救世主の贖罪   作:Yama@0083

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30. 学園祭(後編) 〜濃霧の晴れ時〜

リボンズはラウラと共に、学園祭を回っていた。今二人は、他クラスが出店しているレストランで休息をとっている所であった。

「シフト業務、ご苦労だったね。そつなくこなしていたようで安心したよ。ウェイトレスの衣装も、中々似合っていたじゃないか。」

「そ、そうでしょうか?私には少し、ひらひらとし過ぎていた気が・・・」

「クラリッサにも見せてやればどうだい?きっと喜ぶんじゃないかな。」

「...いえ。一度やってしまうと、奴の要求がエスカレートしていく一方ですから。過度な餌は断固として与えませんよ。」

「ああ・・・彼女ならやりかねないな。」

彼らが談話していると、リボンズに衣恵からの着信が入る。

「おっと...すまない、電話だ。少し席を外すよ。」

「いえ、お気遣いなく。私はここで待っておりますので。」

彼はラウラに詫びを入れ、一旦店の外に出て通話に出た。

「やあ衣恵、どうしたんだい?」

『リボンズさん、緊急事態です。亡国企業のメンバー「オータム」が、企業の使者に扮して学園に侵入しました。』

「オータム...ああ、彼女か。原因の追求はひとまず後だ。当人が危険物を持ち込んでいる可能性は?」

『少なくとも、検問をクリアしているので...銃火器・爆発物・劇薬の類を持ち込んでいる可能性は低いと思います。けど、ここに丸腰で来るっていう線は考えられません。』

「となると、ISを所持している可能性を考慮すべきか・・・して、現状は?」

『今、第一発見者の伊東さんたちが、各所にコンタクトをとって、情報を共有してくれています。侵入者が「オータム」だということも、あの子たちの証言を元に、登録されている情報とカメラの映像を照合して、確証を得ることができました。それでどうやらその女、織斑くんと接触したみたいです。』

「彼と?奴め、また彼を攫う気か?まあ、敵の目的がなんであれ、僕は彼の護衛にまわる。対象の捜索と確保は、君たちに任せても構わないかな?」

『はい!私たちや教員の皆さんは、元より彼女の確保は勿論、人々の避難誘導等にも人員を割かなくちゃならないので...そちらが織斑くんを守ってくれるのなら、心強いです!』

「ああ、任せてくれ。では、互いの任務に移ろう。」

『はい、くれぐれも気を付けて!』

電話を切った彼は、再び店の中に戻る。

「待たせたね。ラウラ、すまないが今すぐここを出る。少々面倒な事になったのでね。」

「...非常事態ですか?」

「ああ。亡国企業(ファントムタスク)の構成員が、学園内に侵入した。目的はどうやら一夏にあるらしい。僕は今から彼と合流し、護衛の任に就く。」

「了解しました。どうかお気をつけて・・・私にも何か、お手伝いできることは?」

彼はその言葉を受け、彼女をこの作戦に参加させるか否か、一瞬躊躇した。しかし彼は、もうどうすべきかを知っていた。

「ラウラ、君に侵入者の捜索をお願いしたい。衣恵たちと協力して、奴の足取りを探ってくれ。多少変装しているようだが、特殊部隊出身の君なら、見破ることもできる筈だ。頼まれてくれるかい?」

ラウラはぱあっと表情を明るくし、そして即座に姿勢を正し、リボンズに向き直った。

「感謝します、教官。必ずや、有益な情報を見つけ出してご覧に入れます!」

「ありがとう。詳細な情報は、彼女から聞いてくれ。では、互いに健闘を。」

リボンズは彼女と別れ、一夏の捜索を開始した。

 (まずは彼と合流することが先決だ、彼と連絡をとらなければ。電話番号は...これか)

彼は何度も、一夏の端末にコールをかけた。しかし、幾度やっても彼は「圏外」と表示される。彼は忌々しげにコールを止めて、この状況を協力者たちにメールで共有した。

「奴め...彼に妨害電波を仕込んだな」

 

 

オータムはその頃、放送室を占拠していた。部屋の隅には、彼女によって眠らされた生徒が横たわっている。

「ふんふん...いいねぇ。奴さんら、動きが活発になってきやがった。そろそろ、俺がガキにつかませたジャミング装置にも気付いた頃かね?クク、焦るよなぁ。お前らにとっちゃ、あのガキと合流さえできりゃあほぼ勝ちは確定なのに、そんな簡単な事が簡単じゃあなくなっちまった。と、そこにこいつだ。」

オータムは、放送用のマイクのスイッチをカチリと入れる。

 

 

『ダメね、まだ見つかった報告はない。手の空いている教員と、警備員のほとんどを動員して探してるけど、それでもこの広い学園内を隅々まで探すには、人員が足りないのよ。ラウラちゃん、何かアイデアはある?』

「はい、放送室です。私が邪な目的で一夏に近付く悪人ならば、まずは人知れずあそこを占拠する。学園側の人間に対象を呼び出され、そのまま保護されると、その時点で作戦の遂行はほぼ不可能になってしまいますので。逆に言えば、我々もあそこを抑えてしまえば、奴に対して優位に立つ事ができます。」

『放送室ね。じゃあ、すぐにでもあそこに...』

しかし、彼女らの出鼻を挫くように、校内放送がこだまする。

 

【お知らせを致します。この後13時より、シアターにて音楽系部活動合同の演奏会が行われます。皆様、是非ともお越しください。】

【続いて業務連絡。1年1組 織斑 一夏君、シアターの楽屋にお越しください。】

 

 

 

「これでよし...今のでこっちの位置は割れた、とっとと次に行くか。んじゃ、次の手に出ましょうかね・・・」

 

 

 

『シアター!?彼、確か軽音部でもなんでもなかったわよね!?』

「クソッ、やはり!!衣恵女史、至急何人かを放送室へ!奴は既に行方を眩ませているだろうが、被害を受けた生徒がそこにいる筈です!」

『分かったわ!ラウラちゃんは!?』

「引き続き、奴の目先の目的と動向を探ります!何かあれば、また連絡を!」

彼女はそう言って、一旦通信を切った。

 (奴め、シアターと言ったか?確かに、演奏会の時間帯と合わせれば、そこにいる事を気取られずに、目的を果たすことができる。だが・・・あまりにも奴にとって好条件が過ぎる。それに、あれだけ大胆にやっては、我々に来いと言っているようなものだ。一斉に突入されれば、ひとたまりもない筈。籠城する気か、それとも他人の目さえなければ、すぐにでも済むことなのか...)

