宮藤さんが部屋にいる   作:まるの

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宮藤さんに贈り物

 思えば宮藤との共同生活を始めてから随分時が過ぎたように思う。

 初めて服を買ったあの日から季節の巡りに合わせて二度、三度と衣替えをしてきた宮藤の服はその量を着々と増やしていて、もはやクローゼットに占める割合は俺のそれより高いのではないだろうか。

 最初の頃は恐る恐るとしていた現代キッチンの使い方も今では慣れたようで、毎日変わらず美味しい料理を作ってくれている。よくよく考えれば当初は和風料理が多かったが最近では洋風、あるいは中華なんてのも食卓に上がってくる頻度が増えた気がする。

 冷蔵庫を開けてみれば宮藤手製の豆腐や納豆が鎮座していて、これらの大豆製品に関しては今では店売りのものを買うこともなくなってきた。さらに足元を見ればぬか床が置いてあって、中には胡瓜や白菜と言った野菜が漬けられている。今朝の朝食にも出てきたが大層美味かったです。

 掃除に関しては言うに及ばず、毎日部屋の隅から隅までぴかぴかに磨き上げられていて入居時よりむしろ今の方が綺麗なんじゃないのかと思わんばかりだ。……唯一、床に何かで刺したような傷が残っているのが気になるが。気になるが。

 ――非の打ち所もないとはこのことで(刺し所は一点あるにせよ)、あの日家事手伝いとして任命した彼女は文句なしにその任務を果たしてくれている。ちなみに今はというと、

 

「ふんふんふーん」

 

 なんて鼻歌交じりにベッドに寝転がっては漫画本を読んでいて、その姿はどこにでもいる女子中学生と言ったところである。いや本人曰く既に中等学校は卒業している年齢で、こちらの世界で言うと高校一年生と同い年であるはずなのだが、顔つきも身体つきも幼い為にとてもそうは見えない。

 

「……今何か言いました? 三森さん」

「なんでもないです」

 

 そんなことを考えていたのが悪かったのか、本から視線を上げてこちらを見る宮藤に首を振りながらも俺は手に持ったスマートフォンを操作していく。何かと……口に出してしまうと野暮だが、目の前の宮藤のためだ。

 これだけ毎日家のことをやってもらっていて、それで俺から彼女に与えているのは精々が外に出る為の衣服やら今読んでいる漫画本のようなものぐらいである。流石に給料を払うというわけにはいかないが、これではあまりにも報われないだろう。そのため、せめて何かしらのプレゼントでもしてやろうかと思い、インターネットで情報を集めている訳だが……。

 

「……わっかんねーなー」

 

 『女性 プレゼント』などと入れて調べるだけであらゆるサイトが出るわ出るわ……世の中の人はどれだけ女に贈り物を貢いでいるというのか。さてそんな検索結果に目を通していった俺は、その内容に目が滑っていく。

 まず一番に出てきた化粧品なんかは論外と言ってもいいだろう。宮藤がそういったものに興味があるとは思えないし、年齢的にも早過ぎると言っていい。あと、そもそも俺にそのような知識はない。これに付随するところで香水なんかも除外しておこう。だからわかんねーって。

 では次にスイーツ……つまり甘いモノであるが、これは一瞬よさそうに思えるが、よくよく考えると相応しくなさそうだ。何故かというと宮藤は基本的に和菓子を好んで食べるが、これは俺の好みとも一致しているために、家に土産として和菓子を買ってくるのはしょっちゅうのことである。それを改めてプレゼントにしたところで、なんというか、味気がない。……菓子だけに。

 それではと次のページを捲ってみれば、そこで俺の目が止まった。

 アクセサリー。その言葉にふむ、と頷く。悪くない。日頃の感謝の気持ちとしてアクセサリーを贈る……というのも少し気恥ずかしいものがあるけれど、宮藤もこれで年頃の女の子であるわけだし、自分を着飾るというのもいいんじゃないだろうか。

 

 そうだな、たとえば……指輪、とか?

