内容は変わりますが恋愛要素の変更は恐らくありません。
一羽 異世界とヒトとウサギ
「………ん」
ルシファーはふと目を覚ました。長い眠りでもなければ浅い眠りでもない、程よい昼寝から目を覚ました。
だが、寝ていた場所がベッドではなくどこぞの魔王が鎮座するような豪奢に飾られた紅い玉座で居眠りをしていた。
片肘を手すりに立てて手は頬を支えている状態だ。おまけにヨダレまで垂らしていたりする。美味しいものでも食べている夢を見ていたのだろう。
ルシファーは手を組んで伸びをしながらアクビをした後、椅子から下りて紅い絨毯の上を燻んだ金髪を揺らしながら歩く。
暫くしてルシファーは扉の前で立ち止まる。その扉には『ごうまんのま』と刻まれていた。
〝傲慢〟とはルシファーが司る七つの大罪の一つであり、彼女の感情を表す言語でもある。
傲慢の他に〝憤怒〟〝暴食〟〝嫉妬〟〝色欲〟〝怠惰〟〝強欲〟があるが、これらは後に触れるとしよう。
話を戻して、ルシファーが扉の前で立ち止まったのは不自然な点を見つけたからである。
「………あら?これは何かしら」
しっかり閉まっているはずの扉の隙間に見慣れぬ封書が挟まっていた。
ルシファーは閉まったままでは取れないので一旦扉を開けてパサッと廊下に落ちた封書を拾い上げる。
封書の後ろを確認すると、そこには『プライダ・S・ルシファー殿へ』と達筆で記されていた。
「ふうん。よくわからないけど、コレは私に対する挑戦状かしら?」
紅い瞳を怪しく光らせながら笑みを浮かべるルシファーは、封を切り手紙を読んだ。
『悩み多し異才を持つ少年少女に告げる。
その
己の家族を、友人を、財産を、世界の全てを捨て、
我らの〝箱庭〟に来られたし』
―――――――――――――――
「わっ」
「きゃ!」
「………これは流石に予想外だわ」
ルシファーと他三人の視界は間を置くことなく開けた。
そして上空4000メートル程の位置から真っ逆さまに自由落下を開始した。
ルシファーが黒のワンピースの裾を押さえて捲れ上がらないようにしている中、他の三人はこの状況下で同様の感想を抱き、同様の言葉を口にした。
「ど………何処だここ!?」
眼前には見たことのない風景が広がっていた。
視線の先に広がる地平線は、世界の果てを彷彿させる断崖絶壁。
眼下に見えるのは、縮尺を見間違うほど巨大な天幕に覆われた未知の都市。
彼らの前に広がる世界は―――完全無欠に異世界だった。
―――――――――――――――
―――箱庭2105380外門居住区画、第360工房。
「………うまく呼び出せた?黒ウサギ」
「みたいですねえ、ジン坊っちゃん」
黒ウサギと呼ばれたウサ耳の少女は、肩を竦ませておどける。
その隣でジンと呼ばれた体のサイズに合わないダボダボなローブを着た幼い少年が溜め息を吐いた。
黒ウサギは扇情的なミニスカートとガーターソックスで包んだ美麗な脚を組み直し、人差し指を愛らしい唇に当てて付け加える。
「まあ、後は運任せノリ任せって奴でございますね。あまり悲観的になると良くないですよ?表面上は素敵な場所だと取り繕わないと。初対面で『実は私達のコミュニティ、全壊末期の崖っぷちなんです!』と伝えてしまうのは簡単ですが、それではメンバーに加わるのも警戒されてしまうと黒ウサギは思います」
握り拳を作ったりおどけたりと、コロコロ表情を変えながら力説されたジンも、それに同意するように頷いた。
「何から何まで任せて悪いけど………彼らの迎え、お願いできる?」
「任されました」
ピョン、と椅子から黒ウサギが跳ねる。
『工房』の扉に手をかけた黒ウサギに、ジンは不安そうな声をかけた。
「彼らの来訪は………僕らのコミュニティを救ってくれるだろうか」
「………さあ?けど〝
