艦これ戦記 ~明日を開く少女たち~   作:戦艦

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#4~バシー海峡掃討戦4~

 雨が降りだしたのは、攻撃隊が発進してしばらく経ってからである。南シナ海の南西に現れた黒い雲は瞬く間に迫って来ると、第一艦隊の上空を覆ってしまったのだ。

 スコール、というと急激な豪雨のイメージであるが、厳密には急性の下降気流に伴う突風こそが主な特徴の気候現象であり、降雨はついでである。なにはともあれ、そのように苛烈な気象状態の下では航空機の飛行など出来るはずがなく、第一艦隊の上空数十km圏内は航空戦力の運用をまったく寄せ付けない空となった。

 黒い雲の下に入った海では、南洋の照り付けるような日差しは鳴りを潜めて、薄暗さが空の先にまで広がっている。南シナ海は南北1800kmに及ぶフィリピンの島々によって太平洋から遮られた海であって、本来は波は低い。だが今は吹き下ろす下降気流の影響もあって、波は高く立ち上がり荒れている。

 「ひどい雨だな」

 生身の人間ならば痛みさえ感じる降雨に晒されながら、長門は護衛を続けていた。彼女はこの6時間半の間一度たりとも敵を見ていなかったが、視界の落ちた眼前の海を見ると、嫌な予感を感じずにはいられない。無数の雨粒が遠方の視界をおぼろにし、薄暗さがそれに拍車をかけるのだ。

 今日の航空攻撃は、少なくとも20回弱に渡って南下しながら行っている。そのためスコールに遭う寸前までは上空からの周辺監視が行き届いており、周囲に敵影は見えなかったのだが、長門は別の要素から現状に不安を感じていた。

 第一艦隊は現在、南下しつつの攻撃によりバターン半島の付け根を目前とした海域にまで南下しており、このままでは同半島越えてルソン島南部の沿岸域に出てしまうだろう。

 このルソン島南部の沿岸は、シンガポールルートのシーレーンからは遠く外れた地域である。そのため作戦の性格がシーレーンの海上交通路回復であるシーレーン解放作戦においては、物資的リソース節約のためにも南部沿岸を第三次攻撃の攻撃目標から外していた。そのためこの南部の索敵は十分ではなく、そこに進んでいくことは敵に接触する可能性を著しく高める行為なのである。

 もっともそのようなことは東山もわかっていた。彼もまた長門と同じく、これ以上の南下は控えるべきなのではないかと考えており、一旦反転して北上することも選択肢の一つとして考えている。だが北上という選択肢には一つだけネックがあった。

 現在第一艦隊上空を覆っている暗雲は北向きに流されており、反転すればこれに付き合うことになる。となれば第一艦隊は艦載機の発着艦が不可能な状態が続くことになるのだが、ベーラー湾に向かった攻撃隊はともかくとして、先に他の小目標攻撃へと向かっていた攻撃隊を収容出来なくなり、もしこれらが航続距離の限界を向かえることになれば、最悪投棄することになりかねないのだ。

 無論艦載機に替えが無いわけではないが、その替えとて無限にあるわけでもない。ことに先立って出撃している攻撃隊は、そのそれぞれが小編成とは言えまとめれば第三機動部隊の装備する全航空隊の3分の1に相当するのだ。これを収容出来ずに失うのはかなりの痛手となる。そういう懸念があるから、東山は第一艦隊に北上という指示を出せなかった。

 結論として言うと、東山が採った選択肢は現地での待機である。上空を覆うスコールは足が早く、またそもそもスコール自体が早ければ30分程度で消えてしまうものでもあるため、これを確実にやりすごす最も有効な方法は待機であると、彼はと判断したのだ。

 そして午後3時。スコールは北へと抜けようとしていた。第一艦隊上空を分厚く覆っていた雲が南から徐々に晴れ、海域に日差しが戻ろうとしている。第三機動部隊は、この天候回復と同時にスコールの外で待機していた攻撃隊の収容を始めるため、雲が通り過ぎていく南の空に艦載機を移動させていた。

 (何かしら・・・)

 艦載機が南の空に差し掛かった時、第三機動部隊の翔鶴は艦載機からの視界を通して、第一艦隊の南の海面が妙に方向性を持って波立っているのを見つける。それは周囲の波浪を押し退けて進む巨大な波であり、不自然極まりない違和感のある波であった。

 (まさか、敵襲!?)

