死を視る白眼   作:ナスの森

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直死と万華鏡 上

 視界の中がおかしかった。

 目の前に繰り広げられる光景はそれこそ自分が憧れた光景であり、そしてこれ以上にない悪夢だった。

 それでも子供はこの現実から目を背けんと、代々受け継がれてきた白眼で凝らしてソレを見ていた。

 子供はある二人の戦いをその白眼で必死に追っていた。

 一人は30代前半の男――――男性にしては長い髪の毛を下ろし、厳格な雰囲気を漂わせている。

 もう一人は自分より四つ程上の少年――――紅い着流しを着こなしたその姿は、白のイメージが定着している自分達の一族との距離感を表しているようだった。

 同じ一族でありながら二人の戦い方はまったくもって違った。

 30第前半の男は正道とするのであれば、もう一人の子供の方は邪道というべき戦い方だった。

 男性の戦い方はそれこそ一族特有のソレを極めたものだったが、少年の戦い方はそのスタイルから逸していた。

 忍びの移動法の基本は姿勢を低くし、かつ疾風の如き速さで移動するという物だが、その少年は姿勢が低いとかそういう次元ではなかった。

 ……その姿勢は言うなれば蜘蛛――――四肢と胴体、そして頭部すらも全て地面と平行するような極限の前傾姿勢のまま、常に最高速で移動する。

 何より驚愕すべきその動きのメリハリ具合――――移動している方向の正反対の方へ方向転換する際の減速は一切見られず、壁や木、時には空中すらも足場にし、上忍すら展開の難しい高度な三次元戦闘をその年で実現してみせていた。

 他の忍びにとって木や障害物などが足場になりうるのなら、少年にとってはもう地面にも等しいだろう。

 既に人の域を脱したようなその動きに、正攻法の動きで対応し、かつ有利に立っている男性の方もまた怪物じみた強さを持つ事に間違いはなかった。

 

 ――――なんて、美しいのだろう。

 

 訳も分からず二人の殺し合いを目撃していた自分でさえ、最初はその見事な舞踏に心を奪われていた。

 掌底を振るっては避け、短刀を振るっては避け、互いの術と術がぶつかり合いまるで互いが互いを殺さんと――――いや、実際に二人は殺し合いを行っていた。

 互いの技を惜しみなくぶつけ合い、互いの芯を削り合うその二人の姿が、美しくない筈がない。

 だが、瞬く間にそんな思いも子供の中では吹き飛んだ。

 見る見る内に少年の身体が男性の攻撃によってボロボロになってゆき、流す血も増えていった。

 ――――なんで、やめないの?

 その疑問の後、凝らした白眼で凝視してみれば、同じく白眼を発動させている二人の眼が“本気”だという事に気付いた。

 元より少年と男性の間には如何にしても埋めようのない差があった。

 それも当たり前だった、才能はともかくとして、二人の間には経験に差があり過ぎた。

 むしろ日向一族最強の一人とされる男性を相手にこれだけの戦いをしてみせる少年の方が異常なのである。

 ……それでも、差は埋まらない。

 それなのに、どれだけ差を見せつけられても、少年の眼に浮かぶ殺意は一点も曇る事はなかった。

 やがて、少年の手に握られた短刀が男性の頬を切り裂き、しかし男性の方も少年にカウンターを食らわせ、それを短刀で受け流す少年。

 そして両者が距離を開いた。

 少年の方はもう既にボロボロ。

 男性の方こそ主な傷はパッと見てないが、所々に浅い切り傷が刻まれていた。

 既にお互いチャクラが切れかけているのか、両者の白眼はもう閉じられていた。

 それでも、少年の殺意は途切れることがなく、男性もまた戦意を尖らせ、両者は距離を詰め――――

 

「もうやめてください、父上! 兄さん!!」

 

 今の子供に出来る、精一杯の声。

 それが男性の耳に届いたのか、男性は驚いたかのように自分の方に振り向き――――

 

「――――その命、あまりに無謀」

 

 それが仇となったのか。

 少年の短刀が、男性の首を喉ごと切り裂く。

 首から赤い鮮血を吹き出し、男性は仰向け倒れる。

 

 ――――ネ、ジ。

 

 声の出ない口で、自分の名前を言ったような気がした。

 

「これにて終了でございます」

 

