死を視る白眼   作:ナスの森

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一話目の書き直しです


勧誘

 忍や魑魅魍魎が跋扈する世界。

 

 その世界の夜の森の中に佇む一つの人影があった。

 

 森林の密度が比較的低く、かぐや姫が今にも降りてきそうな美光を放つ満月の月光に晒されながら、男はただそこに佇んでいた。

 男の周りには、つい先ほどまで生きていたナニカが大量に転がっていた。

 ある者は四肢を切り離され、ある者は心臓を一突きにされたまま動かず、あるものは自分が死んだ事すら気づかないような驚愕な表情を残したままその頭部を真っ二つに切断されていた。

 周りにあった草は死体から流れ出た血や戦闘による返り血によって薄い紅蓮に染まっており、時が経つにつれて草の葉っぱにしみ込んで漆黒色に変わろうとしていた。

 

 ――――そんな地獄絵図を体現したかのような光景の中心に、男は何事もなかったかのように佇んでいるのだ。

 

「……」

 

 男は無言。しかしその口元は歪んでおり、もし大声で笑おうものならそれは狂笑となるに違いなかった。

 周りの惨状を作り出すのに用いたと思しき、合口拵えの短刀を片手で弄び、それを月光で照らし、その刀身にこびり付いている血を見つめ、時には舐めまわしてその余韻を楽しんでいるようにも見えた。

 

 一陣の風が走った。

 男の着物を揺らし、少なくない落ち葉が風に乗って男の周りにある屍に降り注ぐ。その様は見ていた男は愉快げに内心で笑った。

 ――――結局はどれも同じか。

 死体の上に乗っかった落ち葉がそこから流れ出る血液の水分を吸収し、その質量が増した落ち葉は二度と風に乗っかる事はなく朽ち果てるまでそこで永住する事となった。

 落ち葉は時を経て土へと還り、それはまたその落ち葉が降り注いだ死体についても例外ではなかった。

 ――――そうだ、同じなのだ。

 ――――どうせ皆土に還るというのならば

 ――――いつか死ぬなら、ここで死んでも大差はないってことだ。

 

 男は思い出し、また笑う。

 これらのバラバラに屍たちは皆、男の手によって手足や胴体をバラバラにされ、散っていったのだ。

 まるで空中に舞うを落ち葉をバラバラにするかのような感覚で、それらのパーツが舞い散ったのだ。

 ……この落ち葉のように(・・・・・・・・・)

 

「く、ははは」

 

 ――――同じだ。命あるものもそうでないものもその価値に大差などない。

 男は命というものに大層な価値を見出していなかった。自分と同じ人間達や自分自身に対しても何の意義も見出していなかった。

 だから、こんな惨状だって、まるで散歩の寄り道をするような感覚でする事ができた。

 

 男は命に価値を見出してなかった。

 

 男には生の実感が欠如していた。

 

 男は、万物は、世界は、とても脆いものであると理解していた。

 

 ――――そんな男にとって価値ある物があるとすれば、それはきっと……。

 

「……近いな」

 

 男の体が獲物の気配を感じ取る。

 心なしか先ほどよりも笑みが深くなっていた。

 ――――こいつらのような有象無象とは訳が違う。

 距離はそれほど近くないにも関わらず、それでも男はすぐ傍にいるかのようにその存在を感じ取っていた。

 大きいチャクラが二つ――――特にもう一方はあの化け狐を彷彿とさせる莫大なチャクラすら感じる。

 そして、更に得体の知れない気配がもう一つ、いや、二つあった。

 

 まだ見ぬ獲物の存在感を肌と本能で感じ取ったシキは、刀身についた返り血を一舐めで舐めとると、薄ら笑いを浮かべた。

 たった今彼を支配した感情は久々に殺し甲斐のある獲物に巡り合えるという期待から来る歓喜、それだけだった。

 

 ――――ハァ、ハァ……

 

 肌は戦慄で震える、鼻息が荒くなる、血流は激しくなり、まるで恋人を待ちわびる乙女に似た感情すら抱きそうにある。

 

 早く、会いたい。

 

 ……会って、解体したい!

