4月26日。昨日の午後10時に西表島沖へ到着していた第一艦隊は、作戦開始予定時刻である午前6時を待つため、そこで一晩待機することになる。そして明朝4時を迎えると、日の昇らぬの内に<すずづき>、<あたご>、<ありあけ>ら高速の三隻は移動を開始し、台湾の170km東の海域へと200km南下して、戦闘準備を開始した。
バシー海峡の掃討は、三段階に分けて行われることになっている。まず台湾東岸と、台湾フィリピン間のバシー海峡そのものに潜伏する敵を攻撃する第一次攻撃。その後バシー海峡を抜けてから、台湾海峡に潜伏する敵を攻撃する第二次攻撃。そして最後にフィリピンのルソン島沿岸に潜伏する敵を攻撃する第三次攻撃の、三段計画であった。そして今始まろうとしているのは第一次攻撃である。
午前6時。1時間前に<すずづき>を出撃していた第一戦隊は、第二戦隊と共に第一主力部隊を編成し、20ktで第一艦隊と並走している。
この第一次作戦には、彼女達第一主力部隊の他に第一、第二機動戦隊の空母艦娘からなる第三機動部隊、第三、第四戦隊の金剛型戦艦娘、高雄型重巡洋艦娘からなる第二主力部隊、第九戦隊及び第一、第二護衛隊の阿賀野軽巡洋艦娘と従属の駆逐艦娘からなる第一護衛総隊、第十戦隊及び第三、第四護衛隊の川内型軽巡洋艦娘と従属の駆逐艦娘からなる第二護衛総隊、第六、第七護衛隊の秋月型駆逐艦娘からなる第三護衛総隊らが参加しており、特に第三機動部隊と第二主力部隊、第三護衛総隊はいわゆる空母機動部隊を編成して、作戦の中核を為していた。対する大和達第一主力部隊と第一、第二護衛総隊は艦隊直援を担当している。
このバシー海峡掃討戦は、直径500kmという広大な範囲を作戦区域とする戦闘であるため、その攻撃を担当するのは第三機動部隊の空母艦娘達なのだ。一方主力部隊の役割は、その接近に反応して襲い掛かってくる深海棲艦と接触し、これを殲滅して第一艦隊を守ることである。つまり彼女達は端役ということだ。
そして第一艦隊の右方20kmを同航している第一主力部隊は、東の空から昇る日に照らされながら作戦開始の指令を耳にする。バシー海峡掃討作戦の開始であった。
「第三機動部隊は索敵を開始したようです。総員、索敵機発艦始め」
作戦開始からほどなくして、第三機動部隊が索敵を開始したことを知ると、大和は第一主力部隊からも水偵を発艦させて、索敵の開始を命令する。
それから25分。作戦開始と同時に索敵を開始し、バシー海峡の一帯約300kmの広範囲を雷装の外された九七艦攻計73機で捜索していた第三機動部隊は、バタン諸島沖に各2個、バブヤン諸島沖に4個の敵集団を捕捉した。
バシー海峡海域には合計8個の敵集団が潜伏していたということであり、その個体数は合計で57体に及ぶ。これは一度の戦闘で捕捉した数としては過去最多となる数字だが、第三機動部隊の空母艦娘達が臆することはなかった。
彼女達は合計11体からなるバタン諸島の敵集団群を最初の攻撃目標に決定すると、攻撃隊の展開に取り掛かる。8人の空母艦娘から打ち出された艦載機は第一攻撃隊として228機からなる大編隊を組み、200km先の敵集団群へと飛翔していった。
「敵集団、西方2時50分の方向に捕捉した。距離20km。編成は・・・これは巡洋艦型ト級1、ヘ級2、駆逐艦型8だ」
機動戦隊から展開された攻撃隊が敵集団と接触していたその頃、第一主力部隊でも武蔵の発艦させた零式水偵が、接近する敵集団を捕捉していた。
「進路方向と速度は?」
「推定40ktだ。まっすぐ我々に向かってきている」
「距離20に40ktでこっちに向かって来るなら、正対すれば7分でこちらの有効射程距離に入ります。面舵80、総員砲戦用意!」
敵の位置と速度、進路情報から即座にそう計算した大和は、第一主力部隊に変針と砲戦用意を命令する。そして7分後、彼女達は索敵機による弾着修正を行いながら、距離11000で砲撃を開始した。
「諸元修正、上げ2左寄せ3。全主砲交差撃ち、撃て!」
初弾の着弾点を元に照準を修正した長門は、各基一門づつ交差撃ちの一斉射を行う。一撃目は夾叉し、さらにその次の二撃目では敵駆逐艦型を粉砕した。
