――――やめろ
届かぬ手を伸ばして、いやもはや動きすらもしない手を必死に伸ばそうとして、結局は動いてくれぬ腕を、いやそれでもと必死にその光景へ届かそうとする。
――――やめろ
それは果たしてあそこで戦っている2人のどちらに向けられた言葉なのか、否、言葉にできる程に口に動いてはくれず、ただそこで思う事しかできなかった。
また、繰り返すのか。
あの惨劇を、もう一度繰り返すのか?
――――俺は、また止められないのか!?
地は根こそぎ弾け飛び、木々は粉々に砕かれ飛び散り、ただ焦土だけが広がる地にて、あの日の再現はそこで成されていた。
あの日、父親が兄に殺されたあの時と、今現在伯父が兄と殺し合っているその光景は如何んともしがたく重なった。
頼む、倚む、憑む、托む、たのむ、タノむッ……ッ!!!
動け、動けよ俺の体!!
動けよこの凡骨!!
またあの惨劇が起こるかも知れないのだ!!
今まで散々己を縛り、絶望させてきた呪印は既にない!!
だから動け、動けよ!
体中を切られたから何だ!?
自分はこの通り生きている!?
生きて、お前たちの事を見て、叫んでいる!!
届け届け届けトドけトドけトドけとどけとどけトドケトドケトドケっ!!
今なら止められる、まだ止められる、自分を縛る運命など既に存在しない、だから届く筈なのに……
どうして体は動いてくれないっ!!
――――………やめろ………………やめてくれっ!?
――――ヤメロオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ
ッ……ッッッ!!!!!!
ネジの視界に映ったのは、空中で成す術もなく投げ出された伯父に、七人の影分身と共に一斉に短刀を構えて四方八方から襲いかかる兄の姿。
「ウワアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァアアアアアアァァアアアアアァッッ!!!?!!?!??」
ようやく声を出せたのは、人の原型を留めぬ程に、空中で爆発四散したかのように『殺』し尽くされた伯父の姿を目にした時だった。
◇
長く、長く、この時を待ちわびていた。
彼らは互いの『存在』が許せなかった。
彼らは彼という『共犯者』の存在を互いに許容できなかった。
己の不始末故に弟を犠牲にする未来から逃れられなくなった男。
その未来に介入し、男の『責』の半分を持っていた青年。
本来、己だけが背負う筈だった『責』を持って行かれ、一族の宗主としてその想いを殺しながらも、それでも青年の存在を許容する事などできなかった。
青年もまた自分が仕留めた筈の獲物が他に渡ってしまう原因を作った男の存在を万一にも許容する事などできなかった。
男が青年に求めるのは、青年を裁くのをもってしてもう一人の甥に償い、そして自分が背負う筈の『責』の半分をぶら下げた青年を、この手で殺す事。
青年が男に求めるのは、己の仕留めた
互いに存在する言葉など、十年前のあの日から既に失われている。
ならば、この二人に残っているのは対話にあらず、ただひたすら互いを喰らい合う『闘争』のみ。
――――故に/――――故に
――――あんたは俺の手で殺されて然るべきだ/――――お前は私の手で裁かれて然るべきだ
――――そうだろう、『共犯者』!!
「――――ッ!?」
突如、目を見開いたシキは咄嗟に横に移動する。
何が来るのかを理解していた訳ではない、ただ避けなくてはいけないと、己の『死の嗅覚』がそうさせた。
瞬間、シキの背後にあった木が、その地面ごと根っこを抉られ、その跡が延々とシキの背後にまで続き、遥か後方の木々さえ抉られていた。
――――八卦空掌
本来ならばチャクラによる真空の衝撃波を放ち、敵を吹き飛ばす技であるが、どうだろうか?
男が放ったソレは正に地を削り、衝撃波の行先の木々の悉くを抉ってみせた。支えとなる根っこさえも抉られた木はまるでドミノ倒しのように連鎖的に倒れていき、その惨状こそが今の一撃の威力を語っていた。
「……冗談」
呟き、冷や汗を掻いたシキは即座に今いる地点から跳び上がる。
こうした所で焼け石に水であろうが、とにかくじっとしていてはいけない。
ただの空掌だけでこれだ。あれが連続で放たれるとなればさすがのシキとて危うい。ただでさえその一撃一撃はシキの体を木っ端微塵にするのに十分な威力を持っていた。
第二撃、第三撃と空掌は放たれてゆく。
その一つ一つがシキの命を刈り取らんと、男の殺意を込めて放たれたソレは次々と木々を抉っていき、シキはそれを木々を足場としながら避けていく。
足だけを使わずに、通常では考えられない姿勢で木に密着し、そこから有り得ない機動を繰り返し、まるで巣を張った蜘蛛の如き動きで空掌を避ける。
一瞬でも止まれば空掌の餌食となろう。
木々を盾にしようにも、その空掌事態がとてつもない速さと貫通力を持っていては意味などありはしない。
そもそも白眼によって何処に隠れているかなどお見通しなのである。だが、それはこちらも同じ事。
――――これぐらい凌いでみせなきゃ、あんたと同じ土俵には立てないってかい? いいぜ、その期待に応えてやるよ。
シキは動く、通常の忍では有り得ない挙動と獣の如きスピードで以て動く。
空掌の連撃に無駄はなく、シキが木に着地する瞬間などを確実に狙って撃ってくる。解りやすく明快で、そしてこの上ない程に嫌なタイミングだ。
これは対等な勝負などではない、ヒアシはシキを本気で殺そうとしていた。
だがこの身、そう安々とやられる程に潔くできてはいない。
突如、シキの動きは変わる。
今度は木々を足場にするのではなく、
今度はヒアシは驚く出番であった。
到底信じられない光景だった。
――――体の点穴から放出したチャクラを水に性質変化させて、足場にするだと!?
