 

 どうやら、彼女はこの前、上司の閻魔様に説教を喰らったらしい。

 ここ数日、こうしてウチで怠けていて一定の時間を過ぎると、そろそろ戻らないと叱られるという恐怖が聞こえるようになってきていた。

 

 

「……小野塚さん、俺は別に休憩の合間に仕事するようなスタイルにケチつけようってんじゃないんですよ。

 ただ、条件のことがあるとは言え、漫画をダメにしたり、ハタの分のお菓子まで食べちゃったり……ちょっと釣り合い取れてないかな~って思うときもあるんです。

 俺だって三途の河に行けますから、かなり面倒ではありますが、自分で定期的に見に行けないこともないですしね」

 

「おい、今更そんな――」

 

「だから、その埋め合わせと思って、仕事に戻ってくれませんか?

 俺も“貴方が怒られるのが恐い”んですよ……ですから、助けると思って」

 

 

 軽く頭を下げる俺に、何か反論しようと口を開いては思い直すように閉じるを繰り返す小野塚さん。

 こう言われて思い悩むか……傍若無人ではあるけど、それも俺の知ってる妖怪の平均よりはマシだし、結構いい人だよな……人外の割には。

 

 

「――分かった分かった、お前さんが仕事行けって言いだしたら行くよ。

 そのかわり、これからは自分で飯作るの面倒な時とかも邪魔しにくるからな!」

 

「了解、大したおもてなしはできませんが、それでもよければ」

 

 

 ガリガリと頭を掻きながら致し方なしと言った様子で鎌を担いで玄関から出て行く小野塚さんを見送る。

 

 やれやれと言ったところか――だが、彼女や森近さんのお陰で、俺の心理面がかなり助かっているのも事実、そこは感謝しているんだが……どう伝えたものかな、こういうのは。

 

 

 

 小野塚さんが庵を後にしてからしばらく経ち、夜と呼べる時刻になった頃――乱暴にドアをノックする音が聞こえてきた。

 ――さて、このような叩き方をする相手には心当たりがない、先日の妖怪には報復に来るほどの気概も、決闘に負けたからって逆恨みする理不尽さもなかったような気がする。

 

 

「はい、ただいま開けます」

 

 

 一応警戒しながらも、ドアを開けた向こう側に立っていたのは一人の……ああ、天狗か、外の世界で出会ったそれとは雰囲気が大分異なるので、判断に時間がかかってしまった。

 服装を見れば山伏に似たをそれらしい要素があるので、流石に気づく――一人ではなく二人か、前の白髪の少女の後ろで小さくなってる黒髪の少女が居た。

 俺が反応に困っていると白髪の少女――どうやら白狼天狗か――の方が思い出すような間を置いてから、言葉を発した。

 

 

「え~っと……清く正しい『文々。新聞』で――」

「間に合ってます」

 

 

 半ば条件反射で応え、ドアを閉めてしまった。

 

 ……ふむ、幻想郷にもいるんだな、ああいう新聞購買勧誘。

 ドアの向こう側からまだ声が聞こえてくるが、まあいいか、部屋に戻ろう。

 

 

「……だそうですが、文殿」

 

「だそうですが、じゃないですよ!

 ああいう時はすかさずフットインザドアが基本じゃないですか!」

 

「いや、知りませんよ……」

 

「ああもう、それはいいからさっさと取材の許可を取り付けてください!

 今度はお願いしますよ、もう!」

 

「……はあ、分かりました。

 そうですね、天狗がわざわざ出向いたというのにあんな態度を取る人間も気に入りませんし――」

 

 

 ――ドタンッ!という短く大きい音が小屋に響き渡った。

 

 振り返ってみれば先の白狼天狗がドアを踏み倒してそこに立っている。

 この前は“吹き飛ばされた”だけに、インパクトに欠けて見えてしまうな……直すのは面倒だがこちらに向かって蹴り飛ばされなかっただけ良しとしよう。

 

 

「――あややや、椛、あなたなんて事を……」

 

「見た所、只の人間ではないですか、ここは天狗としての威厳をですね――」

 

 

 俺としたことが、初手でミスをしたらしい。

 外の世界で出会う天狗が立派な方ばかりだったから忘れていたが……そうだった、プライドが高くて他の種族――特に人間――を見下す傾向が強いのだったな。

 さて、ここは――

 

