艦これ戦記 ~明日を開く少女たち~   作:戦艦

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#5~チューク諸島遭遇戦4~

 午前11時。<きりさめ>は先に脱出した<くにさき>と合流しつつ、敵の航空攻撃圏を脱した。対空警戒が解除され、母艦を失った第六主力部隊配属の艦娘達も収容すると、<きりさめ>の艦内は見た目には賑やかになったが、雰囲気は重く落ち込んでいる。

 <きりさめ>が現時点で把握しているだけでも、第二艦隊は敵襲により内火艇2隻と<たかなみ>を喪失する被害を被り、180名余りの生死不明者を出していた。その上多数の人員、資材を敵勢力圏下のウェノ島に置き去りにせざるを得なかったなど、状況は惨憺たるものである。

 そんな中で、第七護衛総隊司令官の横手は自分が預かる艦娘たちの姿を探して、艦内を歩いて回っていた。そして彼は、第四機動戦隊の隼鷹たちと共に食堂の脇にいる時雨と夕立を見つける。

 「二人とも、大丈夫か?」

 「司令官さん?」

 二人を見つけた横手は、すぐに声を掛けにいった。この状況で横手が来たことを二人は意外に思う。だが流石に状況が状況である、彼も彼なりに司令官としての義務感を感じたのだ。

 時雨達第十六護衛隊はその一員である村雨が被弾し、隊長の白露と共にウェノ島へ退避したため、<きりさめ>に帰艦して作戦行動可能な要員が二人だけという状態になっている。航空攻撃の最中にあってそれどころではなかった時雨と夕立だったが、それも一段落付いた今、仲間であり姉妹でもある二人が傷付き敵地に取り残されているというこの状況は、彼女達に重くのしかかっていた。

 「大丈夫だよ司令、二人ともきっと…無事だと思うから」

 時雨は横手に対して、ひとまずそう言う。だがその声音はか細い。彼女の心細さが声に表れているのだ。

 (艦娘もこうなのか・・・)

 そんな彼女の様を見せられれば、流石の横手も二人が滅入っていることには気付く。そしてその姿を見ていると、ふとこのような状況になって、彼ははじめて渡辺にされた指摘の意味を実感出来たような気がした。それは艦娘にも感情があるという当たり前のことであり、艦娘ではなく当たり前の部下として扱えということである。深海棲艦を撃破するほどの力を持つ艦娘だが、今横手の目に映る姿は人間とさして変わらなかった。

 「司令官さん、第二艦隊はこれからまた助けにいくんだよね?見捨てるなんて無いよね?」

 しかしそれならば、二人は何故この状況でも気丈に振る舞えるのだろうかと彼は疑問に思ったが、この夕立の問いからそれがどうやら白露達の救出という目的意識によるものだと察する。

 窮地に立たされているとは言え、白露も村雨もまだ十二分に救いようがあり、その事実が彼女達の心を支えるのだ。

 「正式な指令が無いからまだ確かな事は言えないが、きっと大丈夫だろう。渡辺司令なら退きはしないと思う」

 故に唯一の心配として、夕立は第二艦隊がこのまま作戦を中止してチューク諸島から撤退するということを心配するのである。だが<たかなみ>と運命を共にした小松司令長官の後を継ぐ意思を見せた第七機動部隊司令の渡辺が撤退を考えるとは到底思えなかったから、彼はそう言って夕立を励ました。

 「でも、巻き返すにしても簡単とは言えないわよね。現状は・・・」

 「そうやなぁ・・・」

 そんな横手たちのやり取りを見つつ、飛鷹は隣に立つ龍驤にだけ聞こえるよう、抑えた声でそう話す。

 「航空戦をするゆうても、今一つ物足りん戦力やしなぁ、それでどれだけ敵がいるかもわかんない戦場に突っ込むって、そりぁ無茶やわなぁ・・・」

 第二艦隊の航空戦力は軽空母艦娘の航空部隊で構成されている。そのため勢力としては若干心許ないものがあり、水上目標に対しては強気で居られても航空戦力同士での航空艦隊決戦となると、戦力不足は否めなかった。

 チューク作戦に関しては、何らかの手を打たなければならないのは確かであり、やられたままということは無いはずである。だが実際的な手段として、どうやって反撃するのかとなれば、その方法を見出だすのは簡単でなかった。