彼女達の砲撃に対し、敵も応射を開始するが、その射程は第一主力部隊の戦艦娘に比して短く、最大射程ぎりぎりでの砲撃である。そのため当たることはまず無く、彼女達は敵が有効な反撃を行えない内に、その射程を生かして一方的な攻撃を行った。
「第三機動部隊より入電"敵集団捕捉。第一戦隊ノ南西1時方向ヨリ40kmヲ航行中。総数15。編成ハ巡洋艦型6、駆逐艦型9。40ktで航行中。警戒サレタシ"とのことです」
そうして敵集団を半減させつつあったところで、大和は攻撃を終えて帰投中の第三機動部隊第一攻撃隊から、さらなる敵発見の報を受ける。それは彼女達の南西に、新たな深海棲艦集団が現れたという報告であった。
「どうするんだ大和?西方の敵はまだ5体ほど残っているが」
新たな敵の発見に対して、長門はそう問う。西方からは未だ巡洋艦型1体と駆逐艦型4体が、第一艦隊を目指して航行を続けていた。
「距離が30kmを切るまでは、南西の敵集団は無視します。もしその時までに西方の敵集団を殲滅出来ない場合は、第一戦隊でこれを迎え撃ちます」
大和は、一先ず西方の敵から掃討することを命じる。南西の敵はまだ距離が離れており、攻撃しても当たるものではない。
しかし敵は逃げずに、こちらへと向かってくるのである。つまり放っておいてもあちらから彼女達の有効射程範囲内に入ってくるのだ。となれば逃げられるという心配をする必要は無いため、敵が射程に入るまでの間は西方の敵集団に集中していても特に問題がないのである。
「つまりいざという時は、私達第二戦隊が西方の残敵を受け持つのね?」
その大和の指示を聞いて、第二戦隊の戦隊長である扶桑はそう確認した。
「そういうことになります。すみませんけど、その時は皆さんお願いしますね」
「任されたわ」
大和が頼むと、扶桑はそれに笑顔で応える。この戦闘において大和は、第一主力部隊の戦闘指揮を一任され、第二戦隊にも命令権を持っていたが、第一戦隊が第二戦隊より偉いなどとは思っておらず、むしろ同列であると考えていたため、彼女は命令しつつも扶桑達に気を使うような言い方をするのだ。
「敵もこちらを射程に捉えたようだ。しかし残りは一体だけだがな」
第一主力部隊はその後、南西の敵集団を無視して西方の敵集団に火力を集中させ、これをほぼ壊滅させつつある。最後に生き残った駆逐ニ級は第一主力部隊をその射程に捉えるが、戦艦娘8人からの集中砲撃の前には手も足も出ず、程なく叩き潰された。
「敵西方方面集団の全滅を確認。南西の敵集団に目標切り替え。取り舵30。砲撃戦用意」
そして大和は目標を更新し、第一主力部隊を左に変針させる。西方の敵集団を掃討する間、第一主力部隊は3分間に渡って南西の敵集団を無視していたが、南西の敵集団は未だ彼女達を射程に捉えられてはおらず、逆に第一主力部隊が一方的に砲撃を掛けられる距離にあった。
敵が小型ばかりな上に、深海棲艦と艦娘の間にそもそも大きなアドバンテージがあるのだから、その後は分かりきった結果となる。第一主力部隊は雨あられのような砲撃を敵集団に浴びせると、5分と掛からずに敵集団の殲滅を完了した。
第一主力部隊は、水偵が最初に接近する敵集団を捕捉してから25分ほどの間に、2個集団26体の深海棲艦を損害を受けぬまま撃滅したのである。それは著しく一方的な戦果であった。
「・・・えっ?あ、はい。了解しました」
その後周囲に新たに敵影を確認出来なかった第一主力部隊が、第一艦隊に対して再度並走状態に戻ろうとしていると、そこに第一艦隊からの指令が届く。
「大和、どうした?」
だがそこで指令を受け取った大和がおかしな反応を示したので、長門は彼女にそう言って声を掛けた。
「いえその、配置交代だって言われたんですけど・・・」
「えっ・・・」
そして大和がそう答えると、今度は長門までが呆気に取られる。その指令は、彼女達にとって驚くべき意味を持つものであった。
第一主力部隊の配置交代は作戦に予定されていたことではあるのだが、それは第一次攻撃の中でもその目標がバシー海峡一帯の敵から、台湾の東沿岸の敵へと変わったことを意味するのである。それはつまりバシー海峡に対する第三機動部隊の航空攻撃が完了したということであり、57体に及ぶ敵を全て一掃し終わったということを意味しているのだ。
