死を視る白眼   作:ナスの森

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術ギルを引けたのなら、今度は弓ギルが欲しくなるというのが人情というもの。
結果はまあ、ご察しの通りで……。


血獄の後

 突如、己の揺り篭を揺らす衝撃と共に目が覚めた。

 バッと飛び起き、息を整えて周りを見渡す。

 己を守る殻にして柵である籠は動いている様子はなく、普段から感じている慣性すら感じる事ができず、それが少女の胸をとてつもなく苦しくさせた。

 ドクン、ドクン、と時計の針が刻むのと似た間隔で胸が鳴った。

 いても立っても居られず、布団から飛び出た少女は、そこで光源の存在が皆無である事に気付く。

 キョロキョロと当たりを見回す。

 今気づいた事であったが、自分が籠っていた駕篭の中身の中にあった唯一の光源たる提灯の蝋燭が消えているではないか。

 蝋燭は既にその寿命を置いており、その受け皿の上にはわずかに残ったロウだけが垂れていた。

 

 ――――もしや、役人が蝋燭の入れ替えを忘れたのか?

 

 だとしたら家に付いた後に呼び出してガツンと言ってやれねばならない。

 そう思いきったら心のどこかで何とか決心が付いたのか、先ほどまでの不安は収まっていた。

 意を決して、外に出る事にした。

 駕篭の出口に懸かっているカーテンを通して見える僅かな明かりが見えた。もしかしたら光源に使えるかもしれないと思い、カーテンを開いて外に飛び出す。

 

「いたっ……」

 

 いつもなら護衛の人が草履を用意してくれていたので、ついそこには既に草履があるのだと錯覚し、思わず素足で地面に降り立ってしまった。

 ……凸凹の地面では足の土踏まずの部分にも砂利の感触が辺り、その嫌らしい痛みを少女は初めて感じていた。

 新鮮……というには些か痛すぎるという物だろう。

 こう見えても少女はとある国の大名の娘であった。

 あまり活発的な子でもなく、普段は城の部屋で籠っており、外出するときはこのような駕篭に入って家臣に運ばれての状態の時のみだ。

 所謂井の中の蛙、箱入り娘という物だ。

 

「――――」

 

 痛みが引き、顔を上げると同時――――その眼に映ったのは少女の知らない世界だった。

 いや、知っているが、理解していない世界だった。

 夜は恐かった、だからこそ夜になれば少女はその暗闇に恐れおののき、出来るだけ何も考えずに視界を閉じて寝るようにしていた。

 少女は夜が嫌いだった――――ほとんどの人間が生命活動を休止させるその時間が、その静寂が、訳も分からない孤独が少女は嫌いだった。

 

「みんな……ドコ、行ったの……」

 

 普段は籠を運んで己の足の代わりになってくれる家来達がどこにも見当たらなかった。

 

 ……曇天が月を覆い尽くし視界が暗くなってゆく。

 ただでさえ暗闇が苦手である少女にとって、それはとてつもない不安と恐怖に陥れるものだった。

 そんな少女にとっての、唯一の希望が一つ、そこにあった。

 

 自分の家来が落としていった思しき、一つの提灯だった。

 

 幸い転倒している訳ではなく、正しい直立状態で落とされていたため、中身の蝋燭は倒れる事無く、そして火を灯したままの状態でそこにあった。

 

 それを発見した少女は反射的にソレを取る。

 まるでこの暗闇を拒絶するかのように、まるで暗闇に対しての抵抗であるかのようにそれを取った。

 蝋燭の火から熱を感じた。

 

 暖かった。

 

 一本の蝋燭が灯す火から感じるソレは昼間の日光に比べれば程遠い暖かさであったが、それでもそれは少女に現実逃避という名の一種の希望を与えた。

 この温かみを包まれながら、殻に籠っていれればどれだけの安息と安心感を得られるのだろうか。

 心の何処かでそう思いながら、少女は暗闇(げんじつ)から逃避する。

 少女の視界にはもはや暗闇など映っていなかった。

 見えてくるビジョンはただ質素な畳が敷かれた床と、心地よい暖かみが漂う小さな一室。そこで一人布団の中で包まっている自分。

 自我さえも薄れていくような幸福だった。

 

