大地が、空が、そして何よりもそこに住まう人々が、
もっとも生きる力に満ち溢れていた時代であった、と。
世界は、今よりもはるかに単純にできていた。
すなわち、狩るか、狩られるか。
明日の糧を得るため、己の力量を試すため、
またあるいは富と名声を手にするため、人々はこの地に集う。
彼らの一様に熱っぽい、
そしていくばくかの憧憬を孕んだ視線の先にあるのは、
決して手の届かぬ紺碧の空を自由に駆け巡る、
力と生命の象徴――
鋼鉄の剣の擦れる音、
大砲に篭められた火薬のにおいに包まれながら、
彼らはいつものように命を賭した戦いの場へと赴く。
――――モンスターハンター プロローグより
走れなくなった馬がやがてその命を失うように、人も歩みを止めては生きられない。彼らは新たな道を、新たな力を求め、ただ黙々と足跡を刻む。しかし時には、人は足跡を刻むことを止めることで、先へと歩むときもある。微かに空気が変わった。アプトノスやケルビが草を食み、それを虎視眈々と狙うランポス。狩る者と狩られる者、食うものと食われる者。比較的穏やかなシルクウォーレの森とシルトン丘陵を跨ぐ狩場、所謂森と丘と呼ばれるここでも、食物連鎖は例外なく廻っている。
ひっそりと息を潜め、機を待ち続けていたのはランポス達だけではない。森の狩人たるランポスらに引けを取らぬ狩人の眼光を光らせ、飛び出したくなるような今を耐え忍ぶ男が二人。一般にハンターシリーズと呼ばれる、獣の皮や布、そして金属を組み合わせて作られた防具に身を包むが、それぞれ造りには多少の差があった。その原因は背負う得物にある。無精髭を生やした単発の黒髪の男は、バスターソードと呼ばれる幅広の鉄製の大剣。もう一人の髭をきっちり切りそろえ、白髪交じりの髪を後ろで馬の尾のように束ねた男はモンスターの皮や鉄を組み合わせて作られた巨大なボウガン、アルバレストを背負っている。しかしそれぞれ、武器も防具も補修、補強を重ねた形跡があり、二人の年季を物語っていた。
一体どれほど時間が流れただろうか。相変わらず草を食み水を飲む草食動物、それを狙い草むらに潜んで機を窺うランポス。森と丘の日常風景であるそれらをじっと観察する二人は、気配の変化を感じ取っていた。その気配を知ってか知らずか、ランポス達はついに行動に出る。いち早く気づいたのは、小柄な鹿のようなケルビだ。湖から視線をあげれば、草むらから飛び出したランポスが数頭。ほとんど間を置かず巨躯を誇るアプトノス達も気づき、ここは一気に「狩場」となった。追い立てるようにランポスが吠え、アプトノスやケルビは脇目もふらず走り出す。ハンター二人から見れば、まだ距離があった。双眼鏡越しに見るそれは、彼らにとっては見慣れた光景でもある。
逃げ出したアプトノス達だったが、群れの中でも足の遅い、幼いアプトノスが置いて行かれる。それに目を付けたランポスと、気づいた並走するように走っていた親らしきアプトノス。アプトノスは外敵から身を守るため、その巨躯を得るべく進化した。一気に体を捻ってランポスを睨み、巨躯を掲げて威嚇する。ランポスが足を止め、その隙に小さなアプトノスは走り去った。しかし、獲物を追うことを止めるランポスではない。二手に分かれ、アプトノスの脇をすり抜けるように走り出すランポス。食い止めようと、頭を振りかぶり尻尾を振るが、無情にもランポス達は苦も無く通り抜けてしまった。慌ててランポスを追う親のアプトノスだが、時既に遅し。小さなアプトノスは喉に噛みつかれ、二頭のランポスの連携で押し倒されてしまう。取り返しのつかない状態までランポスの狩りが進んだことを察した親のアプトノスは、途方に暮れたように、あるいは全てを喪ったかのように走りを止めた。
双眼鏡越しに観察を続けていた二人は、まだ行動を起こさずじっと気配を殺している。しかし確かに、感じていた微かな気配が、こちら側へ急速に接近してくることを感じていた。
"奴"が来る、という、ただそれだけの気配。しかしそれは、この場にいる全ての生命にとって重要なことであった。