 サイパン島沖と種子島沖での戦いの報告書は、彼女達空母艦娘も目を通しており、その不自然な波は種子島沖に置ける深海棲艦発見時の状況を翔鶴に想起させる。そして彼女に限らず、この異常には赤城をはじめとする他の空母艦娘達も気付いていた。

 それが敵襲か否か、確かめようとした赤城は零戦を一機降下させ、海面近くをゆっくりと低空飛行させてみる。するとどうだろう、その零戦に釣られるように、海面に広大な白波が立ち上がった。

 白波を立てて海中から現れたのはやはり深海棲艦である。しかしその現れたものを見て、赤城達は思わず息を飲んだ。

 (これ全部・・・敵!?)

 その数は異常に多く、ざっと数えても50体は下らない。下手をすればそれ以上いるかもしれない大集団であり、赤城以下第三機動部隊の艦娘たちは慄然とした。

 「50体だと・・・!」

 この大集団接近の報は、即座に旗艦<すずつき>に伝えられた。それを聞いた東山は、その膨大な数に対して背に寒いものを感じる。

 単純な数ならば、第一次攻撃での初動発見数57体とさほど変わりはしない。にもかかわらず、空母艦娘達にしろ東山にしろここまで脅威を感じているのは、第一次攻撃と現在では置かれている状況がまるで違うからであった。

 第一次攻撃においては、敵と艦隊の間に200km以上の距離が空いており、また空母艦娘達は装備する全ての艦載機を使うことができた。だが今敵と艦隊の距離は約40kmほどとはるかに短く、また空母艦娘たちは艦載機による即応が不可能であるどころか、艦載機の収容作業中なのである。航空戦力を用いた反撃は、完全に不可能であった。

 「艦載機の収容作業を続けつつただちに反転後退。全艦全部隊共に北へと脱出する」

 現状を形勢不利と見た東山は、即座に反転命令を下す。わずか40kmに50体以上という状況は、たとえ航空戦力が十分であったとしても過酷極まりない状況だ。ここで退かなければ全滅さえあり得るのである。

 「第三機動部隊は装備の整い次第攻撃を…」

 「さらに続報、敵大集団が40ktに増速。発見されたようです」

 とりあえず後退して体勢を立て直してから反撃するしかないと考える東山であったが、敵は第一艦隊を捉えたのか、彼の抵抗を阻むかのように速度を目一杯にまで上げた。深海棲艦は、敵を捉えると40ktで向かってくるが、対して第一艦隊は<とわだ><ときわ>の二隻を抱えているため、半分の20ktが限界である。

 まさに絶望的状況であった。最早逃げることは不可能である。このまま何もしないならば、第一艦隊は迫る50体の敵に呑まれるしかなかった。

 「長官」

 「どうした」

 だが完全に終わったわけではなかった。

 「第一主力部隊より入電。“ワレ遅滞行動ヲ取ル。退避サレタシ”とのことです」

 

 

 

 「武蔵」

 「うん?」

 大和に進言し、第一艦隊へ電文を送らせた長門は、武蔵に声を掛ける。

 「この作戦で我々戦艦娘が活躍する場がどこにあるかということを、私は武蔵に指摘を受けてから考えてみたんだ。そして第一次と第二次攻撃での配置、そしてこの第三次攻撃での配置を見て、一つの答えが出た」

 武蔵は黙々として長門の語るところを聞いていた。この状況、そして彼女の進言からしてその内容はおおよそわかっている。だが武蔵は長門の言葉を聞くことが苦でなかった。

 「どの攻撃においても、我々は敵の水上目標が最も現れやすいであろう最前の位置に置かれていた。これはほぼ間違いなく、この第一主力部隊が防御の要であると考えられていたからだろう」