 

 思ったが吉日、男は歩を進め、笑みを浮かべながら行動に移る。

 

 

 ――――さあ、おもてなしの準備をしなければ。

 

 

     ◇

 

 

 木々のヴェールが延々と続く山道を歩く二つの人影があった。

 両者ともに赤い雲の模様が入った黒い衣を身にまとっていた。

 一人は人間離れしたような風貌を持っており、肌の色は水色、顔はまるでサメをそのまま人型に押し込んだようにも見え、背中に一本の大刀を背負っていた。

 もう一人は黒髪で冷徹かつ落ち着いた雰囲気を放つ男性だった。背丈はもう一人の男より低く、しかしその在り方はもう一方に引けを取らず、影でありながら、しかし超然としてあった。

 彼らは『暁』というとある組織に所属している者達の内の二人であり、その組織のリーダーからある任務を受けてこの山くんだりまで来ていた。

 

「血の匂いが濃いですねえ。こいつは当たりでしょうか?」

 

 鮫のごとき嗅覚を持つ青白い肌の男・干柿鬼鮫は血の匂いに集られてか好戦的な笑みを浮かべてそう言った。

 

「……ねえ、イタチさん?」

 

 今回の任務の標的が近くにいるかもしれないと感じ取った鬼鮫はこれ見よがしに背中にある大刀の柄を掴む。まるでイベントを楽しみにしている子供のような――否、子供というには殺伐としすぎた空気を発しながら鬼鮫は自分の前方を歩いている己の相棒に問う。

 

「まだ確定した訳ではない。別人という可能性もある。事を急いて標的を見間違えるなよ、鬼鮫」

 

「クックックッ……顔もハッキリしていない相手に見間違えも何もないでしょうに。ここにたどり着いてしまった以上、何かしら持ち帰らなければそれこそ仕損じますよ。何分、無駄足というのが嫌いでして。……まあ、持ち帰るに値しない輩ですらなかったら、切ってやるだけですがねえ」

 

「目的を見失うな。俺達の任務はあくまで標的を手中にして組織に迎え入れる事だ。無駄な殺しをしに来た訳ではない」

 

「私と同じ同胞殺しである貴方がそれを言いますかねえ、クックックッ……」

 

「……」

 

 からかうように言う鬼鮫に対し、イタチと呼ばれた黒髪の男は目も合わさずにただ無言で耳を傾ける。鬼鮫の言葉に対して何の素振りも見せずに、ただ冷徹に前を見るその眼は一体何を見据えているのかは鬼鮫には見当が付かなかった。

 ……だが、先ほどはイタチに向けてからかうような事を言ってはいるものの、鬼鮫はイタチに対して敬意を抱いていた。

 如何に二人とも同じ『同胞殺し』であろうとも、二人の間には決定的な差があった。

 鬼鮫が殺してきたのはあくまで広い範囲にわたる『同胞殺し』。しかも鬼鮫の出身里である霧隠れの里は任務を遂行する為なら仲間の犠牲すら厭わないと言われている忍び里であり、暗部である霧隠れの追い忍部隊はともかくとして、普通の忍びの間ですら任務のためなら同胞を見殺しにする事すら厭わないのだ。つまる所、『同胞殺し』は霧隠れの間ではそれ程珍しい事ではない。むしろ日常茶飯事とすら言えた。

 その中で情報が他国に漏れないようにするため仲間の護衛につき、暗号部が生きたまま捕まりそうになったり情報を吐くのを防止するため仲間殺しの任についていた鬼鮫は長期に渡り多くの同胞を殺してきた。

