夕焼けによって照らされている荒廃した道路を黒を基調とした制服を着ている四人の男子が互いに背中合わせになりながら慎重に進みながら周囲を警戒していた。
「ここが奴らのアジトって本当かよ」
「先遣隊の情報を信じるしかねえだろ」
「でも俺達四人だけを寄越すっておかしくないか? それに隊長は俺達に偵察を任せたんだよな? なんで俺達こんな奥まで入ってんだ? 偵察部隊はここまで入らないだろ」
「……捨てられたんだろ。奴らの力を見るために」
一人の少年がそう言い放つと残り三人も薄々気づいていたのか一瞬、顔を俯かせるがすぐに己の得物を握りしめ、周囲を警戒する。
目にかかるほど黒髪を伸ばしている少年は面倒くさそうな顔を浮かべながらも腰に携えている日本刀を鞘から抜き、構えを取る。
「所詮、俺達は捨て駒だ。軍の下に返されるのは写真一枚だけ。恐らく二階級の昇進を便宜上は与えられて英雄として祭られるんだろうが所詮はゴミクズの英雄だ。すぐに忘れられる」
「二階級昇進ってことは三等兵が一等兵になるってことか?」
「……構えておけよ。来るぞ」
黒髪の少年がそう言い放ったその時、長い間舗装されていないコンクリートの道路に一筋のひびが入ると同時に道路が砕け、そこから無数の影が飛び出す。
「き、来た! 蟲だ!」
飛び出してきた影たちは両手が鎌の形をして四足歩行、そして体の色は赤が強めに出ている黒をしており、その口からは唾液のような液体をポタポタと垂れ流している。
その数はざっと見るだけでも二十は超えており、どの個体も四人の男子たちを標的と定めているのかただジーッと眺め、鎌を擦り合わせる。
「どうやらここはアジトじゃなかったらしい……いや、どちらかというと放棄したか」
「そ、そんな冷静に分析している場合じゃねえだろ!」
「癖みたいなもんなんだよ。よし、やるか」
「チクショー! 帰ったら紗世ちゃんに告白するんだ!」
「死亡フラグ立ててんじゃねえよ! 行くぞ!」
まずは日本刀を持った黒髪の少年が蟲と呼ばれている怪物たちへと突っ込んでいき、振り下ろされる鎌を姿勢を低くすると同時に回避し、斜めに刀を振るう。
動きが一瞬だけ硬直した直後、蟲の体が斜めに切裂かれて真っ赤な血が噴き出し、断末魔を上げながら蟲の上半身が斜めに堕ちていく。
飛び散る血液を壁にするかのように少年はさらに奥へと突っ込んでいき、蟲たちの足を切断していく。
足を切断され、体勢を大きく崩した蟲目がけて巨大な斧を持つ茶髪の少年が上空からの効果の勢いを利用した一撃を加え、真っ二つに切断する。
直後、乾いた銃声が響くと同時に蟲たちの頭から軽く血が噴き出す。
「うおぉぉぉぉ! 紗世ちゃん愛してるぞぉぉぉぉぉぉ!」
「ハハハッハハッ! それでいい! 人間は何か褒美があると嬉しくなるからなぁ! お前らは何がしたいんだ!? ちなみに俺は帰ったらAVを見まくる!」
「俺は女湯覗く!」
「お、俺もAV見まくる!」
「よっしゃー! 行くぞー!」
「「「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」」」
――――――――☆―――――――
クリスマスの夜、人々は聖なる夜を愛する人や子と一緒に幸せそうに暮らしていたがその幸せは一瞬にして世界の崩壊とともに崩れ去った。
突如、出現した蟲と呼ばれる怪物、その本質は人を超えた存在、そんな奴らが日本を攻め始めた。
奴らは既存兵器を圧倒する力を持っており、音速の速度で放たれる弾丸をその身に食らっても死なずに人間を殺し、目にも止まらぬ速度で移動し、一瞬にして人の首を狩る。
奴らは殺した人間の体内へと侵入し、その人物の記憶・考え方に至るまでその全てをコピーし、人間の中に入り込み、多数の人間を殺していった。
人類も蟲によって滅ぼされると思ったその時、人類に力を貸した存在がいた。