 「それでこの遅滞行動か」

 「その通りだ」

 長門の進言した遅滞行動とは、簡単に言えば時間稼ぎである。彼女達が接近する敵を食い止め、第一艦隊を敵から守り抜く。戦艦娘の重防御力と、大火力を生かしてだ。

 「深海棲艦は、普通の敵とは違う。撃たれても退きはしないし、潜ってすぐ近くまで接近してくることもある。そしてなにより数が膨大だ」

 「故に敵は一目標のみとは限らず、そして空母では一回あたりの攻撃に掛かる時間の長さから、その間隙を突かれた際の即応した反撃が難しい、だな」

 「ああ、だから我々戦艦娘は守りのために居るのだと思う。多分だがな」

 空母とは、攻撃において比類なき優秀さを発揮する特化型の戦闘単位である。だがアドバンテージが圧倒的なのは対水上目標に対してだけであって、水中を潜られればその優位性はいささか揺らぐのだ。

 空母は一度攻撃隊を発艦させたなら、その間直近の敵に対する攻撃力を失って無防備になる。だがそれに対応するために攻撃隊の一部を残したとしても、いたずらに攻撃隊の攻撃力を下げ、また直近の敵が膨大ならば結局中途半端な抵抗に終始するだけになるのだから、無意味な戦力の分散を誘うだけであった。

 対して空母以外の戦闘艦は、射程や対水上目標に対する優位性において空母に劣るものの、空母と違い防御にも使えるという特徴がある。特に戦艦は、駆逐艦にも搭載出来るミサイルが存在しない以上、最強の火力を持つ防御戦力なのだ。空母や艦隊のカバーにはもってこいの戦力であるのである。

 「来るわよ。正面6時の方角。距離20km」

 そして陸奥の水偵が敵の先頭を捉えた。

 「第一主力部隊、単横陣で微速後退しつつ敵を迎え撃つ。砲撃戦用意!」

 そして大和がそう号令すると、各個に5ktで後退を始め、敵に砲を指向する。そして各水偵察から得た情報を基にして、弾着観測射撃を開始した。

 戦艦部隊による射程外からの一方的な砲撃。それは第一次攻撃と状況的には似ていたが、今回の方がより困難であった。

 第一次攻撃において第一主力部隊は、集まって接近する敵集団に対して、一部隊としてまとまりながら砲撃を行うことが出来た。だが今は広範囲に分散した敵に対応するため個々に距離を取らねばならず、其々が個別の目標を狙わなければならなくなったのである。一目標に志向出来る砲数が減ったため、命中率が低くならざるを得ないのだ。

 これが攻勢ならば、第一主力部隊は集結して敵を弱い部分から突き崩すことも出来たであろう。しかし任務が守りである以上、そういった積極策はとれない。彼女達の役割は、あくまで第一艦隊の脱出を支援し、指一本触れさせないことなのだ。

 そのように状況には難しいものがあったが、彼女達はそれでも奮戦した。最も近い敵から徹底して狙撃し、その砲火力で迫る敵を一体、また一体と薙ぎ払っていく。しかし敵を撃破するペースに対して、敵が進行する速度の方が優れていた。なにせ敵は40ktで雪崩れ込んでくるのであるから。

 「第一主力部隊、後退速度を10ktに増速。引き続き敵に対応せよ」

 「撃っても撃っても出てくるな」

 5ktではすぐに肉薄されるため、10ktにまで増速を指示する大和であったが、敵の攻勢が凄まじいことに変わりはない。40ktの敵は、20kmをおおよそ15分ほどで彼女達の至近にまで近付くのだ。しかしだからと言って、第一主力部隊が速度を上げてその距離を空けても意味はない。それで敵が第一艦隊を射程に捉えるようなことになっては本末転倒なのだ。

 「そろそろ敵もこちらを射程に捉える距離だ。注意しろ!」

 砲撃戦を開始して7分ほどが経ち、既に第一主力部隊は9体の敵を撃破していたが、敵はまだまだ多い。先頭集団をことごとく撃破しているため、敵と第一艦隊の距離引き延ばすことは出来てきたが、敵を止められているわけではなかった。

