「いくよ、夕立」
<きりさめ>から一言”幸運ヲ祈ル”と返されて許可を取り付けた二人は、隠れていた島陰から出て戦艦型へと向かっていた。
目的はただ一つ、戦艦型の砲を引き付けること。そしてそのためには、まず敵の懐に飛び込む必要があった。
戦艦型の巨砲は遠距離の目標に対しては優れた能力を発揮するものの、代わりに重く反動も大きく、また再装填に1分弱掛かるようであるため隙があり、近距離で駆逐艦を相手にすることを苦手とするのである。その時雨の知識は事前に取られた戦艦娘による記録やの、自身の艦の記憶に根ざしたものからの類推だが、先程からの断続的に続く砲撃の間隔から考えてそれはほぼ間違いないと言えた。そのため懐にさえ入れてしまえば、自分達駆逐艦娘であっても戦艦型を相手にすることは十分可能なのだ。
「来たっ」
深海棲艦が目標探知をどのように行っているのかは不明であるが、岸辺に身を寄せていた時にはまったく感ずかれる気配が無かったので、そこに法則を見出だした時雨は砲撃をする敵の戦艦型に可能な限り察知されないため岸沿いに接近を試みる。そのため海岸沿いに移動して距離を詰めていたが、流石に察知されたのか砲撃はこちらに目標を切り替えた。
遠距離砲撃の第一射など当たらぬもので、先頭の時雨を狙った砲はそのはるか後方で水柱を上げるだけである。彼女は敵に目標を修正される前に、進行方向をずらした。
現時点で敵との距離は15kmほどである。そのため単純に考えて戦艦型の砲撃能力を殺せる至近にまで到達するのに掛かる時間は10分ほどだが、戦術というものを持たない深海棲艦は発見した二人へと突っ込んでくるので、半分とは言わずとも6~7分で戦艦型に対する有効な戦闘距離に到達するはずであった。
距離が10kmを切り出すと、随伴の駆逐艦型からも砲撃されるようになる。戦艦型に与するために懐に入ろうとするならば、ネックは随伴する駆逐艦型であった。
駆逐艦型は何より高速で、その雷撃も恐ろしい威力を持っており、戦艦型に対応するためにその懐に入り込むということはこれらに有利なフィールドで戦うということに他ならない。まともにやり合うべき相手ではなかった。
「一気に突っ切ってやりすごすよ」
しかし駆逐艦型は速いが、戦艦型はそれに比較して遅い。遅いと言っても駆逐艦娘と同じくらいの速度で移動しているように見てとれるが、なんであれ深海棲艦の駆逐艦型とは速度差があった。
そのため敵の駆逐艦型は戦艦型を置き去りにしており、その接触時間には2~3分ほどの時間差が出来つつある。時雨はそこに目を付けた。
戦艦型からの砲撃が降り注ぐ中、突っ込んでくる駆逐艦型からも火線が伸びる。二人は的を小さくするため、単縦陣で突撃した。
ほぼ対向して向かい合っていたが互いに全速であるため、砲撃戦は精度より手数での戦いとなる。初めはその多くの攻撃が外れていたが、それらは距離が詰まる度に何度も彼女達を掠めるようになった。そしてついに先頭の時雨に直撃する。
「時雨大丈夫?」
「大丈夫だよ」
夕立は被弾した彼女をは心配するが、時雨は余裕のある姿を見せた。直撃とは言え駆逐艦型からの一発、彼女の艤装にまだ目立ったダメージは出ていない。
そのうち近距離にまで接敵すると、今度は雷撃が飛んできた。海面上を飛翔する衝撃波の塊は、海面を削り取っていくように進むため、衝撃波そのものは不可視だがその波飛沫により間接的に目視することが可能である。
雷撃は多数飛んでくるが、サイパン島沖海戦での反航戦の場合とは違い互いに向き合っての撃ち合いであるため、それらは予備動作無く放たれた。そんな雷撃の一発が時雨を掠めた時、駆逐艦型との正面切っての戦いは危険だと感じる。これは一刻も早く突破するしかなかった。
「そろそろだよ夕立、あの中央を突破するよ!」
そして敵の駆逐艦型、イ級の開いた口の中が肉眼ではっきり見えるほどに接近すると、そのまま全速でその中央に突っ込む。
二人は34kt、敵駆逐艦型はおおよそ40ktで対向していたため、双方は高速で入れ違いとなる。速度が出ていれば急転回は出来ず、行き違いとなった二人を追おうにも敵駆逐艦は方向転換することが出来なかった。