 

「……これは失礼いたしました。

 天狗殿とは気づかず……大したおもてなしもできませんが、どうぞお上がり下さい」

 

 

 居住まいをただし、丁寧に礼を以て迎える。

 ……どうなるか、「白々しい」とか怒られたら困るんだが……。

 

 

「ふむ、最初からそうしていれば良いものを」

 

「お、お邪魔します」

 

 

 ――セーフのようだ。

 二人が上がっていくのを脇目にドアの応急処置をしながら、黒髪――烏天狗の方から聞こえる恐怖に意識を向ける。

 

 成る程、あの時か……ギャラリーが多かったから気づかなかったな。

 しかし、これだけ恐がっているのに、何故わざわざ会いに来たのか。

 ……“俺が恐い”という感覚はあまり快いものではないから、勘弁してもらいたいんだが。

 

 

 

 ――自己紹介、そして一通りの説明を受け、俺は確認する。

 

 

「――つまり……新聞のネタとして俺を取材したいと」

 

「そうだ、少数ではあるが、監視役に興味を持っている天狗もいる。

 人間風情が注目を集め、情報を欲せられているのだ、光栄に思え」

 

「ちょっと椛、取材の時は口調は丁寧に――」

 

 

 尊大に応える犬走さんを射命丸さんが宥める、というよりは俺を怒らせないかビクビクしている。

 射命丸さんも犬走さんの後ろから出てきてちゃぶ台についてはいるが、俺が二人にミルクココアを出してしまったので、それを飲むためにそこにいる感じだ。

 ……割と真面目な方なんだろうか。

 

 

「いえ、どうぞそのままで……。

 まあ良いでしょう、で、何が聞きたいのでしょうか?」

 

 

 しかし、人の里にも購読している者がいる新聞か……少々、答えを選ぶ必要があるな……。

 

 

「……え~っと、とりあえずお名前とあの騒動の顛末を貴方の視点から語って頂けませんか?」

 

「名前については外の世界に置いてきたために思いだせないので、監視役とお呼びください。

 そうですね……とりあえず、俺が呼び出された所から始めましょうか――」

 

 

 

 あの“茶番”の表向きの成り行きと、それから俺が監視役として派遣されるまでを一通り説明した。

 表向き普通の学生をやっていた俺の、周囲の人間との別れ方だとか、そういうしみったれた部分と、俺の能力の詳細についてはカットさせてもらったが。

 

 

「――成る程、“そういうことになってる”という認識でよろしいのでしょうか」

 

「……はて、問いの意味が分かりかねますな」

 

 

 相槌や質問を返している間に射命丸さんも俺に慣れてきたのか、普通に受け答えできるようになっていた。

 ちなみに犬走さんはと言えば、空になったカップを弄りながら、疑い――だと思われる――の眼差しで俺を見つめている。

 正直居心地が悪いのだが、射命丸さんはそれに気づかず――あるいは気にせず――取材を続けているので俺もスルーしている。

 

 不意に射命丸さんがパタンと手帳を閉じてしまいながら、窓へと視線をやった。

 

 

「ふむふむ、これくらいで十分ですかね、あやや、もう夜もこんなに更けているとは……遅くまで、ご協力ありがとうございました」

 

「お疲れ様です……俺も中々楽しかったですよ」

 

「お疲れ様です――ほら、帰りますよ椛」

 

「え、あ、はい」

 

 

 ずっとカップを弄くっていた犬走さんだが、射命丸さんに声をかけられて立ちあがる。

 俺の方を何か言いたげにチラとみたが、それだけで何も言わなかった。

 

 

 

 

「それでは、また縁があれば」

 

「……ではな」

 

 

 玄関まで見送ってドアを閉めるその時も、その向こう側に隠れる犬走さんの表情はどこか不満気に見えた。

 どうにも、その理由が分からなかったが――

 

 

「……ひょっとして、ずっとおかわりが欲しかったのか?」

 

 

 二人のカップを片付けている時に、ようやくに思い至る俺であった。




次の舞台に移る導入を自然にするために必要だったので閑話です。
天狗の里編か?と期待された方はすみません。
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