「作戦開始からまだ一時間半も経っていないのに・・・」
それは恐るべき早さである。彼女達8人が一方的な戦いで26体を殲滅する間に、空母艦娘達は同じ8人で倍近い57体を殲滅してしまったのだ。
「やはり航空母艦か・・・」
その驚異的な攻撃力に第一主力部隊の全員が呆気に取られる中、長門は武蔵がそう小さく呟いたのを耳にする。その声音はどう聞いても機動部隊の戦果を歓心しているようなものではなく、どちらかと言えば気を落とすような音色であるように、彼女には聞こえた。
配置移動のために今はそのことを問い質すことは出来ない。だが長門は、武蔵が抱く想いを必ず確かめるべきだと心に決めるのであった。
4月26日、午後9時。第一艦隊はバシー海峡における掃討作戦の第一次攻撃を、三時間足らずで終えていた。第一次攻撃において、バシー海峡そのものに潜伏する深海棲艦を一時間半ほどで殲滅した第一艦隊の機動部隊とその航空戦力は、さらに後半の一時間半で台湾東岸に潜伏する敵を攻撃。捕捉した30体あまりの敵を瞬く間に殲滅してしまった。
同正午、艦娘の一時収容と休息を行いつつ、台湾南端にまで進出した第一艦隊は、西北西に転進。午後2時には作戦開始予定点である台湾南岸の高雄から南60Kmの海上へと到達し、第二次攻撃の準備を開始した。
第二次攻撃は、主に台湾海峡内に潜伏する深海棲艦を捕捉し、これを撃滅することを目的としている。この第二次攻撃の主幹戦力は、やはり空母艦娘たち第三機動部隊であり、第三機動部隊は第二主力部隊と第三護衛総隊をを引き連れて、第一次攻撃時と同じく空母機動部隊を編成していた。
この第三機動部隊を基幹とする空母機動部隊は、一時間前に第一艦隊を出撃しており、現在は第一艦隊旗艦<すずづき>から、更に20Km西北西に進んだ海上に展開しつつある。
「惜しいですな」
「うん?」
第一艦隊司令長官東山が<すずづき>艦上にて作戦開始を待っていると、<すずづき>艦長富田一等海佐が、彼にそう話し掛けた。
「航空戦力にあれほどの攻撃力があるならば、台湾海峡を一挙に掃討することも容易でしょうに、我々にはそれが出来ない」
「・・・そうだな」
この指摘に対し、東山は言葉もないといった風情でそう返す。第二次攻撃を行う台湾海峡は、片岸は中華人民共和国であり、かの国は深海棲艦出現と米太平洋艦隊壊滅以降、国連には非協力的な態度が強いため、その領海域には手が出せないのだ。故に第一艦隊は中国沿岸12海里の海域を攻撃出来ず、たとえ中国の領海に深海棲艦が潜伏していたとしても、それを攻撃することは出来ないのである。
いかに深海棲艦という巨大な脅威が存在しようとも、国家には個々様々に事情があるため、それだけで無条件に連携出来るわけではないのだ。ことに中国をはじめとした大陸国家は、深海棲艦に対して人類が為す術を持たないという現実もあって、内陸に退避してその対策を放棄していることが多く、リスクもコストもその余力の無さから他国のために掛ける気は無いのである。非情な話だが、そういった国々も国家としては自国の国益を追求しているだけであり、間違っているわけではないのだ。
「だがそれでも、統合作戦本部が国際法を遵守すべきと判断し以上は、我々もそれに背くわけにはいかない」
第一艦隊の総司令長官とは言え、東山は極東管区統合作戦本部の配下に置かれた一軍人に過ぎない。上が国際法を尊守するという方針を採っているならば、それに基づいて作戦を進めるしかないのだ。
「嘆いていても仕方あるまい。我々は我々に出来る限りのことをしよう」
力がありながら手を打てないことに歯痒さを感じるのは、彼もまた同じである。だが統合作戦本部の方針に背く気が無いとは言え、東山はただ諦めているわけではなかった。
海峡内の深海棲艦を大半撃破して、海峡内の分布密度を減らせば、残存の個体が沿岸域から進出してくる可能性はある。ならばその進出してきた敵を、復路で再攻撃し、撃滅するということも可能だと考えていた。
故に東山は富田にそう言うのである。ある一面で諦めざるを得なくとも、やりようはあると彼は考えているのだ。