 しかし、ソレは少女が視る儚き幻想に過ぎず

 

 一陣の風が吹き、少女の着物を揺らす。

 冷たい風だった。

 蝋燭の火の温かみすらあざ笑うかのようにそれを塗りつぶし、少女を仮想の揺り籠から現実の恐怖へと連れ戻す。

 

「……アっ……」

 

 再び現実に戻された。

 風の冷気に当てられ、ゾワッと震えあがるような感覚と共に現実へと引き戻された彼女は、呆気に取られた表情で見上げていた。

 ――――何をしているのだろうか、自分は。

 何故、目の前の現実が見えなかったのだろう。何故、自分にとって都合のいい風景だけが映ったのだろう。

 少女は知らない――――これは恐怖のあまりの、所謂現実逃避という物であるという事を。

 

「――――ッ」

 

 感覚が段々と正常になってきたと同時、次に少女を襲ってきたのは即座にその鼻を潰し閉じたいという衝動に駆られる程の激臭だった。

 思わず鼻を塞ぐ。

 知らない匂いだった。

 匂いだけではない、この月のない夜も、この孤独も、この匂いも、少女にとっては全てが初めて味わう恐怖だった。

 

 足が震える。

 

 未知の世界に対しての恐怖。

 

「……」

 

 それでも、進まなければならなかった。

 突如として消えた家来の者達、先ほどまで駕篭に入った自分を運んでくれていた者達が突如として消えたのだ。

 自分で進む以外に希望を探す道はあるまい。

 そう思い至った少女は、千鳥足ながらも歩を進める。

 持ち歩ける光源があるのが不幸中の幸いと言った所か。

 

 そして、ズチュ、と嫌な感触が少女の足の裏に感じ取れた。

 

「……」

 

 嫌な感触だった。

 どんな物かは分からなかったが、嫌な感触だった。

 足を動かしてみる。

 ヌルッ、という感触と共に動いた。

 

 恐る恐る、踏んだソレを見てみる。

 

 腕だった。……切断された、人の腕だった。

 

「キャアアアアアアアアアアアアアァァアアァッッッ!!!!??」

 

 少女の悲鳴が木霊した。

 

 少女が経験するにはあまりにも速すぎた、あまりにも惨過ぎるその惨状に少女はその驚きと恐怖のあまり提灯を地面へと落とし、自身は後ろ向きへ思い切り尻もちを付く。

 

 何奈にナニな二なにこれなんなのこれは一体なンなのどうシテあルのコレは一体ナんなノ⁉

 

 少女にはソレが何なのか分からなかった。

 ソレが何なのか分かっているが故に、理解できなかった。

 

「ア“、ア”、ア“ア”ア“、ア”ッ、ア“ァッ!」

 

分からないまま、己の素足の裏に付いた、赤いソレを、己の着物で必死にふき取っていた。

 

 今にも足に染みついて離れないあの感触を必死に頭からぬぐい取らんと、赤く染まっていく着物の生地などに一切を気を留める事無く、奇声を上げながら必死にぬぐい取っていた。

 

 少女は知らなかった、その感触を。

 故に恐怖した。

 

 少女は理解していた、その感触を。

 故に必死にソレを拭い取ろうとした。

 

「ハァッハァッハッ……」

 

 居ても立ってもいられなくなった少女は即座に走り出す。

 

 走る。走る。何処までも暗闇の中を。

 

 普段は感じている夜への恐怖は微塵もなかった。何故ならこれ以上の未知の恐怖で塗りつぶされているからだ。

 それ故に、夜を恐れず走れる事は何とも皮肉な事だった。

 

 気が付けば手にもっていた筈の提灯も落としてしまい、それでも少女は恐れを上回る怖れから逃れる為に走った。

 

 安息のない暗闇を走り抜けて、月が雲からほんの少し姿を現して、世界に光が少しだけ戻った瞬間に、彼女は見覚えのある背中が見えた。

 

「あっ――――」

 