小走りしながら、ラウラは思考を巡らせる。すると、妙な光景を目にした。

 (なんだ?トイレの周りに、いやに人が多く集まっている...封鎖中、だと?少し前はこの様な状態ではなかった筈・・・)

その時、再び衣恵より彼女に通信が入った。

『各所の警備員から連絡が入ったんだけど、今面倒な事になってるわ!学校中のランダムな場所のトイレが、勝手に封鎖されてるの!しかも、学園祭に使われてない一部の教室に、ロックがかけられてる始末!これって、完全に散らされてるわよね!?』

 (そうか...!奴は立てこもりなど、少しも考えていない!奴の残す痕跡全てが、我々の注意を散らす為のブラフ!こちらは奴の足跡を見過ごす訳にはいかず、全て調べる事を強制される!そうして時間と人員を無駄に使わせて、本命に行き着くまでの時間稼ぎをするつもりか!)

「ええ、これは確実に罠です。我々は恐らく、ハズレの回答を引かされ続ける...しかし、万が一の事もある。無視をする訳にもいかないでしょう。」

『癪だけど、乗ってやるしかないか...もうここはさ、相手の本命を直接見破ってやるしか、道はないんじゃない? 』

「そうしたいのはやまやまですが、如何せん情報があまりにも少ない。しかもその情報も、信頼性に著しく欠けています。せめて奴の目的...いや、どうやって一夏に再び接触するつもりかを予測さえできれば・・・」

彼女が行き詰まりかけた時、ある人物たちが目に入った。それは恐らく、この学校の中で最も一夏を慕い、よく交流している者たち。ラウラはすぐさま彼女たちの下に駆け寄った。

「...お前たち、すまないが知恵を貸してくれ。一夏の身に関わることだ。」

 

 

 

「おーおー、慌ただしいこった。そのまま俺の幻影とよろしくやっといてくれや。さて...そんじゃ、こっちもシメにかかるか。」

彼女の視線の先には、一夏の姿があった。彼女は仮面を被り直し、彼と接触する。

「あ...先程ぶりですね、織斑さん。」

「あれ、さっきの...巻紙さん?えっと、どうしたんですか?前と比べて元気が無さそうというか...」

「いえ、実はですね・・・重要な書類をどこかに落としてしまったらしく。我が社の将来に関わる情報が詰まっている物なのですが・・・」

「えっ...それ、かなりマズいじゃないですか!?早く探しに行かないと!俺も手伝いますよ!場所の心当たりとかありますか!?」

「申し訳ありません、助かります...そうですね、先程まで学園施設の視察をしていたので、第四アリーナ、ですかねぇ...」

一夏が持つ善良な性根が、ここに来て仇となった。彼の背後で彼女が邪悪に笑っていた事など、彼は知る由もない。

 

 

 

「く、ここも違うか...!」

リボンズは、学園中を回る事が多い用務員としての経験を頼りに、比較的人が集まりにくい場所をしらみ潰しに探していた。しかし、それにしてもこの広い学園を探して回るのは手間がかかり、時間だけが過ぎていく。

 (僕がここまで、彼女に翻弄されるとは...!認めたくはないが、今回ばかりは相手が一枚上手だった・・・いや、言い訳をしている暇はない。少しでも早く、彼らを見つけ出さなくては...)

彼の表情が、どんどん険しさを増していく。とそこに、ラウラからの通信が入った。彼は藁にもすがる気持ちでそれを繋げた。

『教官、奴の居場所を割り出しました!』

「ラウラ・・・!よくやってくれた。して、その場所は?」

『は、恐らく第四アリーナ付近と思われます!しかしお急ぎ下さい、奴はもう一夏と接触している可能性が高い!』

「了解。これより急行する!」

 

 

一夏はオータムを連れ、第四アリーナの更衣室に入った。

「今はアリーナじゃイベントがやってるから、中には入れないですけど...もしかしたら誰かが拾って、ここに置いててくれてるかも。探しましょう!」

「・・・いえ、もう大丈夫です。たった今、見つけましたから。」

「本当ですか!?よかっ...」

言い切る前に、一夏の体は大きく吹き飛ばされた。

「あっ...がッ・・・!?」

攻撃された、恐らく蹴りで。彼がそう理解するまでには、少しの時間を要した。

「よーし、やっっとあの堅苦しい口調ともオサラバだ。ったく、事前に緻密な作戦組んで、その通りに動くってのは性に合わねえってのに。やっぱ慣れねぇ事はするモンじゃねえな。テメェもそう思うだろ、ガキ?」

「あ・・・アンタは、一体...!?」

その豹変ぶりに、一夏は苦痛に悶えながら尋ねる。

「おいおい、忘れちまったのかい?寂しいなあ、顔くらい覚えといてくれよな!まあいいさ、今一度名乗ってやるよ!」

すると、彼女のスーツが背中から引き裂かれていき、そこからIS『アラクネ』が持つ鋭利な爪が次々と姿を表していく。

「俺ァオータム!『亡国企業(ファントムタスク)』の構成員が一人だ!姉貴の大会ぶりだなぁ、ガキンチョ!」

「ISかよっ...『白式』!!」

彼女のISより放たれる先制攻撃を、一夏はすんでのところでISを展開し、それを回避する。

「大会...?千冬姉のか?それと何の関係があんだよ!」

「しらばっくれてんじゃねえぞ!第二回モンド・グロッソだよ!この俺が、テメェを攫ってやっただろうが!!その結果、姉貴は負けちまった訳だがなァ、ハハッ!」

「・・・そうか。テメェ、あん時の!!」

「思い出したか!嬉しいね、再開を祝してハグでもしようかい!!」

彼女は『アラクネ』に搭載された八本の脚を大きく展開し、次々と鋭い攻撃を繰り出す。しかし一夏も負けじと、訓練で教わった事を活かし、粗削りながらそれらを回避していく。

 (よし・・・動ける、動けてる!楯無さんたちとの訓練の成果が、まだ危なっかしいけどちゃんと出てるんだ!これなら...!)