 ――――それきり動かなくなったヒザシの身体を後目に、まるで観客である自分に向けて、小ばかにするように芝居じみた口調を吐いた後、少年はボロボロの身体を引きずりながら、暗闇の中へと消えていった。

 

 

 その後、父親のヒザシの遺体は雲隠れの里に引き渡された。

 

 

 それ以来、子供は『運命』という因果を憎み、そして父親を殺し行方を晦ましたあの殺人鬼を憎悪するようになった。

 

 

     ◇

 

 

 三つの勾玉模様の眼がシキの姿を捉える。

 写輪眼による幻術がシキに掛けられようとするが、彼は即座にその嘘飾を見抜く。

 無論それだけで安心するシキではない。

 いつでも幻術から抜け出せるように、点穴からチャクラを瞬時放出できる準備をしておいた。

 

(やはり、デイダラのようには行かないか)

 

 写輪眼による幻術はいとも容易く抜け出せた。

 だが、イタチは別に驚愕する事はなかった。

 幻術をかけたのは確認のようなもの。

 日向の異端児と謳われた男にただの写輪眼の幻術が通じるとは到底思ってはいない。

 元々、日向は体内のチャクラを操る術に長けた一族だ。

 幻術を見抜く事にも長けた白眼は元より、相手のチャクラの流れを支配する事によって、五感を支配することでようやく成り立つ幻術は、日向一族が相手では相性は悪いと言える。

 

 だが、イタチは出来ればこの幻術でケリが付いてくれればと心の何処かで願ってもいた。

 周りに転がるシキによって殺されたであろう忍達の屍。

 

(あの死に方は……どう見ても日向の柔拳によるものではない)

 

 中には柔拳によってやられたであろう者も転がっていたが、それは少数だった。

 身体を何分割にもされている屍――――これが柔拳による物である筈がない。

 しかも断面が綺麗すぎるところからして瞬時にソレを行ったに違いない。

 ……だとしたら途轍もない解体技術である。

 故にイタチはこの男をこう結論付ける――――戦闘狂いの側面を強く持ちながらも、術に限らず、物事を広い視野で見る事ができる忍びである。

 無論これだけの判断材料では確信には至らないが、警戒しておくに越した事はない。

 

 両者は動く。

 疾風の如く、影の如く。

 先に攻撃を仕掛けたのはシキの方だった。

 腕が何本も生えたかのように錯覚させる速さで匕首を振るい、イタチの急所を切り刻まんとする。

 無論、写輪眼で全て見切ったイタチはその動きに合わせて躱してゆく。

 やがてそこに隙を見出したイタチは即座にカウンターを叩きこまんとするが、その拳を迎撃せんとするのはシキの匕首を持っていない方の、左手。

 その掌底から放出されるチャクラを写輪眼で眼にしたイタチは即座にカウンターから防御に切り替える。

 ただ防御するだけではシキの柔拳の虜となってしまうので、両腕クロスでシキの腕を捉え、上に逸らす。

 今度こそ隙だらけになったシキにイタチは暗器を仕込ませた脚を見舞うが、それより先にシキの脚が早く、そのイタチの蹴りを受け流す。

 

 ここまで一瞬にして、数々の体術による攻防。

 

 両者は距離を一旦取る。

 イタチは地面に立ったまま後退し、シキは身体を回転させながら空中へ舞い上がる。

 ……迂闊に自由の効かない空中に逃げる事は、敵に隙を晒す事を意味する。

 その隙を逃すイタチではない。

 

 ――――火遁・豪火球の術。

 

 巨大な業火の球が空中にいるシキに放たれようとしたその時

 

 ――――風遁・大突破

 

 空中でイタチに背を向けているタイミングでこっそりと印を結んでいたシキが、イタチに振り向いた瞬間に、細長い強風の息を放つ。

 両者共にそんなに距離は開いていない。

 そして両者の間に――――豪火が爆ぜた。

 

 咄嗟の事にイタチは驚き、そして同時に感嘆した。

 この日向シキという少年は自分に背を向けているタイミングで、白眼の全方向視野能力を利用してイタチが火遁の印を結んでいる所を確認していたのだ。

 そして瞬時に簡易な風遁の印を結び、振り向きざまに術を放った。

 風の性質変化を持つチャクラは通常は火の性質変化に弱く、押し負けるどころか、むしろ火遁に取り込まれてその威力を増強させてしまう。

 普通に考えれば風遁の方が不利であるのだが――――

 