「第三機動部隊より入電。“攻撃準備完了。攻撃命令ヲ待ツ”とのことです」
そして第三機動部隊からの入電により、第二次攻撃はその準備を整える。東山は自らに課せられた制約を感じながらも、攻撃開始を命令するのだった。
長門の眼に映る海は、それが延々と続くものであるかのように平坦であった。
彼女達第一主力部隊は、第一艦隊の南20kmに展開している。その第一主力部隊の任務は、第一次攻撃時と同様艦隊の護衛であった。
「こう改めて見ると、海って綺麗ですよね」
地平線の先まで続く平坦な、何の変哲の無い青い海を眺めていると、ふと大和が呟く。護衛として艦隊に随伴し続けるという変化の乏しさに耐えかねたかのようなその呟きは、そのまま僚員にも波及した。
「確かにそうね。ありふれたものだから特に気にしてなかったけど、改めて眺めると海って穏やかで和むわ」
「心が落ち着きますよね」
大和の言葉を受けて海を眺めた陸奥は、そう言う。"艦の記憶"を持ち、それらの艦の体現とも言える艦娘にとって、海というものは大気のごとく自然なものであり、その存在を意識することは無かったのだ。
「作戦中だと言うのに、平和なものだな」
「そうね」
その流れの中で、武蔵もそう呟く。
護衛とは敵の接近を迎撃するのが仕事であって、敵が来ればこれに対応するというのが仕事だ。だが既に第二次攻撃が開始され、第一艦隊も決して安全ではない海域にいるにもかかわらず、彼女達の前に広がる海は敵が現れる兆しを全く見せることない。海はただ美しい青を見せているのみであった。
それは先の第一次攻撃時に、空母艦娘たちによってよってバシー海峡側の深海棲艦がことごとく殲滅されているからである。そして向かってくる敵が存在しない状況では護衛も平穏無事であって、第一次攻撃時では接敵した第一主力部隊であったが、第二次攻撃においてははまったく手持ちぶさたになっているのであった。
「まぁ、主力部隊と銘打たれている我々が、暇というのもどうかと思うがな」
そんな状況に対して、武蔵は皮肉めいた冗談を口走る。しかしそのことについて心から笑えるものは一人としておらず、その場はどこか気まずいような雰囲気に包まれた。
「我々がこうやって暇でいられるのも、空母艦娘たちの働きがあってこそだな」
突如として訪れた柔らかい沈黙を長門は破り、彼女はわざとらしく空母艦娘を話題に出す。そのことについて武蔵は、長門を意識するような仕草をわずかに見せた。
「武蔵」
そんな彼女の反応を察知しながら、長門は武蔵を呼ぶ。
「空母は苦手か?」
仲間内の懸案を、変に遠慮して遠回しに探ることはない。そう考えた長門は彼女に対して単刀直入に尋ねる。
訓練中と、そして第一次攻撃の最中、武蔵は空母艦娘に対しとても好感を持ってしたとは思えない呟きを漏らしていた。個人の感情に囚われる武蔵ではないと思っていた長門だが、もしもということもあると考えて、彼女にその真意を問うのである。
「・・・味方の空母艦娘に対して思うところは無い。空母という存在そのものに嫌悪を抱いているわけでもな」
「そうか」
武蔵は長門の問いを明確に否定する。しかし彼女の口調は、全てを語り終えたものではなかった。
「だが空母が存在することによって生み出される状況には、少し思うところがある」
長門は武蔵に尋ねる前から、彼女の抱える懸案についてある程度の予測は立てており、そしてその予測は的中していた。彼女も武蔵と同じ戦艦娘ならば、戦艦に対する空母の存在がどういったものであるかということはわかるのである。それは役を奪われるということだ。
「空母という圧倒的に強力な戦力が存在する現状、我々戦艦娘の火力は発揮の機会を得づらくなるだろう。いや、発揮出来ないだけならまだいい。下手をすれば我々は足手まといのお荷物だ。戦艦娘は、燃料消費が激しいからな」
有り体に言えばこうなのだ。戦艦娘の艤装は、正規空母型の空母艦娘を除く他の艦娘と比較して消費する燃料が多く、また同等の空母艦娘に対しても火力発揮の機会が限られることから、費用対効果が悪いのである。
