翌4月28日午前5時。薄暮の中、転進した第二艦隊はチューク諸島沖へと接近し、敵飛行体の航空攻撃範囲の目前にまで接近しつつあった。
すでに戦闘に備えて、第二艦隊隷下の艦娘部隊は戦闘配置についている。第七機動部隊は第六主力部隊と共に、母艦から距離を置く普段の展開とは違い、<きりさめ>に寄り添うように展開していた。
その<きりさめ>のCICに、渡辺長官は陣取っている。今度の戦闘にあっては<きりさめ>も艦娘と共に前線展開するため、彼はCICに入ったのだ。
「長官、<きりさめ>は予定通り、夜明と共に敵の航空攻撃範囲に侵入出来ます」
<きりさめ>艦長の金田は、渡辺にそう告げる。夜明に合わせた突入は、敵の航空攻撃に対する警戒からである。
今作戦においてその主力は航空戦力であったから、突入はこれが確実に利用出来る日中に行う必要があった。加えて敵が夜間空襲可能な場合を想定すれば、なおのこと迂闊な夜間突入は出来なかったのである。
「うん、わかった」
そして予定に狂いの無いことを確かめた渡辺は、無線機のマイクを手に取った。
「全艦乗組員および展開中の全艦娘部隊の諸君、我らは予定通りに作戦開始地点へと到着しつつある。よって作戦に変更は無く、事前の手筈通りに事を進めて頂きたい。諸君の健闘に期待する」
これから第二艦隊が行う作戦は、既に全員に周知済みであり、各員は皆それに向かってひたすらに邁進しようとしている。全ては昨日の雪辱を晴らすため、海に散った小松長官以下<たかなみ>の全乗組員の弔いのため、そしてなにより敵地に取り残された揚陸隊救出のためであった。
「<きりさめ>、敵航空攻撃範囲に侵入しました」
そして水平線の彼方から太陽がその姿を表す頃、<きりさめ>はついに敵の航空攻撃範囲に突入する。作戦開始であった。
(静かだ・・・)
チューク諸島沖は潮騒が延々と続くのみで、極めて静かである。しかし敵の襲来は昨日のことなのだ。
昨日の今日で敵がそう動くものではないし、恐らくチューク諸島の近海をまだうろうろしているはずである。よって気が抜けるはずもなく、むしろこの静けさは嵐の前のそれに等しかった。
「対空レーダーに感あり」
ふと<きりさめ>の対空レーダーが反応を捉える。それは単体で第二艦隊の150km先を飛行しており、恐らく偵察機であると思われた。
これで<きりさめ>は敵に発見されたと見るべきであるが、それは予定通りのことであり、誰も狼狽えはしない。
「第七機動部隊に敵偵察機接近を知らせておけ。対空レーダーは引き続き監視を続けろ。次は攻撃隊が来るぞ」
次に敵が来た時、それは偵察機の知らせを受けて敵が放った攻撃隊だ。しかしこちらからは索敵機を出さず、第二艦隊はただそれを待ち受けだけのようである。仕掛けてはいかないようだ。
「第五機動戦隊も展開終わったわ。飛鷹さん、いつでも大丈夫よ」
「了解しました鳳翔さん。こちら第七機動部隊、展開完了しました。測敵情報を待ちます」
第四、第五機動戦隊共に作戦のための準備が完了すると、部隊指揮官の飛鷹は<きりさめに>そう一報する。彼女達は間もなく来る敵を見据えて、気を引き締めた。
「今度こそ守りきってみせるよ…」
特に隼鷹は、そう決意を固めながら海の彼方を睨んでさえいる。<たかなみ>は彼女の目の前で轟沈したのだ。それをまたもう一度繰り返すようなことをするつもりは、隼鷹にはないのである。
「レーダーにさらなる感多数。敵飛行体群と思われる。北東十時の方向、距離190km。390km/hで本艦に接近中」
そして30分ほどの後、対空レーダーがさらなる反応を見せた。敵の航空攻撃隊である。
「高度は?」
「およそ900mです」
「よし、測敵情報を第六機動部隊に伝えろ。我々はこれより敵飛行体の殲滅に取り掛かる」
第二艦隊の北東の空。そこに異形の飛行体が、不規則に群れて飛行している。その数はおよそ80体ほどであり、第二艦隊をあと10分ほどで直撃出来る距離にいた。
その大半は攻撃機であり、一回の攻撃で二回の雷撃が行える。威力は水上型に劣らず、直撃すれば一撃で護衛艦を撃破出来るのは<たかなみ>の例で明らかだった。
