艦これ戦記 ~明日を開く少女たち~   作:戦艦

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#4~バシー海峡掃討戦3~

 バシー海峡掃討作戦の第二次攻撃は、これも第一艦隊の一方的勝利に終わった。バシー海峡と比較して、台湾海峡内に潜伏していた深海棲艦の総数は少なく、台湾東岸と合わせて120体近くを撃破した第一次攻撃に対して、第二次攻撃で捕捉撃滅した深海棲艦は50体に満たなかった。

 午後5時。攻撃を2時間足らずで終え、艦娘部隊の回収を完了した第一艦隊は、<とわだ><ときわ>と一旦合流するために西南西へと転進し、台湾南端沖を目指している。

 第一戦隊司令官の蓮井は、東山長官に提出する報告書を作成するため、<すずつき>の後部ヘリ格納庫に来ていた。

 「お疲れさまです」

 ヘリ格納庫に来たのは、整備班から艤装の整備報告書を受け取るためである。彼の作成する報告書の内容は、艦娘の体調と艤装の状態、その一日の任務内容や、艦娘や深海棲艦について新たに判明した事実があったと考えられる場合の報告などだ。特に健康状態と艤装の整備状態は作戦運用上必ず必要であるため、たとえ異常無しでも必ず記載しなければならないのである。

 「お疲れさまです、今日の報告書です」

 「ありがとうございます」

 整備班の班長は宝田一等海尉だ。彼の率いる整備班第一班は戦艦娘等の装備する大型艤装を受け持つ班であり、他にも駆逐艦娘等の小型艤装を受け持つ第二班も、<すずつき>には乗艦している。

 彼ら整備班は艤装の整備運用のため、艦娘の戦力化に伴い新たに編成された集団だ。そのため艦娘を艦載する各艦には必ず乗艦しているのだが、その任務は基本的に艤装の整備や修理である。だが班員には防衛省技術研究本部(技本)から研究者も参加しており、艤装に関する調査もまた整備班の任務であった。

蓮井が宝田に敬礼し、答礼した彼が整備報告書を差し出す。蓮井はそれを受け取ると、作戦があった日の報告書であるため、その内容をその場で確認した。

 「ん?」

 「どうしました?何かおかしな所でもありますか?」

 だが内容に目を通した彼は、そこにおかしなものを見たかのように声を出す。蓮井の反応を見てそう訊ねた宝田に対し、蓮井は戸惑いながら報告書を差し出して見せた。

 「いや、おかしな所なのかはわかりませんが、今日だけでこんなにも消費したんですか?」

 彼が反応したのは、第一、第二次攻撃における第一戦隊の燃料消費量についてである。蓮井が指し示す整備報告書には、今日の作戦において第一戦隊が消費した燃料の補給として、約7t半もの燃料を使用したという旨の内容が書かれていた。たった四人が5時間作戦行動をしただけで、燃料を7t半も消費したというのである。

 「ええ、間違いなく7t使いました」

 「本当にですか?でも7tも一体何に」

 蓮井にはわからなかった。ただ5時間行動して7t分の燃料を消費したというだけで考えれば、そのままの意味で違いない。だが彼の知っている艦娘の艤装の大きさは、とても数tの燃料が収まるような大きさではないのだ。そんな大量の燃料は、物理的に入らないはずなのである。

 「もちろん燃料の補充にです」

 だが宝田は、彼の物理的な考え方に真っ向から対抗するようにそう断言した。だが彼も蓮井の言いたいことは察している。

 「言いたいことはわかります。私も初めは驚きました。例えばこの長門型の艤装ですが」

 そして宝田はヘリ格納庫の脇に固定された長門型の艤装に歩み寄り、それに手を触れながら話し出した。

 「この大きさでは、単純な体積で見ても入って数十リットルが関の山でしょう。とても数tの燃料が入る大きさじゃない」

 「ですよね」

 二人は長門型の艤装を至近で見ながら、やはり見た目の大きさが消費燃料の量に大して明らかに小さいことを確かめる。その大きさは例え体積そのものを燃料積載量に換算してみても、40リットル入るか入らないかといったところだった。