その上出撃しても会敵出来ずに敵を攻撃出来なければ、出撃に使用した燃料は全て無駄になるのだ。第一艦隊が積載している燃料も当然無限ではなく、限りがある。故に出撃しても敵を攻撃出来る機会が限られる戦艦娘は、燃料を無駄に浪費するだけのお荷物に等しいのだ。そしてそんな状況を作っているのが空母という存在なのである。
この状況は武蔵に限らず、長門をはじめとした戦艦娘達にとっても多かれ少なかれ身に覚えのある事であった。それでも武蔵が特別にそれを気にしているのは、彼女が他ならぬ大和型戦艦の記憶をもっている艦娘であるからである。
艦の記憶と言っても艦娘が持っているのはその艦の詳細な知識や記録に過ぎず、故に武蔵もそのことを気負いしているだとかそういうことは一切無い。しかし大和型戦艦の記憶は、あらゆる意味で航空母艦というものに対する戦艦の立ち位置を考えさせられるものなのである。
大和型戦艦というものは大艦巨砲主義の極致に立ち、世界最強の砲と装甲を持つ最強の戦艦であった。しかしそれは戦艦という兵器カテゴリーの中での話であり、航空母艦という海上戦闘の概念を戦略レベルで一変させた兵器を前すれば、戦艦はその砲も装甲も一挙に無用の長物とされて、その下位に屈するしかなかったのである。
建造が始まった頃には大艦巨砲主義の下で最強戦艦として生まれることを期待され、しかし完成する頃には航空主兵主義によってその役割を奪われた大和型戦艦二隻は、どちらも戦艦として活躍する機会をほとんど与えられず、最期は戦艦という旧時代の終焉を示すかのように航空攻撃によって沈められているのだ。
大和型戦艦とは、戦艦としては最悪の時期に生まれてしまった艦なのである。そんな大和型戦艦の武蔵だからこそ、戦艦そのものが空母に敵わぬ存在であるということを強く意識せずにはいられず、それ故に自分達が役に立てない存在なのではないかということを気掛かりに思ってしまうのだ。
「武蔵・・・」
同じ大和型戦艦の艦の記憶を持つ大和は、彼女の抱くものを理解する。だが武蔵の抱く憂慮は、大和型戦艦の艦の記憶を持っているいないに関わらず、戦艦娘全員に重くのしかかる問題であった。
「足手まといのお荷物か、確かに空母を前にすれば、我々はそうなりかねない、だが・・・」
「?」
「それでも私たちはここに来て、こうやって作戦に参加している」
武蔵が示した戦艦娘の命題。しかしそれを理解しつつも、長門にはまだ悲観的になるつもりは無かった。
「過去に空母の有用性が証明されからもう80年近く経って、もはや戦艦も廃れたというのに、我々はこの第一艦隊に編入されている。まして十分な空母戦力という比較戦力が存在しながら、なお編成に組み込まれているのだ。我々にも必ず与えられた役割がある」
確かに戦艦娘が荷物になるという恐れは、長門にとっても現実味はある。しかしそれは、自分たちを運用している極東管区統合作戦本部であっても容易に想定出来ることであるのだから、彼女は自分達戦艦娘が第一艦隊に組み込まれたということには、絶対に意味があると考えていた。戦艦という特性のはっきりしている艦種の運用ならば、プロが間違うはずが無いのである。
「・・・そうなら、いいんだがな」
彼女の意見には筋の通る論拠も一応はあり、武蔵はその論に納得出来ないこともなかった。しかし彼女は長門とは少し考え方が違い、人はよく間違い読み違えることがあると考えている。それは武蔵が、戦艦武蔵という太平洋戦争中最も長く連合艦隊司令部が置かれていた艦の記憶を持ち、複雑な情勢下において連合艦隊司令部が様々な読み違いや間違いを犯したことを知識として知っているためであった。
「なんにしろ、私達は自分の任に最善を尽くすしかないわ。例え無理に使ってって上申したって、それは敵次第なんだから」
「そうだな」
ただこれ以上は心の持ち方の問題であるし、言い合っても意味の無い水掛け論にしかならない。それを悟っていた武蔵と長門は、陸奥のその言葉を最後にこれ以上この件について話すのを止めた。
(我々の活きる場か・・・)
武蔵がその胸中に何を抱いているのか、そしてそれが大して問題となることではないということが分かったというだけで、長門は聞いた意味はあったと考える。だが戦艦娘がその運用コストに見合う活躍を出来るかという彼女によって示された命題には、長門も考えを巡らさずにはいられないのであった。