敵飛行体群は第二艦隊へと一直線に距離を詰めていく。だがその上空、雲の間にきらりと光るものがいくつも見えると、それはそのまま雪崩れ込むように緩降下を開始した。
敵飛行体はそれに気が付く暇もない。太陽光を朝日を反射するそれらが襲いかかると、飛行体は瞬く間に一体また一体と弾け飛び錐揉みながら、次々に海へと落下していった。
上空から敵飛行体を襲ったものは、第七機動部隊の戦闘機隊である。それらは第六機動艦隊隷下の第四、第五機動戦隊の零戦を全てかき集めたこの部隊であり、<きりさめ>によって探知した敵飛行体群の情報を元にその進路上の直上に待待ち伏せして、優位位置からこれを一方的に叩いたのだ。
「敵飛行体群多数の撃破を確認」
「よし、成功だ」
この戦果は第七機動部隊を通して、第二艦隊司令部にも伝わる。金田艦長は渡辺長官の隣で、作戦の成功に歓喜の表情を見せた。
この戦法は太平洋戦争のマリアナ沖海戦で、米軍が採用した防空システムを模したものである。 同海戦においては、米艦隊はその優れたレーダーを利用して接近する日本海軍攻撃隊の方位や高度を全て読み取り、その進路上の上空にF6Fヘルキャットの大編隊を展開。優位位置からこれを攻撃することで日本海軍の攻撃隊に甚大な被害をもたらしたのである。
これこそが渡辺の思い付いた名案であった。彼はあの時隼鷹にマリアナ沖海戦と言われたことでこの戦法を模倣し、軽空母艦娘による艦上戦闘機の特化運用と護衛艦の優秀なレーダーを組み合わせることで、最大の脅威である敵の航空攻撃能力を奪ってしまおうと考えたのである。そしてその効果は実際絶大であり、虚を突かれた敵飛行体群は第二艦隊のはるか手前でなす術もなく次々と火を吹き、そのほとんどが一方的に撃滅されたのだった。
しかし日本が、特に太平洋戦争で戦った艦の化身である日本艦の体現たる艦娘たちが、当時敵に大打撃を与えられた戦法を真似るというのは冗談か皮肉のようなことだが、彼女達艦娘にとってそんなことは些細なことである。当時は当時、今は今であり、未来を作るための戦いに過去など関係無いことであった。
「続いて第二波接近。南東十二時の方向、距離2
00km。高度800m、390km/hで本艦に接近中」
そして敵の第一波殲滅からさほど時間を置かない内に、<きりさめ>の対空レーダーは更なる深海棲艦の航空攻撃隊を捕捉する。その情報は軽空母艦娘たちに伝達され、その情報を受けて艦娘により誘導された戦闘機隊は再び敵進路上に展開し、敵の第二波に襲い掛かるのだ。
「敵第三波、新たに捕捉。南東一時の方向、距離190km。高度1300m、390km/hで本艦に接近中」
しかしこれとほぼ同時に、別方向から敵の第三波が飛来する。折しもその比較的少数の敵飛行体群は第二波より近距離に接近してやっとレーダーに反応したため、第二波迎撃中の戦闘機隊とは少し距離を置いていた。対処が間に合うかどうかは、神のみぞ知ると言ったところである。
「第二波の残りはもう僅かです。ここは第五機動戦隊で引き受けます。第四機動戦隊は第三攻撃に向かわれてはいかがでしょうか?」
そんな状況に対して、鳳翔は戦闘機隊を第四機動戦隊所属機と第五機動戦隊所属機とで二分し、これに対処する案を進言した。
戦闘機隊を二分したところで第四機動戦隊を第三波攻撃に向かわせるのは、第五機動戦隊が鳳翔、祥鳳、瑞鳳といった同時運用可能数が少ない艦娘によって編成されているからであり、より多数を同時に運用出来る第四機動戦隊の戦闘機を分派した方が、敵第三波に対して有効に戦えると判断したためである。
「わかりました。第二波はお願いします」
そして飛鷹は、その進言を迷わず採用して、戦闘機隊を敵第三波へと向かわせた。
第四機動戦隊の戦闘機隊は総数129機、対する敵第三波は総数80機で50機分ほどの優位がある。彼女達は機体性能一杯にまで加速して、敵飛行体群を追いすがった。
「飛鷹、意見具申するよ。急いでるみたいだけど、ちゃんと上空まで上がって優位な高度を取ってから叩こう」
「えっ?今でも結構高度差があるわよ?」
そんな中で隼鷹が進言したのは、戦闘機隊の高度である。空戦は、基本的により高度の高い方が運動エネルギーを攻撃に乗せられるため有利であるから、彼女の提案はそのための高度を確保するべきというものだ。