 そう考えてふと、細い手に綺麗な指輪を通した宮藤の姿が思い浮かんで――

 

「いや、いやいや」

 

 思わず否定の言葉が口をつき、頭を振って自分の考えをかき消す。

 ないないない。何を考えているんだ、俺は。指輪て、指輪っておい。もっとこう他にあるだろ。

 えーっとネックレス……はちょっと早いかもしれないけど、ブレスレットなんかもいいかもしれないし。それにもっと言えばリボンなんかもアクセサリーと言える。ちょっとあざといかもしれないけど、幼い容姿の宮藤にはよく似合うだろう。

 うむうむと恥ずかしい妄想を脳内から追い出しながら、俺はさらに調べようとスマートフォンに視線を向け直し、 

 

「なに見てるんですか―?」

「わっ、ちょっ! どっから顔出してんだよ!」

 

 たところで肩口から声がかかって身体をすくませる。驚いてみれば宮藤がいつのまにやら真後ろまで来ていたようで、気づけば頬と頬が触れそうなぐらいに顔を近づけてきている。そしてその位置から何とか俺の手元にあるスマートフォンの画面を見たいのか、無理やり視線をやっていた。そんなに近くにいるものだから、横にぴょこんと跳ねた宮藤の髪がくすぐるように俺の顔をなぞってきてくすぐったい。俺は思わずその頭を掴んで押さえつけた。

 ぐぅ、と唸るような声を出した彼女が涙目で俺を見上げてきて恨めしそうな声を上げる。

 

「な、なにするんですかっ」

「それは俺のセリフだ。さっきまで漫画読んでたろ」

 

 ぐぐぐと更に詰め寄ってこようとする宮藤の頭を押さえつつも、反対の手で先ほどまで画面を覗いていたスマートフォンを操作する。別に見られてマズい……というわけではないけれど。

 そうしてちらっとベッドの方に目をやれば、丁寧にまとめられた単行本が積まれていた。

 

「もう最後まで読み終わっちゃいましたっ」

 

 満面の笑みを浮かべた宮藤がどこか得意げにそんな言葉を言い放って胸を張る。まあしかし、漫画を読み始めた当初は絵本でも読むかのようにゆっくりゆっくりとページを進めていたのだから、それからすると随分読書のペースも早くなったように思う。

 これまでも宮藤を見てきて思ったことだが、こいつは色々と飲み込みが早いのだ。それは年齢によるところだけでなく、本人に天性の吸収力が備わっているように思う。上手くすれば将来は大成するんじゃないだろうか。

 

「そうしたら三森さんはす、すまーとほん? をずっと使ってるし……暇なんです―。どこか行きましょうよー」

 

 なんて心の中で褒めていたのに、目の前の宮藤は子供っぽく駄々をこねている。駄目だこいつ。大成しないわ。

 出かけましょうよ―なんて言って絡んでくる宮藤にはあ、と溜息をつく。しかしまあ、確かにインターネットで調べるだけでは限界がありそうなのも確かである。俺はうん、と頷いて。

 

「……そうだな。確かに、俺もちょっと見たいものが出来たし」

「……と、いうことはっ?」

 

 ちらっとスマートフォンに目を向けてから。

 俺の言葉に期待するようにわくわくと目を輝かせている宮藤に向き直る。

 しっぽを振って続きの言葉を待つ宮藤に、にやりと微笑んだ。

 

「街まで買い物に行ってくるわ。留守番よろしく」 

 

「な・ん・で・で・す・かー!」

 

 すくっと立ち上がってそう言ってやると、間髪入れずに怒ったような声が返ってきた。

 追いすがるようにして腰を上げた宮藤が俺のズボンを掴んで、行かせまいと力強く引っ張ってくる。……この場面だけ見られたらなにか勘違いされそうだ。

 

「わたしも一緒に連れて行ってくださいよっ!」

「よしわかった。じゃあ首輪とリードを付けなきゃな」

「わーいやったー。って、犬の散歩ですか!」

 

 おおうノリツッコミ。

 

「冗談だって。……いやほんとに冗談なんで、そんなに睨まないでください」

「むー」

 

 

 

 

 

 

「……ひっさしぶりに来たなー、ここも」

 

 小豆色の電車にしばらく揺られて辿り着いたのは、我らが大阪の誇る日本でも有数の繁華街だ。近年更に開発が進んでいるここら一帯は、関西のみならず西日本内で見ても最も栄えていると言っていい土地かもしれない。買い物をするにもこの街に来れば何でも揃うと言って過言ではないだろう。

 さて、と横を見れば呆けたような顔で宮藤が立っていた。

 

「……みやふじー」

「は、はははいっ! な、なんですか!?」

「いや、そんなにビビらなくても」

 