先程の動きにも驚かされたが、今度こそはヒアシも目を見開かざるを得なかった。確かに、忍は足裏にチャクラを付着させる事で水の上を移動する事ができる。
けど、これはその応用と言うにはあまりにも生温過ぎた。
まずは放出したチャクラを水に性質変化させるには印を結ぶ必要がある。そしてそれを足場とするには更に放出したチャクラを足に付着させる必要がある。これだけでも相当な工程を得ている。
問題はここからだ、よしんば水に性質変化させて足にチャクラを付着させた所で、空中に放たれた僅かな水分はほんの一瞬で霧散し、地に垂れる。
そもそも足場にする暇など一切もない筈なのだ。
にも関わらず、彼はそれをその体技を以て成し遂げたのだ。
印を結び、性質変化させる。更に放出したチャクラを足に付着させる。一瞬で霧散してしまう筈の水の足場を蹴る。
これだけで何工程を要すると思っているのだ。
彼はそれらの工程を一瞬でやり遂げ、かつそれを瞬時の内に何回も繰り返しての三次元移動を実現し、ヒアシの下へ接近しているのだ。
極限までに磨かれた印を結ぶスピード、極限までに磨かれたチャクラコントロール能力、極限までに磨かれた術の精度、極限までに磨かれた体技、これら全てがようやく合わさってこそ出来る芸当。
しかも彼の体術はどんな有り得ない姿勢からでも移動する事が可能であり、そして水に性質変化させるチャクラも日向一族の体質によって全身の点穴から放出する事が可能である
これが何を意味するのか――――彼は空中で如何なる姿勢からでも、如何なる方向にも、自由自在に動く事を可能としているという事である。
もはや空間に巣を張る所の話ではない、彼はまさしく
――――……何たる事だ。
驚愕の次にヒアシが湧いてくる感情は賞賛と、そして後悔。
――――日向は、我らは……何故これほどの才能を受け入れる事ができなかったのだ?
その才能を、そして彼自身を、最初から受け止めて、受け入れてさえいれば……彼がこんなに狂う事もなかったかもしれないのに。
日向の才能に恵まれない? 馬鹿言え、彼の才能、彼の能力にこそ日向の血筋が相応しいではないか。
確かに彼は生まれながらにして歪んでいた。歪んでいたけど、それでもそんな己を受け入れて達観していた立派な少年だったではないか。
彼を本当の意味で歪めてしまったのは他でもない自分たちではないか。
――――何故、どうして、こんな事に?
後悔後先絶たず、後悔だらけの人生だったヒアシに、更なる後悔がのしかかる。
褒めて上げたかった――――よくぞここまでその技を磨き上げた、と。
例え日向家宗主としてそれはできなくても、一人の伯父としてそれくらいは出来たのではないかと。
だが、シキがこうして暴挙に出てしまった今、それすらも叶わず。
どう足掻こうが、ヒアシはシキと最早こうする『運命』でしかない。
それに今の自分には譲れない物がある。
それはきっと、向こうだって一緒だろう。だからこそ、今できるやり方でヒアシはシキと向き合わなければならなかった。
――――ヒザシを殺してしまったのは私だ、私がそう決定付けてしまった。
――――親父を殺したのは俺だ。何故なら他ならぬ俺こそが親父に直接手をかけたのだ。
互いの目を直視する。
シキはヒアシに飛びかかり、ヒアシもまた構える。
――――ならばその全ての『責任』は私にある。餓鬼のお前がぶら下げていいものではない。
――――直接に手にかけずに生き残ったあんたに『背負う』資格なんてありゃあしない。俺こそが親父を殺した殺人鬼としてあって在るべきなのだ。
短刀と腕が交差する。
経絡系を狙うチャクラを纏った掌底と、『死』を狙う蜘蛛の牙がすれ違った。
「むっ!?」
しかし、ヒアシが放った柔拳にその異常は起こる。
――――放出していたチャクラが消えたのだ。それも短刀とすれ違ったその瞬間に。
咄嗟に頭を逸らして短刀を避ける。
頬にかすり、数ミリ程度の深さの切り口ができた。
そして、ここでやられっぱなしのヒアシではない。
シキの腕を掴み、もう一方の手でそれを折らんとする。
「そらっ!」
そしてそれを易々と受け入れるシキではない。
短刀を持っていないもう一方の手は空いているものの、相手の得意分野の柔拳で仕掛ければどうなるかは目に見えている。
ならば、残るは脚。
腕を掴まれた体勢から体を捻らせて回転、そのままヒアシの脇腹を思い切り蹴りつけた。
「……っ!」
その勢いで掴んだシキの腕を離してしまうヒアシ。
――――やれやれ、気付かれぬ間に突かれていたのか……。
短刀を持った右腕の反応が心なしか鈍くなっているのを感じたシキは即座に白眼でソレを確認する。
突かれた、痣がそこにあった。
ヒアシはシキの腕を折ろうとするついでに、シキの腕を掴んだと同時にその点穴をついたのだ。
しかもシキが気付かぬ間にそれをやってのける。
ネジの時はきちんと“見て”狙ってきたので避ける事は容易かったが、ヒアシはそこの点穴に視線や意識を集中させる事無く、ただ自然とやってのけた。
これが日向ヒアシ――――日向一族宗主にして、日向最強の柔拳使いであった。
「ク――――」
嗤いが毀れる。
そうだ、これだ。
この技、力のぶつかり合い、そしてこの一瞬の駆け引き。
まさしく自分が求めていたものではないか。
そうだ、今度こそ――――
今度こそ、あんたを――――
「今度こそ
短刀を握り直し、攻める。
先ほど点穴を突かれた事により、内臓に起こっている何らかの不調をシキは感じ取った。おそらくだが、これは後からじわじわと効いてくるだろう。柔拳とはそういうものである。
――――だが、これくらいならば性能に問題ない。
そう結論付けたシキは果敢にヒアシへと殺しにかかった。
ヒアシもまたシキへと走り寄って柔拳を仕掛ける。
四足を地面に付けたまま極限の前傾姿勢を保ったまま一足で最高速をたたき出したシキ。足下にいる標的を仕留めるのに向かない柔拳にとってその移動法は正に天敵といって差し支えなかった。
「フッ!」
「斬!」