そうして躱し続けている内に、彼女に明らかな隙が現れた。

 (ここだ、今しかない!!)

瞬時加速(イグニッション・ブースト)!!」

一夏が猛スピードで突っ込んでくるのに対し、彼女は余裕の表情を崩さない。

「偉い偉い、ちゃんと見つけられたじゃねぇか!ご褒美にコイツをくれてやんよ!」

彼女は真正面から、単一仕様能力(ワンオフアビリティー)で生成した糸の塊を彼に向け投げつけた。一夏はそれを零落白夜で切り払おうと試みたが、その前に糸が絡まり、体を拘束されてしまう。

「畜生、なんだこれ!?クモの糸!?」

「そら、一丁上がりってなあ!さーて、そんじゃ仕上げに移るぜ。コイツを使ってな!」

ガン!という鈍い音と共に、オータムは謎の機械を取り出した。

「ぐっ・・・なんだよ、それ...」

「歯ぁ食いしばれよ、ガキンチョ!コイツの作動中は、ちっとばかし痺れんぞ!」

彼女は一夏にその装置を接続し、起動させた。瞬間、彼の体に電流に似たエネルギーが流しこまれ、彼は刺さる様な激痛に襲われる。それが少しの間続いた後、徐々にそれが弱まり、痛みは収まっていった。

「これで終わりっ...と。よし、もう動いてもいいぜ。」

一夏の体が、装置から解放される。その隙を見て、彼はオータムに反撃しようとしたが、すぐにある違和感に気付いた。

 

「・・・!? 無い...俺の、白式が!?」

 

激しく動揺する彼の姿を見て、オータムは下卑た声で笑う。

「楽しんで貰えたかよ、この『剥離剤(リムーバー)』の痛み!中々いい刺激になったんじゃねぇの?」

まだ痛みがじくじくと残る体を支えつつ、彼は目の前の女を睨みつける。

「ふざっ...けんなよ!俺の白式に、何しやがった!?」

「心配すんなよ。ちゃんと『ここ』にあるってえの、ほら。」

彼女はそう言って、手に持った白式を見せびらかした。

「白式!?なんでアンタが...!」

「だーから、さっきの『剥離剤(リムーバー)』だよ。コイツは展開されたISを強制的に解除しちまうって代物でな、結構なレアもんなんだ。イイ経験できたと思うぜ?コイツをその目に拝むだけじゃなく、実際にその身で体験したんだからよ!」

「クソっ・・・返せ、返せよ!」

必死に食い下がる一夏を、オータムは赤子をあやす様に簡単にいなしてしまう。

「悪いが、これも作戦でね。んじゃ、目標も達成したし、俺はズラからせてもらうぜ。テメェの命は見過ごしてやる、とっとと失せな。」

「くっ・・・馬鹿言ってんじゃ、ねぇっ!!」

彼はまた立ち上がり、彼女に飛びかかる。しかし、彼の必死の抵抗も虚しく、ISを纏った彼女に一蹴されてしまった。

「バカ言ってんのは、どっちだってんだよォ!」

「がっ...」

いとも簡単に捕まった彼は、そのまま壁に叩きつけられた。

「ぐっ...ああっ!!」

「生身の人間が、ISに勝てるわけねェだろうが!それに軽くやり合っただけだが分かるぜ。お前、全然コイツを使えてねぇじゃねえか!ハッキリ言わせて貰うが、お前にゃコイツは釣り合わねぇんだよ、ガキ!!身の丈にも合わねぇ玩具与えられて、内心持て余してんじゃねえか!?さっさとソレを諦めて、全てから逃げちまえよ。ならこんな面倒事にも巻き込まれずに済むんじゃねえのか、ええ!?テメェも、テメェのお友達も!!」

彼女は次々と捲し立て、確実に一夏の心を抉っていく。すると徐々に、彼が抵抗する力は弱まっていった。

「ハッ。生意気だが、テメェの実力はちゃんと分かってるみたいだな。ならさっさと、尻尾巻いて逃げな。俺はガキと遊んでる暇はねえんだよ。」

彼女は先程とは違い、比較的優しめに彼を地面に降ろした。しかし、彼の緩みかけていた手が、再び固く握り締められる。

「...あ?おい・・・」

「...分かってる。分かってんだよ、俺は元々白式を任せられる様なタマじゃないって。たまたま身内が最強の人で、たまたま俺もISを動かせた...それだけだ。本来の俺に、そこまでの価値なんてないんだよ。高校受験の日、俺が学校名を間違えなけりゃ・・・俺は普通の一般人として生きて、死んでいく筈だったんだ。」

弱々しい声とは裏腹に、下を向いていた彼の顔は徐々に前を向き、再びオータムの顔に面と向きあっていく。

「でも、皆はいつだって俺を助けてくれる!そんなバカみてぇな偶然で選ばれた俺に、強くなれるよう、色んな事を教えてくれる!こんな俺の為にだ!!だから誓ったんだ、必ず強くなって、皆の思いに全力で応えるって!!これまで助けてもらった皆に、いつか必ず報いる為に!だから...!」

一夏は、彼女の右手に握り締められた己の機体に手を伸ばす。

「頼む、白式!それにはお前が必要なんだ!必ず、お前をものにしてやる!!お前からの期待にだって、背くつもりはねぇっ!」

すると、彼の叫びに共鳴する様に、奪われた白式が輝き始めた。

「な・・・何だってんだ、この光!?テメェ、何しやがったぁ!?」

彼女は昏倒させんばかりの勢いで、彼を壁へと投げ付けた。

 

「あら、させないわよ?私の大切な同居人だもの。」

 