 ……とはいえ、こうなることは目に見えていたが。

 何せ宮藤の故郷はと言えば昭和初期の、それも田舎の方。それからヴェネツィアだのローマだのの栄えている国にも出ていたにせよ、流石にここまで都市開発の進んだところはなかっただろう。であれば、宮藤からするとここは生まれて初めて見るような都会であって、そうして目を白黒させているのも不思議はないと言える。何せ周囲は何十階と伸びた高層ビルが立ち並び、電車は単線どころかJR(国鉄)からローカル線が幾本も、さらに地下鉄まで伸びているのだ。これまでの生活で多少は現代日本に慣れてきているとはいえ、こうまで発展した都市に来れば面食らうのも当然か。

 ビクついて俺の後ろに隠れながら、きょろきょろと辺りを見回しているのはまさに「お上りさん」と言った風体である。

 

「そんなに怖がらなくても大丈夫だって。別に危ない街じゃないからさ」

「そ、そうなんですか?」 

「……うーん、でも宮藤一人だとちょっとやばいかもな。特に夜とか、変な輩に絡まれるかも?」

「ええっ!?」

 

 脅かすようにそう言ってやると、今度は俺の服の裾を強く掴んでくる。そうは言ってもこの街で宮藤とはぐれてしまうと本当にマズいのだから、ここは念を押して置かなければならない。なにせこれだけ人通りの多い場所だ。間違って離ればなれになってしまえば合流は難しいだろう。

 俺を見上げる宮藤は不安そうにしていて、だから俺は。

 

「……あっ」

「これで、はぐれたりしないだろ?」

 

 ぎゅっと、その手を握った。

 宮藤の小さな手が思ったより強く握り返してきて、ちょっと脅かしすぎたかと反省する。

 ……とはいえ調子に乗ってはしゃぎ回って迷子になられるよりは、こちらの方が余程ましだけど。

   

「……三森さんの手、あったかいです」

 

 嬉しそうに頬を緩めた宮藤がそんな言葉を返してきて、ぎゅっと手を握り返される。考えてみれば宮藤からせがまれて手を繋ぐことはこれまで多々あったけれど、こうして俺から……というのはこれが初めてだったかもしれない。

 そんなことを意識すると頬が熱を帯びたように熱くなって、なんだか気恥ずかしくなった俺は彼女から顔を背けた。そんな俺を不思議そうに見てくる宮藤もまた頬を赤く染めていたが、それでも繋いだ手を離そうとはしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 くるりと身を翻した宮藤が、こちらを向いてにっこりと微笑む。その顔にはノンフレームの眼鏡を掛けていて、右手には教鞭のつもりだろうか、どこから持ってきたのか細い棒のようなものまで手にしていた。

 

「どうですか? 賢そうに見えますか?」

 

 ふふーんと何故か誇らしげな表情を浮かべた宮藤が腰に手を当てて胸を張る。確かに、その顔に掛けられた眼鏡はどこか知的な印象を与えるのかもしれない。

 ……最もそれを身に着けているのがこいつでなければ、だが。

 俺は得意そうにしている宮藤に向けて素直な感想を述べることにした。

 

「いや、何というか……眼鏡を掛けて、ここまで知性を感じられない人は初めて見たかもしれない」

「む、むー!?」

 

 俺の言葉を聞いた宮藤が、声にならない怒りの言葉を上げて握りこぶしを作る。

 そうは言うけど、本当にそう感じたのだからしょうがない。

 ええー? と不満げに鏡を通して自分の姿を見つめる宮藤を見るに、眼鏡というのは生まれて初めて掛けたのだろうか。あちらこちらから自分を見返しては、難しげに眉をひそめている。

 やがて彼女は残念そうにうなだれては、ぽつりと言葉をこぼした。

 

「ウルスラさんはよく似合ってたのになぁ……」

「ウルスラ?」

 

 初めて聞く名前に思わず問いなおす。

 俺の言葉に頷いた宮藤が、過去を思い出すかのように目を閉じた。

 

「えと、ハルトマンさんの妹さんなんです。それも、双子の」

「ああ……例のカールスラント、の人か」

 

 そちらの方は宮藤の口からもよく出る名前で、俺も覚えのある人名だった。何でも芋が大好きで、寝起きが悪くて、どんな時でもマイペースで、それでいて敵(ネウロイ)の撃墜数が部隊の誰よりも多い人らしい。

 ……話をまとめた筈なのに、なぜかまとまっていないような気がするのはともかくとして。

 とにかく宮藤の元チームメイトであるらしいハルトマン某について、俺が知っていることと言えば以上である。宮藤によればそんな彼女には妹がいたそうで、更にそれは姉と同じくしてウィッチとしての才能を持つカールスラント軍人であったらしい。

 

「ウルスラさんはすごく色んな装備を開発しているみたいで、501にも何度か来てくれたことがあったんですよ。えっと……科学者、って言ったらいいんですかね?」

 

 ですかね、って俺に聞かれても困るが。

 しかし話を聞くにウルスラさんというのは軍における技術士と言ったところなのだろうか。確かに、それなら眼鏡を掛けているというのも頷けるぜ、なるほど。……なるほどなのか?