 そうして敵の射程に捉えられると、第一主力部隊は幾本もの火線砲にその身を晒される。しかし彼女たちは戦艦娘であり、その艤装は駆逐艦型程度の攻撃を全て無傷のまま受け止めた。

 「ぐっ、なかなか厳しいな・・・」

 長門は敵の火線に晒されながら、そう声を漏らす。駆逐艦型の攻撃に対し彼女達の防御は堅牢であり、びくともしていなかった。だが敵はまだまだ雪崩のように迫っていきており、第一主力部隊のみでは、このまま押しきられることは確実である。撃破されることを恐れず、40ktで突き進んでくる大集団というものは、凄まじい圧力を伴って彼女達の前に存在していた。

 「まずいわ。そろそろカバーしきれなくなるわよ」

 敵がどんどん迫ってくる中で、陸奥はそう声をあげる。敵との間に距離があった頃は、砲を少し動かせばまた新たな敵に対応出来たが、それが近くなれば近くなるほど、別の目標を砲の先に収めるためにより大きな動きを必要とする。そして目の前の多大な敵は、広く広がって存在しているため、その端と端は一々向き直らなれればならないほどに距離を持っていた。

 「いや、大丈夫だ・・・」

 圧倒的火力と防御力によって敵を次々に撃破しつつも、第一主力部隊は数に呑まれ、不利な状況に押し込まれつつあるように見える。しかし長門にはそうならない目算があった。

 「あれは・・・水雷戦隊か」

 砲撃の最中、武蔵は後方からやって来るものに気付いて背後をふりむく。そこにいたのは、彼女達と同じく<すずつき>に艦載され、ともに第一艦隊を直衛する第一護衛総隊の艦娘たちであった。

 「よかったぁ、間に合ったみたい」

 「こちら第一護衛総隊、ただいま到着しました。戦闘に参加します」

 総隊長の阿賀野は少し締まらないが、第一主力部隊にとって第一護衛総隊が強力な援軍であることに間違いは無い。彼女達がいることは、単純により多くの敵に対して同時に対処することが可能となることであるし、脇を固めてくれれば長門たちもより集中して敵を撃つことが出来るのだ。

 「第一護衛総隊、側面から敵に突撃よ。最新鋭軽巡の力は伊達じゃないんだからっ!」

 そして彼女達はやって来た勢いそのままに敵集団の右側面に向かって突撃していく。些かの余裕が出来た第一主力部隊は、第一護衛総隊が突撃した方向とは逆の左側面に注意しながら、敵に砲弾を撃ち込んでいった。

 「敵の雷撃が来ます!各員個別に対応して!」

 絶え間ない砲撃によって、今や敵は当初の半分近くまで撃ち減らせていたが、それでもまだ20隻以上が波のように迫っている。その距離は3kmを切って、雷撃もあり得る交戦距離となっていた。

 もはや肉眼ではっきりと確認出来る敵の駆逐艦型が、雷撃体制を取る。長門はその射線が自分を指向しているのを悟って、その線上から退避した。

 空気を切り取っていくような音が、彼女の聴覚を引っ掻いていく。大和と武蔵はその限りではないが、いかに戦艦と言えども、雷撃の直撃は致命傷を招きかねない。喰らうわけにはいかなかったがなにぶん数が多く、不意打ちを撃たれかねない状況だった。

 「怯むな!第一護衛総隊も敵を目減りさせています!一体づつ薙ぎ払え!」

 大和は正面から多重に飛んでくる火線と雷撃の射線を小刻みにかわしながら、そう激する。彼我の交戦距離はどんどん縮まり、戦いは混線にもつれ込みつつあった。

 「まずいわ、抜けられるわよ!」

 第一主力部隊が第一艦隊との間に入って支えていた、防衛線と言うべき一線がついに突破され、数体の駆逐艦型と巡洋艦型一体が第一艦隊へと向かう。第一護衛総隊も加わって彼女達は敵をしらみ潰しにしていたのだが、至近まで接近されては小回りの効かない戦艦娘に複数の敵をカバーすることは不可能であった。

