―――一方、同じく一階層では黒ウサギとアスタロトが激戦を繰り広げていた。
黒ウサギの〝疑似神格・金剛杵〟から放たれる轟雷は、〝予知の魔眼〟を解放したアスタロトに悉く回避されていた。
「(彼女の弱点が『雷』とルシファーさんに教えて戴いたとはいえ、当たらなければ意味がありませんね………ッ!)」
そう。前回の試練もそうだったが、アスタロトの〝予知の魔眼〟の前ではまるで歯が立たなかったのである。
だが当たればアスタロトにダメージを与えられる。彼女は『雷』の耐性に弱く造られていて、逆に他の『属性』では全くといっていいほどダメージを与えられない。
アスタロトの力は『氷』。同じ系統の『氷』属性で攻撃した場合は、彼女は『氷』魔法を吸収して自分の力の糧にすることができる。
「(黒ウサギのギフトネームに〝誘宵美九〟と記されていますが………恐らくこの力の属性は『無』。決定的なダメージを与えるには厳しいですね)」
美九の力は『音』。即ち属性は『無』か、もしくは『風』の可能性が高い。
そして『風』は『氷』とは相性が最悪で、『氷』の壁に阻まれて『風』は弾かれてしまうだろう。
―――だが、ダメージ目的ではなく不可視の攻撃なため隙を作るには適していた。
黒ウサギはそう考えると、一旦アスタロトから距離を置き、自分の白黒のギフトカードを取り出して〝疑似神格・金剛杵〟を仕舞うと、〝誘宵美九〟に声をかけた。
「(美九さん!聞こえますか!)」
『はぁい。なんですかぁ、ウサギさん?』
「(もう一度貴女様の力を使わせて欲しいのでございますよ!)」
『まぁ!いいですよー。一回と言わずに何度だって私を使ってください♪可愛いウサギさんの頼みなんですからねー』
「(あ、ありがとうございます美九さん!)」
お礼を言う黒ウサギ。
美九はふふと笑ってアスタロトを見つめた。
『それにしてもあの子可愛いですねー。本当に魔神さんなんですかぁ?』
「(い、YES。容姿はたしかに可愛らしい悪魔でございますが、ギフトは強大です。油断大敵なのですよ)」
『そうですかー。では今日は霊装と天使も顕現させてみましょうかぁ』
「(………?霊装と天使でございますか?)」
黒ウサギが首を傾げると、美九ははいー、と返した。
『私の霊装を纏えばウサギさんの事を守ってくれますしー、天使を使えば未来を見通せるあの可愛い魔神さんをぎゃふんと言わせてあげられますよぉ!』
「(そ、そうでございますか。………で、ではお願いしてもよろしいでしょうか?)」
『モチのロンですよー!じゃあいいですかぁ?行きますよぉ?さん、はい!』
美九のかけ声に合わせて、黒ウサギは叫んだ。
「<
その声と同時、淡い光が黒ウサギの身体に纏わり付き―――光のドレスを形作っていった。
黒ウサギの黒髪も、紫がかっていた。
身体のラインに沿うように張り付いたトップス。ボリュームのある袖。それらを包むように展開したボレロ状の光の帯。そして―――光のフリルが幾重にも折り重なった煌びやかなスカート。
それら全てが顕現したのちに、黒ウサギの髪に月を模した髪飾りが輝く。
これが霊装。精霊を守る絶対の城であり鎧。
「―――<
さらに黒ウサギは両手を広げて天使の名を口にする。
次の瞬間、黒ウサギの足下の空間に放射状の波紋が広がっていった。
黒ウサギの声に呼応するように、その波紋の中心部から、何か巨大な金属塊のようなものが床上に迫り上がってくる。
鈍重な本体から銀色の細長い円筒が何本も連なって生えた奇妙なフォルム。それはまるで、聖堂などに設えられている巨大なパイプオルガンを思わせた。
次に黒ウサギは右手を左から右へと一閃させた。すると、彼女の手の軌跡を描くように、ぼんやりとした輝きを放つ光の帯がそこに現れる。
否、それを帯というのは語弊があるかもしれなかった。黒ウサギの身体を囲うように曲線を描いたそれには細かな線が幾つも走っており、ピアノかオルガンの鍵盤のようになっていたのである。
これが天使。精霊が持つ絶対の武器であり『形を持った奇跡』。
黒ウサギは一瞬ポカーンと口を開けて固まり、すぐに驚きの声を上げた。
「こ、これは一体なんなのですか!?」
『これは私の天使、<
「そ、そうなのですか………。ですが、これなら行けそうな気がするのです!」
黒ウサギは強く頷き、アスタロトに目を向ける。
アスタロトは突如現れた天使に少なからず驚きの表情を見せていた。
「これは………どうやら警戒を強めた方が良さそうですね。次に来る攻撃は恐らく不可視。〝予知の魔眼〟が意味をなさない力の解放に備えるとしましょう!」