 自身に懇意に接してくれた女性もいた、自身を忌み嫌う仲間もいた、様々な同胞を殺してきた。

 鬼鮫は心に傷を負いながらも、それに慣れてしまっていた。

 同胞を殺し続け、心に傷を負い、ついには自身の存在意義にすら疑問を抱くようになりながらも、その『同胞殺し』に慣れてしまっていたのだ。

 

 対してイタチは『同胞殺し』とは正反対の精神で成り立つ、仲間は決して見捨てない事を信条とする木の葉の里で育った。

 しかも殺した相手は一言に『同胞』と言えど、鬼鮫が殺してきたソレに当てはまることはなく、その対象は限定的。

 同胞どころか同じ血を分けた『同族』である。一族間で固い結束で結ばれていた者達なのだ。当然イタチもその一族の中に属していた。

 そんな彼らは木の葉育ち故に馴染みすらなかった『同胞殺し』を一夜にしてやってのけたのだ。

 ――――長期に渡って同胞を殺し慣れて来た鬼鮫。

 ――――一夜にして自分以外の同族を殺戮したイタチ。

 やった事の重さこそこの二人の間に大差はなかれど、一度に負った心の傷には大いに差がある筈である。

 やらされていた自分とは違い、一体どれだけの覚悟を背負ってこの男はそれを実行したのかは見当もつかなかったのだ。

 

「それに判断材料がない訳ではない。リーダーが言っていた事を思い出せ」

 

「正確にはサソリが提示した、大蛇丸が残していった情報を、ですがねえ……」

 

 二人はそう言いながら任務を言い渡される前にした、組織で開かれた茶会の事を振り返った。

 

 

 

 

 

 何処かの洞窟に禍々しく聳える像――――外道魔像と呼ばれるその像の上へ向けられた両手の五本指の上に、人影と思しき幻影が九つ、残りの一つの()は空席を示すかのように空いていた。

 

『新しいメンバーを迎え入れるだと、うん?』

 

『そうだ』

 

 片目が隠れた金髪の青年の幻影が口にした疑問に対し、残りの八人を纏めるリーダーと思しき波紋のような模様の眼をした男がそう答えた。

 新しいメンバーを組織に迎える、この突然の報せにリーダーを除く八人がそれに反応したかのように普段よりも真っ直ぐな目でリーダーを見据える。

 ――――リーダーの目に止まるような人物だ。少なくとも一定以上の実力は持っているだろうと予想は出来た。

 

『……大蛇丸が組織を抜けた時以来の全員の会合かと思えばその話か。確かに、あの男が我らの情報を盗んで組織を抜けたと考えれば奴の組織抜けは地味な痛手だろうな。使える奴がいるのなら新しいメンバーとして補充しておくに越した事はない』

 

 出来れば金を集めてくれるような奴が望ましいが、と覆面をした男はそう付け加えながら、今回の全員を急遽ここに集合させた理由に納得した。

 

『その新しいメンバーがどういう奴かは知らないが、いずれにせよ大蛇丸はぶっ殺す、うん』

 

 片目の青年はその新しく迎え入れられるメンバーが何者であるかを気にしつつも、己の相棒が敵視しているであろう元同僚に対しての台詞を吐く。

 

『それで、その新しいメンバーとやらの詳細は?』

 

『……サソリ』

 

 覆面の男の質問に対し、リーダーの男はメンバーの一人であるもう一人の男に説明役を命じた。……どうやら情報を入手したのは彼であるようだとメンバー全員がサソリと呼ばれた男に目を向ける。

 

『情報源は俺ではなく、かつて暁で俺とツーマンセルを組み、今では裏切り者となっているあの大蛇丸が残していった情報だ』

 

『そういえばサソリの旦那、珍しくあのヒルコっていう傀儡に籠ってねえよな。何かあんのか、うん?』

 

『……あの忌々しい野郎を思い出すとどうもな』

 