 その背中を見た途端、彼女は途方もない安心感に包まれ、その背中に向かって走り出す。

 その背中は紛れもなく、自分の国が保有する隠れ里の忍び装束のモノだった。

 おそらくもしもの為に更なる護衛として影からずっと一行を見守ってくれていたのだろう。

 その彼らがここに現れてくれた。

 

 もう怖いモノなんてない。

 

 そう、思いかけた。

 

「――――え?」

 

 そして、少女がその忍の肩に触れた瞬間、その忍の体はまるで積み木が崩れ去るかのようにバラバラに崩れ落ちた。

 

 訳も分からず、崩れた体から飛び出た返り血を浴びた少女は硬直する。

 

 少女の身体はもう真っ赤な血に染まっていた。

 

 まるでバケツの水を上からかけれたような感覚を感じたと同時、自分の頭から滴っていたのは紛れもなく赤い血液。

 

「あ゛…ぇ……こ、れ……誰、の……?」

 

 水というには、あまりにも濃く、あまりにも重い液体。

 物理的な重みよりもぐんと圧し掛かる未知の重圧に晒される。

 完全に赤く染まり切った己の着物を一瞥し、下の方に顔を向ける。

 

「■■……?」

 

 自分の足元に転がっていた首。

 

 名を読んでも反応せず、ただ苦悶の表情をしたまま動かなくなっていた。

 

「あ……え……ぇ」

 

 訳も分からずに少女は狼狽える。

 

 恐怖のあまり声は掠れてまともな声は出ず、この惨状を受け入れずにいた。

 

 ……そうしている内に、雲に隠れていた月が姿を現した。

 

 辺りの風景も徐々に見えるようになり、徐々に世界に光が戻ってくる。

 

 そしてその先に視えたのは―――――血に濡れた短刀を弄ぶ一人の男の姿だった。

 

「!!?」

 

 その姿を見た途端、少女は訳も分からぬ感覚に襲われる。

 

 アレはなに? 本当にヒトなの? なんで血に濡れてるの? どうしてこんな所にいるの!?

 

 自分以上に血に濡れたその影の存在を少女は必死に否定する。拒絶する。あれはこの世にはいてはいけないものだと、本能が警告する。

 

 ……なのに、身体は動かない。

 

 まるで全身が視えない釘に刺されたかのように、身体が逃げろと叫んでいるのに、硬直するだけで動かなかった。

 

「……」

 

 短刀に付いた返り血を舐めとりながら、男は少女の方へ振り返る。

 ……綺麗な、白き双眸が少女の目をくぎ付けにした。

 

「やあお嬢さん、いい月だね」

 

 優しく、甘く、まるで耳元で囁くような声で少女に語り掛ける。

 その声は血に濡れた姿で言うにはあまりにもアンバランスすぎていた。

 

 それが余計に少女の恐怖を煽り、最早思考すらままならなくなっていく。

 

 やがて雲に隠れていた満月が完全に現れ、さらに明るくなった月光は青年に背後にある風景を映し出した。

 

 ――――バラバラの屍が大量に転がっている、地獄絵図を。

 

「■■――――……っ!!!??」

 

 息をつまらせた少女は、ふたたび青年の白き眼を直視する。

 今すぐにでもお前を殺したいと嗤う、凶器のような眼を。

 

 その男以外の、すべての世界が見えなくなった。

 全てが赤い血の世界にしか見えなくなった。

 全てが、死でできた世界にしか見えなくなった。

 

「中々いい体をしてるじゃないか。特別肉付きがいいわけではない華著な体つき。解体(バラ)し甲斐があるかはともかくとして、薄味のようにさっぱりとした切り用っていうのもまた違った味がある。そうは思わないか、お嬢さん?」

 

「……ぁ……」

 

 最早、男の言葉は聞こえずにただ震える事しか少女にはできなかった。

 

 

 

 背中から何かに刺された。

 前方を見ればもうそこに男の姿がなく、己の胸から生えた刃物だけが視界に移った。

 気が付けば足の感覚がふっとなくなり、飛び出す鮮血だけが己の世界を支配した。

 赤い世界が晴れると同時、そこには自分の下半身に繋がっていた筈の両足が転がっていた。

 続いてそこに延ばされようとした右手が宙を舞い、続いて二の腕から肩にかけてのパーツがバラバラに崩れていった。

 