短刀を受け流しては、柔拳をぶつける。
柔拳を避けては、短刀で切り付ける。
だが、それはあくまで柔拳に限った話。
シキの体術は柔拳の天敵には成り得ても、白眼の天敵には成り得なかった。
そもそもの話、シキの体術は相手の死角に回る事に特化した暗殺用の体術である。
そして、死角がほとんど存在しない白眼の使い手を相手にしていては死角に回りようもないのである。
いや、シキの体術とてネジの白眼の死角に体を無理やりねじ込ませる事ができる程の精度を誇っているものの、それはあくまでネジからみてシキの死角に回る速さそのものが見えていなかったからこそ出来た芸当であり、それを容易に見切って対応するヒアシに対してそんな無策が通用する筈もない。
「寝てな」
「……!」
それでも、シキはヒアシと何とか渡り合えていた。
正面からまともに打ち合っていてはとてもではないが勝ち目はない。
死角に回る事こそできないものの、人間の身体というものは後方や足下などにそう都合よく反応できるようにはできていない。
それは日向一族だって同じ事だった。
それに加えてシキには同じ白眼使いとして、ヒアシが狙う経絡系やその点穴を事前に察知する事ができるのに対し、シキが狙っているヒアシの『死』はシキの白眼にしか視えぬ代物であるがために、ヒアシはそれを事前に察知する事ができない。しかもシキには空中を足場にできるアドバンテージさえも得ている。
……それらの要素を足し得て、やっとシキはヒアシと渡り合う事ができるのだ。
おそらくこれらの要素の一つでも欠けていたら、シキはあっという間にヒアシの柔拳の餌食となってしまうだろう。
「ハハハハハハ!」
「シキぃ!」
シキは嗤う、ヒアシはシキの名を叫ぶ。
避ける、切り付ける。受け流す、打ち込む。避ける、蹴りつける。受け流す、打ち込む。
大凡、七十回にも繰り返されたこの攻防。
一人はひたすら愉しみ笑いながら、一人は怒りそして甥と必死に向き合いながら。
生物の本能、その原初、それらすべてを曝け出しながら、彼らは『闘争』していた。
技と技がぶつかり合い、それが殺し合いの域を超えて二人の『鬼』の戦いを神秘的なソレへと昇華させる。
お互いは一歩たりとも譲らなかった。
そして譲れない理由があった。
片や己の不手際で弟を犠牲にする未来を決定してしまい、片やその人物が犠牲になる前に直接殺めた。
彼らはまさしく『共犯者』だった。
本来ならば己の責だけで片付いた筈のソレが、弟を他里に渡し、本来ならばそれで終わる事柄だった。
しかし、ヒアシはシキという『共犯者』を得てしまった。
シキが父親ヒザシを手にかけるにせよかけないにせよ、ヒアシがヒザシを犠牲にして生き残る事は既に宗家によって運命付けられていた。
だから、これは本来ならばヒアシがその『責任』を負い、そしてソレを背負ったまま生きてゆく筈だった。
にも関わらず、その『責』の半分を横からかすめ取った子供がいた。
己が背負う責を横取りしたその子供の存在を許容する訳にはいかない。弟は自分が殺してしまったのだ、それを子供がぶら下げるのをヒアシは許せない。
子供もまた同じだった。
初めて自分の意志で行う殺人、その第一の獲物となった実父ヒザシ。
殺した筈だった、他ならぬ自分が彼の喉元を切り裂き、その息の根を途絶えさせたのだ。ヒザシはまさしく子供の父親であり、そして極上の獲物だった。
あれは自分のものだ。自分だけの獲物なのだ。
……なのに、その屍を利用して生き残った不埒者がいた。
自分が殺した、殺してやった筈なのに、『殺』さなかったせいで自分が討ち取ったその首はまんまと雲隠れに引き渡され、利用された。
その不埒者を決して許す訳にはいかない、父を、自分が殺した証を無為にしたその不埒者を絶対に許す訳にはいかない。
故に、互いは『共犯者』という存在を許容できない。
――――親父の屍を踏み越えたあんたを殺し、
――――私が殺す筈だったヒザシに先に手をかけたお前を殺し、本来私が背負うべきものをようやく取り戻す事で、ようやく私だけが『ヒザシを殺した責』を背負う事ができる。
互いが、互いを許す事ができない。
――――故に、あんたは/お前は ここで死ね。
殺意と殺意がぶつかる。
甥と向き合うために、伯父と殺し合うために、そして『共犯者』として繋がったこの縁に決着を付けるために。
二人はひたすら踊っていた。
そして、その差はついに表れようとしていた。
「……ッ!!」
心なしか、苦渋の表情を浮かべながら短刀を振るうシキ。
互いに何度も打ち合ったおかげか、汗をかき、息は乱れ、血流は激しくなっていた。しかし、長い打ち合いの中でその体の負担の比重はほんの僅かずつであるがシキに偏っていった。
その原因は至って単純である。
互いの攻撃を受け流しては避け、受け流しては避ける――――そのやりとの最中に両者はその攻撃を躱し切れずにほんの少しばかり掠ってしまう。
結果、ヒアシの体中には無数のかすり傷ができ、シキの身体にもまた何度も柔拳が掠ってしまう。この時点で差が現れてしまうのだ。
かすり傷を何度負ったとてそのどれもが致命傷にならぬのなら大した支障はないだろう。だが、柔拳は違う。
その一撃はまともに食らわずとも掠っただけでその効力を発し、経絡系に着々とチャクラが流し込まれてその内臓にダメージを受ける。
互角にやりあって見えるその攻防はしかし、シキにとっては間違いなく不利な状況だったのだ。むしろ柔拳を何度も掠りながらよくぞここまでやってきたと褒めるべきだろう。……何せ相手は日向一族最強の男、そう簡単に殺せる道理などある筈もないのだから。
「ク、クク、ハハハハっ!」
それでもシキは嗤っていた。
シキにとってこの苦痛はまさしく歓びだった。
痛覚は『生』を教えてくれる。
中途半端な自分にこれほどにない生存本能を滾らせ、『生』を実感させてくれる。
故に、ここで終われるわけがない。
もっと、もっともっともっともっと、この痛みを、苦痛を、生を、もっと味わいたい!
