黒子のバスケ~もう一人のマネージャー~ 作:植物
電話でそう言われた……悲しい声だった。悔しい声だった。
何て声を掛ければいいか、分からなかった……
中学に入学する数日前……友達の兄から、友達がしていたピン留めとリストバンドが渡された。
『優ちゃんはバスケが出来る……だから、優ちゃんのバスケをやって』
電話で、その言葉を聞いたのが……友達の最期だった。
「青峰ぇ!!」
放課後、自主練をしていた青峰に怒鳴り声を上げながら緑間が体育館へ入り込んできた。
「何だ?みど」
「貴様、橙野に何をしたのだ!!?」
「は?橙野?誰だ?」
「橙野優希だ!!予言少女で、キャプテンと赤司、監督達が目を付けているマネージャー候補の!」
「優希?……あ!あいつ、橙野って苗字だったのか!?」
「そうなのだ!……って、なぜお前が」
「随分前にダチになったんだ。
初めはなんか、ビクビクしてたけど今は全然」
「そういう問題ではないのだ!!お前は、何をしたのだと聞いているのだ!!」
「何をしたって……何のことだが、俺には」
「昼休み、橙野に声を掛けたのだ。そしたら、奴は突然」
『しばらく、考えさせて……
あの……青峰って人に昨日はごめんって伝えといて』
「……は?」
「は?ではない!!」
「いや、そんな事言われても、見覚えが……あ」
青峰の脳裏に、昨日の記憶が蘇った。
「覚えがあるの?青峰君」
「昨日、優希とあいつの小学生時代の知り合いとバスケやった。
そういや、アイツ等酷い事言ってたな」
「酷い事?」
「優希の事を人殺しとかって……」
「え……それって」
「けど、何かの間違いだろ?どうせアイツ等が」
「いや、半分間違ってないのだよ」
「え?」
「赤司達が橙野に目を付けてから、少し彼女の過去を調べたのだよ。
橙野は六年前にレッドチームという、ミニバス女子部門最強チームに入部し、四年前にはミニバスの期待選手として世間に注目されていた」
「スゴォイ!」
「そして彼女と同じ様に期待されていた選手がもう一人いた。
彼女の名前は、水谷弥生(ミズタニヤヨイ)。
当時二人は最強のコンビとして、ミニバスでは名を知らぬ物はいなかった。橙野が『光』としてコートで活躍し水谷がその『光』を支える、『影』として活躍していた。
ところが、六年生最後の試合……相手チームの選手の足が、橙野の足に絡みそのまま横転し彼女は足を挫き欠如した。試合は何とか同点までいったが……水谷のパスをチームメイトが受け取れることが出来ず、相手に取られてしまい」
「負けたんだろ?優希の奴から聞いた。
その後、何か暴力沙汰に巻き込まれたって」
「その暴力沙汰から数日後……水谷は亡くなっている」
「!?」
「警察では、暴行事件が原因だろうと言っている……
彼女が亡くなってから……橙野はバスケの世界から姿を消した」
「……あいつ、親友失くしてたのか」
「ミニバス界の噂じゃ、橙野が水谷を殺したと流れている」
部活後、青峰はいつも通り黒子が練習している体育館へ行った。
「悪ぃ!遅く……?
優希!」
中へ入ると、体育館には橙野がいた。
「……黒にも言ったけど、昨日はごめん」
「……」
「緑間にお願いしといたんだけど、やっぱり自分で直接言おうと思って……」
「気にしてねぇよ……」
その言葉を聞いて、橙野は少し安心したかのように笑みを見せた。だがすぐに申し訳なさそうな表情なった。
「……2人に話した方がいいよね。
昨日、あいつ等が何で私を人殺しって言ったか」
青峰はふと、部活前に聞いた緑間の話を思い出した。
「……水谷っていう親友を亡くしたんだろ」
「!」
「緑間から聞いた」
「……
卒業式を終えた翌日……弥生は自殺したの」
「……」
「暴行された後遺症で、足が思うように動かなくなって……日常生活には支障は無いけど、もうバスケをやるのは無理だって医者から言われて……
遺書には『バスケが出来なきゃもう生きている意味が無い』って書いてあった……」
泣きながら言うと、橙野は左手首に着けていたリストバンドを取った。
そしてそれははっきり黒子達の目に入った……左手首にできた無数の切り傷……
「弥生が死んでから、出来なくなったの……
大好きだったバスケが……あの試合が終わってからそう!やろうとすると、あの時の記憶が蘇って出来なくなったの!その直後だよ……暴行されて、弥生が死んだの。
私があの時、怪我をしなければ……私が転ばなければ……弥生は死なずに済んだ……だから、人殺しなの……
私が転ばなければ、あんな事件も起きなかったし、アイツ等が辛い思いをすることも無かった。だから全部……私のせいなの」
「優希さん……」
「弥生が死んでから、本当にバスケが出来なくなった……分からなくなった……どうやって生きてる証を現せばいいか……
自分を傷付ければ、痛みで自分はまだ生きてるって実感できる……それに、罰も与えられる。
けど……黒達のバスケを見てたら、あの時の……弥生と過ごした楽しかった日々が蘇った。
だから、黒達のバスケは好き」
笑みを浮かべて、橙野はそう言った。すると青峰は、黒子が持っていたボールを取り彼女に投げ渡した。投げられてきたボールを、橙野は慌ててキャッチした。
「出来ないんじゃねぇ……壁作っちまったから、出来なくなっただけだろ?