 突如、世界が反転する。

 視界に移ったのは首を無くした己の体(・・・・・・・・・)、そして己の目前に迫る短刀。

 

 痛みを感じる暇もなく、それがなんなのかさえ分からず、少女の世界はそこで断絶した。

 

 

     ◇

 

 

 とある山奥にある川の上流。

 そこの河原にて白いコートをきた少女が、洗濯板で洗い物をしていた。

 洗っていたのは、血に濡れた衣だった。

 赤い雲の模様の入った黒い衣の着物についた返り血を少女、レンは流れる冷たい水の感触にびくともせずに衣を洗濯板にごしごしと擦り付けていた。

 その手のひらには少なくない豆ができており、レンは不満そうにその作業をしていた。

 やがて。

 

「……ねえ」

 

 隣にいた青年に声をかける。

 紅い着流しをざらっと着こなし、愛用の短刀や苦無、千本などを研いだり洗ったりしている青年、日向シキはレンの声に反応しない。

 相も変わらず微笑を浮かべた能面顔を覗かせ、刃物研ぎに勤しんでいた。

 もはやうんざりする程に聞き飽きた石と金属の摩擦音。

 いくら愛しの(マスター)の頼みと言えど限界である。

 

「ねえってば!!」

 

 故に大声で呼びかける。

 その声にようやく反応したのか、シキはちらりとレンの方を一瞥し、ハァっと溜息を付きながらレンの方へ振り向いた。

 

「どうかしたか?」

 

「『どうかしたか?』じゃないわよ! ようやく私を口寄せしてくれたと思ったらいきなりこんな血まみれな衣の洗濯なんて、口寄せ動物を何だと思ってるのよ!? 大体どれだけ暴れればこんな血まみれになるのよ!? 元々衣の色の大部分が黒いのが幸いだとしても、この赤い模様の部分まで染まっちゃってるじゃない!!」

 

「ああ、雇い主(リーダー)からある者の暗殺任務を依頼されてね。やけに護衛の忍が多いから楽しめそうだと思って暴れてみたはいいんだが……ま、がっかりもんではあったがね。」

 

 本命のお嬢さんは中々いい反応をしてくれたがね、とどこか残念そうな笑みを浮かべるシキ。

 いざ手始めに一人目を解体したら、その周りにいた護衛の者達はそれに気付かない始末だったので今度は分かりやすく前列の者をバラバラにしてやったのだ。

 そこでようやくその驚異に気付いた忍たちは戦闘態勢に入ってくれた。

 そこまではよかったものの、最近はあのうちはイタチとの殺し合いというとても刺激的な出来事を体験していたシキにとってみればそれはとてもとても退屈なものだった。

 大名の娘の護衛に選ばれていたにも関わらず、敵はただ一人、ただその事実だけで動きがあまりにもお粗末になってしまっていた。

 仕方なしに軽く殺気をぶつけたら途端に全員が怯んでしまい、今度は動けなくなってしまう始末。

 一部見込みのある者もいたが、それでもシキにとっては殺し合うには取るに足らない存在であり、精々遊ぶ玩具には持って来いと言った所であった。

 殺し甲斐がないのであればないなりに楽しもうというのがシキが大抵の格下相手に対して出す結論であり、それ故シキは格下に対してはどうしても遊んでしまう癖がある。

 例えば、これみよがしに相手の目の前で仲間を解体したり、少しずつ切れ込みを入れてじっくりと苦しませて殺したりなどその趣味はまさしく最悪と言えた。

 それを繰り返せば返り血はいくらでも付いてしまおうモノである。

 

「相変わらず悪趣味な事。紳士のする事ではなくて?」

 

 ジト目で睨むレン。

 

「――――ハッ。そういうのはもっと相手を選んでいう事だ。こんな薄汚れた殺人鬼なんざ、紳士からは最も遠い存在だろうに」

 

「……それはそうだけど」

 