 「ところで」

 「?」

 「隼鷹どこ行ったん?さっきから見かけんけど」

 目の前の作戦は重大で大切なことである。だが龍驤は、さっきから隼鷹が不在であることも気になっていて、飛鷹にそう訊ねた。

 「"訓練"よ」

 「訓練?こんな時に?」

 そんな彼女に隼鷹は訓練と答える飛鷹だが、勿論その訓練とはそのままの意味ではない。

 「知らないわ。泣いてるのか叫んでるのか、あるいは鬱憤晴らしに本当に訓練してるのかもしれないけど、私は知らないし、それをわざわざ確かめるのも野暮よ」

 彼女にも思うところがあるのだ。敵の航空攻撃に対し一番有効な対抗戦力が彼女達空母艦娘であるが、<たかなみ>は彼女達の眼前で轟沈したのである。

 「まぁ隼鷹は責任感強いし、それに強がりやからなぁ。無理もないんかな」

 艦の記憶における縁や、単純に同じ部隊で関わりがあるだけあって、龍驤は隼鷹の気持ちをなんとなく理解することが出来た。

 

 

 

 

 午後3時。<きりさめ>は<たかなみ>に代わり第二艦隊司令部として機能することとなったが、今ここでは臨時の作戦会議が行われている。議題は言うまでも無くチューク作戦に関するものであるが、

参加する司令官はすべからく頭を抱えていた。

 というのも航空戦力が心許ないために、有効な戦術を見出だせないでいるためである。

 会議において立案された作戦案は4つ。

 一つは航空戦力によるエアカバーを受けた水上部隊により、上陸部隊をチューク諸島から救助する案。

 二つは日没を待って同じく水上部隊により上陸部隊を夜間に救助する案。

 三つ目は現状の戦力で航空艦隊決戦を行い、敵を撃滅した上でチューク諸島の制空、制海圏を確保する案。

 四つ目は本土第一方面隊に救援要請をして、雲龍型を含めた航空戦力で第三案と同じく航空艦隊決戦を行うという案である。

 しかしこの4つの案は、そのどれにも問題があった。

 まず第一案であるが、この案はチューク諸島の制空制海圏の取得をひとまずは諦めるものであって、太平洋諸島作戦の達成に対し消極策としか言い様がない。またエアカバーに全力を割かなければならない以上、母艦である<きりさめ><くにさき>ら第二艦隊は敵の航空攻撃圏外に控えておらねばならず、水上部隊は鈍足の内火挺を連れて波の高い太平洋の海を渡らねばならない。さらにチューク諸島からの途上や、島の周辺に敵の水上戦力が進出していた場合、航空戦力のエアカバーへの集中により十分な航空支援を受けられない水上部隊は内火挺を守りながらの水上戦を強いられることになるため、被害が拡大してしまう可能性もあった。これらの理由から負担もリスク大きい第一案は、早急に却下された。

 次に第二案であるが、これは第一案の問題点に対して考案された案であり、母艦も伴うことで第一案の欠点であった渡洋距離の長距離化を解決するものである。しかしこの案においてもチューク諸島の制空制海圏の確保は見送りとなり、また夜間ということもあって第一案以上に航空支援が行えないこと、その上敵の航空戦力が夜間において攻撃を行えるのか否かが不明であることなどから、この案は保留となった。

 第三案は単純に正攻法である。しかし彼我の航空戦力の優劣が不明であることや、そもそも第七機動部隊の航空戦力が航空艦隊決戦を行うには不十分であることなどから、今一つ有効性に欠けるとしてこれも保留となった。

 第四案は慎重策である。しかし今から本土に救援を要請したとして、仮にすぐ出撃したとしても増援が到着するまでには5日掛かる。もちろん実際は出撃に準備が必要なため、掛かる時間はそれ以上だろう。その間に敵水上戦力の進出や敵航空戦力により上陸部隊が全滅させられれば、航空艦隊決戦に勝利出来たとしてもチューク諸島の拠点化は頓挫することになる。

 また太平洋諸島作戦の長期化は、平行するシーレーン解放作戦にも影響を与えるものであり、第一艦隊に与えられた半年という制限時間を縮めてしまうことになるのだ。そのため悠長に構えている暇は無く、本土の防衛体制に穴を開けることにもなるこの案もすぐ保留扱いとなった。

 気付けば会議が始まって3時間が経過している。会議の場は案とその問題点が出尽くして、重い停滞の中に陥りつつあった。

 「一旦小休止としよう」

 場を取り仕切る渡辺臨時長官は、煮詰まるばかりの場を一旦解散させて、30分の休憩時間を設ける。解散した司令官たちや各科の班長が昼食を摂るために食堂へ向かうなど各々に行動する中、渡辺は宛もなく艦内を歩いた。

 思わず艦隊の全権を任され、しかも困難な状況に立たされた挙げ句時間的猶予も無い。そんな今の彼はとても食欲が沸くような状態ではなく、また座り疲れてもいたから、歩いて頭をすっきりさせたかったのだ。それが将官の仕事と言えばそれまでであるが、現実としてストレスは存在するのである。