 「ですが、この小さな艤装に燃料を入れてみると、なかなか満タンにならんのです」

 「え?」

 だが宝田は、常識的な考え方に反した事実を告げる。

 「この艤装は見た目以上の燃料を積載出来るのか、あるいはその場で何かしらのものに燃料を変換しているのか、ともかく燃料を見た目以上に受け入れてしまうのです」

 宝田は手に負えないものを見るような目を艤装に向けながら、そう言った。つまり彼が言うに、理屈は不明だが、艤装はその見た目以上の燃料を積載出来るようなのである。

 「・・・わけがわかりませんね」

 「全くですよ。この艤装というものは、調べれば調べるほど物理的にあり得ない性質ばかり出て来る。艦娘は、艤装を装備出来るという一点を除けば、それ自体は人と大差無いですが、この艤装に関しては何をとってもわけがわからない。骨の折れる代物ですよ」

 苦心してそうだな、と宝田の説明を聞いた蓮井は思った。彼らが相手にしなければならないものは、下手をすれば物理法則さえねじ曲げた物体なのである。

 宝田のたちの任務が艤装の調査であるところを思うと、そんなやっかいなものを扱わなければならない彼らに対して、蓮井は同情を禁じ得なかった。成り立ちの法則があやふやな物の正体を何に基づいて判断し、どうやって定義しようと言うのだ。

 が、それはともかくとして、彼が気になるのはやはり燃料消費のデカさである。こんなに消費が過大で、継戦に問題が起きないのかということだ。

 「<ときわ>の燃料タンクは、丸々重油の積載に利用してますから、その点の心配は無いと思いますよ」

 この蓮井の疑問に対して、宝田はそう答える。

 護衛艦の主機であるガスタービン機関が軽油を燃料とするのに対し、艦娘の燃料は重油だ。そのためその燃料はそれぞれ別個に用意しているのだが、統合作戦本部は第一艦隊に随伴する補給艦の内一隻を、完全に重油積載艦として運用している。

 これを担う<とわだ>型二番艦の<ときわ>は、おおよそ5700tの貨油積載能力を持つ補給艦だ。今回の第一戦隊含む第一艦隊所属の全艦娘による5時間出撃は、合計で約26t余りの重油を消費したのだが、<ときわ>の積載能力はこれを200回以上賄えるのである。もっとも重油以外に真水なども積まなければならないため、実際には200回分も積んではいないのだが、それでも3ヶ月間の活動を賄ってあまりあるだけの重油は積載されていた。

 「すると<ときわ>は、なんとしても護らなければなりませんね」

 「我々の生命線です。まぁもっとも、どの艦を失っても作戦に大きく支障を来すことには変わりないですがね」

 一隻にまとめて積載した以上、この<ときわ>が沈めば艦娘は運用出来なくなるため、なんとしても守りきらなければならない。だが他の艦とて、失われれば艦隊に大損害となることには変わりないのだ。

 国連海軍極東管区がまだ海上自衛隊であった頃から、すでに多くの艦が傷付き失われている。そんな中から生き延びた残存の戦力から、精一杯振り絞るように編成されたこの第一艦隊は、この一回これっきりの艦隊だ。さらに残存戦力の事情や作戦期間の制限もあって増援は期待出来ないため、現在の5隻はなんとしても守らなければならないのである。

 第一艦隊はバシー海峡海域での戦闘において圧倒的戦果を叩き出した。だがそれでもなお、このシーレーン解放作戦が過酷であることに変わりはないのである。彼ら、そして彼女達が立ち向かう戦いとは、そういう戦いなのであった。

 

 

 

 翌27日午前4時。<とわだ>と<ときわ>は、合流予定点である台湾南端沖への到着時間に遅れていた。

 遡ること2時間前。両艦は台湾東岸沖を航行中、海中に潜伏していた駆逐艦型4体からなる深海棲艦集団の襲撃に晒され、その対応のために1時間ほど時間を取ってしまったのである。