そこに、刀奈駆る「霧纏の淑女(ミステリアス・レイディ)」が割って入り、一夏を受け止めた。

「う…楯無さん?どうして、ここに・・・」

「遅れてごめんなさい、一夏くん。私たちが間に合わなかったせいで、痛い思いをさせちゃったわね。」

「その通りだ。今回は僕も、君に何度謝罪をしても足りない。だが、一人でよく頑張ってくれた。」

そこに颯爽と現れたのは、彼女以外のもう一人。

リボンズの搭乗する1.5ガンダムが、迷いなくオータムに向かい、ビームサーベルを展開して斬りかかる。

「フン、そのスカした顔の全身装甲(フルスキン)...見覚えがあるぜ。こんな所でまたテメェと会うことになるたぁ思いもしなかったな!!」

「ああ。どうやら君と僕の間には、妙な縁があるみたいだね。...だが生憎、今日君と戦うのは僕ではない。」

そう言うと、彼はビームサーベルを収納し、その場を退いた。

「ありがと、リボンズさん。後は任せて頂戴ね。」

そうして堂々と前に出る刀奈を、一夏は止めようとする。

「楯無さん、待って下さい!大丈夫なんですか!?」

「大丈夫よ、心配しないで。一夏くんも知ってるでしょ?私がとっても強いこと。」

彼女はそう言ってウインクし、ISを展開しつつオータムににこやかに話しかける。

「貴方の作戦、良い物だったわ。初手から彼との直接・間接的コンタクト手段の双方を無くし、続けて怒涛のダミー情報祭り。私たちは来客の方々を不安にさせない為、表立っての大規模な捜索ができなかったとはいえ、まんまと嵌められた。あ、一応感謝もしてるのよ?今回の失態を踏まえて、警備体制を見直す事ができるもの。...でもねえ」

否。彼女は一見笑っている様に見えるが、オータムを見つめるその目はどこまでも冷たい。

「それ以上に頭に来てるのよ。柄じゃないんだけどね。ええ、ひっさびさにキレちゃってるわ。だ・か・ら...」

飄々として、掴みどころのない普段の雰囲気から一転、明確な怒りと殺意が彼女から放たれる。

 

『貴方には、教えてあげないといけないわね...自分が誰に喧嘩を売ったのか。』

 

(後ろからも声が!?じゃあ、目の前のコイツは!)

突如聞こえてきた背後からの声に、オータムは即座に反応し、振り向いて一閃する。しかし手応えは無く、背後に現れた刀奈の姿形は一瞬で崩壊した。

「なっ...こりゃあ、水・・・?」

「どうしたの、急に後ろなんか向いちゃって?私の幽霊でもいたかしら?」

くすくす、と笑うその声は、オータムの精神をこれでもかと逆撫でする。

「くそ、テメェ遊んでんじゃ...!?」

彼女は再び刀奈に向き合おうとしたが、次の瞬間には眼前にランスを突き付けられていた。

「ッ!? 舐めんな!!」

咄嗟に一部の脚を盾にして、彼女はその攻撃を受け止めてみせた。

「いい反応ね。じゃあどこまで耐えれるかの我慢勝負、いってみましょうか。」

すると、受け止めたランスを包む水が振動し、超高速で循環し始める。それはまるでドリルのように、激しく火花を散らして敵の装甲を削った。

「ハッ...これがどうした!ただのこけおどしかぁ!?」

「そう思う?私は既に、貴方の顔面に狙いを定めているのだけど。」

次の瞬間、ランスに内蔵された四つの砲門から、ドドドドド!!とガトリング砲が勢いよく発射された。それらは凄まじい衝撃を伴って、オータムに襲いかかる。

「うおッ!? ク...ソがァ!!!」

しかしオータムも負けじと、ランスを蹴り飛ばし、刀奈に得物を手放させた。

「あらら・・・」

これを好機と、オータムは八本の脚を、全て攻撃に回す。斬撃と射撃が入り交じったその怒涛の攻めに、刀奈は防御こそすれど、反撃の素振りは見せない。

「どうしたどうしたぁ!!武器がなけりゃその程度か、ジャリンコ!!」

「ふぅん、流石に重い攻撃ね。伊達に八本も脚が付いてないか。」

「オイオイ、これだけと思うなよ?今からテメェに、とびきりのをお見舞いしてやるんだからさぁ!」

オータムはここぞとばかりに、一夏にも使用した糸の塊を放出した。しかし当たるかと思われた直前に、それはピタリと動きを止める。刀奈が操る水に絡め取られたのだ。

「あぁっ!?止めてんじゃねぇよ、ガキの分際で!」

「そりゃあ、貴方が奥の手を出したがってるのがバレバレだったもの。警戒くらいはするわ。ところで、次の手に出なくていいの?それとも、今のが本当に『蜘蛛の糸』だった?」

薄ら笑いを崩さない彼女に、オータムは苛立ちを露わにする。

「ケッ、ぬかせ!!まだまだ終わりじゃ...」

しかし彼女の怒りも束の間、刀奈はその隙をついて、もう一つの武器である蛇腹剣を展開し、動きの鈍ったアラクネの脚を瞬時に数本破壊した。

「テメッ・・・まだ持ってやがったのか!?」

「いちいち馬鹿正直に、私の言葉に反応してるからこうなるのよ。貴方のその怒りっぽい性格、直した方がいいんじゃない?せっかくの腕が台無しよ。」

彼女は軽口を叩きながらも、地響きを起こす勢いで、ガン!と床を踏み鳴らした。その所作からは、彼女の怒り具合が見て取れる。

「分かる?私たち皆、貴方たった一人に辛酸を嘗めさせられたの。突然の事態だったけど、皆よく動いてくれたわ。しかも、一部の生徒まで。でも、彼を無傷で守るというミッションに失敗して、色んな感情がごちゃ混ぜになってるでしょうね。それは勿論私も。本当は磔にして、校内を練り歩かせてやりたい位だけど・・・そんな事したら、学園総ぐるみの私刑になっちゃう。」

だから、と彼女は続ける。

 

「私が皆の分まで、全部貴方にぶつける。貴方がもう二度と、舐めたマネが出来ないようにね。これはこの学園の会長として...そして更識家当主としての、私の務め。暗部の人間がどれだけ暗部の人間を虐めても、誰も気に留めないでしょう?」

 

どこまでも冷たい声色で話す刀奈に、オータムは戦慄を覚えた。

(こ、コイツ...ガキの癖して、なんつう殺気してやがる。これが、この学園の会長!!じゃあ、昼間に感じたあのどす黒ぇ殺気もコイツか!?)