邪魔するものなどいない、というように小さなアプトノスの体を貪り食うランポス達だったが、急激に接近してきた気配に飛び退く。既に他のアプトノスやケルビも、その直前に頭上を過ぎ去った巨大な影に気付き、再び走り出していた。だいぶ距離が近づいてきていたこともあり、ハンター二人は双眼鏡をしまい、移動を開始していた。屈めば身を隠すことができる程度の岩に身を潜め、再び岩の先の様子を窺う。ランポス達が飛び退いた地点にあったアプトノスの死骸に覆いかぶさるように着地したそれは、ランポスと睨み合っていた。青い眼球に蛇を思わせる黄色い瞳は、捕食者の眼。燃える炎のような紅蓮の鱗が築くのは、何者をも寄せ付けぬ甲殻。薄くとも強靭な翼膜を持つ巨大な翼は、空を駆ける王者の証。威嚇に吐き出した炎は、内に秘める猛者の力。
人には決して手の届かぬ紺碧の空を自由に駆け巡る、力と生命の象徴――
そのランポスの闘志はしかし、リオレウスの空気を震わせる威嚇で脆くも崩れ去った――――ランポスが媚びを売るかのように走り去るのを見届けた"空の王者"は、がっしりと足に生えた鋭く巨大な爪でアプトノスを掴む。そのまま巨大な翼を羽ばたかせ、今まさに飛び去ろうとしたその瞬間、走り寄ってきていたハンターが振るったバスターソードが王者の首元で鈍い音を立てる。徹らない、そうバスターソードからの手応えで判断した彼は、地を蹴りバスターソードを振るう反動を利用しながら飛び退いた。そしてその瞬間、ぎょろりと蛇のような黄色い瞳が彼を――王者の食事を妨げた、矮小な無礼者を睨み付ける。バスターソードを握る手に、じわりと冷や汗を感じた。どれだけの飛竜らと相対しても慣れることはない、大きすぎる威圧感と、僅かな高揚感。荒ぶる鼓動と迫る"獲物"の息遣いが、彼にハンターとしての充足感をもたらしていた。
飛竜という強大な存在に、真向から挑むには人の能力は足りない。如何に人が進化し、鉄の剛剣はより鋭く、天を睨む巨砲は更に重く、身を包む鎧はなお固くなったとしても。盾をも徹す牙はより鋭く、空を裂く尾の一撃は更に重く、砲弾すら弾く鱗はなお固く、
身を投げたようにしてリオレウスの突進を躱した大剣使いは、自らの背後で、固い甲殻に何かが突き刺さる音と、一拍おいて爆発音を聞いた。目論見が達成されたことをそれだけで感じ取ると、すぐに跳び起き、再び背負ったバスターソードの柄を握り走り出す。リオレウスが自らに爆発物を撃ち込んだ存在、即ち岩に身を隠していたガンナーを認識し、小賢しいそれに向かって威厳を示さんと口内に炎を蓄える。首をもたげ、劫火の塊を吐きつけてやろうとしたその瞬間、首元への強い衝撃が火球の射出を妨害、目標のはるか上を通り過ぎていった。目論見が成功した大剣使いだったが、次の瞬間、彼の背筋が凍る。咄嗟に後ろへと飛んだ。空の王者の怨嗟を湛える双眸と視線があったかと思えば、視界は爆炎に包まれ、後ろへと飛んだ自らの体も予想より大きく飛んだ。爆風にあおられた彼が地面へ背中から落ちるとともに、ヘビィボウガンを担いでいた彼もまた、その爆風に足を踏みしめて留まることが精いっぱいになっていた。対するリオレウスはといえば、爆風を起こしたと同時に後ろへと羽ばたき距離を取っていた。
体勢を立て直した二人と、空の王者の視線が交錯する。互いが互いを、簡単に排除することなどできない好敵手、と認め合った瞬間である。バスターソードの柄を握り直し、走り出す。その背中側から、いくつもの弾丸が鈍い爆音とともに放たれた。通常弾、と呼ばれる最も普遍的な弾頭を持つ弾丸。空の王者の双翼を捉え、いくつかの小さな翼爪を砕く。意に介していない、というようにいくつもの牙が並んだ咢を開き、劫火の塊を放つ。一直線に走り寄る大剣使いを狙ったそれは、直撃せずとも近くを掠めただけで危険な攻撃。それを承知で、バスターソードを目の前に掲げる。刀身そのものを盾に、火球、ブレスを受け止めた。核を持つとはいえ所詮は炎の塊、と侮るべからず。バスターソードの重量をもってしても、爆風の衝撃が地面を掴む力をわずかに上回り、地面に足が擦れた跡を刻ませる。しかしそれは承知の上と、リオレウスがボウガンの弾丸に怯む様子を見せなかったように、すぐにバスターソードを振りかぶり、体を大きく捻り、前進しつつもその巨大な刃でリオレウスの横面を薙ぎ払うように叩き斬る。否――それはリオレウスの強固な甲殻の前に阻まれ、致命打に至らない。構うものか、と刀身をあえて受け流されるように手元に戻し、反対側の横面を顎側から切り上げる。如何に飛竜とは言えど、バスターソードの重量にわずかに首が持ち上がった。