それが妖怪と呼ばれる存在。
人類は巨大な壁を周囲に立て、その中に籠ることで何とか全滅を防ぎながらも妖怪と契約し、蟲を倒すことが出来る力を手に入れ、反撃に転じ、蟲によって支配された東京二十三区のうち、足立区・荒川区・台東区・墨田区・江東区の5区を奪還した。
人類は蟲を殲滅するための組織、破軍を設立させ、日々、新たな人類の居住区を取り戻すために活動を続けているが今のところ、人類と蟲に乗っ取られた蟲人による戦争、それの人類側の戦況は芳しくない。
「ハァ……意味が分かんねえ。なんで偵察部隊が蟲を殺したらダメなんだよ……くそ! 俺にも妖怪と契約するチャンスがあれば」
蟲と戦闘を行う事が出来るのはあくまで実戦部隊に配属されている軍人だけであり、偵察部隊に配属されている彼――――東条零夜にその資格はない。
ついさっきまで上官室でこっぴどく叱られたばかりだった。
彼が今、腰に携えている日本刀は蟲との戦いにおいて必要不可欠とされている妖装と呼ばれているものであるがこれは雑魚の雑魚しか狩ることができない代物。
妖怪と契約することが出来る資格があるのは実戦部隊に配属される者のみであり、偵察部隊所属の彼にはその資格が無かった。
特に軍の中では偵察部隊は最も使えない奴が行く場所とされており、一番契約のチャンスが遠いとまで言われている部隊。
「随分と怒られていたな、零夜」
零夜が振り返るとそこには茶色い髪をオールバックにし、腰には全てが黒く染まっている刀を携えている男性が立っていた。
その男性が身に纏っている軍服の胸にはいくつもの武勲を称える勲章が取り付けられており、その名を知らないものは軍の中にはいないとされている存在。
小山内透。
「出たよ。稀代の天才様」
「そう呼ぶなよ。異母兄弟の中だろ?」
「はっ。異母兄弟つってもあったのは二年前だろうが……で、軍の中でも十人しか任命されていない中将の一人がいったい何の用だ?」
「お前、偵察部隊配属の兵士のくせに蟲を殺したんだってな。今部隊で噂になってるぞ」
「その噂で実戦部隊に入れてくれよ」
「無茶言うな。妖怪とも契約できていないお前を入れたら俺の首が飛ぶわ。お前はちゃんと勉強して力をつけ、妖怪と契約してから来いよ、バ~カ」
「ムカつくー! なんで同じ穴から生まれた奴でもここまで差が広がるんだよ!」
「そりゃ~お前と俺の父親は月と鼈、いや、月とウンコだろ。あ、お前がウンコな」
「ぐぐぐぐ! 何も言い返せない」
透はそんな様子を見てケラケラと腹を抱えて笑う。
学業の成績はそれほど悪くはない零夜だが普段の素行が悪く、ちょっとしたことで喧嘩を起こし、相手を病院送りにしたり、三階から放り出したりという蛮行を繰り返してきたので未だに二年に一回はされるという部隊の配置換えをされたことが無かった。
「お前の実力は認めてやるよ。その屑みたいな妖装で蟲をぶった切っている実力はな。だが実戦部隊に配属されるにはまだある実力が足りていない。力だけで入れると思うな」
「はぁ? 力なくして蟲に勝てるのか? 蟲人に人間の科学技術を奪われ、通信網を木っ端みじんにぶち壊され外との連絡すらままならない状況の中、力が無い状態でどうやって蟲を倒すんだよ」
「そこなんだよ。確かに力なくして蟲には勝てねえ。だが力ってのはてめえが考えているほどシンプルな物じゃないんだよ。多様なんだ。いくつもの力がある。それをはっきりと自覚しない限りお前はこっちには来れない」
そう言い残し、零夜の下から去っていこうとする透だったが途中で何かを思い出したのか立ち止まって零夜の方を振り返る。
「そうそう。お前にチャンスをやるんだった」
「は? なんの」
「部隊に配属されるチャンスだよ」
「……はっ。どうせそんな事だろうと思ったよ。半年前も同じことで騙されたんだ。もう信じるか。じゃあな、二度とお前に合わないように願ってるよ。アーメンナンマイ陀仏」