「成程なァ...確かにこりゃ、一人じゃ分が悪ぃわけだ。」

そう呟き、彼女は笑う。だがそれは、最早虚勢でしかなかった。

「...あー、ダメだわ。厳弥さんにならって、冷酷非道を演じてはみたけど・・・やっぱり、私にはお気楽におしゃべりしながらの方が合ってるかな。それじゃ、軽いお遊びでもしない?水のかけっことか。ほーら、パシャパシャ♫」

すると彼女は一転して、まるでプールではしゃぐ無邪気な子供のように、自分を包む水のベールの中に手を入れ、オータムにすくった水をかけた。

「うおッ!?誰がやるかよ、んなもん!!大体、テメェの武器はその水だろ!何が仕込まれてるか分かったもんじゃねえ・・・」

「んもう、つれないわね。ただ、ちょーっと警戒するのが遅かったかしら。」

怪訝な表情をするオータムに、刀奈は笑って問いかける。

「ねぇ、さっきからこの部屋暑くない?」

その言葉に、オータムは慌てて辺りを見回す。そこで目にしたのは、彼女の周囲にのみ広がる・・・否、彼女にまとわりついている、異様に濃い霧だった。

「これが私の必殺技。ざっくり言えば、相手を強制的にナノマシンの地雷原の中に放り込めるって技ね。起爆タイミングはこっちの気分次第。発動させる為に少し準備が必要なのと、こういう閉所でしか威力を発揮できないのが玉に瑕だけど...発動させてしまえば、相手をほぼ確実に沈められる。ついでに保湿効果にも期待できるかもね?」

「・・・へっ、良いのか?敵である俺に、ベラベラと得意気に喋っちまってよ。」

「あら、分からない?嫌がらせよ、嫌がらせ。だってこの先どう足掻いても、貴方に勝ち目なんか無いもの。言うなれば、淑女の余裕かしら?そんな事も分からないのね、おばかさん♡」

たっぷりの皮肉と侮蔑を込めた彼女の笑顔に、オータムは顔を忌々しげに歪める。

「ハン、そうかい。ならよォ、あそこで見てるアイツらの近くに寄っちまえば、爆破は出来ねぇよなぁ!?」

彼女は最後の足掻きとばかりに、少し離れた場所で見ているリボンズと一夏の下へ全力で飛ぶ。しかし一見面倒な展開に見えるが、彼女は涼しい顔を崩さない。

「ええ、貴方がそうすることも知ってた。だからこれ、お返しするわね。」

刀奈は、先程水で受け止めた糸を、今度は彼女に向かって意趣返しとばかりに放った。目の前の丸腰の2人にばかり意識が向いていたオータムは、まんまとそれに引っかかり、そのまま後ろの壁にへばりついてしまう。

「これは...俺の糸!?しまっ...」

 

「どっかーん。」

 

刹那、ゴッ!!!という爆音と共に、オータムの全身が爆発に飲み込まれた。爆炎が収まると、既に彼女の姿はなかった。彼女が居た場所には、爆破の衝撃でできた大穴が空いている。

「逃げられたわね・・・追撃しに行くわ。」

「いや、それには及ばない。それにはラウラたちを任せてある。」

「あら、そうなの?じゃあ、私はこのまま事後処理に移るわ。リボンズさんは、一夏くんを医務室まで運んで。」

「承知した。では、また後で。」

その鮮やかな勝ちっぷりに、一夏は思わず目を見開く。

「す...すげぇ。楯無さん、強いことは十分知ってたけど、ここまでかよ・・・!?」

「ああ、これが君たちのトップに立つ者の実力だ。しかも以前僕と戦った時よりも、更に腕を上げている...君も良い勉強になっただろう?」

「ああ!ほんと、ここにはすげえ人が沢山いるな...俺も、早く追いつける様にならねぇと。」

一夏は自身の手に戻ってきた白式を見つめ、改めて己を奮い立たせた。

「そうだね。さて、では君を医務室まで送り届けよう。今はゆっくり体を休めるといい。」

 

 

 

 

 

その後、刀奈から運良く逃げおおせたオータムは、学園から離れた公園まで来ていた。

「畜生・・・えれぇ目に合った。まさか、あそこまでやりやがるとはな。ガキのISも、結局取り逃しちまうし...踏んだり蹴ったりだ、クソが。」

爆発のダメージが強く肉体に残っている彼女は、呻きながら街路樹に一度体を預けた。しかしその時、背中に冷たく固い物が押し付けられる。彼女は追っ手が来たのだと即座に理解した。

「動くな。『亡国企業(ファントムタスク)』所属、オータムだな。貴様を拘束する。ゆっくりとこちらを向け。」

その言葉に従い、彼女は両手を上げ、その方向を向く。

「テメェ確か...ドイツの候補生か。解せねぇな、AICで俺の動きを止めりゃいいものを。」

「無駄口を叩くな、貴様は質問に答えていればいい。それと、不用意な行動は慎んで貰おう。貴様は今、こちらの狙撃手の距離にいる事を忘れるな。」

「そいつは恐ろしいこった。で、質問だって?悪ぃが、話すことなんざ何もねえな。」

「そうか。ならば残念だが、尋問に頼るしかあるまい。一時も気の休まる時間は無いと思え。」

ラウラが身柄の拘束に乗り出そうとしたその時、狙撃役のセシリアから通信が入った。

『ラウラさん、離れて下さい!!別の機体が近づいて来ていますわ!』

ラウラは直感的に上半身を屈ませ、続けてその場から素早く立ち退いた。すると丁度彼女がいた位置に、レーザーが複数発着弾した。

『す、凄まじい回避力ですわね!?とにかく、後は私が!』

先程のレーザーの弾道から、セシリアは相手の位置を予測し、その場所にロックを向けた。しかし・・・

『ああっ!?・・・そんな、まさか!?』

「セシリア!?どうした、何がこちらに迫っているんだ!!」

そうこうしている内に、もう一人の襲撃者のシルエットが、はっきりと視認できる程になった。

「私の狙撃を生身で躱すとは...中々やるな、ドイツの候補生。」

空より降り立ったのは、蝶のようなシルエットを持つ、紫がかった青色の機体だった。

「その機体...!知っているぞ。セシリアのブルー・ティアーズの二号機だな。貴様の様な輩が、どうやってその機体を手に入れた?」

「それは言えんが・・・大方、予想はつくだろう?そら、迎えに来たぞオータム。中々手堅くやられたらしいな。」

「うっせえ...そもそもこの作戦、立案したのはテメェだろうが。」

『逃げられてしまう!?どうにかしませんと・・・!!』

「待て!我々は今、学園の範囲外にいるんだぞ!下手に騒ぎを起こす訳には・・・」

 