 己の相棒に問う片目の青年の疑問に対し、サソリは舌打ちをしながら答える。大蛇丸ともなればサソリが普段籠っている傀儡を解いて自身が直接相手をせねば務まらない程の相手である。その大蛇丸を思い出して今にも探し出して殺してやりたい気分になったのだろう。文字通り己の全力でだ。

 それを察した片目の青年はこれ以上は黙っておく事にした。

 

『……話が逸れたな。あの大蛇丸が残していった情報ってのが癪に障るが、大蛇丸が行方を追っていた角都や飛段のような不死者の多くが一人の男の手によって葬られている事が分かっていてな、どうやらソイツ……木の葉の抜け忍らしい。それも日向一族だ』

 

『……その情報の確実性はどうなんです?』

 

 メンバーの内の一人であった鬼鮫が問う。

 

『大蛇丸もまた不死者の一人だ。奴は『不死』という言葉にはまず目がない。奴はその不死を目指して他人の身体を乗っ取って生き続ける転生術を開発したり、または自分以外に不死者として知られる忍の情報を集めたり行方を追っていたりしていた。無論、その中には角都も入っていたがな。……大凡、実験材料にしてその不死を自分に取り込む算段だっただろうが。奴はその過程で知ったんだ、多くの名のある不死者の忍の大勢が一人の男によって葬られている事をな。きっと恐れていただろうぜ、ソイツの存在をなぁ』

 

 大蛇丸の事を語る度に忌々し気な表情を浮かべていたサソリであったが、最後の言葉で悪趣味げな笑いを浮かべる。早くその者を大蛇丸に会わせ、奴が恐怖する様子を見てみたいと思ったが、生憎とその大蛇丸は自分が殺すと決めている事を思い出してその案は脳内で却下した。

 

『へっへ~! 角都ぅ、お前命拾いしたなあ!? お前がもし暁に入ってなかったら今頃そいつに殺されてたかもしれねえぜ!?』

 

 背中に三本の刃が付いた大鎌を背負った男が隣にいる覆面の男に対し、人差し指で差してげらげらと笑いながらからかった。

 角都と呼ばれた覆面の男はその様子を見て呆れたように溜息を付く。

 

『……それはお前も同じだろうが』

 

『あぁ!? 何言って……ああ、そう言えば――――』

 

 呆れたように呟く角都に対し、反論しようとする大鎌の男であったが、自分も不死の体質である事を今更ながら思い出したようだ。『不死』というただ一点においては他の不死者の追随を許さない男がよりによって自分自身の不死(体質)を忘れていたのだ、滑稽にも程があるだろう。

 そんな己の相棒を見ていた角都はそっと目を逸らし呟いた。

 

『……やはりお前はどうしようもない大馬鹿だ』

 

『んだと角都てめえっ!!? 聞こえてんぞコラっ!?』

 

『よせ飛段。サソリの話はまだ終わっていない』

 

『――――ッ!? ちぇっ……』

 

 角都の台詞を聞き取った大鎌の男、飛段は即座に角都に嚙みつくが、リーダーの男に制止をかけられ、小石を蹴るような動作をしながらなんとか思いとどまった。

 ――――どうせこの茶会が終わればいくらでも噛みつけるのだ、後で思いっきり文句言ってやるぜ、ちくしょう。

 ――――とか何とか考えているのだろうが、この馬鹿の事だ。この茶会が終わる頃にはもう忘れているに決まっている。

 飛段の思考を読んでいた角都はそう結論付けながら再びサソリの方を見る。……事実角都の予想はこれから当たる事となるので如何ともし難かった。

 

『とまあ、先に語った通りに大蛇丸は不死という言葉には目がない。その不死の悉くを無為としてきたその男の事を調べねえ筈がない。奴は興味が湧いたり自らにとって脅威になりうる事は徹底的に調べ上げる質だ、それこそ自分の身体を張ってでもしてな。情報の信憑性は極めて高い。……まことに遺憾だがな』

 

