黒子のバスケ~もう一人のマネージャー~ 作:植物
「お~い、優希」
橙野が歩く背後から、灰崎は体を預けるかのようにして凭り掛かり腕を回してきた。橙野は体をビクらせ、震えながら後ろを向き、怯えた声で彼に話し掛けた。
「な、何?」
「今日の練習、灰崎は腹痛で休むって言ってくれねぇかなぁ」
「そ、そういうの……直接、言えば?」
「面倒だから、お前に頼んでんだろ?」
「……けど……!」
肩に乗っていた腕が次第に、橙野の首へと周った。その行為に異様な恐怖を感じた橙野は、金縛りにでもあったかのように、身動きが取れなくなってしまった。
「それから優希、もう一つ願いがあんだ」
「お願い?……な、何?」
「何をしてるんだ?」
通り掛かった赤司の声に、灰崎はすぐに腕を橙野から外し、舌打ちすると体育館へは行かずどこかへ行ってしまった。解放された橙野は、力が抜けたかのように持っていた籠を落とし、座り込んでしまった。
「大丈夫かい?」
「う、うん……赤、ありがとう」
「どうって事はない」
籠に入っていた物を入れ、籠を持ち橙野は体育館へ行こうとした時だった。
「橙野!」
「?」
「今日、空いてるか?」
「え?別に……空いてるけど」
「次の試合のデータを纏めたいんだ……よかったら、手伝ってくれないか?」
「……うん」
練習光景を見る橙野……それは黄瀬と灰崎のスタメンを賭けた試合だった。
だが、その試合の結果は呆気なく灰崎の勝利へとなった。負けた黄瀬を、馬鹿にしながら灰崎は女と共に体育館を出て行った。
「……橙野」
「?」
「灰崎の能力はどうだ?」
「……試合には有利だと思うけど、今後使うには涼がいい」
「そうか……」
部活後、試合のデーターを纏め上げた赤司と橙野は、校舎を出て校庭を歩いていた。
「すっかり暗くなったねぇ」
「そうだな……今日はありがとう。おかげで早くできたよ」
「いいよ。私もデータ纏めるの好きだから」
「手伝ってくれた御礼に、家まで届けさせてくれ。外は暗いし」
「いいの?そんなことして貰って」
「構わないよ。それに暗い道に女性一人を歩かせるのは、怖いからね」
「……じゃあ、お言葉に甘えて」
街路を歩く二人……その時、騒ぎ声が聞こえた。顔を見合わせ二人は、現場へと向かった。
「!?」
「!?」
そこにいたのは、他校の男子を殴る灰崎だった。それによく見ると、彼に殴られていた男子はかつて橙野をいじめていた男子達だった。
「橙……野」
痛みで蹲っていた男子の一人が、弱々しい声で橙野の名を呼んだ。
「よぉ、優希~。
見てみろ、お前のこといじめてた野郎共、懲らしめてるんだぜ?感謝しろよ」
「……いじめなんて、もう終わってる」
「あれ~?そうだったけ~?」
鞄を落とし、倒れている男子達を呆然と見た。その光景が一瞬、ボロボロになった弥生が重なって見えた。
「……よい」
「さ~てと、最後にバスケを二度とやれねぇように、痛め付けとくか」
そう言いながら、灰崎は鉄棒の看板を手に持ち男子の方を向いた。だが向いた先には、息を乱した橙野が立っていた。
「あん?おい優希、何の真似だ?」
「橙…野?」
「……させない。
こんな奴等でも、こんな奴等でも!」
「優希、そこを退け」
「嫌」
「じゃあ、しょうがねぇなぁ……」
看板を振り上げ、そして勢い良く振り下ろそうとした。次の瞬間、その行為を赤司は止めた。
「……赤」
「そこまでだ灰崎」
「んだと……赤司、そこを……!」
赤司の底知れぬ威圧感が、灰崎を襲った。彼は何も言わず鉄棒を投げ捨てその場から立ち去った。
間もなく、救急車が呼ばれ男子達は運ばれていった。命に別状はなく、数日安静にすれば再びバスケはできると、橙野の耳に入ったのは数日後の事だった。
一軍の練習風景を見る橙野……彼女の目に映るのは、青峰と対等に戦う黄瀬だった。
「……赤」
「もう分かってる」
部活後、赤司は灰崎を呼び退部を言った。
「あぁ?赤司、テメェ今何つった?」
灰崎は赤司を睨みながら、彼の胸元を掴んだ。だが赤司は、それに怯えることなく淡々と話をした。
「バスケ部を辞めろ……これは命令だ」
「んだと」
「むしろこれは、お前を気遣っての事だ。
底は決して、褒められるものではないが……今まで帝光の勝利に貢献してきた。
だがお前は、黄瀬には勝てない。
近い将来、スタメンの座を奪われるだろ……そうなれば、プライドの高いお前は、結局いなくなる」
「この俺が奪われるだと?」
「早いか遅いかだ……どちらにせよ、結果は変わらない」
「テッメェ!!」
街路を歩く橙野……その時、前に一人の男子が立った。
「……!」
「ちょっといいか」
その男子は、灰崎から暴力を受けた男子だった。
男子と共に近くの公園に置かれていたベンチに座り、缶ジュースを飲んだ。
「……バスケは出来てるの?」
「もう少しすれば、試合復帰だ。もちろん他の二人も」
「よかった……」
「あの不良はどうなったんだ?」
「バスケ部、退部した。
キャプテンの命令でね」
「そうか……
なぁ、橙野」
「?」
「何で……あん時、助けてくれたんだ?
あんだけ、酷いことしたのに……」
「……
見たくなかったの」
「?」
「弥生と同じ道を、歩ませたくなかったの……
大好きなバスケを無理矢理取り上げられて……絶望して……
弥生ね……私に言ってくれたの『優ちゃんはバスケが出来る……だから、優ちゃんのバスケをやって』
けど、今の私はまだ本格的にバスケをやるのは多分無理……だったら、バスケを楽しんでる人達のサポートをしようって思ったの」
「……」
「……あなた達を弥生の二の舞にはしたくなかったの……」
「……
色々悪かったな」
「……別にいいよ」
「それから、ありがとう……あん時助けてくれて」
その言葉に、優希は微笑んだ。男子は空になった缶ジュースを捨て、手を差し伸べた。
「対決することになったら、絶対負けないからな」
「こっちだって」
立ち上がり、優希は差し伸べた手を握った。互いを認め合ったかのように、真っ直ぐな眼差しで二人は見つめ合った。