 ふむふむと俺が相槌を打っていると、どこか落ち込んだ様子の宮藤が目に映る。

 

「うぅ……やっぱり大学に行かないと眼鏡って似合わないのかな……?」

「いや、大学は関係ねーから」

 

 やや的を外したような宮藤の言葉にツッコミつつ、俺は気づく。どうやらこいつは先ほどの俺の言葉を少々勘違いしているようだった……確かに少し言葉足らずだったかもしれないが。

 しゅんとしている彼女が俺のせいだと言うなら、それは訂正してやらなければならないだろう。ほんと咳をついて、俺は宮藤に声をかけた。

 

「あのな、そうじゃなくって。その、さっき言ったのは宮藤が眼鏡を賭けてても賢そうには見えないってだけで、別に似合ってないとかじゃないんだよ。だからその、」

 

 つまり。

 

「よく……似合ってるよ、うん」

 

 ふう、と息を吐き出す。

 そう、別に、似合っていないわけでは断じてないのだ。そもそも顔が小さな宮藤なのだから、大抵のアクセサリーというのは似合わないわけがない。仮にこれが明るい色のフレームのものであっても、それは彼女の快活な容姿にはよく映えるだろう。

 だからそうして似合わないと落ち込んでいるのは筋違いであり、それは正してやりたいところなのだが……こうして口に出して褒めるのは、つい恥ずかしくなる。

 

「そ、そうなんですかね……えへへ」

「ええ、はい……」

 

 俺の言葉にまん丸い目を大きく開いた宮藤が、そしてその意味を理解してはにかみを見せる。先ほどとは一転して照れくさそうに喜んでいる彼女の笑顔が眩しくてつらい。

 今度は打って変わって上機嫌な様子で鏡に写った自分にピースしてみたり、キリッとした顔で眼鏡をくいくい上げてみたりしている宮藤から視線を外して、俺は周りに目をやった。

 ぶらぶらと店巡りをしながら入ってみたこの雑貨屋だが、思ったより色んな商品が置いているものだ。今宮藤が着けている伊達眼鏡もそうだけれど、こういったアクセサリーというのも豊富に取り揃えているようで。ここでプレゼントを探すのもいいかもしれない。

 でもこの伊達眼鏡を贈るのはどうなんだ……なんて内心で考えていると、ちょいちょいと服の裾が引っ張られる。なんだよ……と振り返って見て、俺はすぐさま噴き出した。

 

「わんわんっ!」

「っ、げっほ! げっほ!……な、なにやってんの、みやふじ」

 

 宮藤の頭に犬の耳が生えていた。

 いや、正確には犬耳の付いたカチューシャを付けていた……というのが正しいか。ともかくそんな風にして柔らかそうな犬耳を垂らした少女が、元気よくこちらに吠えている。

 驚いて咳込んだ俺の反応に気をよくしたのか、宮藤は満面の笑みを浮かべた。 

 

「そこに置いてあったので着けてみちゃいましたっ」

「そっすか……」

 

 ちなみに言うと先ほどの眼鏡も掛けたままで、なんというか、属性過多である。

 もう何と言っていいのかわからず、返した言葉にはもはや機械的とも言っていいほど感情が乗っていなかった。それが不満なのか宮藤が頬を膨らませる。

 

「えー? 反応薄くないですかー?」

「いやいや、めっちゃびっくりしたからね」

 

 なにせ犬耳が似合いすぎだから。何なら元から生えてたんじゃないかと勘違いするレベル。前々から犬っぽいとは思っていたけど、改めてこうして見るともう、ほぼ犬である。お手!