 <ときわ>も<とわだ>も、作戦に必要な燃料物資を満載した戦略的に重要な艦だ。幸い敵がごく小規模であったため、艦載の護衛隊により損害無しで対応出来たが、もしこれがもっと多数の敵であったなら、損害を抑えることは不可能であったであろう。そして<ときわ><とわだ>の片方でも喪失すれば、シーレーン解放作戦の遂行は、著しく難しくなる。

 これまでの運用では、作戦における艦隊運動の自由度を高めるために20ktしか出せない両艦は後方に待機させていたのであるが、こうなったことを受けて東山は、第三次攻撃には両艦を同伴させることに方針を変更する。

 攻撃の主体が航空攻撃であって、艦隊そのものを敵前に晒すことがない以上、艦隊そのものの作戦速度を落としてでも、補給艦を直接守る価値は十分にあると言えた。

 午前5時。ようやく合流を果たした第一艦隊は、第三次攻撃に備えて移動を開始した。

 第三次攻撃は、フィリピン北部ルソン島の沿岸に潜伏する深海棲艦を、捕捉撃滅することを目的とした攻撃である。この第三次攻撃のために、第一艦隊はフィリピン北部ルソン島を、南シナ海に面する西岸に沿いながら南下することになっていた。

 「朝だと言うのに肌寒くもない。もう南の海ということか」

 午前7時半。ルソン島北岸を射程に捉えると、第一艦隊の艦娘部隊は攻撃準備のために各艦から出撃を開始した。<すずつき>から出撃していた長門は、朝にも関わらずまるで日中のようなフィリピン近海の気温を感じて、自分たちがかなり南下して来ていると自覚する。フィリピンは年中通して温暖であり、最低気温でも軒並み20度後半という常夏の国なのだ。

 「海風が吹いてるお陰で暑くはないけれど、確かに朝とは思えないわよね」

 海風の存在によって海上ではそこまで暑くないものの、長門の後ろに付く陸奥もその気候が日本とはかけ離れていることを実感する。今は朝の6時だが、この海域の気温は日本における4月の平均最高気温を上回っているのだ。

 (蒸しているな・・・)

 出撃していく彼女達と時を同じくして、東山は<すずつき>の艦橋内で湿度の高さを感じていた。つい4日前までは春先の日本にいたこともあって、空調の設定が今一つ遠慮がちなのだが、この海域が前提として南洋ということもある。さらに今日の気象が際立ってそうということでもあるようで、なにはともあれ今日のフィリピン近海は湿度が高いようであった。

 そして午前9時。ルソン島の西岸側に入りつつあった第一艦隊は、第三次攻撃を開始した。

 第三機動部隊を主幹とする空母機動部隊の展開させた索敵機がフィリピン沿岸の周辺を偵察し、発見した深海棲艦に攻撃隊を差し向ける。それはこれまでと変わらぬ展開であり、深海棲艦は次々に撃破されていった。

 「今日はなかなか長いな」

 午前12時。第一艦隊の南20kmで先行しつつ護衛に付きながら、長門は既に何度となく索敵機や攻撃隊が頭上行き交っているのを見てそう言った。

 攻撃開始から既に3時間は経っており、これまでの攻撃ならもうそろそろ敵を殲滅しきって手が空き、終わりも近いといった雰囲気が漂い出す頃合いである。だが今回はむしろ忙しいくらいであり、終わる気配はまるで訪れない。何故ならそれは、今回の攻撃において空母艦娘たちが思わぬ苦戦を強いられているからであった。

 もちろん戦闘面においては、制空権を完全に確保しているために負け知らずであって、攻撃隊は出撃する度に敵集団をことごとく壊滅させている。だが問題は敵の手強さというよりはその数と、何より作戦範囲の広大さであった。