そう言いながらこの場を去っていく零夜の後ろ姿を見ている透が浮かべている笑みがとても腹黒い物であるということを彼は気づいていなかった。
―――――――☆――――――――
「以上が人類が蟲に滅ぼされかけた歴史だ。このことはちゃんと覚えておくように。軍の中じゃ常識だからな。つとの為だけにおぼえるんじゃないぞ。じゃ、授業は終わりだ」
教師が教室を出た瞬間、終業を告げるチャイムが鳴り響き、教室の中だけではなく学校全体が騒がしくなるが零夜は面白くなさそうな表情を浮かべたまま一人、教室の端にいた。
「つまんね……こんな歴史なんてもうとっくの昔におぼえたっつーの……」
「そうね。私もつまらないわ。というよりもここの学校のレベルが低いのかしら」
「独り言を聞くなよ……ていうか誰だよお前」
後ろを振り返ったそこにいたのは青い髪を後ろで束ねた少女がいた。
その少女が纏っている雰囲気は触れるだけで全てが凍り付いてしまうような感じさえ覚えてしまうほどの冷たさを持っており、それが他人を弾いているようにも見える。
「破軍殲滅部隊少佐、宮島エレア」
「しょ、少佐!? お前が!?」
「ええ。驚いた? でもそんなに驚くことじゃないわ。貴方の年で未だに三等兵という最下級のくらいしかもらえていない貴方の方がおかしいの。異常ね」
「けっ。どいつもこいつもルールに縛られ過ぎなんだよ。なんで偵察部隊が蟲を殺しちゃいけないんだ」
「それは大切な戦兵を失くさないためですよ」
「なくさないため? じゃあなんでこんな屑みたいな妖装しか配らねえんだよ。そもそも実力がある奴をなんで配置換えしないのか俺には分からねえ」
「それは貴方の素行が悪いからです。毎日のように喧嘩騒ぎを起こし、病院送りにするだけでなく教師すらも殴ってしまうあなたのね」
「それは連中が悪いんだよ……どいつもこいつも配属が偵察部隊だからってバカにしやがって。たった一人で蟲すら狩ることが出来ない連中が多い癖に」
「確かにそれは問題になっています。上層部でも個人の実力を上げるべきだという声は出ていますがそれはあくまで下位の話しであって上位になると個人の強さも上がります」
淡々と事実だけをストレートに喋る彼女が一瞬で嫌いになってしまったのか零夜は軽く舌打ちをしながら教室を出るがその後を追いかけるようにエレアが小説を片手で読みながら歩き出す。
どれだけ歩く速度を彼が早く使用が階段を上がろうが片時も小説から目を離さずに段差に足をかけることも無くついていく。
「おい、どこまで追いかける気だ? ここは男子便所だぞ」
「別に……貴方のお兄様に頼まれたので」
「……あいつを兄なんて呼ぶ気はねえよ。で、なんていう命令なんだ?」
「貴方が実戦部隊に配属されるほどの実力があるかを見ろと」
「……あれは冗談じゃなかったのかよ」
「ですが貴方にはその実力がない。一目見ただけで分かるわ」
「……やるか? 実力、見せてやるよ」
零夜は小さく笑みを浮かべながら腰に携えている方なの持ち手に手を置くがエレアは小説から目を離すことなく小さくため息をつき、クルリと背を向け、零夜から去っていく。
「弱いくせに調子に乗る人は嫌い……でも弱いくせに好戦的な奴はもっと嫌い。命が惜しくないの?」
「俺は」
彼が答えようとした直後、学校の校舎全体が揺れているかと思うほどの大きな揺れが二人を襲い、思わず壁に手を置いて揺れに耐えようとする。
揺れが収まると同時に校舎の外から悲鳴が響きわたり、零夜が窓の外を見るとそこには逃げ惑う生徒達とそれを追いかける腕が鎌の形に変形している人間の姿があった。
「蟲人! 紛れてやがったのか」
「そのようね。でも貴方じゃ無理。蟲人は強い。たった一人の蟲人に二十人の兵士が殺されたことだってあるわ。そんな妖装しか持たない貴方じゃ絶対に勝てない」
「ちょうど良い。見てろ」