アスタロトは黒い翼を広げると、上空を舞い、さらに右手を掲げて『氷』で出来た大剣を顕現させた。
「ああああああああああッ!!!」
それを見上げた黒ウサギは、『声』を出して不可視の攻撃―――〝音の壁〟を放つ。
その瞬間、アスタロトは左手を前に突き出して紫の魔法陣を展開。黒ウサギの放った〝音の壁〟を凌いだ。
「ふふ、不可視の攻撃といえど、貴女が放った瞬間に魔法陣を展開すればどうってことないですね」
「………っ!」
唯一、アスタロトの〝予知の魔眼〟を掻い潜れる不可視の一撃を攻略されて舌打ちする黒ウサギ。
美九は苦笑して次の策を伝える。
『大丈夫ですよぉ。あの魔法陣を破る手段はありますぅ』
「!!それは心強いのでございますよ!」
『うふふー、ではその方法を教えますねー。まず私の言う通りに力を解放してください!いいですね?』
「は、はいな!」
頷いた黒ウサギは一度目を閉じて気を落ち着かせる。
美九は黒ウサギに指示を出した。
『ではまず―――その場で回って踊ってくださぁい!』
「へ!?………は、はい!」
黒ウサギは突拍子のない美九の発言に声が裏返ったが、言われた通りにその場でくるりと身体を回転させ、タップダンスのようにカッ、カッ、と地面に靴底を打ち付けた。
「<
すると、黒ウサギを囲うように、地面から何本もの銀筒が出現し、その先端をマイクのように黒ウサギの方に向けた。
否、それだけではない。別の場所にもパイプオルガンの金属管が現れ、アスタロトに向けてその先端を可変させた。
『魔法陣で防御されるのなら、防御の声を全方位から魔神さんにぶつけて動きを封じちゃえばいいです。その隙にウサギさんのギフトで一撃ぶつけちゃってくださいー』
「!!分かったのです!」
『では、いきますよ―――』
美九のかけ声と共に黒ウサギは身を反らしながら息を大きく吸い―――
「――――――――――――――――――ッ!」
耳の奥に響くような高音の声を、自分の周囲に立った天使の銀筒目掛けて発する。
<
「………?な、動けない!?」
身体を動かせないアスタロトは魔法を使用することも出来ず、顔を驚愕の色に染めていた。
黒ウサギは声を上げたまま右手を掲げて〝疑似神格・金剛杵〟を顕現させると、轟雷をアスタロトに放つ。
「え?―――きゃああああああああああ!!?」
轟雷を放った際に、拘束は解けていたが、アスタロトは回避が間に合わず直撃した。
弱点の『雷』の直撃を受けてしまったアスタロトは、そのまま真っ逆さまに落下した。
黒ウサギは彼女の下へ駆け寄り、〝疑似神格・金剛杵〟を向けて言う。
「『雷』の強撃を受けた貴女にもう勝ち目はありません。降参してください」
「………うぅ、」
アスタロトは呻きながら必死に身体を起こそうとするが、全身が痺れて上手く動く事が出来ない。
その様子を見て黒ウサギは勝利を確信した。………だが、アスタロトは動けないのならば、と口を動かした。
「―――………
そう口にした瞬間、アスタロトを中心に巨大な紫の魔法陣が現れ―――巨大な『氷』で出来た地獄の最下層に棲まう魔龍・コキュートスが顕現した。
黒ウサギは即座にその場から後退して〝
「………ッ!!巨躯の魔龍!?」
『ありゃー………これはかなりまずい事になりましたねー』
黒ウサギは冷や汗を掻きながら〝
そこには、麻痺を完治したアスタロトが魔龍の頭上に座り込んで紫の魔法陣を展開していた。
「まさか、〝
≪GEEEEEYAAAAAAAAAAaaaaaEEEEYYAAAAAAAAAaaaaaaaaaaaaaaaa!!!≫
雄叫びを上げる〝
黒ウサギは『氷』の魔龍に嫌な汗を流しながら、アスタロトを見上げ―――最終決戦へともつれ込むのだった。
―――――――――――――――――――――
―――一方、二階層では飛鳥とルシファーはサタンと戦いを繰り広げていた。
正確にはルシファーとサタンが暗黒の大剣と漆黒の大剣を幾千幾万と超高速で切り結び合っていた。
飛鳥はこの状況に手も足も出ずに悔しそうに歯噛みしていた。
だが、最初はルシファーとサタンは互角だったはずが、徐々にルシファーの方が押されていた。
「………っ、」
「どうした我らが主!貴女の実力はこんなものではないはずだ!」
ルシファーは暗黒の大剣に『闇』を纏わせ今までのとは比にならない一撃を籠める。
サタンも漆黒の大剣に『闇』を纏わせそれに応える。
「「はああああああああああッ!!!」」
必殺の一撃同士がぶつかり合う。『闇』と『闇』の鬩ぎ合いは通常は相殺されて終わるはずだった。
だが―――ルシファーの暗黒の大剣はガジャアンと音を立てて砕け散る。
「………え?」