「このまま行かせると思うの?テロリストの癖に、ずいぶん能天気な思考してるのね。」

 

そこに、普段着を着た厳弥がどこからともなく現れた。しかし、カジュアルな服装とは裏腹に、その顔にいつもの様な快活さや光はない。ただただ怒りと憎悪が存分に込められた視線が、襲撃者2人に向けられる。

「貴様・・・そうか、貴様が噂に聞く伊東 厳弥...お初にお目にかかるな、テロリスト狩りの女。」

「アンタ等と交わす挨拶も言葉も無いわよ。私はただそこの、うちの会長が叩きのめした女に用があるだけ。」

厳弥はすたすたと、ISを纏わずに、怯える様子もなく彼女らに近づく。そしてオータムの前に立つと、右の拳をきつく握り締め、それを容赦無く彼女のみぞおちにぶち込んだ。

「ご...がっっ・・・!?」

「会長が私たちの分まで、アンタを徹底的に叩きのめしてくれた事は軽く想像できる。あの子は義理堅くて、責任感も強いから。...でも私はやっぱり、自分の手でやらないと気が済まないの。アンタみたいな奴らを潰す時にはね。」

厳弥はそう言って、深々と刺さった拳を戻す。腹部の圧迫感から解放されたオータムは、勢いよく咳き込んだ。

「ガハッ...そうか・・・昼間に感じたあの殺意。ありゃあのガキ(会長)のもんじゃなくて、テメェだったかッ...」

しかしそんな彼女には目もくれず、 厳弥は踵を返して2人に背を向ける。

「癪だけど...本ッ当に不本意だけど、今はこの程度で済ませてあげる。・・・でも次は絶対に潰す。アンタ達の思想も目的も尊厳も、全部真っ向から捩じ伏せて、徹底的にすり潰す...覚えてなさい。」

「はは、思ったよりもお慈悲が深いのだな。ならばありがたく、ゆっくりと帰還させてもらうよ。では、また会おう。そこの貴様らもな。」

そう言い残して去っていく襲撃者二人を、三人は黙って見つめていた。そして姿が完全に見えなくなった時、厳弥はふっと警戒を解き、いつもの笑顔でラウラの方を向いた。

「ごめんね、横入りしちゃったかしら。セシリアちゃんもいるのよね?じゃあ、私たちも帰りましょ。二人共今日は、学園祭に襲撃事件と疲れただろうし。」

『は、はい・・・分かりました・・・』

(セシリア・・・明らかに動揺しているな。まあ、無理もあるまい。自身のISの姉妹機が、何故か敵の手に渡っていたのだからな・・・しかし、それより)

ラウラは目の前を歩く厳弥を見て、先程の彼女の修羅の如き様相について考える。

(あれ程の殺意と憎しみを、何故持つことができる?身内に、テロリズムによる犠牲者がいるのか...?ダメだ。あまりに繊細な内容で、迂闊に聞き出せん・・・伊東 厳弥、何が貴女をそうまでさせるのだ?)

 

 

 

 

「・・・うん?何だこれは。」

彼女らのアジトに向けて飛行する少女は、オータムの腹部に鈍く光る物があるのを発見した。彼女は、それを強引に外して手に取る。

「これは・・・発信機か。殴った時に、密かに取り付けていたのか...伊東 厳弥、まったく食えん奴だ。」

 

 

 

 

時刻は夜になり、日もすっかり沈んだ頃。一夏はリボンズ・衣恵・刀奈と共に、学長室を訪れていた。

「本当に、申し訳なかった。今回の件は、僕の気の緩みが起こした事だ。全ての責は、この僕にある。」

「いやいやいや!そう言うなら、彼女の違和感に気づいておきながら、学園内に通してしまった私の責任ですよ!警備員を代表して、私が罰を受けます!」

「いいえ、これは会長である私の責任よ。内部のセキリュティがもっと強固な物であったなら、ここまでの事態に発展していなかった筈だもの。処罰は私が、甘んじて受け入れるわ。」

彼らから一斉に謝罪された一夏は、あまりの絵面に慌ててフォローをする。

「や、やめて下さいよ!!俺、別に皆が悪いとか思ってませんし!いやむしろ、結局俺が弱いのが...」

「「「今それは関係ない!!!」」」

「アッハイ...」

三人から一斉に突っ込まれ、一夏は押し黙ってしまった。

「埒が明かないわね...こうなったら、十蔵さんに決めて貰いましょ。」

「そうだね。実質的な学園の長である彼の決定ならば、文句は言うまい。」

「た、確かに!学長先生、私を選んで下さい!!」

それぞれの非を強く主張する彼らに、学園の長である轡木は、思わず苦笑する。

「普通は、自分の責任を回避しようとするものなんですがねえ...それで、誰に責任の所在があるのか、でしたね。ううむ・・・」

彼の答えを、三人は静かに待つ。

「...そうですね。本人が良いと言っていますし、彼が受けた被害に関しては、不問で良いのではないでしょうか。しかし、国際的なテロ組織の構成員を招き入れ、あまつさえ生徒に手を出されたという事実は、明確な失態です。これは貴方達の内一人に責任があるというより、我々大人たち全員に非があったと言うべきでしょう。よって、明日にでも緊急会議を行います。関係者全員を集めて、今後の防止策を話し合いますので、各自自身の考えをまとめておいて下さい。」

