「時雨ちゃん、夕立ちゃん」
「はい」
敵水上目標の掃討を命ぜられた第六主力部隊は、チューク環礁の中へと入りつつある。部隊の指揮を取る古鷹は、十六護衛隊の時雨と夕立を呼んだ。
二人は本来第七機動部隊所属である。しかし敵の航空戦力が壊滅して既に無いこと、さらに第六主力部隊隷下の第十四護衛隊に所属する満潮が先日の空襲で損害を負って作戦不参加になっていたことから、その補充要員として第六主力部隊に臨時編入となっていたのだ。
「二人は春島に向かって」
「え、春島にですか?」
そんな第十六護衛隊の二人に対して、古鷹は戦列からの離脱して、ウェノ島へと向かうように指示する。第十六護衛隊の指揮官代理となっていた時雨は、第六主力部隊に与えられた攻撃命令に沿わぬ指示に対してそう反問した。
「敵はまとまってないから、私達だけでも十分に対応出来る。だから二人には揚陸隊の方の様子を見てきて欲しいの。任せられる?」
「・・・わかった」
その意図は言っての通りであったが、同時に彼女達が同島に取り残された白露と村雨の安否を気にしているであろうことを考えた、古鷹の気遣いでもある。
その古鷹の気遣いを素直に受けると、二人は第六主力部隊が環礁内に入ったと同時に戦列を離れてウェノ島へと向かった。
「急ごうよ時雨、白露達が心配だよ」
遠方に見えるウェノ島は、第六主力部隊が環礁内に進入した位置から約20kmの距離にあり、全速なら20分ほどで辿り着くことが出来る。夕立は一刻も早く白露と村雨の安否を確かめたかったから、時雨を急かした。
「そうだね、この距離なら全速で一気に行ってもいいと思う。行こう」
彼女は20kmという距離を考えて先を急ぐことにする。そしてしばらく全速で駆けると、二人はウェノ島が視界いっぱいに広がる距離にまでたどり着いた。
「そうだ、この距離なら直接通話できるんじゃないかな?夕立、やってみて」
「あ、うん。やってみる」
時雨は夕立があまりにもそわそわして急いているように思えたから、彼女にそう提案してみる。艦娘の艤装はおおよそ10kmの範囲内であれば艤装を通して直接声を交わすが可能であったから、白露の声を聞くことが出来れば夕立も少し落ち着くと思ったのだ。
「白露、白露。夕立だよ、助けに来たよ。時雨もいるよ、聞こえたら応答して。白露」
先日の別れがよほど心残りだったのか、彼女は強く白露を呼ぶ。夕立はかならず助けに戻って来ると約束したのだ。そして彼女は、今その約束を果たそうとしていた。
「白露、こちら時雨。聞こえたら応答して」
夕立の呼び掛けに対する応答が無いので、時雨からも呼び掛けをしてみる。するとわずかに間を置いた後に、ぷつりと相手側との通信が繋がる音がした。
「こちら白露、聞こえるよ。夕立、時雨。二人とも来たんだね」
白露の声が、二人の艤装を通じて届く。その声は元気そうであり、時雨はホッと胸を撫で下ろした。
「白露、よかった。敵から制空権を奪い返して助けに来たんだよ。もう安心出来るっぽい」
夕立は声に喜色を含ませて彼女の無事をよろこびながら、助けに来たことを伝える。
「村雨は大丈夫?」
「大丈夫。意識戻ったし、元気だよ。呼んでくる」
一方時雨は村雨の様子を気にする。だが応える白露によれば村雨は無事なようであり、心配は無さそうだった。そして彼女は村雨の声も聞かせようとしたのか、一旦通話を切る。ひと安心した時雨は夕立と、顔を見合わせた。
「二人とも無事でよかった。ね、夕立」
「うん」
時雨がそう言うと、彼女は穏やかな表情でそう答える。どうやらだいぶ安心したようで、その表情にはいささか余裕が出たように見えた。
「作戦は成功して、白露も村雨も無事。<たかなみ>があんなことになったから食事会ってわけにはいかないだろうけど、これで…」
ひと安心だね、と時雨が言おうしたその時、晴れの空に雷鳴が轟くような音が折り重なってこだまするように響き、二人の耳を打った。
「なに?」
そのあまりに唐突な轟音に、夕立は動揺する。そしてその正体が掴めずにいた二人の目の前、ウェノ島の海岸付近に巨大な爆発が起きた。
「爆発!?」
「あれ、”着弾”したよね…」
その突然の事態に驚きながら、時雨はそれが弾体の直撃による爆発だと、直前に見えた弾道から察する。弾体はウェノ島の南方向から飛んできたようであった。