 鼻で笑うシキに対し、言い淀むレン。

 自分の(マスター)であるのならせめて表向きだけでも紳士らしく振舞ってほしい言いたい所だが、この人でなしを体現したかのような男にそんな事を言っても無駄である事は分かっていた。

 暗殺に適した体術を態々生み出しておきながら行動はその真逆というまったく以って矛盾めいた男である。

 

「……まあ、そういう所とか嫌いじゃないけれど……」

 

「ん、何か言ったか?」

 

「別に。何も言っていないわ。それよりもシキ、いつまでこんな事続けさせるつもり? 返り血はこれ以上取れそうにないし、手がもう豆だらけなんだけど。そっちと交換して下さらない?」

 

 赤面して目を反らしながらそう言うレン。

 赤い豆でいっぱいになった手を抑え、如何にも痛いといったようなアピールをさり気なくしながら、しかし表情は必死に余裕を保とうとしていた。

 この娘もこの娘で何かと矛盾めいてはいた。

 

「…………洗濯よりも刃物研ぎの方がよほど危ないと思って其方を頼んだわけだが?」

 

 そんなレンをジト目で見やりながらシキはそう言った。

 

「……」

 

 そんなシキの発言を受け止めたレンは、シキの目の前にズラリと並んでいた忍具に一瞥する。

 忍具とは言うものの、実際に並んでいるのは投擲用の長針や苦無などといった人を殺す為だけの道具しか並んでいなかった。

 一つ一つが人を殺す為の利器であり、シキの手によって余す所なく研がれ、輝くソレは一種の芸術と錯覚してしまう程に煌めいていた。

 特に針に至っては経穴に刺されては常人ならば瞬時で死に至る程の猛毒が塗られているため、素人のレンが触ったらどうなるか分かったものではないだろう。

 あくまで人間にしか試した事がない毒なので、口寄せ動物であるレンに効き目があるかは微妙な所であるが、触らないに越した事はなかった。

 

「……何よ、少しは紳士らしい事もするじゃない……」

 

 複雑な気持ちになりがらも、赤面しながらそう言うレン。

 主がようやく自分に気遣いらしい気遣いをしてくれた事が少しばかり嬉しそうだった。その嬉しさが半分(・・)だった。

 

「にしては何処か浮かない顔だな」

 

「……何でもないわよ」

 

 真顔で聞いて来るシキに対し、レンは少しばかり不機嫌そうに答えるも、その言葉で興味を失くしたのか、再び刃物研ぎに勤しんだ。

 その様子にレンは余計に不機嫌そうに眉を潜めた。

 

「刃物、好きなの?」

 

「そういう訳じゃあない。獲物を中途半端に解体(バラ)してしまわないようにする為さ。せっかくのいい食材の味を鈍い得物で台無しにしてしまうのは耐えられない性分なんでね」

 

 包丁の切れ味によって食材の味という物は変わる。

 とどのつまり、せっかく自分が解体した獲物を不味いモノにはしたくないという、殺人鬼なりの拘りだとシキは語る。

 

「……よく言うわ」

 

 シキに聞こえないようにレンは呟く。

 元より刃物の切れ味の良し悪しなど、結局の所彼の眼をもってすればそんな物まったくの無意味なのだ。

 下手すれば刃物すら必要とせず、そこらに落ちてある物、いや指や爪などでも容易に獲物を解体できてしまう力を持つこの殺人鬼が態々刃物の切れ味に拘る必要性など殆どなかった。

 つまり、シキが今夢中に勤しんでいる刃物研ぎは紛れもなく彼の嗜好が大半を占めているという事になる。

 

「……」

 

 実際、シキはいつもと変わらぬ真顔でそれに勤しんでいるものの、錆びや汚れ一つ許すことなくしている事からも、相当な熱の入り用である。

 

 ――――何が“そういう訳じゃあない”よ。やっぱり好きなんじゃない。

 

 内心でそう愚痴り、レンはシキに丹精込めて研がれてピカピカと煌めきながら並べられた刃物をジト目で睨む。

 

 ――――私なんかより、そんな刃物(もの)の方がずっと大事って事?