――――影分身の術。
打ち合いの最中に印を結び、その術を発動させる。
ヒアシの周囲に更に二人の影分身が出現した。
先ほどの打ち合いではこれが限界、ならばその三倍はどうだと意気込んで、三人のシキはヒアシへと躍り出た。
しかし、それは失策だった。
ヒアシの全身の点穴からそのチャクラが放出される。
「――――ッ!?」
しまった、とシキは目を見開いた。
三人がかりで放出したチャクラを『殺』そうにも、361か所の点穴から放出されるチャクラを一度に『殺』す事などさしものシキでもそれは不可能である。
――――八卦掌・回天
瞬間、その災害は発生した。
回転したヒアシを中心に暴風が発生する。
あまりにも速すぎたその回転は、チャクラの大玉と化して広がっていく。
その暴風はもはや人の域が出せるものではなかった。
周りの木々は根こそぎ吹き飛ばされる。無情に、そして残酷に、その災害は周囲を巻き込んいく。
その暴風域に入った人間は跡形もなく吹き飛びそして、その身をチャクラの風で粉々に切り裂かれるだろう。
しかし、シキは生き残っていた。
チャクラは殺せないと判断し、どの道分けたチャクラは戻ってくる事を見越して影分身を見捨て、とにかく全速力で跳んだ。
一足でではなく、刹那の間に水遁チャクラによる足場を何度も作り出しては蹴る事を繰り返し、最高速に更なる加速を瞬時の間に繰り返して、ようやく暴風の域から逃れる事ができた。悲鳴を上げる筋肉と内臓の声を無視し、それでもその神業を即興で成し遂げた。
しかし、それで終わりではなかった。
「――――ッ!?」
咄嗟に全身を暁の衣を脱いで、その前面をガードする。
暴風の次に襲い掛かってきたのは、『熱』だった。
回天の際に発生した荒ぶるチャクラと空気との摩擦によって発生した摩擦熱が暴風に乗ってシキに襲い掛かってきたのだ。
暁の衣装を盾にしてやりすごしたシキはボロボロに焦げたその衣を脱ぎ捨て、血のような紅い着流し姿が顕になる。
そして、次にシキがみた光景は――――
「冗談」
柔拳法・八卦空掌を後ろ方向に放ち続けながら、それを推進機替わりにしてシキに突進してくるヒアシの姿だった。
先ほどのシキの跳び退きより少し遅いか、もしくはそれに匹敵する速さを持ってシキに接近してくる。増幅の経絡でも突いたのか、その消費するチャクラ量は先ほどの回天にも匹敵し得よう。
一秒でも早くシキという存在を殺したいのだろう。殺し合いとはそういうモノであるのだから。刹那の後にシキはヒアシに距離を詰められてその命を刈られる事であろう。
シキは心から雑念の一切を取り払い、着流しの裏から取り出した毒針を無造作に投げた。
無造作に、神速で投げられたソレは確かにヒアシの
さしものヒアシでもこのスピードのまま進めば、その点穴に針を受けてしまうと思ったのか、そのスピードを下げて、毒針を弾く。
そして、その下には蜘蛛の如き低姿勢を維持しながらヒアシの懐まで接近してきたシキの姿があった。
ヒアシがスピードを下げ、針を弾いた隙を狙って接近してきた。いくら透視能力を備えた白眼を持とうとも、意識が別の方向に集中していれば虚を突くことくらいは造作もない。
そのままヒアシの襟を掴み、後方に向けて己の身ごとヒアシの身体を背後の木に投げつけた。
先ほどのスピードの慣性力も相まって、その衝撃をヒアシは背中にもろに受けてしまった。
「ガ、ハァッ!?」
その衝撃は内臓にも及んだのだろう、驚愕の表情のまま血を吐く。
あまりにも予想外だった。
超高速で接近してくる相手に対し、正確にその点穴めがけて毒針を投擲してくるなど予想できる筈もなかった。いくら白眼をスコープにソレが見えているのだとしても、それを実行するのにどれだけの技術を要するのか……。
昔、霧隠れの追い忍達と殺し合った時にそこから盗み取った技を、シキは白眼を利用する事で実現させていたのだ。むしろ、何故今までこの技を追い忍ではなく、日向一族が会得していなかったのかとシキが疑問を感じる程までに、この技は白眼と相性がよかったのだから。
「その首、俺が貰い受ける!」
狙うはヒアシの首に走る、死の線。
悲鳴を上げる体を全速で動かし、短刀を振るって倒れて動けないヒアシに殺しにかかる。しかし――――
「ゴ、ホォッ!?」
突如、血を吐きだしたシキはその手を止めてしまった。
咄嗟にヒアシが柔拳によるカウンターを仕掛け、何とか回避行動を取ったシキだが躱し切れずに、掠ってしまう。
今まで散々掠ってきた柔拳のダメージが重なり、そして今のカウンターの一撃が決定的となってしまった。これこそが柔拳の本領――――例えまともに当たらずとも、掠りさえすれば効果は出る。
先ほどの攻防の中で掠ってしまった柔拳は数あり、そして今の一撃の掠りを以てそれは決定的となった。
「やはり、な……」
苦しそうな掠り声ながらも、ヒアシは呟く。
「な、に――――?」
同じく、シキも苦しそうな掠り声を上げながら、訝し気にヒアシの顔を見る。
「違和感は……感じていた。戦闘の際に柔拳で経絡系や点穴を狙わずに、刃物で斬りかかる戦い方。柔拳のように限定的な場所を狙わなくても良い筈なのに、お前が斬りかかろうとしていた箇所はやけに
「――――ッ!?」
ヒアシの言葉に、シキを目を見開いて驚愕を表す。
――――視えてもいないというのに、勘づいたとでも言うのか……?