見てみろ、お前ちゃんと取れてるんじゃねぇか……ボール」
「……」
「だから、お前はお前のバスケをやればいいじゃねぇか……それに、点数を予言できる才能持ってるんだろ?
だったら、俺等の支えになってくれよ!」
青峰の姿が、一瞬橙野の目に水谷の姿と重なって見えた。すると、目から大粒の涙が溢れ落ちた。止めようと何度も着ていたセーターの袖で拭くが、涙は収まらずにいた。そんな彼女の頭に、青峰は持っていたタオルを掛けそしてその上から手を置いた。
「優希さん……」
「?」
「今後とも、よろしくお願いします」
言いながら、黒子は手を差し伸ばしてきた。橙野は涙を拭きながら笑みを浮かべて、彼の手を握った。黒子に続いて青峰も拳を差し出した。橙野は黒子に向けた同じ笑みを彼に向け、そして拳を合わせた。
青峰達と話をした翌日、橙野はバスケ部へマネージャーとして入部した。彼女が来たお陰か、三軍にいた者達がみるみるうちに成長していった。
また、的確な指示を出す他、部活終わりに出される差し入れのお菓子等で、部員達の中では桃井と一二を争う人気者となった。
数日後……
二軍の練習試合……ベンチに座る青峰。その隣に髪を結った橙野が立っていた。
「このままいったら、点数どうなるんだ?優希」
「……75対45……?」
橙野がふと相手側のベンチに目を向けると、そこには小学生時代の男子の一人が上着を脱ぎ、スタンバイしていた。
「……コーチ」
「?」
「今すぐ、青を入れて下さい」
「何故?」
「おそらく、相手側のチーム……あの人と交代させます。
彼はミニバス界では、最強の男子チームの一員です。もしこのまま変えずに続けたら」
「負けるのか?」
「可能性は高いです。
チームを抜けて、中学に上がってからの彼等の練習は分かりません……けど、実力を上げているのであれば、この数字は見えない」
「何点なんだ?」
「……88対98」
「!」
「すぐに交代させるか……青峰、準備しろ」
「おう」
笛の合図が鳴り、それぞれのチームは選手を交代させた。
青峰の圧倒的な力に、男子は手も足も出なかった……
そして試合は終わり結果は……
「98対88……勝者帝光中学バスケ部!」
その結果を聞いた橙野は、安心したかのように息を吐いた。
選手達がバックに自身の荷物を詰めている時、あの男子は他の男子2人を連れて、赤司と話していた橙野に寄った。気配に気付いた橙野は彼等の方に振り返った……たが次の瞬間、一人の男子が彼女の頬を思いっ切り殴り飛ばした。
「!!」
「優希!!」
飛ばされた勢いで、床に倒れ込む優希の元へ青峰達は駆け寄った。
「人殺しが!!
何出しゃばってんだよ!!」
「人殺しのくせして、よくもまあバスケ部に入ったもんだな?」
「テメェ!!」
殴り掛かろうとした青峰の前に、赤司が立ちはだかった。
「自分が負けたことを、他人のせいにするのは良くない。
負けたのは、お前達が練習不足だったのに過ぎない。ミニバス界で最強と呼ばれ煽てられ……いい気になって、練習をサボった結果がこれだ」
「っ……」
「まだ橙野に何か言いたいのであれば、俺が話を聞こう」
とてつもない赤司の威圧感に、男子達は後ろへ下がった。
その後、男子達はキャプテンらしき人に怒られ、それを背に顧問と監督は橙野と監督に、頭を下げ詫びていた。橙野は頬に湿布を貼って貰い、二軍と共に帰った。
「……赤」
「?」
「……さっきは、ありがとう」
「当然のことを言ったまでだよ。
それより、頬の腫れはどうだい?痛むか?」
「……平気」
「なら良かったよ」
「今回のこともあるから、もう奴等はお前を襲ったりすることはねぇだろ」
そう言いながら、青峰は橙野の頭を雑に撫でた。バサバサになった髪を直しながら、笑う青峰と赤司を見た。2人の姿が一瞬、ミニバス界で活躍していた頃の自分と橙野に見えた。
(弥生……
私は私のバスケを見つけたよ。だから、空の上から見守っててね)
リストバンドを見つめ、橙野は先に行く皆の後を追った。