 

 そんな妬みの感情を込めてソレらを見つめるレン。

 心が宿っていない無機物にそんな事をしてもまったくの無意味であることをレンは分かってはいるものの、やはりやらずにおれなかった。

 

 口寄せで自分を呼んでくれたのは確かに嬉しかった。

 こんな雑用を押し付けられるのもまあいい。出来れば彼の一番の楽しみである“殺し合い”の時に呼ばれたかったが、そこまで贅沢を言うつもりもなかった。

 だがこの(マスター)、自分に雑用を押し付けておきながら、自分とろくに交流を図ろうともせずに延々と得物を研ぐことに専念しているのだ。

 今回自分を口寄せしてくれたのも、この前の夢の世界での自分の願望を考慮してくれたのは確かなのであろうが、あくまで本人にとっては気紛れの一つに過ぎないのだろう。

 ……そう思うと、少しばかり遣る瀬無い気持ちにもなった。

 

「……レン、ちょっとの間猫の姿に戻れ」

 

「え?」

 

「先輩のお出ましだ」

 

 突如、ニヒルな笑みを浮かべながらそう言うシキ。

 いつの間にか傍で並べていた得物が握られており、相変わらず微笑を浮かべた能面のような顔だったが、心なしかその眼は殺意で嗤っていた。

 悪寒がしたレンはすぐさま猫の姿に戻り、先ほど自分が洗っていた主の衣の中に身を潜める。

 

「……」

 

「ソウ殺気立ツナ」

 

「やめてよね。ただでさえ一度君に腕取られてるっていうのに」

 

 どこから聞こえたかも分からぬ声が聞こえた瞬間、シキの背後から少し距離がある所から一つの人影が地面からニョキニョキ生えるかのように出てくる。

 白い左半身、黒い右半身、ハエトリグサのような物で包まれ、その上に暁の衣を身にまとった、人間離れした風貌の男が現れた。

 

「誰かと思えばアンタ“達”か。……で、そんな距離を取った所から現れる訳は一体?」

 

「貴様ノ間合イニ入ルト何ヲサレルカ分カッタ物デハナイカラナ」

 

「こっちはただでさえ君に腕を取られてるからね。一歩でも近づいたら僕達バラバラにされちゃうでしょ?」

 

「さあ、どうだろうねえ」

 

 黒、白共に訝しむような言葉に対し、シキは曖昧な返答を出す。

 少なくとも、同じ仕事仲間である限り、今の所殺そうとは思わない。今の殺気は単にゼツの気配に体が反応してしまっただけであり、シキ本人に殺そうという意志はなかった。

 

 ――――まあ、その背中を見せられればその限りではないがね。

 

 内心でそう付け加えながら、ゼツに気付かれないよう後ろでこっそりと得物を下ろした。

 

「で、何か用かい? 雇い主からの依頼は無事達成した筈だが?」

 

「ヤリスギ、トイウ話ダ」

 

「いくら大名の娘だからって、首を刎ねた後更に脳天突き刺しにするのはさすがの僕でも引くよ?」

 

 その時、シキの傍に置いてあった暁の衣がピクッ、と動いた。

 

「地に転がる前に息絶えさせるのが俺のやり方でね。それにその方が向こうさんにとっても効果はあっただろう?」

 

「……」

 

 シキの言い分に双方のゼツは黙ってしまう。

 

 暁にとあるの国の大名から一つの依頼が舞い込んできた。

 今では停戦協定を結んでいる隣国があるのだが、そこの大名の刺客に自分の娘を奪われた過去があり、だからと言って国力では勝てず、戦争に持ち込む訳にもいかなかったのでやむを得ず停戦協定を結ぶしかなかった。

 が、一方的に大切な生娘を奪われて何も仕返しせずに終われる筈がない。だからと言ってお抱えの忍び里に頼ればどうなるか結果は見えている。

 

 だからこそ、何処の国にも属さず、かつ安い金で依頼を受けてくれる傭兵集団・暁に目を付けた。

 

 その依頼内容とは、その隣国の大名の娘の首を取って、それをその大名に届けて絶望させてほしいという物だった。

 