三人は少し不満そうだったが、一先ずそれで納得したようだった。それを満足そうに見た彼は、続けて一夏に話しかける。

「織斑君。今回は災難でしたが、君の言ったことも間違いだとは言い切れません。十分理解していると思いますが、君は表向きには世界で唯一の男性操縦者なのです。今後も、あの手この手で君に接触しようとする輩が現れるでしょう。そういった不埒な者たちから身を守る為、貴方は技能面でも知識面でも、もっと実力をつける必要があります。なので、より訓練に励んで下さいね。」

「は、はい!勿論です!!」

「ならせめて、これからも私に訓練を見させて。他の子達とやる訓練も合わせれば、多分万人力よ?」

「僕もそうしたい所だが...校内とはいえ、不用意にガンダムを人の目に晒すわけにはいかない。ここは君に譲ろう。」

「うう、私の機体もかなり特殊だからなあ...あんまり参考にできないかも ・・・ごめんね、織斑くん。」

「いやいや、ホント大丈夫ですって!ていうか、今ですらいっぱいいっぱいなんで!!」

「ははは・・・まあ無理はせず、実力に合った訓練を行って下さい。ところで、リボンズ君。君にはまだ、話をすべき人がいるのではないですか?ほら、丁度扉の向こうで待っている様ですよ。」

その言葉を受けて彼がドアを開けると、その向こうにはラウラの姿があった。

「教官・・・申し訳ありません、盗み聞きの様な真似を...」

「・・・いや、丁度よかった。僕も君に、伝えなければならないことがある。」

 

 

 

 

リボンズは、ラウラを連れて外に出た。昼間とは違って、夏の過ぎた夜は少しひんやりとしている。

「...まずは、君に感謝を。今日の事件で、僕は何も出来ずにいた。遅れてしまったとはいえ、彼を救出し、『白式』強奪阻止ができたのは、間違いなく君の助けあってこそだ。改めて、ありがとう。」

彼の感謝の言葉に、ラウラは嬉しそうにしつつも、申し訳なさそうに顔を彼から逸らしてしまう。

「いえ・・・買いかぶりですよ、教官。私も、シャルロット達の協力無しには、あの結論に行き着く事はできませんでした。」

「ならば、迷わず彼女らに頼った君の判断力が、僕を救ったと見るべきだろう。...君は僕よりも利口だ。なんせ僕はここに来てようやく、他者を信じて頼る事の大切さに気付かされたのだからね。もっと早く分かっていれば、臨海学校でもあんな失敗は・・・いや、むしろあれがあったから、僕は僕の道を見つめ直せた、と言うべきか。」

「私も同じようなものです。自身の存在意義を見失っていた時、自分の心に従い生きろと...それが、人を人たらしめている物なのだと、ある者に教えられました。あの言葉のおかげで、私は私の思いを・・・願いを見つけることができた。」

ラウラはそこで顔を正面に向け、彼と向き合う。

「私の願いとは・・・貴方の支えとなることです。貴方が我々を守ろうとする時、私は自身の無力さをいやでも痛感させられる...私はまだ、それ程までに弱いのでしょうか?教官から、ガンダムという力を頂いても、まだ・・・」

彼女は彼の目をまっすぐ見て、そう訴えかけた。

「・・・そう、君に聞いて欲しい事とは、他でもないそれに関する事だ。」

「!!」

その時、ラウラは胸を躍らせた。一夏がなんとなしに言っていた『近頃』が、本当に訪れたのかと。彼女は今か今かと、期待感で溢れそうになる胸を押さえつけ、彼の言葉を待った。

 

「ラウラ、君を破門とする。これより君と僕は、師弟の間柄ではない。」

 

「・・・は?」

あまりに唐突で、予期していなかった言葉に、ラウラは間の抜けた声を出してしまう。

「聞いた通りさ。君と僕は...ああすまない、ちゃんと説明をさせてくれ。まったく初めてだな、君がそんな顔をするのを見たのは・・・」

彼は、今にも泣きそうになりながらふくれっ面をしているラウラを慌てて宥めた。

 

「では、話を続けよう。君の実力は僕も認めているさ。君がここまで実力を伸ばしてみせたこと、僕も鼻が高いよ。・・・だが、師弟という関係がある限り、僕はいつまでも、無意識に君を庇護下に置こうとしてしまう。以前の僕はその関係に甘えて、君を盲目的に守ろうとしていた。だからそれを無くして初めて、僕たちはただの人と人同士、対等に接することができると考えたんだ。」

「それでは・・・これからは、もっと我々に...私に、背中を預けて頂けると?」

「約束するよ。もう僕は、今日の件も踏まえて僕の『程度』を知った。今後は状況に応じて、積極的に君たちの助けを借りよう。」

その言葉を聞いて、彼女はやっと安堵した様子だった。

 

 

 

 

 

 

その後、彼らの間にしばし沈黙が訪れた。二人揃ってぼうっと景色を眺めていた時、ラウラから口火は切られた。

「まだそんな時期ではありませんが・・・少し、冷えてきましたね。名残惜しいですが、そろそろ戻りましょう。」

「そうだね...だがその前に、先日の君からの『贈り物』へのお返しをさせてくれ。」

「贈り物...?もしや、あの花の事ですか?」

「そうだ。僕の自惚れでなければ良いのだが...あれは、遠回しの告白だったんじゃないかい?」

「・・・やはり...気付いておられましたか。」

「少し...いや、かなり悩んだ。己の理性との間で葛藤した。君は僕などでいいのか、そもそも自分は、誰かとの色恋を許されるような者なのか・・・だが、このまま君の思いを無下にし続ける事を、僕の感情が何よりも許さなかった。そしてこれが、僕の出した結論だ。」

彼はすうと息をつき、意を決してその答えを口にした。

 

 

「僕は愛し、愛されるという関係にあまり馴染みがない。だから、今でもぎこちなさは拭えないが...君が大人になって、未だにその気持ちを変わらず持ち続けていたなら・・・僕は君に、一人の男として応えよう。君という、一人の女性の思いに。・・・長らく待たせてしまったね。これで漸く、君の思いに報いることができる。」

 

 