窓を開けると冊子に足をかけ、勢いよく下へと飛び降りる。
「よう、蟲人さんよ」
「我らの前に飛び出てくるとは……貴様、死にたいのか?」
「死にたい? まさか。俺はお前を倒す」
「ふふっ……ハハハハッハッ! ハァァァ!」
突っ込んで来る相手めがけて零夜が刀を突きだすが鎌に変形している腕に遮られ、周囲にまるで金属同士がぶつかったかのような音が鳴り響く。
バックステップで蟲人から離れようとした瞬間、蟲人がそれを狙って突っ込んでくるが姿勢を低くした零夜はそのままいての突きをギリギリのところで避け、通り過ぎ様にわき腹を切り裂く。
だが切裂いたところは一瞬にして回復される。
「やっぱこの程度の武装じゃ斬っても回復されるか……まぁ、人間の心臓を止めるか、首を落とせばそれでお前は終わりだ」
「させると思うか? ハァッ!」
相手が鎌となった腕を大きく横に振るった瞬間、斬撃が放たれ、地面を抉りながら突き進んで来る。
すぐさま大きく飛び退いて回避しようとした零夜の視界の端に逃げ遅れたのか怪我でもしたのか地面に横たわったままの女子の姿が見えた。
このまま避ければ確実に彼女は死ぬだろう。
今、彼がしなければならないことは目の前の蟲人を殺し、自らの実力を見せつけることで実戦部隊への配属を確固たるものにすること。
それにこの一撃を避けると同時に相手に突っ込めば大きな隙が産まれている相手に大きな一撃を与えられる。
凄まじい速度で思考がなされていく彼の頭の中で導き出した結論。それは
「立てっ!」
大きく後ろへと飛びのくと同時に倒れている女子の腕を掴み、向かってくる斬撃を回避すると同時に安全な場所へと運ぶために蟲人から離れる。
(何してんだよ、俺は……こんな奴助けたって何の意味も無いじゃねえか……意味があるのは奴を殺すことだけだっていうのに……)
女子を運びながらもそう考える彼の耳に空気を切り裂くような音が聞こえ、振り返ると同時に刀を突きだした瞬間、相手の鎌とぶつかり合う。
「そんなお荷物を持ったままで我に勝てるか?」
事実だ。
こんなお荷物を持つためだけに片腕を潰されている状態で蟲人とまともに戦えるはずもないがそれでも彼は彼女を捨ててまで戦う気は無かった。
「てめえには関係ねえだろ」
「そんな力の無い物を助けてどうする。貴様に何か力を貸してくれるのか?」
(力の無い者……助けた……あぁ、そう言う事か)
思わず笑みを浮かべ、相手を睨み付けると相手は大きく後ろへと飛びのく。
「ようやく理解したぜ……力の多様性ってやつを……力の無い者を助ける力……そういう力も一緒に持った奴が向こうの部隊に配属されるってわけか……」
「何をほざいているか知らんが……ここで死ね!」
直後、蟲人の姿が消えるとともに一陣の風が吹く。
彼の目では追う事が出来ないほどの速度を出し、蟲人は彼を殺す機会をうかがっている。
だがそんなことは彼も分かっている。
零夜は己の得物を握りしめ、周囲に目をやるわけではなく、自ら視界を潰すかのようにそっと静かに瞳を閉じ、周囲の音に耳を傾ける。
聞こえてくるのは相手が風を切りながら移動する音。
(蟲人を殺す力だけでなく力無き者を助ける力……それが力の多様性ってやつか)
「ふぅ…………」
彼は小さく息を吐くと同時に右腕で抱えている女子生徒と一緒に右方向へと半回転するとともに刀を横薙ぎに軽く振るう。
肉が切断される音が響くと同時に真っ赤な血が彼の視界を赤く染め、彼の足元に肉塊が落ちる。
それは首が切断された蟲人だった。
「おめでとさん」
振り返るとそこには透と未だに小説から目を離していないエレアの姿があった。
「ようやくお前は力無き者を助ける力の存在に気付けたわけだ。長かったな……東条零夜三等兵」
真剣な表情の透の声に思わず零夜は姿勢を正す。
「本日付けを持って破軍偵察部隊から実戦部隊への異動を命ずる」
ここから東条零夜の戦いが始まる。