「うまくいったっぽい!」
「このままあの戦艦型を叩くよ」
それは敵の大きな隙である。5体の駆逐艦型はこの数分間に限っては居ないに等しい。そして二人の行く先に居るのは、駆逐艦型に置き去りにされた戦艦型がたった一体居るだけである。これは時雨の狙い通りであり、これによって彼女達は敵戦艦に対して二対一を仕掛けることが出来るのだ。
彼女達の目的は攻撃隊が来るまで戦艦型の砲を引き付けて時間を稼ぐことであり、撃沈することではない。だがいかに小回りにおいて優位に立っているとは言え、時雨に戦艦型を侮るつもりはなかった。
攻撃は最大の防御。彼女は敵の戦艦型に対してあえて積極的に攻め、ダメージを与えてその能力を削ぎ落としてしまえば、時間稼ぎに有利に働くと踏んだのである。
そのために距離を詰めようとする二人に対し、戦艦型からの砲撃が迫った。流石に戦艦型の主砲を受ければ駆逐艦娘が耐えられるとは考えられず、時雨は敵に狙いを定めさせないようジグザグに変針を繰り返しながらその距離を詰める。
「雷撃戦用意。各自魚雷三発、一発づつ時間差を付けて撃つよ」
戦艦にダメージを与えるならば魚雷攻撃しかない。時雨は全速で戦艦型に対してその進行方向の側面に回り込むように接近しながら、夕立にそう指示した。
「撃て!」
そして戦艦型に対して1000mを割る位置にまで来ると、時雨は魚雷の発射を命令する。それらの魚雷は一人三本づつ、一本一本時間差を付けて発射された。これは先のサイパン島沖における魚雷戦での戦訓を取り入れた発射方法であった。
彼女達は両足に各一基づつ三連装魚雷を装備しており、この一撃はその半分を使った雷撃である。二人は戦艦型に向かって進んでいく魚雷に対し、強く命中を念じた。
魚雷は一本二本と敵戦艦型に到達する。それらの大半は敵を捉えられないまま通過していったが、ついに一本が爆音と共に大きな水柱を上げた。
「やった!」
魚雷の命中に夕立が歓喜の声を上げる。立ち上がった水柱の中から再びその姿を表した戦艦型は、魚雷を受けた左面にダメージを受けており、特に左足に見える部分は膝から下が欠損して、そのために戦艦型は膝を付くような姿勢になって速力も目に見えて遅くなっていた。
「敵の駆逐艦型が戻ってきた・・・」
ダメージを負って隙が大きくなった戦艦型は、もう一撃食らわせれば沈められるのではないかという姿をしている。しかし先程やりすごした駆逐艦型が引き返して来たようで、二人は一旦距離を取らざるを得なかった。
「あと10分ちょっと・・・」
時雨は攻撃隊到着までの時間を確認する。ここまでに半分は消化出来ていたが、逆に言えばまだ半分であった。
「離れてはさっきみたいにやり過ごしてを繰り返して、駆逐艦型に対応するよ。戦艦型には可能限り攻撃をするけど、あくまで牽制だからね」
「わかったっぽい」
あと半分、駆逐艦型をいなしながら、戦艦型を叩いて注意を引くことを続ければなんとか乗り切れるのではないかと考える。未だ難しい状況にはあったが、彼女は現状に勝ち筋を見出だした。
その直後である。時雨は空気を断ち切っていくような音が背後から響いてくるのを耳にした。
それはあっという間に巨大な唸りのようになったかと思うと、彼女のすぐ目の前に巨大な水柱を打ち上げた。
「うぁ!?」
唐突な砲撃、しかもかなり至近の着弾に、時雨は驚く。そしてさらに砲音は続いて、また次の一発も二人のすぐ近くに着弾した。
「な、何?至近弾?」
夕立もその連続した至近弾に驚く。駆逐艦型はまだ二人に追い付いていない。とすればこの砲撃は戦艦型によるものと見て間違いないが、どういうことか先程までとは明らかに砲撃の精度が段違いだった。
「どうなってるの!?」
夕立はその突然の変容に声を上げる。二人はランダムな変針を続けることで直撃弾はなんとかかわしていたが、それでも何度も至近弾にみまわれて、その度衝撃で体が煽られた。
「もしかしたら、速度が落ちたことで砲撃精度が上がったのかもしれない…」