「お前が
決定的な差を突きつけられた感覚だった。
シキは自分の経絡系や点穴が視えているからこそ、ヒアシが狙ってくる箇所を知ることができた。なのに、ヒアシはシキと違って彼が狙っている物など視えていないのだ。にも関わらず、ヒアシはあの攻防の中でシキが狙ってくるであろう箇所を把握していたのだ。
――――ああ、そうか……。
そんな無様な己に対して、シキは自嘲するように笑った。
ああ、簡単な筈だ。
自分との攻防を通して線の位置を把握されているのだとしたら、先ほどの首の線を狙っての一撃だって見切られて当然。
その上で、カウンターを返された。
これ以上の無様などあるまいて。
「まさか、アンタからそんな説教を食らうたぁね。ああ、何て無様。
苦しそうに腹を腕で抑えながら自虐を吐くシキ。
これでは弟の事を言えないなと、思いながらあの日を思い出す。
ああ、そうか、自分はこの眼を使い慣れていなかったあの頃だからこそ、狙った箇所を悟られなかったあの頃だからこそ、親父を殺す事ができたのだ。
なのに、この『眼』を使いこなせるようになった事に、完膚なきまで『殺』せるようになった事に燥いで、それが仇になってしまう事に今まで気付かなかったなどと、笑止千万。自分の体術は他の忍よりも縦横無尽にかけ、死角から予測不能の攻撃を仕掛けられるように磨き上げた筈なのに、その強みを態々自分から潰してしまうなど、そのような愚行、
「ゴホッ……こちらも下手を打ったがな。――――だが、お前のソレは致命的だ。あの世でヒザシにも説教されて来る事だ!」
体の痛みに耐えながら起き上がり、ヒアシはシキを視る。
シキもまた内臓の痛みに耐えながらも、後ろに跳び退く。
だが遅い、遅すぎる。
この間合は既に、八卦の領域。
彼を死へと誘う領域なのだ。
「終わらせるぞ、シキ」
八卦の領域とはこれ即ち、ヒアシのソレは正に白眼の視界範囲そのものだ。故に、逃れる事は絶対に出来ない。
ヒアシのソレは敵を本気で葬る誓った者のみに見せる、日向一族に代々伝わる奥義。独学で習得したネジのソレとは違い、ヒアシのソレはまさしく正当なる継承を受けている。
比べるのもおこがましい程だ。
――――柔拳法・八卦百二十八掌
それは、先ほどネジが放ったソレとは比べようのない、超神速の突きの連撃だった。ネジのように怒りに錯乱されて放たれたものではなく、ただ一人の甥を葬りその責を背負わんと決意した男から放たれた、高速の連撃だった。
「――――ッ!?」
眼を見開いてシキは、その白眼でヒアシの眼を見る事だけに集中する。
――――よく見ろ、視ろ!
ネジの時とは違う、今度はそれを見れるかすら分からない。
ヒアシが狙うであろう、己の点穴の箇所の特定、そしてそれを事前に察知して避ける、その繰り返し。
今度はそれができるか分からなかった。
ネジの時のように技を途中で止めさせる余裕など一切も許されず、ただ避けるだけで精一杯だった。
――――四掌、八掌、十六掌
それでも、シキは避け切っていた。
ヒアシが狙う点穴を見極め、反撃など考えずにただそれだけに集中していた。
シキは何としてもヒアシを殺さねばならなかった。
例えこの殺し合いで自分が死のうとも、残してきた未練や義理を果たさなれば死ぬに死にきれなかった。
――――三十二掌
神速の突きは更に速さを極め、シキの点穴を狙いゆく。
それでも、シキは避け切った。
しかし、そこで終わりなどあり得る筈もなく、極められた高速の突きは更にそのギアを上げた。
――――六十四掌
総計六十四回の突きが終わる
――――百二十八掌!