 歯を若干噛みしめながら説明するサソリ。組織を裏切った男が残した情報によってまたその後釜の目星を付ける事が出来たという皮肉な結果に少し屈辱を感じていた。

 大方説明が終わったサソリは視線を全員からリーダーのいる位置に一点に向ける。サソリから出来る説明は終わったのだと悟った残りのメンバーもまたリーダーに視線を一斉に向けた。

 

『ここまでが大蛇丸が残した情報から分かった事だ。後で調べて分かった事だが、コイツは不死者以外にも多くの賞金首やその他名うての忍びを殺している。それだけに留まらずその周りにいる有象無象も体をバラバラにされているようだ。……顔が割れていないのも恐らくソレが原因だろう』

 

 リーダーの説明が終わった後、片目が隠れた青年がこんな事を口にした。

 

『大蛇丸に続いてまた木の葉の忍びか、うん。 イタチもいる事だし、大丈夫なのかソイツ、うん?』

 

 鬼鮫もまた言う。

 

『時には賞金首も関係なし……ですか。理由があってやっているのか、それとも快楽の上で成り立った殺しなのか……いずれにせよ人物像が特定し辛いですねえ……』

 

 サソリも言う。

 

『少なくともあの大蛇丸にも劣らない癖の強い奴である事は間違いねえ。飛段みてえに簡単に言う事を聞くような奴じゃない事は確かだ』

 

『その通りだ』

 

 サソリの言葉にリーダーの男は即答する。

 ここにいる暁のメンバーの内リーダーを含む三人以外は皆、この組織にスカウトされる際に実力行使という過程を経てここにいる。

 無論、いまこうして大蛇丸を除く六人がここにいるのも、ここのリーダーの力を認め、こうして従っているからだ。

 新しく迎え入れられるであろうそのメンバーも例に漏れない事は容易に想像が付いた。

 

『サソリガ言ッテイル通リ、ソイツモオマエ達ト同ジヨウニ一癖モ二癖モアルヨウナ奴ダ。少ナイ情報ヲ見ル限リハナ……』

 

『それって僕たちも人の事は言えないよね、黒ゼツ?』

 

『……否定ハセンガ』

 

 一つの身体を共有する白ゼツと黒ゼツ。

 白ゼツの言葉に、その半身である黒ゼツはそのように相槌を打った。

 この二人が言うように、ここに集っているのは各忍び里から集ったS級犯罪者の抜け忍たちだ。

 一癖も二癖もあって当然である。

 

『私は退屈しないので別に構いませんがねえ……それで、ソイツの特徴は何ですか?』

 

『顔も名前もハッキリしてはいない。だがコイツの手にかかってきた死体を見るに、日向一族の中でこのような殺し方をするような奴はまずいない。自ずと絞られてくる筈だ』

 

 鬼鮫の質問に対し、リーダーの男はそのように答える。

 日向一族は柔拳という独特の体術を用い、相手の体内にチャクラを直接に流し込んで経絡系にダメージを与える事によって、外傷を与えずに敵を倒すスタイルを主流としている。間違ってもこんな無駄に敵の身体をバラバラにするような事はしないのだ。

 

『いずれにせよ厄介者の線は消えねえって事か、うん。木の葉という事はイタチと同郷という事か、うん?』

 

 片目を前髪で隠した青年、デイダラの言葉と同時にさっきから無言で茶会の行方を見守っていたイタチの方へ眼を向けた。リーダーを含めた他のメンバーたちもまたイタチの方へ顔を向ける。

 曲がりなりにも同郷の出身である。

 何か目標に関する情報を持っているかもしれないとこの場にいる全員が思っていた。

 そんなメンバー達の心情を察してか、今まで沈黙を貫いてきた赤い三つの勾玉模様の眼を持つ男――――うちはイタチは口を開いた。

 