 第三次攻撃の作戦範囲は、南部と南東を除いたルソン島のほぼ半分の沿岸である。これを海岸沿いに索敵して敵を探すのだが、今回の攻撃においては一度の索敵で複数の敵を、しかも行きだけではなく帰りの途上においても発見するといった状態なのだ。さらには攻撃隊さえも新たな敵を攻撃の途上や帰り道で発見したりと、ともかくこれでもかと言うくらい敵が多いのである。さらにそれらの敵は必ずしも集まってはおらず、1~2、3体の単体あるいは少数集団が大半であり、細かく分散していた。

 これらおびただしい数の小目標に対し、第一機動戦隊と第二機動戦隊は、それぞれの所属攻撃隊を護衛戦闘機含めた20機前後の少数づつに再編し、断続的かつ交互にこれを攻撃することで対処している。だが撃破してもしただけ敵が湧いて出てくると言った具合で、その内彼女達は索敵、発艦、攻撃、収容、補給を半ば作業のように、ただ坦々とひたすら機械的こなすようになっていった。

 午前2時。既に作戦開始から5時間が経とうとしていた。いかに艤装の補助があるとは言え、艦娘達には疲れが見え始めている。特に休む間もなく攻撃を繰り返していた空母艦娘たちは昼食も摂っていなかった。

 これは無理をした状態にも思えるが、流石に6時間も立て続けに攻撃を行っていれば発見される敵も減ってくるため、攻撃の完了も間近となる。そのためもう一息で終わるならば一気呵成にやりきってしまおうと言う考えがより優勢に働き、彼女達の休息を繰越してまでも攻撃を続行しているのであるが、空母艦娘たちはあきらかに集中力を損なっていた。

 「敵集団捕捉。東岸ベーラー湾北東に潜伏。総数23。編成は巡洋艦型8、駆逐艦型15。大きな動静は無し」

 そんな折り、ルソン島サンバレス山脈が形成する半島の西岸沖に展開中であった第一艦隊への帰艦途上にあった蒼龍の索敵機が、新たな敵の集団を捕捉する。それは珍しく大集団であったが、発見場所であるルソン島東岸側のベーラー湾は第三次攻撃における攻撃範囲の外であった。

 東岸の攻撃範囲は南東部を除いた海岸沿いであり、それは潜伏する敵がバシー海峡方面へと進出することを避けるための範囲設定である。ベーラー湾は南東部にある湾であり、本来は攻撃対象ではなかった。

 しかし第三機動部隊を率いる赤城はこれに対して攻撃を命令し、分散再編成させた航空隊の内即時出撃可能な機を集めて攻撃隊を編成する。見敵必殺は旧海軍のモットーであり、また防空能力を著しく欠く水上目標に対し航空機は絶対的な優位を持つという常識観もあって、彼女は攻撃しない理由を見つけられなかったのだ。

 それにベーラー湾は南東部と言ってもその北東に位置する湾であり、敵がそこからバシー海峡方面へと進出する可能性は十二分にあり得る。そのため赤城は、この敵はここで叩いておくべきであると考えたのだ。そして攻撃を行うならば、目標の集結している現在のタイミングはむしろ絶好の好機と言える。そのため彼女の対応はむしろ臨機応変で柔軟性のある対応と言えた。

 しかし今の赤城は、やはり集中力を欠いている。彼女の判断は、それ自体は妥当であるが、それとはまた別に、全ての攻撃機を攻撃に振り向けていいのかどうかは、場合によって考えなければならないことだった。

 だがこの6時間、赤城達はあまりにも機械的に攻撃だけを繰り返しており、また集中力を欠いてもいた結果、攻撃を行うことだけに意識が向いてそれを考慮に入れるべきであるかを考え、また考えるための状況観察を行うことを失念していたのである。

 そしてその最も顕著な見落としが、彼女達の南西の空で鎌首をもたげようとしていた。そこには澱むようなドス黒い雲がある。スコールの兆しであった。

 

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