そんな状況に対し、時雨は咄嗟にそう推理する。二人の雷撃は戦艦型の足を破壊してその速度を著しく低下させたが、それが逆にじっくり狙う余裕を戦艦型に与え、砲の精度を向上させることとなったのだ。
(失敗した、ダメージを与えるつもりがこんなことになるなんて・・・)
それは完全な読み違いである。そして一瞬見えたかに思えた勝ち筋は、また状況が全く見当もつかないとなったことによって、脆くも消え去ってしまった。
「どうするの?反転してまた接近戦に持ち込む?」
「それでもいいけど、離脱出来なくなったってこ とは今度また同じ手を使おうにも反転してきた駆逐艦型と距離を取ることが出来ない、から・・・」
先に駆逐艦型を潰すべきだ、と彼女は考える。戦艦型の砲撃なら近距離に寄ってしまえば処理することは出来るが、駆逐艦型はまとわりつかれると厄介だった。だが逆にこれを先に潰す事が出来れば、状況は好転する。それに。
「味方の群れているところには砲撃してこないかもしれない。駆逐艦型から先に潰そう」
戦艦型の砲撃も、駆逐艦型を盾にすれば防げるかもしれない。5対2は辛い戦いだが、戦艦型の砲撃が止んだ状態でならどうにか抗しえる可能性はあり、時雨はそこに活路を考えた。
そして反転すると、二人は追いすがる駆逐艦型の群れへと突っ込む。急速に相対距離が縮まる中で敵からの火線が延びだし、彼女達も砲撃を開始した。
先程とは違い撃破を狙った砲撃であるため、二人は積極的に直撃弾を狙う。そして一発が命中するが、12.7cm砲の火力では一発撃沈とはならなかった。
「雷撃来るよ!」
近距離にまで至ったところで、一回目の突入時の距離を覚えていた夕立がそう注意を促す。彼女の言う通り雷撃は直後に始まって、衝撃波が海を断ちながら何度も二人を狙った。
応射したい時雨であったが、残雷数と相手が駆逐艦型であることを考えて思い留まる。駆逐艦相手に魚雷は過剰であった。
空気を抉り取っていくような圧縮衝撃波の連打に身の毛がよだつ思いをしながらも、彼女達は駆逐艦型のすぐ至近にまで肉迫し、その主砲で敵を狙う。だが二人が射撃を試みようとしたとき、戦艦型の砲撃が彼女達のすぐ目の前に着弾した。
「!?」
立ち上がった水柱に揺られて射撃を遮られる時雨。そんな彼女は、大量の海水が飛沫となって落ちていく合間に、バラバラになった駆逐艦型の残骸を見た。
「味方がいてもお構い無しっぽい・・・」
それは夕立も目撃しており、深海棲艦が攻撃のためならば手段を問わないということを噛み締める。深海棲艦が防御を捨てて攻撃に偏った戦いをするのは今に始まった話ではないが、防御はおろか味方さえ捨てるのが深海棲艦なのだ。そもそもあれらに味方という観念があるのかさもえわからないのだが。
(どうすれば・・・)
とにかく味方ごと撃って来るのなら駆逐艦型は盾にならず、それらと乱戦をするような余裕は二人には無いと言える。接近戦のために動きを鈍らせれば駆逐艦型もろともあの主砲に凪ぎ払われてしまうだろう。だがもう時雨には、どう戦っていいか検討がつかなかった。
「時雨、敵がくる!」
「!?」
そして一瞬の思考に集中力を奪われた彼女に、駆逐艦型が詰め寄る。最接近したために突撃を掛けてきたのであるが、二人は回避が遅れてしまい、そのまま駆逐艦型数体に取り付かれてしまった。
時雨は砲を叩き込むがやはり火力不足で一撃とはいかず、逆に複数の駆逐艦型に入れ替わり立ち替わり突撃と砲撃を仕掛けられる。夕立も似たような状況であり、彼女達は完全に包囲されてその動きを封じられてしまった。
(そろそろまた砲撃が来る)
駆逐艦型の乱打をやっとでかわしていた彼女は、遠巻きに戦艦型が接近してくるのを目視で捉える。あれが次に放つ一撃は、もう時雨には回避出来る気がしなかった。
(ここまで・・・かな)
犠牲者の無い戦いはない。いくら奮戦しても相手が上手なら、負ける時は負けるのだ。
そして敵の戦艦型は、お前達は負けたのだと告げるかのようにふっと動きを止める。それは狙いをすますための停止であり、それを悟った時雨は、最期を悟って腹を括った。
だがその時、戦艦型は唐突に水柱に呑み込まれる。
「!?」
「何?」