瞳を見開くルシファー。そして―――ドッ、とサタンの漆黒の大剣がルシファーの胸元を貫き、背中から切っ先が突き出た。
「―――――ぁ、」
「ルシファーさん!?」
叫ぶ飛鳥。サタンはルシファーの胸元に突き立てた大剣を抜き取り、彼女の付いた血を振り落とす。
「やはり、ミカエルと再会した事が仇になったようだな。今の貴女は『闇』の力よりも『光』の力の方が強くなっている」
「……………ごぽ、」
ルシファーは口から、胸元から大量の血を流してその場に崩れ落ちる。
飛鳥はすぐさま彼女の下に駆け寄って抱き起こす。
「駄目よ、ルシファーさん!死なないで………ッ!!」
「大、丈夫だよ………飛鳥お姉、ちゃん……………私は、死なないから、ね?」
「そ、そんな弱々しい声で言わないでよ!余計………不安になっちゃうじゃないっ」
「えへへ………ごめん、なさい」
フッと目を閉じてルシファーは気を失ってしまった。
飛鳥は涙をポロポロ流しながら血塗れの彼女を抱きしめる。
「(私に、力があれば―――ルシファーさんをこんな目に遭わさずに済んだのに………ッ!)」
自分の無力さを嘆く飛鳥。気を失っているルシファーの頭を愛おしそうに撫でる。
彼女の胸元を見ると、貫かれたはずの傷はいつの間にか塞がっており、寝息を立て始めていた。
ルシファーの胸元に展開されていた黄金の魔法陣によって傷が癒されていたのだ。接触した際にミカエルが予め施しておいたものだろう。
「(………そうよね。ルシファーさんのお姉さんがこの子を見捨てるはずがないわ!―――私も、覚悟を決めなくちゃいけないわね)」
飛鳥は膝上に乗せていたルシファーをそっとその場に寝かせると、自分のワインレッドのギフトカードを取り出して〝鳶一折紙〟に声をかけた。
「(折紙さん!お願いがあるの!聞いてくれるかしら!?)」
『―――私に何の用?』
「(勝手だって分かってる。だけど私にはルシファーさんを守るために貴女の力が必要なの!だから、)」
『私の力が欲しいと?』
折紙の問いに強く頷く飛鳥。
折紙は暫く黙り込み、
『分かりました。あなたが私の力を望むのなら、お力添えします』
「(あ、ありがとう折紙さん―――って何で急に敬語?)」
『それは気にしないでください。今から霊装と天使を顕現させます。私に合わせて力を解放してください』
「(………?わ、分かったわ)」
飛鳥は乙女モードになった折紙の言葉に頷くと、折紙に合わせて飛鳥は叫んだ。
「<
そう叫んだ瞬間、飛鳥の全身が光り輝くと、その光が収束すると白みがかった黒髪の少女が姿を現した。
身体の線に沿うように纏わり付いたドレス。満開の花のように大きく広がったスカート。そして、頭部を囲うように浮遊したリングから伸びた、光のベール。―――それら全てが、目の覚めるような純白で構成されていた。
それはまるで清らかなる乙女のみに纏うことが許された花嫁衣装か―――さもなくば、闇の中に降り立った天使の姿を思わせた。
これが霊装。精霊を守る絶対の城であり鎧。
「―――<
飛鳥の言葉に応ずるように、此処が建物内だというのに、飛鳥を囲うように幾条もの光が降り注いだ。それらの光が次第に実像を帯びていき、それぞれが無機的な細長い羽のような形を取っていく。
そして飛鳥が手に掲げた手を握ると同時、それらの羽が円状に連なった。
そう。まるで―――飛鳥の頭上に王冠が戴かれるかのように。
これが天使。精霊が持つ絶対の武器であり『形を持った奇跡』。
飛鳥は自らの姿と右手に持つ天使を見て瞳を丸くした。
「え?これは何なのかしら!?」
『それは私の天使。名前は<
「そう………これで私はルシファーさんを守ることが出来るかしら」
『大丈夫です。私を信じてください。精霊の力は強大ですから、きっとあなたの思いに応えてくれます』
「………分かったわ。―――行ってくるわね、ルシファーさん」
隣で眠っているルシファーの頭を優しく撫でると、スッと立ち上がりサタンを睨みつけた。
「待たせたわね。ルシファーさんの仇は、貴女を倒して私が討つもの」
「ふん。雑魚がいくら力を得ようと雑魚は雑魚だ。貴様なんぞ瞬殺してくれる!」
「あら、人間を舐めると痛い目見るわよ?―――覚悟はいいかしら」
「はっ、覚悟も何も不要だ。貴様では我には勝てぬ事を教えてやる!」
サタンは十二枚の黒い翼を広げて超高速で飛鳥に迫る。
「【
飛鳥の言葉に応じた<
コキュートスといえど『氷』の塊。黒ウサギのアレなら………
飛鳥の『光』とサタンの『闇』………勝るのは果たしてどっち?
次回は耀の天使判明と、幼女十六夜VSロリコン魔神戦決着です。