 

「えへへ。三森さんってば、いっつもわたしのことを犬扱いしますもんね!」

「大声でそういうこと言うのやめてください」

「えっ、なんでです?」

 

 いや、変な勘違いされたらどうするんだよ。

 ほら、そこで見てる女性2人組とかさっきまで微笑ましそうにこっちを見てたのに、何だか頬を染めてこそこそと話し始めたじゃないか。……絶対変に思われてるよ、あれ。

 きょとんとしている宮藤は何も分かっていないようで――いや、そんな知識があっても嫌だけど――不思議そうに俺の顔を見ていた。

 

「あー、楽しかったぁ。三森さん、今度は何見ます?」

「そうだなあ……」

 

 眼鏡を外して、更に頭に着けていた犬耳も脱いでスタンダード宮藤になった彼女が俺の手を握る。先ほどの2点も癪なことに宮藤にはよく似合っていたが、さりとてプレゼントとするには少し趣が違うような気がする。いや、もちろん贈ったら贈ったで大層喜ぶだろうこいつの顔は目に浮かぶが。

 うーん、と考えこむ。先ほどから遊び半分にして宮藤の欲しがりそうなものを探しては見ているものの、いまいちピンと来るものがない。もっとこう実用性があって、それでいて洒落っ気のあるものはないだろうか。

 そうして考え込んでいると、ふと宮藤の髪の毛が乱れていることに気づいた。さっきは犬耳のカチューシャをしていたことだし、変に癖が付いてしまったのかも知れない。

 

「みやふじー。髪、ぐしゃってなってるぞ」

「わわっ、ほんとですか?」

 

 慌てたように鏡に向かう宮藤を見ながら、そういえばあいつの髪も伸びたなあと今更ながらに気づく。当初は少年かと見間違えるぐらい短かった――とまでは言わないけど、それでも首元ほどだったように思う後ろ髪は今では肩より少し長いぐらいになっている。言われなかったから気づかなかったけど、その内どこかへ切りに行かせた方がよさそうだ。

 うむうむと頷いていると、顔を赤くした宮藤がこちらに戻ってきたようだった。俺の横について、少しだけ恥ずかしそうにこちらを上目遣いに見上げてくる。

 

「ど、どうですか……? 綺麗になりました?」

「ああ、大丈夫だよ」

 

 俺の言葉にほっと頷いた宮藤を見て、思いついたことがある。そろそろとこちらに伸ばしてくるその手を掴んで、俺は店内を歩きまわることにした。わわ、と戸惑う宮藤もきょろきょろと辺りを見回しながら付いてきている。

 そんなこんなである一画にたどり着いたところで、俺はやっと目当てのものを見つけた。

 

「もー。三森さんってばどこ行くんですか」

「あ、ごめんごめん。ちょっと見せてやりたいものがあってさ」

 

 引っ張りまわしてしまった宮藤に謝りながら、俺はそこにある商品を一つ手に取った。そしてそれをそのまま宮藤に見せてやると、あ、と声が上がる。当然といえばそうかもしれないが宮藤の時代にもあったのだろう、それは。

 

「ヘアピン……ですか?」

「そうそう。ほら、宮藤って最近髪伸びてきただろ? だからまとめられるものがあったらいいんじゃないかなって思ってさ」

 

 ヘアピン。いわゆる髪留めの一種である。とはいえ髪を留めるだけではなく、デザイン性に優れたものも多くあるので髪飾りとしても使えるだろう。宮藤ぐらいの年の女の子ならお洒落なヘアピンを付けている子も多いのではないだろうか。

 

「わぁ……こんなにいっぱいあるんですね!」 

「うん、確かにすごい……っていうか」

 

 多くね。いや、めっちゃあるやん。

 

「こ、これをその……わたしに、買ってくださるんですか?」

「何をそんなに改まってんだよ」

「ええ、いやー。だって、その……えへへ」

 

 なぜだか照れたように笑っている宮藤は置いておいて、しかしどんなものがいいのだろうか。未だかつて女の子にプレゼントなど贈ったことのない俺には検討もつかない。うーむ。

 

「ほら、好きなの選んでいいぞ?」

「……じゃ、じゃあその。三森さんが選んでください」 

「えっ」

 

 それはまた……いや、ほんとにいいの?

 俺にセンスの欠片もあるとは思えないが、果たして宮藤は文句なく受け取ってくれるのだろうか。そもそも選べそうにないから宮藤に任せようとしたのにこうなるとは。まさかの展開である。

 しかしそう頼まれてしまっては宮藤に合いそうなものを選んでやらなければなるまい。うーん……と、壁に掛けられたそれを一つ一つ手に取って吟味していく。

 いや宝石が付いたようなのは宮藤には早いだろうし、かといってシンプル過ぎるのもそれはそれでお洒落って感じがしないよな? かんざし? いや、それはちょっと。

 

「……なんでそんなに嬉しそうなんだよ」

「えっ、いや何でもないですよ? ふふふっ」

 

 あれやこれやと探し回る俺を、どこか満足気に見ている宮藤。そんな彼女を尻目にして更に探索を続けると、ふと可愛らしいデザインのそれが目についた。花をモチーフにしたのだろうそれを手に取って見る。何だか昔、どこかで見たような?