(その性質を敢えて利用して、火遁の暴発を狙うとは……考えるな)

 

 写輪眼は白眼と違って透視能力は持たない。

 したがってイタチに背を向けて印を結んでいる状態であれば、察するのは難しくなる。

 白眼の能力と写輪眼の能力をうまく分析し、かつ属性の不利さえも利用する。

 そして、その戦術を瞬時の内に構築してみせる。

 ……並大抵の忍びにできる事ではない。

 

 ――――イタチは、知らず知らずの内に昂揚していたかもしれない。

 

 爆風から逃れるイタチ。

 運よく地上にいたおかげだろう。

 咄嗟の反応もあって暴発した豪火球から直接ダメージを避けることができた。

 しかし、爆風により砂埃と塵が空中に舞い、それが視界をロックさせている。

 その中でもイタチは冷静さを失わずに、分析を続けた。

 

(あの爆風を空中で受けては普通は無事では済まないが――――)

 

 それでも、あの男はきっと避けているだろうとイタチは推測する。

 あの男が考えなしにこんな無茶な戦法などする筈などないと、イタチはどこかで直感していた。

 イタチは写輪眼で先ほどまで男がいた空中を観察する。

 ……視界をロックする砂誇の中に、わずかなチャクラの痕跡が見られた。

 そこから推測できる事は――――。

 

(空中で足から放出したチャクラを水に性質変化させて足場にしたか――――)

 

 日向にそんな芸当ができるとは聞いた事がないが、しかしあの男なら可能だろうと、イタチは思う。

 異端児と呼ばれる事はある、イタチが聞き及んでいる日向一族の常識があの男に通用するとは思えない。

 

(……となれば、来るな)

 

 土煙の中に影分身を何体か置き、イタチは相手の出方を待った。

 

(ククク、参ったねえどうも……)

 

 シキは嗤いながら、心の中で愚痴った。

 相手方、まったく隙を見せてくれない上にこっちの隙を的確についてきてやがる。おまけにこっちの行動を分析し、これからはもっと的確にこちらの攻撃に対応してくるだろう。

 相手自身も厄介ではあるが、やはり彼の行動のネックとなっているのは相手の写輪眼だ。

 こちらの白眼は透視、遠視能力に加え、360°の広範囲視野を見渡す事になる。

 ……つまり、その広い視野の中で写輪眼に視線を合わせてしまえばそれだけで相手の写輪眼の幻術に嵌まってしまう可能性がある。

 ……そう考えれば白眼に頼り過ぎるのもよくない。

 

(クハハ、最高だ、最高だよあんた!)

 

 ――――この昂揚、親父と殺り合って以来だろうか。

 

「ああ、本当に堪らない!」

 

 チャクラで感づかれないよう、経絡系上に流れるチャクラの流れを最低限に抑え、気配と殺気を極限まで押し殺す。

 要求されるは、今まで磨いてきた暗殺技以外に他あるまい。

 

 シキは四肢を地面に付け、それ以外の全身の部位が地面に当たるぎりぎりの所まで姿勢を低くする。

 そしてその体勢のまま、音もたてずに最高速で走りだした。

 その様はまるで人型の蜘蛛の様……濃い土煙の中を音もなく疾走し、標的へ肉薄する。

 音も殺気も感じさせる事もなく、蜘蛛の姿勢を保ったままイタチへ接近したシキはそのまま手にもった匕首でイタチの喉元を切ろうとして――――

 

「まあ、そうなるよな」

 

 ……変わり身。

 直前までそこにいたイタチの姿は当にない。

 その時、四方からイタチの四人の影分身が、晴れた土煙の中からシキへ肉薄してくる。

 咄嗟に白眼を開き、四体の影分身の中に起爆札が仕込まれている事を直前に見抜いたシキは、四体の分身大爆発から逃れるが、その土煙が彼を襲う。

 そこで一瞬の隙を作ってしまったシキ。

 その土煙の中から現れたのは、三枚刃の手裏剣の模様をした写輪眼。

 

「――――っ!」

 

 ――――天照

 

 イタチの瞑った右眼から血が流れだす、そして開眼すると同時に、シキの右肩に禍々しい黒炎が灯った。

 ……太陽の神の名を冠するにしてはあまりにも禍々しい炎だった。

 写輪眼の上位種……万華鏡写輪眼を開眼した時にイタチが得た能力・天照。

 写輪眼の視界に映った対象を任意でその黒い炎で燃やす事ができる。

 