「あ、また!」
爆発は一度で終わらない。間を置かずに再度轟音が響くと、また弾体はウェノ島に着弾し、大きな爆発を発生させた。
「なんか飛行場を狙ってるっぽい、あそこって揚陸隊の上陸地点だよね?」
「うん、飛行場を復旧するのが目的だったからね・・・」
その砲撃と思わしき攻撃は、ウェノ島の飛行場を狙っているようである。そこは国連軍がチューク諸島作戦において、哨戒機の基地として利用するためにその復旧を目的として上陸していた場所であった。
「白露、白露。大丈夫?応答して?」
敵の狙い目に不安に駆り立てられた夕立は、白露達の安否を気遣って彼女を呼ぶ。
「こちら白露。なんだか凄い爆音がしたけど、どうなってるの?そっちから何か見える?」
「白露、春島が砲撃を受けてる。狙いは飛行場の辺りみたいだけど、白露は大丈夫?」
砲撃と夕立の呼び掛けに応じて戻ってきたのか、白露は呼び掛けに応じる。その声に逼迫したものはなく、彼女自身も状況を把握出来ていないところを見て、時雨は説明しながらそう尋ねた。
「私たちはみんな森の中に隠れてるからとりあえずは平気だよ」
白露達と揚陸隊は、敵の航空攻撃に晒されるのを避けるため、ウェノ島の飛行場に隣接する森に入って身を隠している。そのため敵の砲撃は揚陸隊そのものに対するものではないようだ。
「でも飛行場の辺りだと、海岸に置いてきた物資がやられてるかもしれない」
深海棲艦は人工物を狙う傾向がある。砲撃を受けているウェノ島の飛行場であるが、ここはチューク諸島作戦以前から深海棲艦による砲撃を受けて多数のクレーターが出来上がり、既にそのままでは使い物にならない状態にまで破壊されていた。なので敵の狙いは揚陸隊が陸揚げして、森に持ち込めなかった物資や置き去りにした内火低を狙ったものでる可能性が高い。そしてこれを破壊されてしまうと、チューク諸島作戦の成否に大きく影響が出てしまう。
「このままだと、作戦に大きく影響が出てもおかしくないね・・・」
物資がやられてしまえば飛行場の復旧もままならなず、そうなってしまえば作戦失敗もあり得た。
「ここまで来て作戦失敗なんて嫌っぽい。ねぇ時雨、敵を見てこようよ。どんな敵なのかわからないと戦いようが無いっぽい」
「うん、わかった」
チューク諸島作戦を失敗に終わらせないためには、砲撃の主を叩く必要がある。そのためにはどのような深海棲艦が砲撃を行っているのか調べてみる必要があり、二人は状況を第二艦隊司令部に通報すると、進路をウェノ島の南岸方向へと切り替えた。
「すごい砲声だね」
ウェノ島を沿うように南岸へと向かう途中、何度も砲撃は続き、その度遠くからでもはっきりと轟くような発射音が響く。
「こんなの、巡洋艦型の砲声じゃないっぽい・・・」
夕立は機動部隊直援であったため、巡洋艦型深夜棲艦の砲声は聞いたことはない。だが彼女の中にある艦の記憶に刻まれた雷鳴のようなあの音は、夕立にそれが巡洋艦のものではないと言わせる。
そして時雨もまた彼女の知るのと同じ音を記憶の中に持っていた。故に二人はこの砲撃の正体について、半ば確信を得ているのである。そしてその確信は、明確な事実となった。
「時雨・・・」
「うん、やっぱり」
そして島影の向こう、ウェノ島南の海原の上に、それはいる。駆逐艦型が縦に二つ並んだようなものの間に人ように見える体を持ち、巡洋艦型の持つものとは二回りも三回りも大きい砲搭型構造物を6つも持つそれは、これまでのどの深夜棲艦にも無い強圧を備えている存在だ。
「あれは、多分」
「戦艦型・・・」
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「えっ、戦艦型!?」
<きりさめ>と行動を共にし、敵空母型を叩いていた隼鷹は、第二艦隊司令部を通して二人の報告を聞いてそう驚く。
「巡洋艦型とは桁違いの砲を付けてるって話しよ。でも、まずいわね」
「うん・・・」
飛鷹がそう答えながら、状況の不味さを感じる。第二艦隊の火力源は彼女達軽空母艦娘の航空戦力と主力部隊の重巡洋艦娘であるが、戦艦を叩くなら重巡洋艦の火力では十分とは言い難い。故に最も有効なのは航空戦力による攻撃なのだが、彼女達の艦載攻撃隊は今敵空母型攻撃のためにちょうど出払っているのである。