その全く予期せぬ事態は、戦艦型の砲撃から二人を救ったが、彼女達には何が起こったのか理解出来なかった。時雨は駆逐艦型をいなしながら、戦艦型の呑み込まれた水柱に注視したする。
「白露!?」
そして夕立がその水柱の向こうに見つけたのは、ウェノ島にいるはずの白露であった。唐突な水柱の正体は、彼女の放った魚雷の命中によるものだったのである。白露が時雨と夕立を助けに来たのだ。
「ダメだ、まだ浮いてる」
白露は徐々に収まる水柱の中に未だその姿を海面上にとどめる戦艦型をみつけて、次の攻撃の用意をする。戦艦型は後方から接近していた白露に気付くと、雷撃により腕ごと吹き飛ばされて片方だけとなった主砲構造物と共に振り向き、主砲の狙いを彼女に差し向けた。
「やらせないよ!」
白露は戦艦型が自分を狙っていることに素早く気付くと、撃たれる前にその動きを制するため、主砲を撃ち込んで牽制する。
「沈んじゃえ!!」
そして戦艦型が彼女の砲撃に対してその動きを抑えられた内に、白露は突撃するつもりで一気に距離を詰めて、とどめを刺すために残りの魚雷を全て発射しようとした。
だが戦艦型は、それを許さない。
「うわぁっ!?」
魚雷を撃ち込むために接近した彼女に対して、戦艦型は主砲を発射する。だがその狙いは白露そのものではなく、その直前の海面であった。
海面に着弾した戦艦型の砲撃は、巨大な水柱を立ち上げる。着弾の威力は水柱と共に大きな波も引き起こし、その波によって体が持ち上げられた白露は、体勢を崩して海中に倒れてしまった。
彼女の体は一旦海に沈むが、艤装の浮力はすぐにその体を海面上に押し戻される。そして水中から出た白露はすぐに立ち上がろうとするが、彼女はこの間の隙に戦艦型が両肩に付いた副砲によって自分が狙われていることを悟った。
咄嗟に狙いから逃れようと海を蹴り込む白露。だが戦艦型は副砲を仰角0で水平発射し、彼女はかわしきれずその攻撃をもろに受けてしまった。被弾のエネルギーは艤装に吸収されたが、そのエネルギーは艤装を破壊し、魚雷発射管一基が残雷もろとも脱落した他、その速力も大きく低下させてしまう。
(まずいっ!)
白露は副砲の直撃に対し身を守るような姿勢を取っていたが、彼女が防御の姿勢を解いた時、白露は戦艦型の主砲が完全に自分を捉えたことに気付いた。彼女は悟る。それは撃たれれば、自分が沈むのは避けられないということだった。
「やめるっぽいぃぃぃぃぃ!」
だがそんな窮地の中、白露の耳に遠くから響き渡る夕立の叫び声が聴こえる。戦艦型はそれを意に介せず彼女を撃とうとするが、次の瞬間、白露の目前で戦艦型が爆炎に包まれた。
「!!?」
それはあまりに突然のことである。そして彼女は戦艦型が爆発する直前、とんでもないものを目にしていた。
白露が目にしたとんでもないものとは、戦艦型を爆散させた物体である。それは見間違えでなければ、さらながらミサイルのように宙を高速で飛んできた魚雷であった。
しかしその魚雷の爆発に曝されながら、戦艦型はなお黒煙の中からその身を現す。もはや両腕も無くなり副砲以外の武装も全て脱落していたが、まだその身を海上に留めていた。
そんな戦艦型だったが、爆発のダメージのためかその動きは重く、かなり弱体化しているようである。あれにとどめを刺せるのは自分しかないない、そう直感した白露は咄嗟に動き、戦艦型へと突撃した。
彼女に気付いた戦艦型はそれを副砲で迎え撃とうとするが、白露は狙いを定められる前に懐へと飛び込む。そしてその手に装備した12.7cm砲を戦艦型の首に突き付けると、そのまま砲の引き金を引いた。
その距離零での射撃により、戦艦型は爆煙に包まれる。主砲の一撃で仕留められたとは彼女も考えない。爆煙の中から後退しつつ、そのまま残る二発の魚雷も、その爆煙の中の戦艦型に向けて一気に撃ち込んだ。
二発の魚雷は共に直撃し、大爆発を起こす。それは戦艦型に対するとどめとなった。
爆散した戦艦型は完全にバラバラとなり、跡形もなく吹き飛ぶ。その破片は辺り一面の海面をぼたぼたと打ち、形こそ留めていたが黒く焦げ付き炭の塊にしか見えなくなっていた頭部は、宙に舞った後そのまま海に没した。