今度こそ、避け切る事が出来なかった。
総計六十四回の突き、その後に襲ってきたのは一瞬でもう六十四個もの点穴を穿つ、もはや人に見切れる限界さえも超えた連撃だった。
それでも、シキは避けれる物は避け、それでもほとんどの突きはシキの点穴を的確に突いていった。
「……っは、あ、がああああああああっっっ!」
通常の柔拳とは訳が違う。
猛烈に襲う苦痛、それと共に一気に力が削がれていく感覚、刹那の間に無力の極致、その深淵と落とされていく。
悲鳴を上げる体、それに反比例して緩やかになっていく血流、そしてチャクラの流れ。
やがてシキの経絡系に流れていたチャクラは、ヒアシの視界から姿を消した。
「ぐ……うぁ……」
最後の一撃を何とか後ろに退く事で躱した物の、それで限界だったのか、シキはうつ伏せにどさっと倒れこむ。
まるで糸の切れた操り人形のように、それは活動を停止した。
「終わり……か」
安堵の息を吐き、ヒアシは空を見上げる。
キレイで青い、虚ろな空を見上げる。
――――おそらく日向一族はもう終わりだろう。
分家はまだ腐る程いるが、呪印を起動させる宗家のほとんどが殺された事で、恨みを募らせた彼らは、水を得た魚の如く動き出すだろう。……全ては、自分達の自由のために。
――――ならば、ここで死ぬ訳にはいかない。
宗家は守れずとも、せめて己が産み落とした娘たちと、そして――――
白眼で遠く離れた所を見つめる。
そこに倒れているネジの姿をヒアシは一瞥する。
――――弟の形見を、守らなければ。
例えもう一方の形見を殺してでも、自分は日向ヒザシを殺した日向ヒアシとしてそれを全うしなければならない。
だから――――
「オマエが持っていたその『責』、返してもら……ッ!」
ぞわりッ、と背筋が震えた。
視線をシキに戻したら、そこにいたのは満身創痍ながらも立ち上がるシキの姿。
もはや生きているかすら分からぬその状態、その不気味さ。まるで亡霊が、悪夢がそのまま形になったかのような薄く、そして大きな存在感。
その眼の中の殺意は、未だに衰えていなかった。
純粋無垢、ただ殺す事しか知らぬ甥のその眼に、ヒアシは一瞬だけ恐れを感じてしまった。
「どうした? もっと楽しもうぜ。あんただってそれを望んでいたんだろう? 俺はまだ立っている……だったら、あんたの選択は一つだけだ」
「もういいいだろうシキ! 何故そこまでして殺そうとする!? 何故お前は……」
シキは恨みを以て日向宗家を皆殺しにしたのではない、単純に“殺したい”からだ。そこに恨みも罪悪も関係ない。ただひたすらに殺したいという欲求、純粋無垢で曇りのない殺意だけが彼を突き動かしていた。
だからこそ、ヒアシは問わずにはいられなかった。
例え殺しに理由がないとしても、何故そこまでするのかと。
「俺は所詮どこまで行こうが人殺し。それ以外の何にでもなれやしないのさ」
シキは何も変わらない。
死に掛けようが、致命傷を負おうが、その殺意は一点の曇りもない。
今すぐにでもお前を殺したいと嗤う、刃物のような眼を変わらずにヒアシに向けていた。
「そういう
何を今更、という風に答えるシキ。
それは生命としてとても矛盾したあり方だった。
生きる為に殺すのではなく、殺す為生きる。
その在り方は、生命としてとても矛盾していた。もはや常人の在り方ではない。
彼は生粋の殺人鬼なのだ。ただひたすらに殺す事に『生』を求め、それ以外の事を知らぬ、ただ己の矛盾した欲求のみに従う。
殺しを享楽する人でなしなのだと、彼は自分で言う。
「そんな状態で私を殺せる、とでも言うのか?」
「無論」
「何故そのような己を捨て鉢とするような生き方しかできない!?」
「勘違いしちゃあいけないな。俺にとっては全てが
最早何を言っても無駄だった。
生粋の殺人鬼に殺しの理由を問うなど無粋だった。
彼がヒアシを殺す理由自体はあるもの、そもそもその根底にある父親を殺したい欲求にこそ矛盾を孕んでいる。
何処までも矛盾していて、何処まで純粋な殺人鬼、それが彼なのだ。
「……分かった。お前がそう言うのであれば、私はお前を完膚なきまで『殺す』」
元より、自分には譲れない理由があったというのに、今更何を問うているのだろうか、自分は。そのように自嘲するヒアシ。
未練がましいとはこの事だ。あの日から、どうあっても自分と彼はこうする運命だったのに、それでも夢想してしまう。
自分とヒナタとハナビ。ヒザシとシキとネジ。
六人で共に日向の運命に抗い、共に切磋琢磨している
シキは動く。
最早その体ではまともに動く事さえ叶わない。
それでも、その眼にある殺意は少しも衰えずにヒアシへゆっくり近づいていく。
距離にして七メートル、その距離をゆっくり進んで近づいていく。
ヒアシもまた走って近づく。
この勝負、もはやついたのも同然だった。
ヒアシも体中に無数のかすり傷を残し、先ほど木に叩きつけられた衝撃で相当なダメージを負ったものの、それはシキのそれにはまったく及ばない。
攻防の中で何度も柔拳がかすり、内臓に度重なる負担を受け、しかもその状態でも柔拳法・八卦百二十八掌の内の約六十発を受け、そのダメージと共に経絡系のチャクラの流れを断たれた。
勝ち目など、万に一つもない。
だからこそ、ヒアシは接近した。
シキが近づくまで待っていては、彼はヒアシに近づくまで、たとえその体を引きずってでもヒアシを殺す事をやめはしないだろう。
そんな彼を見ているのはもう、辛かった。
一歩でも早く殺して、楽にさせてあげようと。
それが、誤算だった。
「――――ッ!?」
ヒアシは目を見開いた。
シキが突如、その動きを変えた。
ふらふらとした足取りでヒアシに接近していた筈のそれが、急に倒れこんで前傾姿勢となり、それを維持したまま最高速を出してヒアシに接近し始めた!
そして何より驚くべきなのが。
――――チャクラが、流れ出しただと!?
馬鹿な、とヒアシは狼狽える。
次の瞬間には、短刀は既にヒアシの眼前へと迫っていた。
しかし、ヒアシはシキの狙う箇所が分かっていた。
シキはまたしても、ヒアシの『線』を狙ってその短刀を振るっていたのだ。いつまでも学習しない程頑固なのか、それとも単にそれを思考する能力が鈍っているだけなのか。
いずれにせよ、狙う所が分かっていたヒアシにしてみれば、その一閃を避ける事は簡単だった。
その、筈だった。
しかし、避けられると思ったその一閃は――――
――――チャクラ刀、だと!?