『まだ……木の葉のアカデミーにいた頃にこんな噂を聞いた事がある――――日向には俺と同い年の異端児がいると。その才能は目に余る物だと聞いたが、奇妙な事に里でそんな奴を見かけた奴は少なかった。俺が暗部に入ってから、何等かの問題を抱えているおかげで一族の者達に軟禁されていると聞いた。だが、雲隠れと日向のいざこざ以来、奴の情報は一切耳にしていない』

 

『ほう、イタチさんと同い年で日向……ですか。日向一族と言えばうちは一族と同じように瞳術を血継限界とする一族でしたね。確かうちはが写輪眼であるに対し、日向は白眼だとか……』

 

 イタチの説明を聞いた鬼鮫がそんな言葉を放つ同時、デイダラの顔が少し歪んでいた。それを見逃さなかったイタチは即座にその理由を察した。

 彼は元々イタチが持つ写輪眼の瞳術に敗れてここにいるのである。そんな自分と同じ里の出身で、かつ同じ瞳術使いがこの組織に来ると分かれば何かしら思う所はある筈だった。

 

『我々はその日向の者を暁に迎え入れる。イタチ、鬼鮫、そしてゼツ……お前達が迎え役だ』

 

 リーダーの男が指定した三人にそう任務を言い渡した。

 

 

 

 

 

「血の匂いが一層濃く……近くにいますかねえ」

 

「……」

 

 茶会の出来事を思い返していたイタチはふと思った。

 日向には自分と並ぶ才を持つ異端児がいる――――当時、アカデミーにて忍術を高めていた自分にとって気にならない噂だったと言えば嘘になる。

 同年代はおろか、下手すれば先輩方にすらイタチに肩を並べる者がいなかった当時としては、いつか手合せしたいと願っていた。

 ……抜け忍になり、暁に入り込んでからはもう些末な事だと思っていたが、今となってそれに関する話を聞く事になるとはイタチは思いもしなかっただろう。

 実をいうと、イタチはあの場で暁の仲間たちに口にしていない事があった。……これから暁に誘うであろうS級犯罪者の名前である。

 言う必要性を感じなかった……というよりはかつて噂になっていたその少年とこれから組織に勧誘する相手が必ずしも同一人物とは限らないので、あえて伏せていた。

 ――――もし、ソイツであるのだとしたら、俺は……

 

 ……そう考えていたら、比較的森林の密度が薄い地にたどり着いた。

 

 そして――――その月下にあった何者かの切り落とされた腕(・・・・・・・・)が転がっているのを二人は目撃した。

 

『――――ッ!』

 

 それを見た二人は周りに何か罠がないかを確認した後、即座にその転がっている腕に駆け寄る。

 二人はしゃがみ込んでその腕を観察した。

 

「……見事、ですねえ」

 

 無意識に、鬼鮫はそう呟いていた。

 そこにあったのはただの腕。

 ……されど月光に当たながらそこから赤い液体を滴らせるソレは、正に一種の芸術品だった。

 ――――何て、美しい切り口なのだろう。

 それは鬼鮫ですら嫉妬してしまう程に綺麗な、切り落とされた腕の切断面だった。

 その断面は直線状ではなく、まるで円の孤の一部分を描くかのような断面であり、そっと指で触れてみれば見事に断面に沿うかのように指がすんなり滑っていくではないか。

 

「再不斬の小僧でもこれほどの芸当は不可能でしょう。当たりですかね?」

 

「……」

 

 イタチに確認を取ろうとする鬼鮫であったが、イタチは依然として無言のまま。そしてその腕を写輪眼で見つめていた。

 ――――なんだ、これは?