クルリとスカートを靡かせて振り返る。
おどけるように悪戯っぽく笑った黒ウサギは、こう告げた。
「彼ら三人は………人類最高クラスのギフト所持者だ、と」
だが、この時二人は知らなかった。人類ではなく悪魔が一人、紛れ込んでいることに。
―――――――――――――――
自由落下に身を任せていたルシファーは、眼下に湖が映ったことにより慌てて背に生やしていた小さな黒い羽を広げた。
黒い羽は12枚の黒い翼へと変化し落下していた体はフワリと浮かびその場にとどまった。
一方、その他の三人―――
『ぎにゃああああああ!!お、お嬢おおおおおお!!』
………と一匹は、落下地点に用意してあった緩衝材のような薄い水膜を幾重も通って湖に投げ出される。
「きゃ!」
「わっ!」
ボチャン、と着水した。水膜で勢いが衰えていたため三人は無事で済んだが、猫はそうもいかない。
一人の少女が慌てて猫を抱きかかえ、水面に引っ張り上げる。
「………大丈夫?」
『
まだ呂律が回らないながらも猫の無事を確認した少女はホッとする。
別の二人はさっさと陸地に上がりながら、それぞれが罵詈雑言を吐き捨てていた。
「し、信じられないわ!まさか問答無用で引き摺り込んだ挙げ句、空に放り出すなんて!」
「右に同じだクソッタレ。場合によっちゃその場でゲームオーバーだぜコレ。石の中に呼び出された方がまだ親切だ」
「………いえ、石の中に呼び出されては動けないでしょう?」
「俺は問題ない」
「そう。身勝手ね」
二人の少年少女はフン、と互いに鼻を鳴らして服の端を絞る。その後ろに続く形でもう一人の少女が岸に上がる。同じように服を絞る隣で猫が全身を震わせて水を弾く。茶髪の少女は服を絞りながら呟いた。
「此処………どこだろう?」
「さあな。まあ、世界の果てっぽいものが見えたし、どこぞの大亀の背中じゃねえか?」
茶髪の少女の呟きに金髪の少年が応える。何にせよ、彼らの知らない場所であることは確かだった。
適当に服を絞り終えた金髪の少年は軽く曲がったクセっぱねの髪の毛を掻き上げ言う。
「まず間違いないだろうけど、一応確認しとくぞ。もしかしてお前達にも変な手紙が?」
「そうだけど、まずは〝オマエ〟って呼び方を訂正して。―――私は久遠飛鳥よ。以後は気をつけて。それで、そこの猫を抱きかかえている貴女は?」
「………春日部耀。以下同文」
「そう。よろしく春日部さん。最後に、野蛮で凶暴そうなそこの貴方は?」
「高圧的な自己紹介をありがとよ。見たまんま野蛮で凶暴な逆廻十六夜です。粗野で凶悪で快楽主義と三拍子揃った駄目人間なので、用法と用量を守った上で適切な態度で接してくれよお嬢様」
「そう。取扱説明書をくれたら考えてあげるわ、十六夜君」
「ハハ、マジかよ。今度作っとくから覚悟しとけ、お嬢様」
ケラケラと笑う十六夜。そんな彼から傲慢そうに顔を背ける飛鳥。耀に至っては猫と遊んでいた。
だが、十六夜はフッと軽薄な笑みを浮かべると上空を指差して飛鳥に言う。
「それとお嬢様。最後は俺じゃなくて―――アイツの方だろ?」
「え?―――あら、本当ね。アレは………何かしら?」
「………天使?」
『天使にしては翼が真っ黒やな』
猫と戯れていた耀もふと見上げて呟いていた。十六夜は耀の呟きに首を横に振った。
「馬鹿言え、アレは天使じゃねえよ。アレは堕天使っていう造物主のとある神様に反旗を翻して堕ちた天使だ」
「「堕天使?」」
「ああ。それで12枚の翼を持つ天使といったら一人しかいない。俺の予想が正しければアイツの名は」
「ふうん。私の正体が分かるのね、人間」
十六夜がルシファーの名を告げるよりも早く、彼女の方から声をかけた。
十六夜は不敵に笑って彼女の名を告げた。
