後輩「先輩がそう思う理由はなんですか?」
先輩「それはね・・・(本編へ続く)
あれは、10年前のことだった・・。
太陽が照りつける暑い夏だった。
熱い、と言うより、痛いといったほうが適切かもしれない
この年、海の向こうの国で戦争が始まった
理由は、くだらないものだ・・。
竹輪は、おやつに入るか入らないか・・。
それが元で、世界食品連盟の中でずれが起きたのが発端だった。
世界中の竹輪の価格が上昇し、
工場は倒産し、
世界レベルの金融機関は、次々と破綻した。
狂った夏だった。
ついに、この戦争は、僕らの「形」までに影響を及ぼした。
竹輪はおやつ賛成派の軍が、竹輪のエキスを1000倍に濃縮してつくった化学兵器を開発したのだ。
それは、世界中のインターネットを通じて配信された。
電源をつけただけで自動で霧状に噴射されるシステム
そんな、悪魔のような計画が秘密裏に進められた・・・。
そして、悪夢の始まり。
8月1日の、高気圧に覆われた日だった。
僕は、その日ベランダで本を読んでいた。
カーテンレールには、夏特有の清涼な風で風鈴が揺れていた。
いつもと同じ、夏の午後のはずだった。
風鈴の音をかき消すように、1階から劈くような音が聞こえた。
何かを切り裂く音。何かが壊れる音。何かか倒れる音。
そんな不愉快な音源をすべて集めたような音だった。
最初、それを何かしらの人工的に作られた音だと思った。
それくらいに、無機質なものだった。
でも、それはお母さんのだった。
お母さんの、叫び声だった。
空気が、恐ろしく重たい。
夏の温度と、質量のある化学物質、双方が混じり合った重さ。
僕は、恐る恐る1階に降りた。
古い檜の階段のきしんだ音が耳障りである。
最初は、匂いだった。
香ばしい、竹輪の香り。
そこから、僕の目が追いついた。
僕は、その時見た光景を、一生忘れない。
あったのは、巨大な竹輪だった。
乳白色の表面に、狐色の斑点がグロテスクに浮かび上がる。
さっき、お母さんがいた場所だ・・・。
僕は、考えることを止めた。
まさか、そんなわけがない。
今朝、笑顔でおはようと言ってくれた母。
つい4時間前まで、目玉焼きを作っていたではないか。
そんなお母さんが、今目の前で得体のしれない竹輪になっている。
だが、病は確実に進行していた。
世界は、可笑しな方向に歪み始めていた。
右腕を見ると、もうすでに、狐色の斑点が出始めていた。
景色が明滅した。意識が朦朧として、何も考えられなくなった。
最後に残ったのは、朝食べた目玉焼きの微かな残り香だった。
目が覚めると、そこは古い屋敷のようだった。
とりわけ象徴的なのは、中央を占領する螺旋階段である。
どこまで続いてるかわからない。
上を見上げても闇に霞んでしまうほどに果てしない。
僕は、奇妙な浮遊感を感じていた。
夢とも、現実とも結びつかない奇妙な浮遊感。
ここはどこだろう。
不思議なことに、僕はこの場所に一種の心地よさを感じていた。
昔自分がいたような、自分の原点なような。
古巣に帰ったような不思議な感覚。
ふと壁を見ると、幾つかの写真が飾ってあった。
セピア色にくすんでいるが、何が写っているのかは判別できる。
右から見て1枚目は、象の如雨露だ。
目の部分が少し剥がれかけている。
2枚目は、鉛筆と消しゴムが写っていた背景は、どっかの林間学校らしい。
3枚目は、どうやら何処かの田舎だ。
釜をもったおじいさんと、小学1年生くらいの男の子が写っている。
4枚目は、とりわけ鮮明に写っている。
可愛らしい少女の写真だ。黄色いフリルに、淡いピンクのワンピース髪は後ろに結んでいる。
僕は、知った。
この場所は、僕の記憶だ。
言い換えると、精神世界だ。
よく見ると、壁の一面になにやら焦げた色の紙があちこちにあった。
それは、かつて僕の思い出だったに違いない風景だった。
他の写真は、もうほとんど何が写っているか分らない。
螺旋階段は、永遠とか、無限とか、永久とか、逃れられない運命とか。
そういうものを具現化したものに違いない。
無論、僕なりの解釈に違いないだろうけど。
これらの柵は、すべて戦争が造ったものだ。
喪ったものは、全部戦争の愚かな副産物だ。
僕は、そんな怨念を発散させながら目を覚ました。
現実へ。
窓の外では、これから暑くなる予感を秘めた
朝の光が差し込んでいた。
いつもの天井
いつもの布団の感触
いつもの枕の硬さ。
いつもの目覚し時計の音。
僕の家だった。
右手を見ると、ちゃんと僕の右腕は、僕の右腕だった。
何だ、夢だったのか。
だけど、今回の夢は、どうしようもなく現実的であった。
あの、竹輪の斑点も、あの匂いも、あの音も、全部五感が覚えていた。
僕は、今回の夢で学んだことがある。人は皆、主人公ではない。
自分、というのは位置を表すものであって、決して自主性を表すものではないのだ。
自我、というのは所詮物質なのであり、そこに主観も客観も介在しないのだ。
ただ、そこにあるというだけで。
なのに、人は勘違いをする。
自分は自分だ。
自分は、主人公なのだと。
だから、欲を求める。
自分の意見を主張する。
自分が正義だと思う。
争いをする。
所詮、そんなものは解釈なのだ。
単なる言葉遊びだ。
有機的な心と、無機質な言葉とが結びつくはずもないのに。
だから、戦争なんて起きるのだ。
人類の重大な錯覚のために。
だから、僕は誓う。
「今日から、僕は主人公にはならない」
僕は、階段を降りた。
檜が軋んだ。
台所へ、僕は向かった。
お母さんは、フライパンの上で目玉焼きを焼いていた。
僕は、ふと嫌な予感に襲われた。
「お母さん、今日は何月何日だっけ?」
「今日は、8月1日だよ」
窓の外から漏れる蝉の鳴き声が、一際大きくなった気がした。
〜終〜
先輩「ということなんだ」
後輩「はぁ!?」