だが飛鷹はその提案に少し抵抗を感じる。彼女達がさっきまで攻撃していた第二波飛行体群の高度は800mであり、対して第三波飛行体群の高度は1300mだ。この時点で500mもの高度差がある。
高度を上げるためにはある程度の速度的犠牲が必要であり、今現在も敵の高度1300を下らないために、最高速度を出せてはいない状態で上昇を掛けながらの追跡なのだ。そこからなお高度を取るというのは悠長なことに思えたのである。
「いや、焦って撃ち漏らすようなことがあったらそれこそ危ないよ。<たかなみ>はたった一発の被弾で轟沈したんだから、一体逃しただけでも命取りになりかねない」
だが隼鷹は、確実を期すべきだと考えていた。彼女達の母艦である護衛艦は敵の攻撃には到底耐えられない。だからたとえ一体であっても撃ち漏らし無く殲滅出来なければ、また大損害を被ることになりなねないと思ったのである。
「隼鷹の言う通りや、やろうよ飛鷹。零戦は十分速いと思う」
そんな隼鷹の進言を後押しするように、龍驤もそう飛鷹に訴えかけた。
「確かにそうね。わかったわ、高度を取りましょう」
彼女の考えを理解した飛鷹は、進言をのんで高度を取ることを決める。同時に彼女は自分が焦っていたことを自覚して、冷静にならねばと身を引き締めた。
そのため第四機動戦隊戦闘機隊は、タイムロス覚悟で高度を1400mまで引き上げる。そうしてそのまま敵第三波の追跡を続けると、その眼下に海の青に紛れた敵飛行体の群れを見つけた。
(来させはしないよ・・・)
隼鷹が艦載機越しに見下ろす敵飛行体群は、攻撃に尖鋭化して直進こそすれど回避というものを知らない。戦闘機隊はそんな飛行体群の背後へと一気に雪崩れ込み、攻撃を叩きつけた。
形勢は極めて有利である。敵飛行体はマリアナの七面鳥撃ちの如く次々と墜ち、第三波飛行体群も第二艦隊に到達する手前で一方的に殲滅させられた。
その後もう一度敵の航空攻撃があり、合計4度に渡って攻撃があったのたが、第七機動部隊戦闘機隊は結局1度たりとも敵編隊を第二艦隊の直上に到達させはしなかったのである。そしてついに航空戦力が尽きたのか、敵の航空攻撃は完全に途絶え、制空権を第二艦隊に明け渡したのだった。
こうなればチューク諸島作戦も、先の硫黄島作戦やサイパン作戦と大した違いは無い。渡辺は第七機動部隊に戦闘機隊の一時収容を命令すると、今度は艦載機編成を通常に戻し、防空戦から航空攻撃による攻勢に切り替えた。
「第七機動部隊より入電、南東320kmの洋上に空母型と思わしき敵1、駆逐艦型3からなる敵集団を捕捉せり」
「攻撃隊を発艦させ、直ちに殲滅せよ」
攻勢に出るために第七機動部隊が放った索敵機が、敵の空戦型を伴う集団を発見したという報告を上げると、渡辺はすかさず攻撃命令を下す。敵の空母型は先ほどの戦闘ですでに攻撃能力を喪失していたが、飛行体の供給がどのように行われるか不明な以上むざむざ生かしておく訳にはいかなかったのだ。
第七機動部隊は艦載機の編成を通常通りに再編成して発艦させると、攻撃隊を敵集団へと向かわせる。そして45分ほどで敵集団直上までたどり着くと、攻撃を開始した。敵が航空戦力で応戦してくる気配はない。
深海棲艦の空母型は、お碗を被せたクラゲのような形をしている。攻撃隊がそんな空母型へと殺到すると、既に直援も飛ばせぬ敵の空母型はは瞬く間に撃滅され、帯同する駆逐艦型3体も共に殲滅された。
「第七機動部隊より入電、敵さらに複数発見」
この間チューク諸島の近海にまで接近していた第二艦隊は、索敵によってさらなる敵を発見する。
敵は環礁の外や中の複数箇所に多数点在していたが、空母型を含む3つの集団を除けば、後はどれもこれも一、二体が点々とうろついているだけという状態であり、それらは取るに足らない泡であった。
「敵の残存空母型は引き続き航空攻撃で撃滅する。その他の集団については第六主力部隊に環礁内の個体を優先して各個撃破させろ」
渡辺は畳み掛けるかのように攻撃の指示を出し、艦娘たちは皆それぞれの敵へと向かう。 そしてチューク諸島における反撃作戦は、掃討戦へと移行した。