 「第一艦隊までの距離は?」

 「約29kmです」

 「猶予は20分か。誰かカバーに…」

 「無理よ、水雷戦隊のみんなだってやっとやっとよ!」

 「まずいな…」

 長門は突破した敵の対処を考えたが、彼女達や第一護衛総隊にその余裕はなかった。数は少ないのだから、戦力を振り向けられれば今のうちは対処も容易である。だが彼女達はその正面や周囲に多くの敵を見ており、護衛総隊も第一主力部隊の支援が手一杯で突破された敵に為す術が無かった。

 このままでは第一艦隊が突破した敵の脅威に晒されてしまう。がその時、突破した駆逐艦型の一体に砲の斉射が突き刺さった。

 「やっぱり来て間違いなかったネー。大和、取りこぼしは私達に任せて、正面の敵に集中するデース!」

 攻撃の主は金剛達第三戦隊であった。機動部隊から分派して、支援に来てくれたのである。

 「流石だ、助かる・・・」

 第三戦隊が突破した敵の対処を受け持ってくれたことによって、第一主力部隊から後背の憂いは無くなった。その心強い援軍に、長門は感謝してもしきれない気持ちになる。

 「取りこぼしは金剛さん達が対処してくれます。眼前の敵を火力を集中してください!」

 最早目指すは敵の殲滅のみ。大和は声を高らかに攻撃を指示するのであった。

 

 

 

 砲撃戦が始まって20分ほどが経とうとしている。当初50隻以上居たとされていた敵は、実際にはそれ以上に存在して、その実数はおおよそ65体以上と目されるが、第一主力部隊をはじめとした各部隊の奮戦により今やその大半が撃破されつつあった。

 「終わったな…」

 残りの敵は、護衛総隊の水雷戦隊が個別に対処しシラミ潰しにしてている。皺勢が彼女たちの勝利に確定したことを確信した長門は、安堵感からそう呟く。そして同時に、彼女は言い得ぬ充足感にも包まれていた。

 砲火力と装甲を最大に生かして戦う。これぞ戦艦の戦いであり、戦艦長門にはついにかなわなかったことを、今戦艦娘長門はやってのけたのだ。

 この充足を感じているのは彼女だけではない。第一主力部隊の大半が、まともな砲撃戦などほとんどに経験したことが無く、ましてやこの戦いのような雌雄を決する戦いに勝つという経験など無かったのだから、それを経験したことにより初めて戦艦である自分達の存在意義を確信出来たのだ。

 「長門」

 「うん?」

 第一主力部隊が単縦陣を組み直し、また第一艦隊に対して所定の配置に向かう最中、武蔵が長門に声を掛ける。

 「私は今日、初めて自分が戦艦だと体感することが出来たよ」

 「ふふっ・・・そうか」

 大和型戦艦が長門型戦艦の次級ならば、その関係はどことなく先輩後輩のそれに近い。そして後輩のような武蔵が同じ戦艦娘としてアイデンティティを体感出来たということを打ち明けてくれたということは、それは長門にとっても喜ばしいことであり、彼女が返す声には優しさが溢れていた。

 「もっとも、今日みたいに働ける日がまた来るとくも限らんがな」

 「いや、また来るさ」

 「そうか?」

 最後にそう皮肉めいて言うのは武蔵の照れ隠しなのかもしれないが、長門はそれに対してはっきりと断言をした。

 もちろん彼女に確信はない。だがなんとなくそれが嘘にはならないような気がして、また武蔵の背中を叩くためにも、長門はそう断言してみせたのだ。

 「その時はまた、存分に働こう」

 「ふふ、来られてはいけないんだがな。そうしよう」

 

 

 

 4月27日午後4時。敵の大集団に至近距離で遭遇するというアクシデントがあったものの、第一艦隊は第三次攻撃を成功裏に終わった。

 60体以上の深海棲艦を相手取った砲雷戦が終了した後、ベーラー湾へと向かった攻撃隊は敵集団を完全に撃滅し、これにより所定の作戦範囲内における有力な深海棲艦集団は、ひとまずその存在確認が出来ないまでに掃討されていた。