その短刀を避けた瞬間、その刀身から更にチャクラの刃が伸び。
ヒアシの
「ぬ、ぅ――――」
避けたと思った。
短刀の間合から外れ、その一閃を躱したと思った。
だが躱したその瞬間に、突如として現れたチャクラの刃がその間合を伸ばし、避けられたと思った筈のそれはヒアシの死の線に届いたのだ。
なまじ狙っていた所が分かり、だからこそ避けられる高を括っていたその慢心の隙を、シキは付いたのだ。
「ぬぅ、ぅおおおおおぉッ!?」
切断された腕の断面を抑えて悲鳴を上げるヒアシ。
完全に隙を突かれた。
まともに動けないと思っていたタイミングから、ある程度接近した所で突如として高速で肉薄され、あまつさえ避けれると思った短刀でさえ、避けた瞬間にその刀身のリーチは伸び、そんな二段構えの奇襲を受けたヒアシはまんまとしてやられてしまった。
「蹴り砕く!」
腕を抑え、隙を見せたヒアシにシキは更に追撃を仕掛けた。
一度に三回の飛び蹴りから、更に同じくもう三回を見舞う蹴り上げによる追撃。それぞれ腹部に二回、鳩尾に一回、肺に三回の蹴りを受け、更にそこの足裏から流れるチャクラは経絡系に流れ、その内臓にすらダメージを負わす。
外側と内側の両方にダメージを受けたヒアシは蹴り上げられた衝撃で宙を舞った後、そのまま地面に叩きつけられた。
「カ……ハァ!」
肺の空気は全て吐き出され、嘔吐感にさえ見舞われる。
しかしその苦痛さえも全ては切断された腕の痛みによって打ち消され、更なる苦痛がヒアシを襲った。
肩口から失われた右腕は宙に舞い、ヒアシの傍に転げ落ちる。
切断面から多量の鮮血が舞い、体内の血液が大幅に減って貧血症状にさえ見舞われそうになっていた。
おまけに先ほどの蹴りは、いわば剛拳と柔拳を同時に受けるようなもの。
もしヒアシ以外の日向一族の者であるのならとっくにその命を断絶されているに違いなかった。
「立てよ、『共犯者』」
もはや現実から逃げたくなるような痛み、なのに、その呪いの言葉がヒアシの意識を現実へと戻した。
そこには血を吐きながらも、超然とそこに立っているシキの姿がある。
断たれた筈のチャクラの流れはその息を吹き返し、先ほどの状態が嘘のようにシキは立っていた。
そして、ヒアシはそれらの点穴を白眼で凝視し、そして見開いた。
――――まさか、そんな事まで……。
シキの経絡系に再びチャクラの流れが戻ってきた原理は単純明快。
経絡系の点穴を突くとはこれは即ち相手のチャクラの流れを断つ事ではない。突く点穴の場所によっては、
それは針だった。
先ほど、ヒアシに投げつけられた毒針。
それの毒が塗られていない針、着流しの下に仕込んでいたソレを、シキはヒアシに接近している途中で、ヒアシに気付かれないレベルでわずかに体を捻らせて、仕込んでいた数ある針を自分の増幅の経絡に刺しこんで、チャクラを増量させたのだ。
仕込まれていた針は次々とシキの増幅の経絡に刺さってゆき、結果としてシキの経絡系に流れるチャクラは再び復活する。
それを接近する中でシキはタイミングを見計らった中でやってのけたのだ。
結果、今までに受けたダメージこそ無かったことにはできぬものの、身体の性能自体はある程度取り戻す事が出来る。
極限までに極められた小細工だった。
「ぐ、ぅ……」
痛みを堪え、立ち上がろうとするヒアシ。
「腕を取られたから何だ? その両脚は、その残った片腕は、その瞳力は一体何の為にある? 俺を殺す為だろう? 俺から『責』を取り戻して、俺という存在を消すためにあるのだろう? なら立て、日向ヒアシ」
殺し合い相手に、シキは呼びかける。煽るように、促すように。
腕がないなら、噛みつけ。足がないなら、その膝で飛び上がれ。己か、もしくは相手の存在が脳髄に至るまでその機能を停止させるまでが、『殺し合い』だ。
ヒアシは立ち上がり、睨む、目の前の『共犯者』を。
シキも嗤い、そして睨む、目の前の『共犯者』を。
「さあ、続けよう。俺があんたを殺すか、あんたが俺を殺すか、それとも仲良く食い合って共食いか。どれに転ぼうが後腐れはなしだ。俺とあんたの命、何方かが続く限り、それを燃やし尽くして潔く散ろうじゃないか」
言葉は最早不要。
ただ互いに全霊に食い合い、貪り尽くす。
それだけだった。
「日向、ヒアシぃ!」
「シキぃ!」
両者は踊りかかる。
ヒアシはあらゆる感覚を捨ててシキに挑んだ。
痛む暇があるのなら、苦しむ暇があるのなら、ただひたすらに目の前の『共犯者』を殺す。
互いの存在を否定し、故に向き合い、故に食い合う。
ただそれだけだ。
両者は体中に駆け巡る痛みを知った事かと言わんばかりに踊る。
状況は、先ほどとは違ってヒアシに圧倒的に不利だった。
片腕を失った事により、回天を始めとした柔拳の奥義が使えなくなり、ただひたすらに一本の腕に掛けて挑んでいた。
それに加えてシキは先ほどとは違い、狙う箇所は『死』に留まらず、人体の急所となるあらゆる箇所を狙って全霊でヒアシを殺しにかかっていた。
後悔だらけの人生だった。
危険性を孕んでいたといえ、父の決断に逆らえずに甥を閉じ込めてしまい、更にはもう一人の甥からも父親を奪ってしまい、後悔しかない人生だった。