 首だけとなって帰ってきた娘を目の当たりにしたその大名は、発狂のあまり城の天守閣から飛び降り自殺をしたという。

 首だけならまだしも、その首すら脳天を突き刺しにされているという始末だったので、その苦しみと悲しさは想像に容易い物だった。

 

「コノ話ハモウイイ。ソレヨリモ、大蛇丸ニツイテハドウナッテイル?」

 

「前任者の始末も君のノルマの内に入ってる筈だけど?」

 

「まったく音沙汰なしって所かな。よほど自分の不死に自信がないのか、それとも単に神経質なだけなのか……」

 

 やれやれ、肩を竦めるシキ。

 

 今まで多くの不死者を狩ってきたその功績を買われて、リーダーから裏切り者の大蛇丸の抹殺というノルマを課されたシキ。

 白眼という探索能力に長けた瞳術もあってか、大蛇丸を殺すのに最も適したメンバーは間違いなくシキである。

 そのことにデイダラが、「大蛇丸をぶっ殺すのはオイラだ!」と突っかかってきたが、リーダーの一言でそれも鎮まった。

 

「トニカク見ツケ次第、スグニ殺セ。オ前ノソノ眼ナラ確実ニ殺セル筈ダ」

 

「デイダラやサソリには僕達から言っておくから、ね?」

 

「俺としちゃ、あの二人と殺し合える口実ができて喜ばしい限りだが?」

 

「やめてよねそれ。君だと本当にやりかねないから」

 

「はいはい」

 

 何事もないかのように返事をするシキ。そんなシキに両ゼツは内心で呆れながらも、去り際にこう言い残した。

 

「直ニリーダーカラ連絡ガ来ル筈ダ。ソレマデハココデ待機シテイロ」

 

 再びゼツの身体はハエトリグサのような物で包まれ、そのまま地面の中へと消えていく。それを見届けたシキは再び、研ぎ石の方へ向き直り、衣の中に隠れていた者に声をかけた。

 

「もう出てきていいぞ、レン」

 

「……」

 

 衣の中から一匹の白猫が現れる。まだ洗ったばかりの衣に隠れていたおかげで身体が濡れてしまったのか、白猫は身体を振るわせて全身に纏わりついた水分を追い払った。

 犬かお前は、と突っ込みそうになったシキは悪くない。

 

 やがて猫は元の人型へと姿を変えた。

 白い少女の姿へと。

 

「……ねえ、シキ」

 

「何だ?」

 

 少女の姿に戻るや否や、こちらを若干咎めるような眼つきでシキを見つめるレン。何が言いたいのやらとシキはレンの言葉を待った。

 

「その、今度からは……女子供を殺すの、やめて下さらないかしら?」

 

 先ほどの咎めるような眼つきから打って変わって、まるで懇願するような眼つきでシキにそういうレン。

 その発言にはさしものシキも唖然としてしまった。

 殺人鬼相手に何言ってるんだこいつ、と。

 

「出来たらでいいから……あまり、特に私みたいな背丈の女の子とか、手に掛けないで欲しいの……」

 

「……」

 

「べ、別に強制している訳じゃないわよ? だからその、リーダーとやらから与えられた仕事以外でいいから、出来れば……」

 

 ――――何言ってるのよ、私ったら……。

 レンは心の中でそう呟いた。

 (マスター)の行動を制限するなど、使い魔にはあるまじき行為であるというのに、一体何を言っているのだろうか。

 彼は自分を外の世界へ連れ出してくれる、それ以上は望まないつもりでいたのに、どうして……。

 

「まあ、気が向けば善処しておくよ」

 

「……」

 

 興が失せたのか、いつもの能面顔に戻ってまた刃物研ぎに専念し始めるシキ。先ほどの自分の言葉をどうでもよさげに流したシキを、レンはただジト目で睨んだ。

 それは善処しない者の台詞ではないか、とレンは心の中で突っ込み、拗ねたようにシキに背を向けて、洗濯板で洗った己の主の衣を木の枝の上に干した。

 

 リーダーから連絡が来たのは、それからしばらくしての事だった。

 




白レンを膝の上にのせて頭を撫でたい人生だった。
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