 そして艦内を練り歩いた末に、彼は新鮮な空気を求めるかのように後部格納庫から甲板へと足を運んでいた。海風は彼の顔を叩いて、その頭をいくらか涼やかにする。

 「さて、どうするか・・・」

 頭が冷えてくると客観的に考える余裕も出て、そのうち渡辺は保留した各案を合わせて、一つのプランを考案した。そのプランとしては、まず第四案をベースとしつつ、第二案を強硬することによって上陸部隊を一時収容し、増援到着後に航空決戦を行おうというプランである。第二案と第四案の問題点は諦めて全く考慮に入っていないのだが、それでもこれが現状の最善策であった。

 こうなると選択肢は、無理のある作戦を決行するか、諦めるかの二つとなる。しかし何もしない内に諦めるつもりは彼に無く、たとえチューク諸島を撤退することになったとしてもせめて上陸部隊の収容だけはやり遂げなければならないと考えていた。

 だが一方で素直に決行を押し通して良いものかという呵責も存在する。ここまで露骨に欠陥を抱えた作戦の決行を安易に決断していいのかと、まだ何か他に手は無いのかと、妥協のような決断に後ろめたさが拭えないのだ。

 そうして作戦の可否について自問自答を繰り返していた渡辺は、ふと吊るし梯子の軋む音を耳にする。それは艦娘が海面と昇降下するための梯子であるが、その梯子を登って艦舷から甲板に頭が現れた。

 「あ・・・」

 登って来た艦娘は、彼に気付いて目を会わせる。それは第四機動戦隊所属の軽空母艦娘隼鷹であった。

 「・・・」

 「・・・」

 目の合ったまま、幾ばくかの沈黙が続く。

 「訓練かね?」

 「あー・・・まぁそんなところです」

 渡部はその沈黙を切り崩して彼女にそう尋ねると、隼鷹は彼の問いに合わせたようにそう答えた。

 「作戦、決まったんですか?」

 彼女は、自分が何をしていたかということについての話題を逸らすかのように、渡部にそう話を振る。しかしその話題は、作戦会議の結果を知っていれば上官には出来ない質問だった。

 「今は小休止中だよ。これが中々ひどい有り様でな」

 「あっ・・・すいません」

 「いや、君が気にすることはないよ」

 彼の口振りは、先行きが良くないことを隼鷹に悟らせる。彼女は自分が良くない質問をしたことに気付いて申し訳ない気分になったが、渡部は気にしなかった。

 「出る案出る案どれも問題点ばかりでな・・・」

 それは半ば愚痴であったが、彼は例の四案とその問題点、そして彼のまとめ上げた案について、隼鷹に話しだす。その内自分が助言を求めているのだと気付くと、渡部は彼女に一つ尋ねた。

 「この作戦、無茶だと思うかね?」

 この作戦とは、第四案と第二案をとりまとめた彼のプランである。具体的に言えば、問題点に目を瞑って強行せざるを得ないことに対して、意見を求めたのであった。

 「無茶かぁ・・・そうねぇ・・・」

 素直に答えて良いものだろうか、と作戦に無茶を感じながら、隼鷹は考える。が、戦場で第一に考えねばならぬことは敵に正対することだと思う彼女は、素直な感想を言うことにした。

 「まぁなんというか・・・マリアナ沖海戦の時の搭乗員練度を見てアウトレンジ戦法をやろうと思うくらいには、無茶だと思うかな?」

 「それは、大分無茶だな・・・」

 隼鷹の思いきった例えに、彼は閉口する。マリアナ沖海戦は太平洋戦争末期にに起きた日米間の空母機動艦隊決戦であり、大敗を喫した戦いであった。日本は自軍艦載機の優れた航続距離を生かして敵の攻撃出来ない遠方から一方的に攻撃を行うアウトレンジ戦法を考案するが、搭乗員練度の著しい低下や米軍の高度な防空システムを前にそれは完封されたのである。

 航空母艦隼鷹はこの海戦に参加した主力空母の一隻であったから、まさしく当事者であった。そんな彼女にそのように例えられれば、閉口してしまうのも当たり前である。

 「マリアナ沖海戦とは、そこまで言われると難しいが・・・」

 この無理な状況の中で、最善と思った策さえも愚策と評された時、彼は八方塞がりで暗礁に乗り上げるような気分になりかけた。

 「いや・・・待てよ」

 だがそんな彼は、マリアナ沖海戦と聞いてふとあることを閃く。

 「そうか、そうすれば良かったのか」

 「えっと・・・長官?」

 その思わぬ天啓をは、渡辺を一人合点させた。隼鷹は突然彼が意気を増したことに驚いて、その様子を伺い見る。渡辺の表情は今や解き放たれたように晴れ晴れとしていて、初老らしからぬ覇気に包まれてさえいた。

 「ありがとう隼鷹くん、おかげで名案が閃いたよ」

 彼はそう言うと、軽快な足取りでそのままその場を後にする。そしてその後再開された作戦会議により、第二艦隊は明日にも反撃に出ることとなったのであった。

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