(少々手荒になるが、仕方がない。黒炎である程度ダメージを与えた後に捕らえ――――)

 

「……」

 

 次の瞬間見た光景に、イタチは表情に出す事はなかったが、内心では驚愕していた。

 

 ――――天照の黒炎が、消えた。

 

 天照の黒炎は本来、対象が燃え尽きるまで消えない炎であり、それこそ術者の干渉でもない限り消える事はない。

 

 ――――それが、刃物の一振りで、消滅した。

 

 黒炎を呆気なくけした張本人のシキは何もなかったかのように、黒炎で焦げた跡の衣服の部分を手で触りながら、その感触を確認していた。

 

「まさか、天照の黒炎を消すとはな……」

 

「生憎とあの程度でやられる程潔くはなくてね。あれで閉幕に持っていこう物ならそれは身が勝ちすぎてるってもんじゃないのか?」

 

 現在二人の状態はほぼ拮抗状態。

 一応、シキには天照のダメージがあるので強いて言うのならイタチに配が上がるが、シキも黒炎を着火されてすかさず炎を『殺した』のでほぼ無傷である。

 だが、消費したチャクラの量には少し差があった。

 シキが浪費したチャクラは先ほどの風遁忍術、打ち合いの際の数発の柔拳、そして爆風から避ける際に空中に足場を作るために使ったモノ。

 対してイタチが消費したチャクラは、先ほどの火遁忍術、影分身、そして何より大きいのが万華鏡写輪眼の使用によるものだ。

 

 だが、それも明確な差の内には入るまい。

 

 それにまだお互いを出し切った訳じゃあない。

 

(ククク……)

 

 シキは笑う。

 

 ――――さあ、もっとだ。

 

 ――――地中を駆け巡るような

 

 ――――泥を啜り尽くすような

 

 ――――黄泉路を這いずり回るかのような

 

 ――――広い視界中に視える『死』すら忘れさせてくれるくらいの、冷たい炎に焼かれるような感覚を俺に味わせてくれ!

 

 

     ◇

 

 

「これは、少々不味いですかねえ……」

 

 拮抗しあう二人を見て霧隠れの怪人・干柿鬼鮫は呟いた。

 ……あくまでイタチは相手を捕える為に本気で戦っていないとはいえ、あそこまで彼と拮抗しあうとは鬼鮫も想像していなかった。

 

 デイダラの時は、イタチの幻術にかかってそれで終わっていたのだが。

 

 だが、別段鬼鮫はこの程度なら不味いとは思わない。

 ペインが目を付けるような輩だ。

 ただ者でない事は予想がつくし、暁に誘われるような抜け忍が脆弱な輩な訳がない。

 

 問題は……

 

(イタチさんに万華鏡写輪眼を使わせる彼にも驚きましたが……イタチさん、何故あのタイミングで『月読』ではなく『天照』を……)

 

 鬼鮫の一番の疑問はそこだった。

 相手を無力化させるのが目的であるのなら強力な物理攻撃である『天照』よりも『月読』の方が遥かに効果的な筈である。

 普段の彼ならそのような無駄な事はしない筈だ。

 

「イタチさんが心なしか昂揚しているように見えるのは……果たして錯覚か」

 

 鬼鮫の中のイタチでは、少なくともそのような事は万が一にもあり得なかった。

 相手方の方はイタチとやりあう事を楽しんでいる様子だったが、そんな相手のペースに乗せられる程、イタチは熱くなるような男ではない。

 

 だが――――万が一、そうであるのなら……

 

「どちらかが本気を出す前に、私も行かなければならなくなるかもしれませんね……」

 

 ――――特にイタチさん、貴方が万華鏡写輪眼を使い続ければ、お体にも障りましょう。

 

 唯一、パートナーとしてイタチの身体の事情を知る鬼鮫は、いつでもこの戦いに参戦できるように、背中の鮫肌の柄を握っておいた。

 

 




イタチのキャラに違和感を感じた人はすみません。
この人ってすごい人だけど文章にするといまいち描写しづらい人物というか……(サスケェ……)

後、オリ主の戦闘スタイルは七夜の体術と柔拳をミックスさせた感じです。

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