自身の手が、ポケットに入っていたカードに触れ、掴んだ瞬間、それは起きた。触れていたはずのカードの感触が手から消え、その瞬間、全身が熱くなったのだ。あまりに一瞬の感覚であったため、気のせいかと思い、もう一度ポケットをまさぐってみるが、カードがない。確かに先ほどまではあったはずなのに。緊張しすぎて、落としたのかもしれない。目覚めた直後に比べ、だいぶ楽になった身体を動かし、布団を引きはがしてから、ベッドから降りてみる。どうやら体は調子を取り戻したみたいだ。むしろ、不思議なことにすこぶる調子がいい。しかし、それは後でいい。それよりも時間の限られた今、早くカードを拾わなければならない。
「……ない」
あるだろうと思われたベッドの周辺には落ちてないようだ。それでは、同じく発見可能性の高いベッドの下かと思い、かがんで覗いて見てみる。
「……ここにもない」
そんなはずはないと布団をどかし、ベッドの上まで隅々と探してみるが、見当たらない。それならばと、病室中を隈なく探すが――ない。
「そんなはずはッ……!」
半ば自暴自棄になりながら、すでに見た場所も、自身の体も服の上から探ってみるが、それでも見つからない。どうしたものかと途方に暮れていると、なにやら廊下のほうからドア越しに、少し離れた場所から足音がする。どうやら時間切れのようだ。素早くベッドに戻り、探し物のために、少々荒れたシーツを素早く整え、その上に横たわり、布団をかぶると――ガラッ。
「失礼するよ。体の調子はどうかな?衛宮士郎君」
ギリギリセーフだ。またイリヤを泣かしてしまうところだった。
布団に潜りながら、軽く顔を出し、声の主を見てみる。
歳は50代前半ぐらいに見える。体格は中肉中背であり、所々に黒い髪がまじった白髪頭が特徴的だ。彼が自分の担当医なのだろう。それよりも――
「お兄ちゃんっ、ちゃんと安静にしてた?」
――イリヤである。どうやらバレていないようである。一安心だ。
「ああ」
余裕をもって、そう返事を返す。イリヤと共に病室に入ってきた担当医が、ベッドの近くまで寄ってきて、口を開く。
「率直に言おう。君は丸一日以上も寝ていたんだ。原因特定のために、もちろん検査もしたが、目立った異常が見当たらなかった。いたって健康体だよ。ただ、希望するようであれば、退院した後、改めて精密検査を受けに来るといい」
その言葉に、確信が強まる。やはり、あのカードが原因ではないだろうか。医者はそのまま話を続ける。
「念のため、いくつか簡単な質問をするけれど、いいかな?」
断る理由もなく、はい、と返事をし、痛みはないか、食欲はどうか、などといった本当に簡単な質問をされる。
そして最後の質問に答え終わった。
「うん、どうやら、少なくとも現在は問題ないみたいだ」
顔色もいいしね、と付け加える。
「ただし、今日のところは入院のままで、問題がなければ、明日退院ということにするよ」
医者としては当然、というようにそう話す。自分としては今すぐ退院しても構わないのだが、まあ仕方ないかと納得する。それではお大事に、とこちらに挨拶をし、すぐそばにいたイリヤに会釈をし、病室から出ようとする。ドアノブに手をかけると、ふと思い出したように。
「そうそう、衛宮君が目を覚ましたと、君の保護者の方に連絡を入れておいたから、もうすぐ来るかもしれない」
そう言ってから、静かにドアを開け、今度こそ病室から出ていった。……まずい。
「なあイリヤ、その保護者ってさ……オヤジのことか?それともリズかな?」
そうでありますように、と願いながらおそるおそる聞いてみる。
「なに言ってるの、お兄ちゃん。おとーさんとママはまた海外に出かけたばかりでしょ。それに、セラがいるのに、リズが電話に出ると思う?」
「うん、思わないな。なるほど、そう言えば2人は日本にいないんだったな」
ということは。消去法で……。
「まさか……セラさんでしょうか」
動揺のあまり、思わず口調が丁寧になってしまった。
頭を抱えて震えていると、慌ただしいけれど、規則的な足音が廊下から聞こえ――。
「シロウッ!!」
バンッと勢いよくドアが開き、これまたすごい勢いで、二人の銀髪の女性が病室へと雪崩れ込んできた。
「うわッ!」
思わず身構えてしまうが、どうにも様子がおかしい。
うん、リズはいつも通りだ。目元が微かに光っているように見えるが、なんだか眠そうに目を擦っている。
それでは肝心のセラのほうだが――。
「シロウ……」
心配をかけた上に、イリヤを泣かせたのだから、こっぴどく叱られると思っていたのだが、どうにも変だ。
「あなたが無事でよかった……」
家族なのだから、本気で心配してくれているのだろうなとは思っていた。しかし、あのセラが、急に倒れて入院したとはいえ、まさか第一声が自分の身を案じる言葉だとは。
「俺はもう大丈夫だから。とんでもなく心配をかけたみたいだな。ごめん。セラ、リズ」
なんだかとてつもなく申し訳なくなり、ベッドの上からではあるが、頭を下げて謝った。
「……いいです。ただし、今後は自分の体をきちんと気遣って下さいね」
「ん、シロウはいつも無理しすぎ」
と、セラとリズに言われてしまった。
「わかった。これからはもっと気をつける」
頷きながらそう返す。
ああ、本当に心配かけちまったな――。
「そうして下さい。約束ですからねッ!」
よし、気をつけよう。安心したら、唐突に猛烈な空腹に襲われ、グゥゥーと大きな音が腹からなった。
カーテンが開けてある窓から外を見やると、すでに暗くなりつつあることに気づいた。
そういえば、倒れた朝は、何も食べずに家を出た。つまり、すでに二日近く食事をとっていないことになる。
「おなかが減ったのですね、シロウ。お医者様が言っておりましたが、ロクに食事もとっていなかったあなたのために、後で特別に食事を持ってきてくださるようです」
セラがそう教えてくれた。
「わかった、ありがとな、セラ。俺はいいんだけど、暗くなってきたみたいだし、そろそろ帰ったほうがいいんじゃないか」
3人いるとはいえ、女性だけなのだから、完全に暗くなる前に、早く帰らせないと。そう考えながら、外を指し示し、促した。
「もっと言いたいことが山ほどありますが、それはあなたが家に帰ってからにしてあげます。そうですね、では、イリヤさん、リズ、そろそろ帰りますよ」
イリヤはぎこちなく、リズは微かに頷き、まずはリズがお大事に、と言ってから病室を出ていく。セラも同じく挨拶をし、礼儀正しい彼女らしく、軽く会釈をしてからリズの後を追った。
そして最後にイリヤが残った。
「お兄ちゃん、しっかり休んでね。お願い」
そう言い残してから、名残惜しそうにしつつも、病室から去っていった。
己以外に誰もいなくなった病室で、ひとり呟いた。
「そっか……うん、やっぱり暖かいな」
今回の事は、客観的に見ると、確かに不運な出来事だったのだろう。しかし、士郎にとっては違った。
血は繋がっていないけれど、自分のことを本気で案じてくれる家族がいる。そう確信できた。彼女たちが真の家族想いであることなんて当に知っていたはずなのに。今はなぜか、その事実がとても眩しくて。
――暖かい気持ちと共に、例えるならば、まるで
「守りたい、この暖かさを」
いま確信した。俺は、
「貫こう、この熱いなにかを」
そう決意し、力いっぱい両の拳を握りしめた。
この時、拳を作るために込められた力が、気のせいか