 後ろから見守っていた宮藤も手を止めた俺に気づいたようで、ぴょこんと脇から顔を突き出してくる。いや、だからどっから覗き込んでくるんだよ。

 

「あっ。シロツメクサですね、これ」

「あー、なるほどね」

 

 道理で見覚えがあると思った……まさか、本物ではないだろうけど。

 花をあしらったそれは華美すぎず、それでいて素朴な可愛らしさを感じさせるデザインだ。シロツメクサと言えば、昔住んでいた家の近くの公園に生えていたからよく見たものだ。小学生ぐらいの女の子がよく摘んでいたっけ。うん、と頷いて。

 

「……これ、どうだ? 宮藤」

「つ、付けてみますねっ」

 

 差し出してみると、ささっと受け取って自身の髪に通してみる宮藤。鏡を見ながらあーでもないこーでもないと、入念に確認している彼女はヘアピンを刺すだけだと言うのに何故だか真剣な表情を浮かべている。

 ようやくして納得がいったのか、振り返った宮藤がこちらを見上げてきた。

 

「ど……どうですか?」

 

 見れば、宮藤の薄く茶色がかった髪色には白の花びらがよく映えていた。花のアクセサリーというのはこれで似合う似合わないがはっきりと出るものだが、純朴な宮藤にはとてもよく合っているように思える。まだ幼げな面持ちが残っている彼女だからこそ、可憐な花がよく似合うのかもしれない。

 

 ……まあ、要するに。

 

「すごく似合ってるよ。宮藤にぴったりだ」

 

 今度は、素直にそう言えた。

 

 

 

 

 

 

 

 ありがとうございましたーと見送ってくれる店員を背に店を出て、やっとのことで息をつく。思えば長く買い物をしていたもので、宮藤と繋いだ手ももはや違和感がなくなってきているぐらいだ。このまま城の一つでも脱出できそうである。

 横を見れば既に袋から取り出してシロツメクサのヘアピンを付けた宮藤が上機嫌に鼻歌なんかを唄っていて、時折撫でるようにピンを触ってはふふふと笑っている。……大丈夫か、こいつ。

 と思っていたら、はっと急に何かに気づいたような顔でこちらに向き直った。その顔にはなぜだか申し訳なさそうな表情まで浮かべていて、はてと疑問符が浮かぶ。何かあったのか?

 

「え、どうした?」

「あの、今日って三森さんの見たいものがあるからってここまで来たんですよね……? ごめんなさい、わたしばっかり楽しんじゃってて」

「え」

「三森さんは何を探してるんですか?」

「……いや、その」

 

 よくよく見ても宮藤は真面目な表情で謝っていて、どうも本当に気づいていないらしい。そうして済まなさそうな表情をしている彼女を見ていると何だか面白くなってきて、思わず口から笑い声がこぼれる。

 

「な、なんで笑ってるんですかっ」

「い、いやいや、ごめん。でもそうじゃなくってさ」

 

 ちょっとだけ膨れた彼女に謝って、俺は改めて宮藤を見た。

 

「今日は、宮藤に何かプレゼントを選んでやりたくってここまで来たんだよ。だから探してたのは……そうだな。宮藤が一番喜びそうなもの、かな」

「……え、ええっ?」

「宮藤には本当に助けられてるからな。だから感謝の……ってわけじゃないけど、俺からの気持ちだと思って受け取ってくれよ、それ」

 

 安物で悪いけどな、なんて言って宮藤の頭のシロツメクサを指して。いやでも、実際もうちょっと高いものの方がよかったかもしれないけど。……それはまあ、また今後にってことで。

 そう言ってやると宮藤はその言葉を上手く飲み込めなかったようで、あう……とうめき声のような声を発して、それから顔を真っ赤にさせた。

 

「あ……その……えっと」

「ん?」

「あっ、ありがとうございますっ! か、家宝にします!」

「……いや、ちょっとは使ってくれた方が嬉しいかな―」

 

 テンパったような宮藤に軽くツッコミを入れる。

 そんな俺の言葉にはいっと元気よく答えた宮藤は花が咲いたような笑顔を浮かべていて、それはやっぱりその髪に咲いたシロツメクサによく似合うものだった。


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