 イタチはその切り落とされた腕に違和感を感じていた。

 ――――残留している血液の温度はまだ暖かいのに、それ以外はまるでそこに存在していないかのように冷たかった。

 切り落とされたばかりであるのなら、本来写輪眼で視える筈の残留したチャクラすらまったく視認できなかった

 ……まるで、完璧に死んでいる(・・・・・・・・)みたいに。

 

「見てください、イタチさん。向こうにもありますよ」

 

 鬼鮫の指摘を受け、イタチは顔を上げて鬼鮫の左手の人差し指が差す方向へ顔を向ける。そこにもまた、何者かの左手と思しき何かが転がっていた。

 写輪眼に映るソレも先ほどとまた同様に完璧に死んでおり、断面もまた見事な芸術に仕上がっていた。

 同一犯である事に違いはない。

 

「……」

 

 イタチは更に写輪眼で当たりを見回し、他に切断された死体の一部がないかどうかを確認する。

 そして、また発見し鬼鮫を連れてそこへ行く。

 そしてまた当たりを見回しては解体された死体の一部を発見し、そこへ移動する。

 

 それを繰り返す内に、段々と自分達が月明かりが強い場所へと誘導されている事に気付いた。

 

「イタチさん……」

 

「ああ、誘っている(・・・・・)な」

 

 解体した死体の一部を目印に使って誘導するという、何とも悪趣味な趣向を感じるが、それでも二人にとってはこれが唯一の手がかりだった。

 次の死体の一部を見つける度に月明かりも徐々に明るくなっていく。

 まるで導くかのように照らす月明かりに沿って進み、二人は綺麗な満月が浮かびその月下にある森林密度の薄い地帯へと足を踏み入れた。

 

 そこには、目視するにもできない惨状が広がっていた。

 

 そこにあったのはひたすら転がる死、死、死、死、死、死、死。

 

 ひたすらに周りの草を染め尽くす赤、赤。赤、赤、赤、赤。

 

 先ほどまで人の形をしていたであろうそれらは、まるで崩された積み木のようにバラバラになり、鮮血の花を咲かせながら死んでいた。

 数えるのも億劫になるほどのバラバラの手足、まるで野外スポーツ場の跡地に転がるボールのように転がった首が散らばり、それらの首がどれに繋がっていたか分からぬ程に無数のバラバラの胴体が崩れ落ちている。

 ……もはや、人の所業とは言えまい。

 

 

 その血の池の中心に、ソレ(・・)はいた。

 

 そこにあったのは紅――――鮮血を思い浮かばせる紅色の着流し。

 

 そこにあったのは黒――――漆黒を思わせる黒髪。

 

 そこにあったのは白――――満月をバックに見える、白き瞳だった。

 

 数えるのも億劫になるほどバラバラになった屍達の中心に立っているその存在を目視したイタチと鬼鮫は即座に確信した。

 ――――この者こそが、自分達が探していた人物であると。

 二人の存在を確認したその者は、ニヤリと悪寒を感じさせる笑みを浮かべ、二人向けてゆっくりと介錯した。

 

「この薄汚れた舞台にようこそお客様。態々遠い所から来てくださり誠に光栄にございます」

 

 芝居じみた口調で小ばかにするように言う青年。血に濡れながら会釈するその姿はとても口調とはアンバランスすぎており、それでいて何処かこの青年には様になっていた。

 

「この会場の入場料は後払い方式でございます。ご入場する際に払う必要はございませんのでどうかご心配なく」

 

 イタチや鬼鮫程の強者を前にしても余裕の笑みを浮かべるその姿に、鬼鮫は思わずその口を歪ませる。

 ……その者から自分と近いモノを感じ取った鬼鮫は芝居じみた演技をするその男へと話しかける。

 

「おやおや、これはまた変わった会場の主催者がいた者ですねえ。ちなみに、その入場料とやらの詳細を是非お聞きしたいのですが、如何に?」

 

「ええ、入場料は至って簡単です。お客様がご退場なさる頃にはもう既にそれは払われている事でしょう。

 お支払いは至って簡単――――あんた達の首さえありゃあ十分。これ以上分かりやすい物はないだろう、お仲間(ひとごろし)さん?」

 