少し受け身気味の答えではあるが、彼なりに考え抜いた結果であろう事は、彼女に十分に伝わっていた。

「・・・ははは...教官、私の執念深さを甘く見て頂いては困ります。私は数年間貴方の影を追い続け、その情念からISを暴走させた程なのですよ?あと数年など、楽なものです・・・ですので、どうかお待ち下さい。私も、すぐさま追いつきますから。」

「...ああ。心配せずとも、他の女性になびくことはないさ。焦らずに、堂々と成長して、大人になっていってくれ。僕もいつまでも、君を待ち続けてみせるよ。」

 

 

 

 

「そうだ、今日の君の働きへの感謝の印として、君の頼みを何でも一つ聞こう。」

「な、何でも・・・教官、本当によろしいのですか?」

「遠慮することはない。何でも言ってくれたまえ。」

「それでは、その...私を、抱擁して頂けると・・・」

「そんな事でいいのかい?では、少し失礼するよ。」

彼はラウラの目の前で少ししゃがんでから、彼女に両手をまわした。ラウラもはにかみながら、同じ様に手を彼の背中にまわす。

「教官は、大きいのですね・・・いつもお近くで見ていた筈なのに、こうして密着するまで、実感がありませんでした。」

「そう言う君こそ。いつもは大人びていて、一見成熟している様に見えるが...蓋を開けてみたら、まだうら若い少女だ。・・・もう少し、近付いてみるかい?」

「ええ、お願いします」

二人は更に近付き、互いの心音が聞こえそうな程の距離まで密着した。ラウラは嬉しそうに目を閉じて、頭をゆっくりと彼の左肩に預けた。

「不思議なものです・・・こうしていると、世界が一段と輝いて見える。世界が、希望で満ち溢れている様に思える。皆の、幸せそうな声が・・・ははっ、どうしてしまったんだ、私は・・・?これではまるで詩人か、異常者じゃないか...」

「きっとそういうものさ。昔から決まっているじゃないか、誰かに書いて送ったラブレターは、傍から見れば痛々しいものだと。」

「ふふふ...しかしもう、これ以上御託を並べることはしません。回りくどい方法も、あれきりです。伝えます。今、目の前の貴方に、私自ら・・・!」

 

彼女は感極まった様子で、眼帯を乱雑に外した。その両の目は、溜まった涙できらきらと輝いている。そして大粒の泪をぼろぼろと流し、リボンズの肩を濡らしながら、彼女は精一杯の笑顔で伝える。

 

 

「愛しています・・・愛しています!!!貴方が軍を去ったあの日から、ずっと...!!」

 

 

そこにあったのは、なんの飾りも含みもない、ただただ純粋な彼女の思い。彼女の中で渦巻き、力強い奔流となって、ついに溢れ出したもの。彼女のリボンズに対する、海よりも深い思いであった。

 

彼の背中にまわされた彼女の手が、きゅっと彼の服を掴んだ。その瞬間、彼に電流のような衝撃が奔る。

(何だ、この感触は...?暖かい。なんてことのない行為の筈なのに、とてつもない安心感を覚える。これが、人と人を繋ぎ、人間の世を紡ぎ出しているもの・・・僕はこれを、かつて支配しようとしていたのか。この暖かさを、暴力的なまでに冷たい、武力と圧力で押さえつけようと・・・)

彼は、かつて自分がやろうとしたことがどういうことなのかを、改めて理解した。そしてここで彼は、己の使命を自ずと導き出した。

 

(ならば...僕がこの世界で生を受けた意味は、きっと「これ」だ。あの世界で犯した罪を、帳消しにすることなどできない。しかし少しでも、かつての大罪の償いをする為・・・守らなければ。この暖かさを持つ人間を...そして、彼らが織り成すこの世界を。)

 

 

 

 

 

 

 

おまけ

 

「そういえば教官、私たちはもう、師と教え子の関係にはないと仰りましたが・・・もう『教官』と呼ぶべきではないのでしょうか?」

「そういえば確かに・・・まあ、君の好きな様に呼んでくれて構わないよ。」

 (わ、私の好きな様に...な、ならば!!!)

「・・・り、リ・・・ボン...ズ・・・ああいや、 だん・・・な、・・・〜〜ッ!!ダメだぁぁぁ!!!」

「ハハハ、それはいささか気が早すぎるな。どうしても難しいというなら、今まで通りでもいいさ。それに、人前でその様に呼ばれるのは、幾ら僕でも気恥ずかしいものがある・・・」

 

 

 

 

「ラウラ、アンタ・・・やればできるじゃないの、やれば!!ヤバイ、ちょっとこっちまで泣けてきちゃうわ...」

「ええ・・・プラトニックと言いましょうか、とても清らかなものを感じますわね。」

「凄いなぁ...あの二人を見てると、なんだか僕まで、ほわほわした気持ちになってくるんだ。心から幸せな人って、周りの人もあったかくしちゃうのかな・・・」

「ああ・・・私もいつか、あの様になりたいものだ。」

「ちょっと箒、それは聞き捨てなんないわよ。...まあでも、それに関しちゃ同感ね。一夏をくれてやるつもりは無いけど!」

「まあまあ、これ以上覗き見をするのも失礼ですし・・・私たちは、いち早く退散致しましょう。」

「うむ。それにこれからは、思い切り奴らの世話を焼いてやらんとな!!」

「頼ってくれるって言ってたし、そこは悪い気はしないわね...てか、アンタはまだ焼かれる側でしょ、バカ!」

「しーっ!声が聞こえて、雰囲気を壊しちゃったらどうするの!静かにだよ、静かに!」




ということで、ひっさびさの最新話でした。如何だったでしょうか。
リボンズがどのように成長するか、どのように変われるのか。それを考えたら、この道に行き着きました。仲間を信頼することと、人間を守るという道。しかし、これが彼の贖罪の完成形ではありません。今後多少なりとも変わります。ですが、少なくともリボンズ自身は、これで完全に変革しました。あとはほぼ駆け上がるだけです。

そして、この小説のラストに関わることですが、一応ちゃんと考えてあります。ですので、期間はあいても未完で終わらせることは絶対に無いとお約束します。もちろん、作者自身もなるべく早く投稿できるよう努力いたしますので、これからもどうぞよろしくお願いいたします。
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