 この三度に渡る攻撃により、第一艦隊はおおよそ350体の深海棲艦を海の藻屑と変えている。砲撃戦の最中、第一護衛総隊所属の駆逐艦娘の中に戦線復帰まで時間を要する損傷を受けた者も居たが、戦果に対してそれは過小な損害でしかなかった。

 作戦を終えた東山は今度の作戦と今後の行動について意見を交わすため、自室で富田艦長と席を共にしていた。

 「いやぁ、肝が冷えましたな」

 コーヒーを啜りながら富田がそう言うのは、先程の砲雷戦についてである。彼も東山と同じく伊豆諸島沖で戦った生き残りであり、深海棲艦の恐ろしさは身に染みてわかっていたから、艦隊が直接接敵する可能性のあった先の戦闘においては冷や汗をかかずにはいられなかったのだった。

 「うむ、私とて油断をしていたわけではなかったし、そのために護衛の部隊を周辺に配置してもいたんだが、それでも50体という敵の数を聞いた時には、流石に全滅を覚悟したよ」

 「そうだな。しかしそれがこうやって安堵出来るのは、全て艦娘たちの敢闘のおかげだ」

富田のその言い様に、東山も同意する。特に殊勲賞は第一主力部隊だ。

 守りの要として彼女達を最前に置いたのは他でもない彼だが、50体という数を前に第一主力部隊の抵抗がいかほどの意味を持つのかということに関しては、彼自身自信を持てなかった。

 だが彼女達は、率先して遅滞行動をかって出て、劣勢を押し返し完璧にその役を果たしきってくれたのである。第一艦隊を全滅から救ったのは、他ならぬ彼女達であった。

 「しかし50体の大集団とは不自然なものでしたな。深海棲艦がこういう規模で一つの集団を作ったという例は、古今ありませんでしたから」

 富田は思い起こしたかのように、そう敵の不自然を指摘する。確かに彼の言う通り、これまで深海棲艦は多くて20体弱の集団を構成することはあっても、50体の大集団を作って行動したという報告は一例も無いのだ。

 「わからんが、もしかしたら大移動のようなものかもしれないな」

 「大移動ですか?」

 だがそんな彼の疑問に対して、東山は自分の見解を述べる。

 「深海棲艦はこれまで攻撃対象を求めて拡散し、特に海上交通路をある種の猟場にしている。このシーレーンを封鎖したのもそのためと見て間違いはないだろう。だがこの海域は、もはや通る船の無い海域であり、待てど暮らせど獲物は表れないはずだ」

 「とすると、新しい猟場を探すために大移動を?」

 「あくまで推察だがな」

 シーレーンが海上交通路として完全に使用されなくなって、もう満2ヶ月は経過している。となれば、敵は新たな獲物を求めて未見の海域を目指す。そしてその未見の海域と言えば。

 「日本近海、ということですか」

 「おそらくそうだろう。先の種子島沖の戦いも、これに連なるものだったと私は考えている」

 太平洋からシーレーンに迫り、南シナ海全てを抑えてしまえば、深海棲艦が次に進出出来る先はインド洋か極東海域しかない。やはり敵は、こちらを徹底的に叩くことを本能として動いているのだ。

 「ではこれからも、また今回のような大移動に正面からぶつかる可能性がありえますな」

 「それだけではない、我先の向かう先はインド洋だ。我々がそこに進出した時には、すでに多数の敵がそこに移動を終えて、待ち構えている可能性が高い」

 「それは・・・まさしく前途多難ですな」

 極東海域に対し、深海棲艦のもう一つの進出先がインド洋である。シーレーン解放するならば、第一艦隊はそこに飛び込んで行かなければならないのだ。激戦は避けがたい運命である。

 「全くその通りだ。しかもあんなものまで出てきたとあっては、この先の戦い、楽観視はまるで出来ないな」

 「人型の深海棲艦、ですか」

 その上脅威はそれだけではない。先の砲雷戦の最中、敵中に突撃した水雷部隊からとある報告が上がったのだ。それは従来の魑魅魍魎のような形態ではなく、人のような形をした深海棲艦の目撃である。