「今から帰ってきた攻撃隊を収容して、そこから戦艦型へ攻撃隊に飛ばそうとしても20分は掛かる。あと20分、敵の狙いは揚陸した資材って話しやけど、これじゃあその間に全部焼き払われてしまうんやないの?」
「そうなったら作戦は失敗。春島の哨戒基地化は遅れるし、太平洋諸島作戦も遅延して第一艦隊の行動にまで影響があるかもしれない」
「そんなのシャレにもならないわよ!」
第四機動戦隊の各々は、この作戦が失敗した場合の影響について思いを馳せる。もしそれが現実のものとなればその影響は計り知れなかったが、今の彼女達にあるのは補給しなければ無力な攻撃隊だけであった。
「二段索敵まで徹底したってのに、なんで・・・」
「深海棲艦は小さすぎて探しづらいんや・・・」
隼鷹は龍驤と共に、致命的な見逃しを悔いる。深海棲艦は上から見下ろした時には極めて小さく、その黒い色は海の青に溶け込みやすいのだ。彼女は呟く。
「なんとか20分。この20分を凌げれば・・・」
「20分凌げば活路が見出だせるっぽいって思うの!」
一方ウェノ島の敵から死角となる海岸で様子を見ていた時雨は、夕立の強い訴えに向き合っている。彼女は現状の状況を見て、自分達が動くべきだと考えていた。
「でも敵は戦艦型1に加えて駆逐艦型が5だよ。単純に数だけでも完全に不利だってことはわかってるよね?」
「当たり前っぽい。でも沈める必要は無いから、攻撃隊が来てくれる20分後までの敵の砲撃を引き付けられればそれで十分だと思うの」
夕立のしようということは、時間稼ぎである。味方の攻撃隊が来るまで最低でも20分は掛かるが、その間に資材が失われないようにするためには、敵の砲撃をどうにかして止めさせなければならなかった。そのために彼女は戦力的数的不利の状況を理解しつつもあえて敵に仕掛けてその注意を引き、ウェノ島への砲撃を阻止しようと言うのである。
「古鷹さん達も急行してるって話だけど、南下しすぎてて距離が空いてるからまだ当分掛かるし、今動けるのは僕達だけ・・・」
「やってみよう時雨、私このまま指を加えて見てるなんて出来ないよ」
「・・・」
古鷹率いる第六戦隊も戦艦型発見の報を受けてウェノ島南岸海域へと向かっているが、二人が南岸まで来るのと同じ時間南進していたためにかなりの距離があり、到着は攻撃隊の到着時間とそう変わりはない。今すぐ動けるのは二人だけであった。
「わかった、やろう」
そんな状況を鑑みた時雨は、打って出る決断をする。難しい状況だが、やりようはあると思ったのだ。
「第十七護衛隊より入電」
「読め」
そして<きりさめ>艦上で、最悪のタイミングでの戦艦型発見と作戦失敗の窮地に晒されていた渡辺に、時雨の送った電文が届く。
「”ワレ敵戦艦型ノ砲撃ヲ引キ付ケ、攻撃隊到着まで時間ヲ稼グ”とのことです。・・・どうしますか?」
「・・・」
彼女の打った電文に対して、渡辺には止めろと命ずる権限もあったが、彼はそれをするでもなく黙りこんだ。実のところ渡辺もまた夕立と同じように、この状況を打破するならば第十七護衛隊の二人を使って戦艦型の砲撃を阻止し、時間を稼ぎをするしかないかと考えていたのである。
しかし駆逐艦娘二人では戦力不足も甚だしい。艦娘は有限の存在であり、これをあからさまに不利な戦いに挑ませてむざむざ失うようなことがあれば、もう代わりは存在しないのである。
故にここは早まらず、作戦失敗のリスクも覚悟の上で耐えて待ち、戦力が整ってから確実に撃滅するべきではかいかとも考えたのだ。しかし損失を恐れるばかりに作戦が失敗することがあれば、戦艦型を撃破出来たとしてもそれは無意味なことである。
作戦とて意味も無くやっているわけではなく、簡単に諦めていいわけがない。特に今は、日本も国連軍も後には引けない状況なのだ。
「・・・二人にやらせてみよう」
最終的に彼は、二人を制止せずにやるがままに任せることに決めた。今はこうするしか無いというのが、渡辺の出した結論であった。
(すまない二人とも、せめて生きて帰って来てくれ・・・)
時に死ねと命令するしか無いのが、指揮官のつらいところである。そして今は二人に賭けるしかなく、彼はただその生存を強く願うのみであった。