「ああ。オマエの名はルシファーなんだろ?堕天使の長を務めてる悪魔」
「………正解よ。私はルシファー。プライダ・S・ルシファー。人間、貴方の名は?」
「俺は逆廻十六夜だ。しかし異世界に飛ばされて早々に魔王サタンの別称を持つ堕天使様と巡り会えるとは幸先がいい」
「あら?私と会えたことが嬉しいですって?ふふ、面白いことを言うわね貴方」
クスクスと笑うルシファーは右手を掲げると、闇を凝縮させたような魔弾を生み出し死刑宣告を下した。
「そんな滑稽な貴方は―――コレを冥土の土産に貰って逝くといいわ」
「なっ―――!?」
ルシファーは躊躇うことなく十六夜に闇の魔弾を放った。絶句する飛鳥と耀。
その魔弾を十六夜は笑って真正面から―――
「ハッ、しゃらくせえ!!」
殴りつけて粉砕した。
「は!?」
「え!?」
「な!?」
驚愕の声を上げる三人。十六夜は拳を叩いて笑う。
「おいおい、まさか堕天使様の実力はこの程度じゃないよな?」
「あら、舐めてもらっては困るわ。私の本気はこんなものじゃ―――」
「双方、そこまでです!」
ルシファーが闇の魔弾の再生成を行おうとしたところを黒ウサギが飛び出し止めに入った。
それを見た十六夜とルシファーは黒ウサギを睨みつけた。
「あん?誰だよオマエ」
「私達の戦いの邪魔をするなんていい度胸ね。その素敵なウサ耳を引き千切られる覚悟はできてるかしら?」
「え?だ、駄目なのですよ!黒ウサギのウサ耳は―――」
ウサ耳を咄嗟に庇おうとした黒ウサギ。だがそれよりも早くいつの間にか背後に立っていた耀が彼女のウサ耳を根元から鷲掴み、
「えい」
「フギャ!」
遠慮無用に引っ張った。
「や、やめてください!本気で黒ウサギの素敵耳を引き抜こうとしないでください!!」
「駄目。好奇心が勝ってるからやめることは出来ない」
「何ですかその理由は!」
黒ウサギがウサ耳を逆立てて怒ると、飛鳥が歩み寄ってきて耀に尋ねた。
「ねえ春日部さん。私もそのウサ耳触っていいかしら?」
「うん、いいよ」
「良くないです!―――フギャ!」
黒ウサギの言葉よりも好奇心を優先した飛鳥は、耀の許可も取ったので早速ウサ耳を鷲掴み引っ張った。
「そんじゃ、俺にも引っ張らせな」
「引っ張る前提ですか!?こ、来ないでくだ―――フギャッ!!」
そこへさらに十六夜が参戦して黒ウサギ弄りが本当にウサ耳が取れてしまうのではないかというくらいにエスカレートしていった。
その光景をルシファーはニヤニヤしながら眺める。間近で観賞するために翼を畳んで地上に降りていた。
耀はそれを好機とばかりにルシファーに気づかれないように移動し彼女の背後に立った。そしてルシファーの燻んだ金の後ろ髪に隠れていた小さな黒い羽を見つけて鷲掴み、
「えい」
「いぎゃ!」
思いっきり引っ張った。
ルシファーが謎の悲鳴を上げたことにより、十六夜と飛鳥はウサ耳弄りを中断して振り向く。
しかしルシファーはそれに気づかず耀に振り返って怒った。
「ちょっと何すんのよ人間!私の羽に触るどころか引っ張るとか喧嘩売ってんの!?」
「売ってないよ。ただの好奇心」
「好奇心でヒトの羽を引っ張るバカはいないわ!」
「此処にいる!」
小さい胸を張って主張する耀。アンタねえ、と頭を抱えるルシファー。そこへ、
「そういやオマエの羽も本物なのか?」
「………そうね。私も気になるわ」
十六夜と飛鳥がルシファーの背後を取ると、右翼を十六夜が左翼を飛鳥が鷲掴み思いっきり引っ張った。
「いぎゃっ!?ちょっとアンタらもやめ―――」
「「断る!」」
嬉々とした笑みで拒否した二人は、さらに容赦なくルシファーの羽を引っ張った。
先程見捨てられた黒ウサギはルシファーを助けにいかない。ルシファーは言葉にならない悲鳴を上げたのだった。