 目撃した艦娘たちの証言によれば、それは巡洋艦型に人間の上半身が生えたかのようなタイプと、五体があって腕に大きな構造物を備えるタイプの二種類であり、そのどちらもが血の気の無い死体のような白い肌色をしていて、その目からは他の深海棲艦と同じく発光するガスのようなものを空気中に漂わせていたという。

 「新しい人型は従来の巡洋艦型よりも手強かったという。深海棲艦も徐々に姿を変えていくのか、もしこれがより強く強力にと進化していくのならば、この先の戦いはより苛烈になるだろう」

 「厄介な・・・話ですな」

 人型の深海棲艦。知能など無く、ただ本能に従って破壊と殺戮を行う害獣であるはずの深海棲艦に、自分たち人間と似た見た目の個体が存在する。そこに驚きを感じること自体人類の傲慢であるのかも知れないが、なにはともあれその心理的衝撃は大きい。そしてこれら二体の人型深海棲艦という新たなる存在は、巡洋艦型チ級と同じくリ級として、新たな深海棲艦に数えられることとなるのであるが、それはまた後のことだった。

 「増田士郎、入ります」

 「入れ」

そうして新たなる敵と、その進化の可能性について危機感を募らせていた最中、<すずつき>副長の増田が東山の執務室へとやってくる。ドアを開いて入ってきた彼は、どこか慌てたような表情をしていた。なにかあったようである。

 「どうした副長。なにかあったのか?」

 「はい長官、統合作戦本部から入電で、太平洋諸島作戦遂行中の第二艦隊がチューク諸島沖で敵深海棲艦による航空攻撃を受けたとのことです」

 「航空攻撃だと!?」

 その副長の報告に、東山の向かいで富田がつい椅子から身を乗り出しながら、そう驚きの声を上げた。

 「はっ、そのようです。第二艦隊の被害は・・・」

 そんな彼をよそに、東山は険しい顔でその報告に耳を傾ける。深海棲艦にはこれまで航空戦力を持った個体は存在せず、その全てが水上戦力のみであった。それがなんと、第二艦隊を航空攻撃が襲ったというのである。深海棲艦にもついに空母型が現れたということだ。

 (人型に空母型か。過酷になるな、この戦いは・・・)

バシー海峡の掃討戦は成功の内に終わったが、これから現れる敵は今までを上回る敵となるかもしれない。そんな予感が、現実的な実態を伴って確かなものとなっていく。

 (だが私はなんとしても成し遂げる。それが私に課せられた使命だからな・・・)

 しかし彼は怯みはしない。死んでいった仲間のためにも、第一艦隊の凱旋を待つ多くの人々のためも、東山はこのシーレーン解放作戦を完遂させることを今一度心に誓うのであった。

 以降第一艦隊は南シナ海を南下し、目下シンガポールを当座の目的地として航行している。だがその航路上に立ちはだかる荒波は、相当なものになりそうであった。

 戦いはまだ続く。




ご読了ありがとうございました。
すっかり上げ忘れていた4話でした。
このお話では深海棲艦という敵との戦いにおける戦艦の役割のようなものを書けた思います。戦艦とは、自分としては最強の防御兵器であるという考えがありました。
これは独軍のティーガー重戦車が攻勢にはその足回りのせいで弱かったのに反し、防戦にあってはその高火力と装甲性能を遺憾なく発揮して大変有力な戦力となりえたことに類似していると思います。
空母艦載機はあらゆる艦船よりも遥かに足が早く、また索敵能力も最大射程も圧倒的で、これこそは攻勢のための兵器である一方、艦載機の発着艦にかなりの時間と手間が掛かるため、直接攻撃をされた時に被害を被りやすいという弱点があります。特に海の上で人海戦術のごとき飽和戦術を取れる深海棲艦相手の場合これはさらに顕著で、撃ち漏らした敵に取り付かれてしまえばそれまでなのです。故に戦艦やその他水上戦力は、空母と艦載機という異次元の戦力があってもなお、対深海棲艦戦では十分に大きな役割があるのです。
ではまた5話で。
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