 芝居じみた口調を崩し、その隠れていた殺気は露わになる。

 一見美しくみえたその白き眼は一遍して獰猛な獣の眼に変わる。

 今すぐにでもお前を殺したいと嗤うその白き眼を殺人鬼は二人に向けた。

 その殺気に当てられた鬼鮫は冷や汗を流しながらも好戦的な笑みを浮かべて、背中の大刀に手をかける。

 

「ククク、なるほど実に分かりやすい。実に私好みの舞台だ」

 

「止せ鬼鮫。俺達はコイツと殺し合いに来た訳ではなないだろう」

 

「……?」

 

 そこへイタチの制止がかかり、それを見た鬼鮫は大刀の柄から手を離した。その様子を見ていた紅い着流しの青年は訝し気に二人を見つめる。

 

「そうだよ鬼鮫。僕達の目的はあくまでソイツの勧誘」

 

「殺シ合ウノハ論外ダ」

 

 イタチと鬼鮫の隣にさらにもう一つの人影が現れる。

 地面からにょきにょきと生えてきた植物のような物からその姿を覗かせ、得たいの知れない何かを感じさせた。

 ――――……死が二つある。白い方と黒い方で別個という訳か。

 地面から出てきたゼツの姿を見た紅い着流しの少年はならば、両方殺すだけだと三人に飛び掛かろうとした瞬間、イタチが口を開いた。

 

「日向の異端児、日向シキだな?」

 

「……それがどうした?」

 

「お前を『暁』に迎え入れに来た。お前に拒否権はない」

 

 イタチは前一歩乗り出し、氷のように冷たい視線でシキと呼ばれた青年にそう言い放つ。

 当然、その暁という組織に聞き覚えのないシキは首を傾げ、なんだそれはと言わんばかりに両手をヤレヤレと広げた。

 それを見た白ゼツが簡潔に説明する。

 

「本当の平和を作り出す為の組織だよ」

 

「へえ……どうでもいいや」

 

 その説明に対してシキは一切の感心も示さない表情でそう言う。

 ―――――本当に、どうでもよさそうな表情だった。

 今まで勧誘してきた暁のメンバーの中でもこれほどに関心を示さない男は今回が初めてかもしれない。

 

「取リツク島モナシカ」

 

「どうします、イタチさん?」

 

 鬼鮫は背中の鮫肌の柄を手に取りながら、イタチの指示を待つ。

 イタチは鬼鮫やゼツに振り返る事無く、また一歩シキの方へ歩き出した。

 

「勧誘は断るという事でいいか?」

 

「元々しがらみを嫌う質なんでね。鼻の効く賢い忠犬になるよりか、醜い狂犬でいた方が性に合うのさ。

 ――――それよりもさ、さっきからあんた等を解体したいって身体が疼いて仕方ないんだ。だから、俺の舞いに付き合ってくれないか、お兄さん方?」

 

 もう耐えきれんとばかりに腰の短刀に手をかけるシキ。

 その息は心なしか荒く、まるでイタチや鬼鮫を初めて惚れた女に対して欲情するよう眼を向けてくる。

 その眼も中には正に殺し合いへの渇望が渦巻いており、今にも獲物を解体したいと飢えていた。

 

「なら仕方あるまい。……力づくでも連れて行かせもらう」

 

 イタチは顔を上げ、その眼をシキに向ける。

 三つの勾玉模様の入った赤い目……うちは一族が激しい情愛や悲しみに目覚めた時に開眼する――――写輪眼。

 その眼を視たシキはニヤリと嗤いを浮かべ――――

 

「参ったね」

 

 眼の周りにある血管が浮き出て、それを発動する。

 日向一族の血を引く者だけが開眼する血継限界、白眼をイタチの前に覗かせ、歓喜と狂気に満ちた表情で殺人鬼は嗤った。

 

「その“眼”で誘われたら、断れない……!!」

 

 そして、死合のゴングは鳴らされた。


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