しかもその父親を直接手にかけたのは自分ではなく、閉じ込めた筈の甥、つまりその息子。己の不手際のせいでどの道弟を犠牲にして生き残るしか道はなく、しかし己の手でかける筈だった弟は、彼の息子によって殺された。
思わぬ『共犯者』の出現で、その後悔は更に圧し掛かった。
弟を殺された怒り、しかし弟はどの道自分が生き残るのに利用されて殺される未来しかなかった。
複雑な事情は後悔の中に更なる葛藤を生み、ヒアシという男の人生を大いに狂わせた。
高く飛び上がったシキがその空中に作った足場を蹴り、ヒアシへ肉薄する。
強烈な切り上げがヒアシを襲い、その斬撃と共にヒアシは空中へ斬り上げられた。
空中に舞い上がったヒアシに隙を与えんと、シキは空中を超高速で蹴りながら、すれ違いざまにヒアシを切り付けていく。
もう片方の腕、右足、左足と切り落としていく。
四肢を失ったヒアシに、四方八方からシキと、そして七人の影分身、合計八人のシキが襲い掛かる。
――――せめて、ネジに一言謝りたかった。
その思考を最後に、八本の短刀がヒアシに到達する。
八人のシキは、持っていた短刀でヒアシの身体を一斉に突き刺し、切り付け、解体する。
『死』も狙い、あらゆる箇所をバラバラにしていく。その肉も、骨も、脳髄も、白眼でさえも。
あの時とは違い、今度は誰もが手を出せないように、何処にも引き渡されないように、その体を誰にも調べられないように、日向ヒアシという存在が永遠に自分が殺した獲物として有れるように。
空中で、鮮血が爆発四散するように飛び散り、それは赤い花火となる。
「血だまりに、沈め――――」
――――閃鞘・瞬獄
ただ再び
それを以てしてシキは、日向ヒアシという存在を『殺』し尽くした。
飛び散った鮮血は辺りに降り注ぎ、木の葉っぱや草を紅く染め上げ、その光景を穢す。
その紅く染まった地帯に降り立ったシキ。
彼は顔を俯かせ、その余韻に浸っていた。
影分身は既に消え、彼のチャクラとして還元されている。
血に濡れた短刀を何度も見つめ、その殺した感触をその血を見て何度も確認し、続いて辺りに散らばった血液を一瞥して、彼はやがて……
「ク、クク――――」
深淵から湧き上がる嗤いを堪え始めるも、やがて耐えきれなくなったのか、大声で嗤い始めた。
「ク、ハハハッ、アハハハハハハハハハッ! やっとだ、やっとあんたを殺せたよ……ハハハハハハッ!」
愛情と、殺意の持ちうる限りを以てシキは狂笑する。
……慈しむように。
……喜ぶように。
……狂ったように。
彼は笑っていた。
「やっと、やっと
内蔵の痛みを無視して彼はひたすらに笑い、嗤い、微笑い、嗤い、哂った。
長かった――――ひたすらに長かった。
殺した筈の父親の遺体は、その双子の兄が原因で雲隠れに引き渡され、彼の首はシキが討ち取った物ではない、別の物になっていた。
後悔した……なぜもっと『殺』し尽くしてやる事ができなかったのだと。この『眼』を使いこなせていなかったばかりに、ただ喉を裂くだけに留まってしまい、結果として奪ったのはその命だけだった。
だから、やり直したいと思った。続きをしたいと思った。
遺体が雲隠れに引き渡される原因を作った、その双子の兄。殺した業の半分を持っていた彼を、殺したいと願った。
その
そう思って、その技を長年磨き上げてきた。
そして、ついにそれは叶った。
ついに自分は、彼らを『殺』す事ができたのだ。
「ウワアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァアアアアアアァァアアアアアァッッ!!!?!!?!??」
遠くから、悲鳴が聞こえてきた。
その悲鳴の主がすぐに分かったシキは笑いを引っ込めて、瞳力を閉じたその眼を向ける。
悲鳴の主は先程、自分が彼を誘い出すための餌として使った弟、ネジだった。
あの時のトラウマが蘇ってしまったのだろうか。
彼は最早、その焦点が何処に当てられているのかすら分からぬ目を開きながら、涙を流して泣いていた。
泣きながら、悲鳴をあげていた。
意識が定まらぬその声は、しかし、それだけでネジの気持ちが伝わってくるものだった。
殺せた喜びの余韻に浸っていた所を邪魔されたシキは若干顔を顰めながらも、その弟を見詰めて暫しの間考えた。
壊れた玩具などに今更用などない、しかしだからと言って思い入れがまったくないという訳でもなかった。
あの時、確か最後に一言、ネジに置いていって去った自分を思い出した。
ならば今回も、何か言い残してやろうと、シキは嗤いながら言った。
「救われないなあ、俺も、お前も」
それきり、シキは弟への興味を失くし、里から去っていった。
宗家は壊滅し、分家の呪印を起動できる者は既にいなくなった。
ならば日向一族に次に起こる悲劇とは、言うまでもなかった。
胸糞展開の山場でした。
この小説はひたすら殺しに狂った主人公を描いていますので、気分を害された方は申し訳ありません。作者はヒアシが嫌いな訳ではなありません。
・閃鞘・瞬獄とは
とある型月同人ゲー「Battle Moon Wars」の七夜の必殺技。
無印では色々と手抜きがされてアレであったが、
the best版で作り直され、七夜の新立ちグラと共に一新されて一気にかっこいい技になった。
見たい人はようつべで検索されよ。