リオレウスもそこまでされて反撃しない存在ではない。すぐにその巨躯を捻るように、鞭のようにしなり大木のように大きな尻尾を叩きつけてくる。バスターソードで切り上げてきた男を狙った一撃はしかし、彼が咄嗟に身を屈めたことで空を切った。その尾に、何かが突き刺さる。遠いところからちまちまと弾を撃ってくる、小さな存在を思い出したリオレウス。今度はそのガンナーに向かって、劫火を撃ち放った。その攻撃が自分に向けられたものだ、と理解したガンナーは地面を転がるように回避行動をとる。背後で爆発する音を聞き、剣士用のそれと比べてボウガンの機能を阻害しないために防御力を捨てているガンナー用の防具を着こんだ自分に当たっていれば、と想像すると冷や汗が流れるのを止められなかった。
それでも臆することなく、新たに装填していた虎の子をアルバレストから放つ。弾頭が鋭く尖った、モンスターの装甲を貫くことに特化した弾丸、貫通弾である。翼膜に着弾したそれは、当然であるかのごとくリオレウスの装甲を抉り、同時に翼爪をいくつかもぎ取った。この程度でリオレウスの飛行能力が失われる者でもないが、ハンター達の攻撃は着実にリオレウスにダメージを与えることができるという証拠でもある。だが、貫通弾の真の目的は"それ"ではない。あくまで"それ"は決して自身が無意味にここに立っているのではない、という示威行為に他ならない。ガンナーに意識を移したリオレウスだったが、その直後、リオレウスは恐らく生涯で初めて、身に迫る「死への恐怖」を強く感じた。それがどこから発せられる気配によるものか、と認識するよりも早く、頭が大きく揺れた。
大剣を振るうベテランのハンターは多い。そしてその立ち回りは、重量を感じさせないほど多彩で鋭い攻撃を繰り出す。しかし大剣使いは皆、大剣の神髄は「重量を活かした攻撃」にある、と言う。勢いや慣性などを中心に鋭い攻撃を繰り出しつつ、要所要所で重量にモノを言わせた渾身の一撃を放ってこそ、大剣は大剣足りえるのだ、と。リオレウスの頭部を揺らした攻撃は、まさしくその渾身の一撃であった。人の身でありながら大地を揺るがすような一撃。リオレウスは自身に何が起こったのかを認識するのが一瞬遅れ、顔面を覆う自慢の甲殻が一部、切り裂かれて血が流れ出ていることを感じた。
この世は須らく、狩る掛かられるか、すべての生き物はこのどちらかに分類される。しかし今、ここに立つ両者は既に、狩る者であり狩られる者である、と理解していた。空の王者は伊達ではない、王者に挑むものもまた酔狂ではない、と。互いに力を出し惜しみできる状況ではない、と。一度距離を取った双方は、刹那の睨み合いを交える。ハンター二人はバスターソードを構えなおし、アルバレストに新たな弾丸を装填する。リオレウスは空を震わせるほどの咆哮をあげ、口から炎を吹きこぼす怒りを見せる。互いに、無傷ではない。リオレウスの装甲をも切り裂き、抉る、強力な攻撃を小さな存在は持っている。リオレウスの攻撃は、それに直撃はせずとも、それでもなお体にダメージを与えてくる。リオレウスが再び、劫火を放つと同時に、大剣使いもヘビィボウガン使いも弾き飛ぶようにリオレウスめがけ走り出した――――
シルクゥオーレの森とシルトン丘陵を跨ぐ狩場に、斜陽が朱色の光を注ぐ。この森と丘で繰り広げられた激戦を満身創痍ながら制した勝者の、悠然とした凱旋を見送るかのように。彼の者は明日の糧を得る権利をもぎ取った。故に勝者は、次の義務を負う。生き抜くための糧を得る戦いは、決して終わらない。生き残り続ける限り。しかしそれは、明日への希望でもあった。飛竜にせよ狩人にせよ、足跡を刻むことを止められる生き物などいない。彼らは新たな道を、新たな力を求め、ただ黙々と足跡を刻む――――
モンスターハンタークロスでココット村に行けるのが懐かしすぎてつい……作中の進行は分かる人なら何がモチーフになった流れか、わかるかなぁと。